106


空中に光が弾けて、また エデンのゲートが開くと

月夜見キミサマが 神隠しに入れる。


『さっきのシギュンの人形ひとがた

洞窟のロキとシギュンの人形ひとがたも 解除するぜ』


朋樹が言っている間に、エデンの階段を

仕事着に着替えたミカエルが、翼 背負って降りて来て、ロキとハティも 続いて降りて来た。

神サマとかだと、エデンって入れるんだよなぁ。

前に ベリアルも入ってたし。羨ましいぜー。


『解放されたんだ、本当に... !』


開口 一番に、ロキが言った。

ブロンドの髪が掛かる 虹色の虹彩の眼が 輝く。


『おう、良かったよな!』

『シギュンも 一緒でさ』


ロキが トールに顔を向けると、トールが頷いた。

『やったぞ! 自由だ!』って 飛び付いてるし。

トールも微笑って、ロキの背中を バンバンやってる。


噎せながら 涙目で笑ってる ロキに

『うん、緊張しただろ?』

『頑張ったな』と、ミカエルやボティスも 言うと

『ありがとう! 本当に... ハーゲンティも!

ヴィシュヌ、ガルダ! 俺の前に居てくれた!』と

どんどん ハグして回ってる。


『わかった、ロキ。落ち着け』

『私は 何もしていないだろう?』って

ベルゼやベリアルまで笑って、ハグを返した。


『俺、シギュンに伝えてくる。

シェムハザの城だろ? フランスだよね?

すぐ戻るよ。2分で喚んで』


ロキにハグを返した ヘルメスが

腰に提げたケリュケイオンを掴んで消える。


『ディル。ヘルメスが行く』って

シェムハザが伝えてるけど、

シェムハザとディルの通信も すげーよなぁ。


『目的の ひとつは、達成されたね』


オレらも、ガシッ と ハグされてる間に

ヴィシュヌが 穏やかに言う。

そう言われると、ロキは ヘイムッダルと相討ちにならねーんだ... って、オレも じわじわ嬉しくなってきた。牢を出て、ロキ自身が変わったから。


『ヘルメスが戻ったら、どこかで本当に休憩を取って、チャクラムの元へ向かおう。

今 チャクラムは、まだ 移動を続けてる。

俺等が回った小人国スヴァルトアールヴヘイムの方ではない、極寒ニヴルヘイムの先だ』


巨人世界ヨトゥンヘイムじゃないか?』


トールが言った。分かれて回っていた間に

オレらが回って来たルートだと思う。


『たぶん、フェンリルの牢だ... 』


ロキが 眉をしかめるけど

『オージンは、フェンリルに対する対策を

今 練ってるところだと思うぜ?』と

ミカエルが言って、ハティは

『“ロキに免じて” と、異教神の我等に助けられた事も 自尊心プライドに触っていよう。

アースガルズの中で、戦死者霊エインヘリアル狂戦士ベルセルクを 盾にし、身を護ろうとしているだろう』と

肩を竦めた。


『うん... 』


『でも、ロキが 名前を呼んだら

フェンリルは、唸るのを止めたね』


ハグを再開したロキに、ジェイドが言ってる。


『そうだな。あいつが追放されてから

ずっと会ってなかったのに。

あそこまで でかくなってたなんて』


『知らなかったのか?』って ビビる、ジェイドの薄いブラウンの眼を見ながら

『あいつ等には、会っちゃいけない気がするんだ。ヨルムンガンドにも、ヘルにも。

どうしてだろう?』と、首を傾げた。


ふうん... オレも ロキが知らなかった方に

比重が いっちまってるけど、

最終戦争ラグナロクも マジで、誰かの意志や計画なんかな?


