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『鴉は?』


『フギンだ』


オーディンの鴉の 一羽だ。

オーディンの魂の 一部って説もある。

巨人を見張ってた ってこと?


『どうにか捕えて、話を聞くか?』


シェムハザが言うと、ミカエルが

『ザドキエルを喚んで 見させた方がいい』って

答えてる。


巨人の 一人を殺してしまった巨人が吠えていると

平原の向こう... 鉄森イアールンヴィズではなく

これから オレが向かう、湿地があるという方向から、別の巨人が現れた。


腕を失い、顔を潰された巨人を見て

何があったのかを聞いているようだけど

吠えている巨人が、その巨人にも 腕を振り回す。

なんとか落ち着かせようとする巨人に

怒号を上げて 掴み掛かりに行く。

声に 木々の葉や地面が震えた。怖ぇ...


『もう、話にはならん』

『天使召喚は?』


仕事道具入れから、四郎が白いルーシーの小瓶を取り出して、『ルカ』と オレに渡す。


『えっ? どーいうこと?』


『預言者は、召喚術を禁じられてる』


ミカエルに言われて 思い出した。

オレが 精霊で描いて、ミカエルが喚ぶ ってことか。ジェイドなら、一人で出来るんだよな。


スマホ画像から、天使召喚円を探してたら

月夜見が 『待て。術で喚ぶのならば、

一度 神隠しを解かねばならん』とか 言うし。


話を聞こうとした巨人は、冷静なタイプのようだけど、巨人殺しをした巨人は 興奮し切ってて

菩提樹を引き抜いて投げてきた。

ハティが軽く息を吹いて落としたけど、根についてきた土や石がバラ撒かれる。


次に でかい岩を持ち上げた巨人の胴に

冷静な巨人の方が タックルして行った。


巨人の手を離れた岩が 地面に落ちると

タックルされて 腰を着いた巨人は 再び咆哮し

自分にしがみつく巨人を剥がそうと、横に転がる。たぶんだけど、興奮し切ってる巨人は

あーいう状態じゃなくても 力が強い。

冷静な巨人の方が、さっき殺られた巨人のように

下になっちまった。

あのままじゃ、あの巨人も殺られる。


『どうする?』


ミカエルが聞くと、トールはミョルニルを取って投げた。T字の槌 ミョルニルは、回転しながら

上になってる巨人の頭を吹き飛ばした。


ミョルニルがトールの手に戻ると、シェムハザが指を鳴らして、下にいる巨人から

興奮した巨人の頭が 吹き飛んだ記憶を削除する。


呆然としたまま 下になっている巨人から

頭が半分吹き飛んだまま、上に座っている巨人を

ハティと師匠が 退けて、シェムハザが

『この二人が、争った場に遭遇しただけだ』と

催眠を掛けた。


片腕を失い、顔が潰れた巨人の隣に

頭を半分失った巨人が 横たえられると、

催眠を掛けられた巨人が起き上がり

二人の巨人に 顔を向ける。


真昼の日差しが、巨人たちの遺体や

大きな巨人の背中に 降り注ぐ。


立ち上がった巨人が、菩提樹が 引き抜かれた穴を

手で掘り広げ出したのを背に、湿地へ向かった。




********




紫詰草とクローバーの平原から、白樺の林を抜け

湿地に出ると、白い花が 一面に広がってた。


『美しいですね... 』と言う 四郎に

『トゥパスヴィッラ』って トールが教えてる。


『tupasvilla... 綿菅ワタスゲだ』


シェムハザが訳してくれたけど、フィンランド語らしく、花に見えるのは 白い綿毛だった。


ミカエルが息を吹くと、いくつもの綿毛が

茎を離れて、日差しの中で 宙に舞う。きれいだ。

高く舞い上がる 白い綿を追って、口を開けた琉地が ジャンプする。

さっき見た巨人の遺体が、もう遠くなって

薄情な気がした。


『泥濘が多くなる前に、食事を取っておくか』


シェムハザが、テーブルや椅子を取り寄せてくれてる間に、琉地に ヘルメスを喚んでもらって

さっきの巨人のことを話すことにする。


『蔓で調べておくか... 』と

月夜見が、見える範囲に 白蔓を伸ばす。

オカッパの毛先を揺らした師匠が

『琉地、ギーだ』って、天界のバターを食べさせてくれてる。ハティが 見てるし。


『一時間には まだ少し早いけど、何かあった?』と 顕れたヘルメスは、ケリュケイオンを腰に提げると、椅子の 一つに着いた。


『ちょうど 向こうでも食事にしてるよ』って

取り寄せてもらった ワインと一緒に

コンソメスープや、ズッキーニとライム添えの白身魚のムニエル、牛肉のワイン煮や プチトマトとパプリカのマリネ、ベーコンとほうれん草、チーズのキッシュ、クロワッサンを摘む。


『タフになったよな』と、泰河が呟く。

そう。さっきみたいなことを見た後でも

飯は 普通に食える。

けど別に、どっか麻痺してる って訳でもねーし

慣れた訳でもない。強いて言えば、“仕事”。


トールの前には、3ポンドくらいある レンガみてーな 牛ステーキがボコボコ載った大皿。

ヒレ、リブロース、サーロイン...

