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魔女イアールンヴィジュルの集落を越えてからも

『神隠しは、離れても有効?』って

ミカエルと師匠、ハティとシェムハザが

崖の上の洞窟も見つけると、月夜見キミサマが蔓で確認しながら 鉄森イアールンヴィズを抜けて、平原に出た。


菩提樹や楓、白樺の木々。

赤くて小さい実が つき出してるやつは

スイカズラみたいな花が咲いてる。

『ハニーサックル。花にはよく 蜜蜂がくる』って

ミカエルが言ってて

『“匂い忍冬” であろ』と 月夜見キミサマが言う。

地面に群生してるのは、シロツメクサの紫版。

所々に 青いルピナスと白いヒナギク。


『蔓は、どのくらいの範囲まで伸びる?』


トールが聞くと、月夜見が

『この広さであれば、全体は... 』って 答えて

足元から八方に 白い蔓を伸ばした。

蔓は 途中で枝分かれしながら、平原全体に伸びていく。


『すげぇ... 朋樹は、ここまで出来ねぇからな』


泰河が感心すると、月夜見キミサマ

『しかし、草心を使える者は そうおらぬ』って

言ってる。


『朋樹がやってる術って、月夜見キミサマと同じやつなんすか?』


『そうだ。術の書は、俺が書いた』


ええー...

『マジすか?!』って、泰河も眼ぇ剥いてるし...


朋樹あれの仕える宮には、獣が降りたであろ?

父と共に、俺も祭られておるからな。

書を書いたのは その頃だが、術を使える者が現れた折に、出てくるようにした』


月夜見キミサマは、千年くらい前に

神社に降りた獣が、ほのおを使うのを見た。

“身ノ血 沸セリ”。獣は、賊の血を焼いて殺した。

父神のイザナギさんが 穢れを禊いだ後、

今後も あの獣が降りたら... と、地上の修復も考えて、草心術の書を書いたようだ。


書物は、雨宮家の文献部屋に突っ込んで 放置。

何度か家が建て直されたり、リフォームされたりしても、誰も 書物に気付かなかった。


幽世かくりよの天の河に、白い焔が 一筋に上った。

焔は すぐに消えたが、何事かと 現世うつしよを見下ろすと

朋樹あれが生まれておった』


『へぇ... 』

『朋樹が生まれた時、何か感じたのか?』


ちょっと期待した風に シェムハザが聞くと

『いや、特には... 』だったけど

『しかし俺は、朋樹あれが産院から 母と家に戻り

社の前に立った時、“樹の友を表す名は どうだ?”

... と 勧めてみたのだ』とか 言ってて

『おお! なんと... 』って 四郎が喜んでる。

うん。そーいう話 したよな、確か。

月夜見キミサマが名付け親なのかぁ。


『獣が降りた宮である故、父神や俺も

気には留めておったのだ』


誰も 何も言ってねーのにさぁ。

『そういった事があれば』

『うむ。我等であっても 注視しような』って

ハティと師匠が、さり気なく同意して

シェムハザが また、コーヒーを配ってくれる。


『うん、俺も シロウ みてるし』

『それで? トモキが書物を見つけたのか?』


ミカエルもトールも、話の続きを促すと

『朋樹は、感を生まれ持っておった。

赤子の頃より、死した者や影世の者を感得し

他の者の追体験をする。

気狂きちがいせぬよう、女神等の庇護ひごなかに育った』

らしいんだぜ!


『女神 “等”?!』

『ヒゴ?!』


その女神等って、月夜見キミサマの... とは 聞けずに

『成る程』『それは必要だな』って

今、オレと泰河が 軽くビビったコトは流されて

『多少 甘やかしたのか、ひねくれたが

兎に角、無事に成人はした』って 話は続く。

月夜見このひと、結構 過保護じゃね?


『しかし、書物を手にしたのは

朋樹あれではなく、泰河これであった』


『えっ、マジすか?』


コーヒーのタンブラーを離した顎で 指された泰河は、まったく覚えてないっぽい。


『まだわらしであった 此奴等は、山で獣と行きうた後も 飽き足らず、山姥や天狗等の伝承の書を探すため、書の部屋に忍び込んだ。

草心の書を手に取った泰河これは、中を開くと 背後に投げ捨て、河童の書物を手に取った。

しかしそれも 読めぬであったが... 』


泰河の様子が 目に浮かぶのは、オレだけじゃねーと思うんだぜ。


『朋樹も その時は、然して 気にならぬようだったが、学生服を着るようになると

“古文を勉強する” と、草心の書を手に取った。

草心は、追体験のようには いかぬ。

地と 一体とならねば... 』


この辺、全然 解らねーから

オレと泰河は、飛んできた蜜蜂の観察したり

葉っぱ食ってるイモムシを観察した。

琉地、走り回ってるし。

ハティとかシェムハザ、四郎とミカエルは、

術の話を 興味深そうに聞いてるけどさぁ。


『あっ、サナギ? 真っ青なんだけど!』

『動いてるじゃねぇか!』


『おお、これは 地上では見んな。

瑠璃色のサナギとは』


植物系の術に、あんまり興味ねーらしい師匠も

ハニーサックルの枝の下のサナギを見に来た。

枝の下 っていっても、オレらからは 見上げる位置なんだけどー。


サナギの中身は グニグニと殻の中で動いてる。

中身 出来てるし、これは出てくる...