『ヘルメス』


狐榊を片腕に抱いた ボティスが喚ぶと

『5分は経った』と、ムクれた ヘルメスが顕れた。『でも、お土産もらった』って

大量のマカロン入りの紙袋を持ってて、中から

『はい、シロウ』って、やたら ピンクのマカロン

渡してるんだけどー。


『シギュンは?』って聞く ロキに、ヘルメスは

『アリエルや子供たちと、“お茶の時間”。

“オージンが解放を認めた” って 伝えたら、喜んで

泣いちゃって。アリエルや ミカエルの妻が

“よかった、よかった” って、一緒に喜んでた』と

答えて、『何色?』って マカロンの色 聞いてる。

ミカエルが笑顔で『黄色』って 手ぇ出してるし。


『ヘルメスさぁ、オレらが ちょこちょこ喚んでた時は、自分で戻ってたじゃん』


オレも マカロン受け取りながら 言ってみたら

『あれは、ロキが ずっと喚んでたからなんだ。

“ヘルメス、ヘルメース!” って』って

ヘルメスも 抹茶マカロン銜えて、あとは紙袋ごと

ボティスに回してる。


その時の事を思い出したらしい ベルゼやベリアルが、『全くな... 』

『一度、術で声を取り上げたが... 』って

ため息ついてるし。大変だったっぽいよなぁ。


『ですが、ずっと 共に居て下さってますね』


四郎が、二人に笑顔で言うと

『事が 事だ。

最近 地上にばかり居るミカエルは ともかく、

ヴィシュヌも居るだろう?』

『ここに “キュベレが居る” となればな。

こうして他界に、泰河も入っている』って

さらっと返してて、

泰河が『えっ?』と 固まった。


『今更... 』『慣れろ』とも 言われて

『はい。すんません... 』つってるけどさぁ。


突然、なんか轟くような音がした... けど、

トールの腹だったんだぜ。

つられたように、四郎と榊も鳴らしたから

『食事にしよう』と

巫女の墓を離れて、エリューズニルの裏側に出た。

明るい花畑と レヴォントゥレットの雲のとこ。

きれいな場所だよなぁ...


シェムハザが取り寄せた でかいテーブル二つの上に、何本かのワインボトルとグラス。

ブイヤベース、生ハムで巻いたメロン。

レタスにトマトとアボカド、モッツァレラチーズ、砂肝のコンフィのサラダ。

粒マスタードソースをのせて鶏モモ、パプリカとズッキーニ、エシャロットのグリル。

サーモンのマリネ。白身のフリット。

ベーコンとチーズのキッシュ。ポテト。

スライスしてあるカンパーニュとパテ。


『トマトとかキッシュとか、食うんすね』


泰河が ベリアルに言ってるし。

ベリアルの隣で、取皿に 飯 取ってんのはシェムハザだけど。ワインはジェイド。


『一応、天使だった時期があり

パンも食していたが』


『でも、少食だって印象あるよね。お上品だし。

フルコースみたいな食事なら 取りそうだけど』


ジェイド... なんか やめとけってー...

けど、ベリアルは

『天使や悪魔には、元々 食事は要らん。

だが、互いの距離を縮め、話し合いを円滑にするからな』って 答えてくれてる。

前に ミカエルにも、そーいうこと 聞いた気がする。

『しかし、フルコースとは...