泰河が グラスにワイン注いでまわって、

オレは『卵 ほしい』って言う ミカエルの皿に

キッシュ取ってやったりなんだぜ。


ミカエルとシェムハザが、鴉と巨人の話をすると

ヘルメスは『無くなったトナカイは?』って

聞いてて、月夜見とシェムハザが

『何らかの術であろうが... 』

『取り寄せのようなものだろうが、はっきりはしない』って 答えてる。


『オージンは、取り寄せみたいな術 使えるの?

ルカ、俺もキッシュ 食いたい』


地味に忙しいんだぜ。


『さぁ... 見た事は無いな』


トールが四郎の皿に、ヒレ肉を ひと固まり置く。

『おお、有難う御座います』つってるけど

わー... って 顔になってるし。

3ポンドって、1.3キロくらいあるしさぁ。


『鴉が居た っていうのがね。

ここって もう、アースガルズに近いでしょ?

トナカイは、オージンが直接 受け取りに来ても

いいと思うけど。

巨人を始末したかったのかな?

そもそも トナカイくらい、オージンが自分で

準備出来る とも思えるけどね』


『目立たぬようにしているのでは?』


ハティが言うと、ヘルメスは

『“人間世界ミズガルズで” って事?

確かに 地上には、悪魔や守護天使が 散らばってるし、自分で動かない方が いいかもしれないけど

巨人を使っても 目立つよね。魚も食べる』って

オレを見るし。今日は、給仕 二倍かぁ。

ミカエルは『卵、もう一回』つって

泰河に『野菜も食ってからな』って、皿に マリネ

置かれてるけどー。


『ここまでは、洞窟 ハズレ?』


ムニエルに ライム絞ってる月夜見キミサマ

ヘルメスが聞いてる。


『魔女や狼以外には、何も』って 答えると

『こっちもなんだよね。小人国スヴァルトアールヴヘイムの近くって

鉱山多いし、まだ 見きれてないんだけど。

小人族ドヴェルグ達も 何も知らないみたいだし』って 肩を竦めて、ムニエル食った。


『ヴィシュヌが 栗鼠ラタトスクを捕まえまくって

榊が幻惑で、話しを聞いてみてるんだけど、

ロキとボティスが、集めた栗鼠ラタトスク

レースし出しててさ... 』


『ふうん... 』って ミカエルが言って

牛肉のワイン煮 食ってるシェムハザが

『ヘルメスも参加を?』と 羨ましそうに聞いたら

『ゼブルが “真面目に” って言うから やめといた』

らしいけど

『ボティスとロキ、ヘルメスか... 』って

同じくワイン煮のハティが、何気無く言うと

『班割り、失敗したかもな』と、トールが

ステーキの向こうで ため息をついてる。


師匠も、トールに サーロイン置かれてるけど

ワイン片手に 難なく食い進めてるし。意外。

オレと泰河は、四郎の手伝いに回って

四郎に キッシュとかも食わせることが出来た。


『スープほしい』『俺も』って 言われて

ミカエルとヘルメスに スープ注ぎ分けながら

『朋樹とジェイドは?』って 聞いてみたら、

『トモキは 蔓 伸ばしまくってるけど

ジェイドは、ゼブルとベリアルの お世話』って

返ってきた。いつも通りかぁ。


自分のスープも注ぐと、クロワッサンも食って

あれ? ってなった。

リラ子の父さんの店のやつに、味が似てる。


『フランスの、リラの家系のパン屋で購入している』って シェムハザが言うと

『リラちゃんの父ちゃんが修業したとこか』って

泰河も クロワッサン食ってる。

なんか嬉しいけど、何も言えねーし。


『しかし、レースする程 栗鼠ラタトスクが居たのか』


トールが、肉の合間に マリネ食いながら言うと

栗鼠ラタトスク鉄森イアールンヴィズに居るものなのか?』って

ハティが聞いてる。


別に そうじゃなくて、世界樹ユグドラシル中に居るらしいけど

小人国スヴァルトアールヴヘイムにか... 』って

赤毛眉をしかめて、ワインを飲んだ。


『でも、別の場所から 通り過ぎて行く奴等を

捕まえてたんだ。ロキに聞いたら

冥界ニヴルヘル極寒ニヴルヘイムから来てると思う”って 言ってたんだけど、栗鼠ラタトスクには、口止めの術が掛かってる。

榊の幻惑でも ベリアルの術でも 話さなかった』


『ベリアルの術でも?』って

シェムハザが 確認してる。

栗鼠ラタトスクに術掛けてるヤツは、相当な術師っぽい。


『とにかく、鴉と巨人のことは話しとくけど

お互い もう少し見て、何もなかったら