期待してる内に サナギの頭部の殻が割れたようで、中身が殻を出ようと 更に動く。


『おっ!』


背に ルビー色の翼を拡げた師匠が、ふわっと浮いて、サナギから出た 頭を見た。


『師匠!』『どうなんすか?』


『............ 』


あれー? 師匠、無言だしー。


サナギから 中身が出ていく。

出ていく前に サナギの中に排泄してるし。

アゲハとかも、あーいう感じだよなぁ。


ずいずいと出た中身は、枝を上に登り

羽を乾かしているように見える。


師匠は、中身が とまってる枝を

まったく揺らさずに切断して、ふわりと降りてきた。


『んっ?』

『何すか、これ?』


『羽の生えた シーホース。タツノオトシゴ』


羽っつっても、真っ青な鳥の翼で

本体部分は 黄色。


『おお、珍しいな』


トールが来て

『こいつは 雲の中に棲んで、人間世界ミズガルズの冬に

晴れ間をつくる』って 教えてくれた。

地味に いろいろ いるっぽい。


枝ごと持って行って、ハティたちに

『クラウプニル。雲馬だ』って 見せてるし

オレらも タンブラー 持って 大人しく戻ると、

術の説明は済んでて、地面中に伸ばした白蔓を

するすると戻してるところだった。


『俺の目の前で、反魂はんごんなども やらかしおったが

まさか榊には、“目を掛けておる者” とも言えぬ。

禁咒であるからな。

次に 朋樹あれが喚びおったのは、教会よ。

異教神... ハティやボティスもおったが

サリエルが見えた。

白い球体のウリエルと、気を失うた獅子もおる。

女神等では太刀打ち出来まい。俺が降りた』


『あの場を収めたのは、月夜見だ』


月夜見キミサマに、赤い瞼を伏せて 礼をしたハティは

枝の雲馬クラウプニルを見て

トールに “貰っても?” と、目配せしてる。


月夜見キミサマは、『子の様なものだからな』って言った

シェムハザの言葉は、聞こえねー ふりしてるけど

トールが、シェムハザに頷いたのをいいことに

枝ごと 城に送っちまったし。

まぁ、トールも 気にしてねーけどさぁ。


『今の、何だったんだよ?』


雲馬クラウプニルを よく見てなかった ミカエルが

文句 言ってるけど

『今の話、朋樹には?』と、シェムハザが聞くと

月夜見キミサマは『無用だ。榊にも』って クールに答えて

高い位置で結んだ 黒髪の毛先を揺らした。

四郎が、胸に手を当てる “御大切” して

泰河は 優しい顔してるけどー。


『腹が空いたな。

湿原に入る前に、昼飯を... 』って

トールが言った時に、ハティが 振り返った。

師匠やミカエルも 同じ方向へ顔を向ける。


巨人だ。二人いる。背は 6メートルくらい。

狩りをしたらしく、大人のトナカイを 一頭ずつ

肩に担いでる。トナカイが 猫くらいに見えるし。


オレと泰河、四郎以外には

巨人は そう 珍しくないっぽいけど、トールが

『トナカイを狩りに、人間世界ミズガルズに入ったな』って

ストロベリーブロンドの髪の間の 赤毛眉をしかめてる。


『この辺りのトナカイは、角が赤い。

あれは、人間世界ミズガルズのトナカイだ。

人間世界ミズガルズのものは、小人族ドヴェルグの行商人が仕入れて

巨人世界ヨトゥンヘイムに売りに来る』


『そうなんだ』

『なら、なんで わざわざ... 』


巨人たちは、でかい菩提樹の下に座って

それぞれ 隣に、トナカイを降ろした。

どちらも、白いシャツに 深緑のチュニック。

黒いベルト。黒いパンツとブーツ。

絵本とかで見たことがある、北欧の格好って感じだ。


『何か 話しているが... 』


巨人の言葉らしくて、ハティにすら

よく分からねーみたいだし。

トールが近付いて 聞いてみてる。


オレらが見上げるトールが

座ってる巨人の前では、子供みたいに見えた。

“巨人討伐” って、普段 あれに向かっていってるんだな... すげー...


ハティやミカエルが トールに近付いてくし

オレらも ついて行ってみる。


『でけー... 』『だって、巨人だもんな』って

意味ねー 会話して、シェムハザに

『食べていろ』って マドレーヌ渡された。

“黙ってろ” なんだろーけどー。


巨人は、座ってても 3メートルはあるし

共存はムリな気ぃする。もう、存在だけで脅威。


『... 人間世界ミズガルズの異変の事を話してる』


腕を組んで、仁王立ちしてる トールが言った。

場所の入れ替わりの話をしてるみたいだ。


巨人世界ヨトゥンヘイムにも入れ替わりが?』


『いや。“神母しんぼが降りた” と 言っている』


『神母?』

『キュベレのことか?』


状況的に、そうとしか考えられねーよなぁ...