長い時間を掛け、一皿ずつ堪能している場合か?』とも 言ってるけどさぁ。


朋樹はベルゼにワイン注ぎながら、トールに

『別に肉とか貰わないんすか?』って 聞いて

『おう。さっき、バビ グリン食ったからな』って

返されてるけど。


『ルカ、卵』『オレも』って

ミカエルとヘルメスに言われてる間に

ヴィシュヌが

『キュベレと アジ=ダハーカは、ソゾンの元に居ることが 分かったね』と、穏やかに話を進める。

助かるんだぜ。

ミカエルとかヘルメスって、天や オリュンポスで会議の時も、この調子なんだろーし。


『オージンは、キュベレを捜していた という

ことになるな』


『フギンとムニン、椅子フリズスキャールブ

蛇人ナーガを見たなど、何らかの情報を捉えていたのだろう』


『実際に 蛇人ナーガを捕まえ、拷問しておるからのう』


ボティスたちも参加して

分かったことを整理する話し合いが 始まった中、

ロキは、榊や四郎に

『好きなものも食いながら、同じものも食べて

感想を言い合おう。まず、生ハムメロン。

これ、イタリアで 食ったことがある』と

用意した別の取皿に、生ハムメロンを三人分取って

『“美味い” は、分かってる。それは無しだ。

俺は、“でも 前菜は越えない”』

『ふむ。“西瓜に塩を振ったようである”』

『“黒胡椒で工夫が為されている”』とか

『うん、何かとの類似点や良い点だな? いいぞ。

次は、サラダについてだ』... って

真面目に よく分からん遊びを始めてる。

騒いでねーから 放っとかれてるけどさぁ。

アコとも合いそうだよなー。


『オージンが、ルシファーやパイモンと食事を取った時、“世界樹ユグドラシルにキュベレが居る” と

知っていたのだろうか?』


『知っていて、皇帝が その情報を掴んでいるかどうか、確かめに行ったのかもな。

知っていれば、何らかの交渉をするつもりだったのかもしれんが... 』


ミカエルの皿に、鶏と 付け合せの野菜 載せて

ヘルメスに、フリットとサラダ。

オレも フリット食ってたら、ジェイドが

『今、オーディンが ルシファーに使いを出して

“キュベレを見つけた” って、報告したりしないのかな?』って 言い出した。


『無いだろ。ハティが出て来た事で、もう

世界樹ユグドラシルに居ることは 皇帝も知っている” と 見るが

ディナーの時のことを、皇帝に問われても

“その時は知らなかった” で、話を済ませるだろ。

自分が キュベレを所持している訳でもない。

“渡してもいい” 等の 交渉も出来ん。

“ミカエルの眼がある” ことも考慮すれば、

勝手に動かないのが 一番だ。

天を敵に回すことに なりかねん からな』


ボティスが説明したけど、ジェイドは

『“ルシファーを使って、ソゾンから

キュベレを奪わせよう” とは 考えない?

ソゾンの手にあるくらいなら、ルシファーに取らせた方がいいんじゃないか?』って、また聞く。


これには、ハティが

『ならば、“ミカエルが取るだろう” と考える』と

答えてて、そっかぁ... って オレも納得した。


『ロキが世界樹ユグドラシルから外れたことで、

最終戦争ラグナロクからも 外れることになるからね。

すでに、変容は起こってる。

今はまず、フェンリルから 自分の身を護ることや

ソゾンの攻撃に対する備えに 奔走するんじゃないかな?

次は、巨人が取って来させれていた

人間世界ミズガルズのトナカイについてだけど... 』


ヴィシュヌが纏めていってくれるんだよなー。

ミカエルもヘルメスも、聞いては いるんだけど

『パン』『マリネも』だし

ベルゼは ため息ついてるし。


『アジ=ダハーカへのもてなしか?』

『ソゾンが 巨人に取って来させた?

自分で行かないのは、目立たないようにかな?』


『そうであろうの。“目立たぬように” という点では、レヤックの魂を狙った ということもある』


師匠に、シェムハザやボティスが頷いてる。


『各界の冥界に入らず、地上に迷う魂を狙ったことでも、目立たないようにしていることは分かるね。

問題は、何故バリに? というところだけど

これについても、アグン山の麓に移動した アジ=ダハーカの封を確認しに行った... と 考えられる』


『ソゾンは、ヴァン神族なのだろう?

幾人か知っているが... 』と言った ベリアルに、

鶏食ってるトールと、フリットの感想を言い合ってた ロキが、『そうだ』

『ウルの父親 ってことしか知らなかったし、

俺等も ヴァン神族とは 付き合いは無いけど』って

答えてる。


『キュベレや アジ=ダハーカは、

ヴァナヘイムに?』


『それにしては、ソゾンが 単身で動いてる っていう印象があるよね。

ヴァン神族の 他の人達は、別の場所で魂集めしてるのかな?』


ひとしきり食った ヘルメスも参加なんだぜ。


栗鼠ラタトスクレースもしてたけど

冥界ニヴルヘル極寒ニヴルヘイムから、どこかへ向かってる” って

言ってなかったっけ?』


『そうだ』


ボティスが 返すと、月夜見キミサマ

『調べた方が 良かろうの』って、白蔓を伸ばし始める。


『俺は、冥界では... 』


師匠が言ってるけど、“空” だもんなぁ。

エリューズニルと向こう側から 盛大にゴールドの炎が上がって、“生前の余分なものを削ぎ落とす”っていう

エリューズニルの役割 無くしちまうし。


『向こう側は、虫にやらせる』


ベルゼが、ステッキで地面を突くと

レヴォントゥレットの雲の下に、水色の陽炎のようなものが出現して、エリューズニルの向こう側へ流れていく。


『あれ、何すか?』


朋樹が聞くと、『広範囲の偵察用だ』と

ベルゼが出した 白手袋の人差し指に、水色の翅を持つ 透明の身体の蜻蛉とんぼが とまった。

指先から 蜻蛉が飛んで行くと、黒縁眼鏡 外して

朋樹に渡してるけどさぁ。


『珈琲を飲んで待とう』


空いた皿を 城に送ったシェムハザが

コーヒーとマシュマロ、焼きメレンゲ、

マドレーヌと高級チョコを 取り寄せてくれて、

いつもながらだけど、優雅に待つことになった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る