そろそろ 集合した方がいいかもね。

冥界ニヴルヘルの近くにも行くでしょ?』


スープを飲み干したヘルメスが 椅子を立つと

ワタスゲで遊んでた琉地が じゃれ付く。

『うん、後で遊ぼう』と、しゃがんでハグすると

ケリュケイオンを手に取って

『ごちそうさま。またね』と 消えた。


コーヒーやバルフィ、クレームショコラをもらうと、テーブルや椅子も 城に送って

白いワタスゲの湿地を進んだ。


湿地っていうだけあって、土が湿って柔らかいんだけど、ブーツが埋まっちまう ってこともなく

トールと琉地に ついて行く。


虹橋ビフレストは、もう見えませんね』


平原や鉄森イアールンヴィズに振り返った 四郎が言うと

人間世界ミズガルズから離れたからな』って

トールも 四郎を振り返った。


ウートガルズから 人間世界ミズガルズを回り込んで離れ

北方... 裏へ抜けた』


『裏?』って 聞いたら

『そうだ』と、前方に見えてきた 川を指差す。


『あの川は、“エーリヴァーガル”。毒の川だが

巨人世界ヨトゥンヘイムの南、アースガルズとの境だ』


巨人世界ヨトゥンヘイムと アースガルズの境

... “グリュートトーナガルザル” って場所だ。


トールは、あの毒川エーリヴァーガルを渡って

巨人世界ヨトゥンヘイムから アースガルズへ帰還したことがあるようだ。


『えっ? どうなってるんだ?』


泰河が “んん?” って 顔になると、トールが

『実際には、世界樹ユグドラシル内だが

山を思い浮かべてみろ』って言う。


『山の上に、アースガルズがある。

山の南側に 人間世界ミズガルズ虹橋ビフレストで繋がる。

山を挟んで 北側に巨人世界ヨトゥンヘイムだ。

南側ミズガルズから アースガルズの麓を回り、北側ヨトゥンヘイムへ出た』


『おお、なるほど!』


つい でかい声で納得すると、トールが笑った。

ヒゲ似合うし。トール、カッコいいよなぁ...


『腕、触らせてもらっても いいすか?』って

見上げて 言ってみたら、グイッと 肘折ってるし。

言われ慣れてんだろなー。

で、触らせてもらったら、すげー 硬ぇし!

いや、そりゃそーだろうけどさぁ...


『うおお... 』『なんと... 』

『40センチくらい あるな... 』


『ちょっと いいか、トール』

『わぁ、すげぇな!』


何故か、シェムハザとか ミカエルまで

触ってみてるし。


すげーすげー 言いながら、毒川エーリヴァーガルの畔まで来た。


『川を渡ると、アースガルズの崖下に出る。

幾つか洞窟があるが、そこを調べて異常がなければ、冥界ニヴルヘルの近くの森へ向かおう』


『川ってさ... 』


泰河が、川の水を覗き込む。

見た目には、普通の川なんだよなぁ。

澄んでて きれいだし。


『人間が飲めば、間違い無く死ぬ。

神族でも 生死を彷徨う者が いるくらいだからな。

巨人でも危ない』


『怖ぇんすけど... 』

『どうやって渡るんすか?』って 聞いてたら

イカダを造って』とか 言われたけど

月夜見キミサマが、何十本も 伸ばした白蔓を編み込んで

向こう岸まで 橋を架けてくれた。助かるぜー。


見えない翼で浮いてたミカエルが 着地する。

オレらを運ぶ気だったっぽい。

トールに向かって、両腕 開いてた ってことは

トールから いく気だったらしかった。

ミカエルも すげー。笑顔だったしさぁ。


月夜見キミサマに 礼を言いながら、琉地を先頭に

白い橋を渡ってて

月夜見キミサマも跳べるのにな』って 泰河が言う。

そーだよなぁ。月夜見キミサマ、優しいんだよなぁ。

気付かねーふりするのが マナーだけどー。


橋を渡り終えると

『元に戻した方が 良かろうな』って

月夜見キミサマが 白蔓を、地面に戻す。


『ほう... 』『美しい』


ハティと師匠が、白蔓に見惚れてる。

解けながら大量に ワタスゲの下に沈み込む白蔓が

生き物みたいに 見えるんだぜ。


『ん?』


ミカエルが、川上に向く。

なんか 流れてきてるけど、トールが

毒川エーリヴァーガルに、生物は... 』と 言葉を止める。


『黒蛇... ?』

『いや.. 』


流れて来たのは、蛇人ナーガだった。

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