『巨人たちが知ってるのか?』

『地界でも 知る者は少ない』


ミカエルとハティが話してると、師匠が

『ならば、これ等が “神母から近い” のでは?』と

言った。

『アジ=ダハーカやキュベレを匿う者に』


“噂” とかで キュベレのことを知ってるんじゃなくて、この巨人たちが “何か情報を持ってる” って

こと?


『匿ってるのが、こいつ等とか?』


ミカエルが言うと、トールが

『いや。それならオージンが、鴉や椅子フリズスキャールブで 知る。匿っているのが オージンで、こいつ等が使われている... なら分かる』って 返してる。


『巨人が、オージンに使われるのか?

敵対関係だろう?』


シェムハザが聞くと

『何か弱みを握られているか、俺も知らん オージンの子 である場合なら』って 答えてるし。

女巨人に産ませた子なら ってことらしい。


『だが... 』


巨人たちの話を聞いている トールは

『使われているようだな。

“神母に捧げるため” に、トナカイを狩りに行ったようだ』と、コーヒーを飲み干して

『シェムハザ、俺も何か』って

皿に盛った シュークリームもらってるし。

隣から ミカエルが食ってて、四郎にも渡る。


『トナカイは 死んでる』

『“生贄” ではないが、実際は アジ=ダハーカに

捧げられるものだろう。キュベレには 必要ない』


そうだよなぁ。キュベレに必要なのは

目覚めのための 人の魂なんだし。


『“地上の入れ替わりは、本当だった” と言っている。実物の神母を見た訳では ないようだな』


巨人たちは、“神母の力で 地上に異変が起きた”ってことを 確かめに行って、本当だったから

トナカイを狩って来た。

“神母の降臨” を 疑ってたってことだろう。

アジ=ダハーカの食糧調達に使われてるっぽい。


『なんか結構、簡単な用事だよな。

食糧調達 ってさ』


泰河が言ってみると、そうでもなく

小人族ドヴェルグ以外が、人間世界ミズガルズの物を持ち込むことは

禁止されてるらしい。


『なら、小人族ドヴェルグに 頼めばいいじゃん』


小人族ドヴェルグは、口が軽い。

キュベレがいるという “情報” を、高く買う者に

売ろうとする』


あ、そっか...

人間世界ミズガルズにも出入りする行商人なんだし。


『巨人共が 禁を犯して、人間世界ミズガルズの物を持ち込むか どうかも みる気だったんだろう。

従えば、そのうち 呪力が与えられるようだ』


術が使える巨人 って、かなり強くね?

そう言われて使われてるだけ なのかもだけどさぁ。


『現在の要求は、トナカイ だが... 』と、ハティが

トールから シュークリームを受け取る。

要求が “人間” になることも あり得るよなぁ。


『トナカイが... 』


四郎が、巨人の隣の地面を指す。

トナカイが、地面に沈んでいくように見える。


『何だ?』『どういうこと?』


ハティとシェムハザが、巨人の すぐ近くまで見に行って、トールがミョルニル、ミカエルが剣を握った。


『何らかの術であろうの』と、月夜見が

沈んでいくトナカイの周囲に 白蔓を伸ばす。


巨人の 一人が、トナカイに気付いて

慌てて トナカイを掴んだ。

その様子で、もう 一人も気付いて トナカイを掴もうとしたけど、掴む前に すっかりと地面に沈んでいった。


トナカイを掴んでいる巨人の手が 地面にめり込んだ。地面から 空っぽの手を抜き出して、唖然としてる。二人の巨人は、焦って 騒ぎ出して

『“取ったのか?” と 疑い合っている』ようで

その内に 立ち上がって、取っ組み合いが始まった。


ハティとシェムハザが 翼を広げて空に逃れ

トールに『離れろ!』と 指示されて、オレらも下がる。


『これさ、相手が “取った” って 思わねぇよな?』


泰河が “えぇ?” って感じで言うと、ミカエルが

『訳の分からないことが起こってるし、

何かに 取られちまった事が くやしいんだろ』って

四郎を 背中に庇って、また 下がらせた。


『えっ?』


巨人の 一人が、片腕を もぎ取られた。

片腕を失った巨人は、残った腕で 相手の頭を掴んで引き寄せ、耳を噛り取って 喰った。

耳を喰われた巨人は、頭突きで 相手を倒し

馬乗りになると、両腕で 交互に殴り出す。


『個人差はあるが、少しの事で こうなるからな』


トールは、ミョルニルを 腰に提げた。


耳があった位置から血を流し、両手も血塗れになった巨人は、返り血の血飛沫を 瞼と頬に付け、

顔を失った 片腕の巨人の上で 咆哮する。


菩提樹の葉が 咆哮の響きに震えた。

葉音を立てた枝の奥から、鴉が飛び立った。


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