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『涼しいですね』


『うん、そうだな。

これから もう少し、気温も上がるだろうけど』


急に 気温が変わったんだぜ。

寒いって程じゃねーけど、薄い長袖でも調度。


トールの後ろを歩いてて、でかい影が掛かってる四郎が 空を見上げて

『ジャタの島とは、空の色なども 違うように見えますね』って 言うと、隣にいる ミカエルが

『うん。この辺は まだ午前中だしな』って

答えてる。トール、仕事着でも 背中でけー...


『あっ、そうか。人間世界ミズガルズなんだよな』

『バリ島との時差って、どのくらいだっけ?』


泰河と、ミカエルたちの後ろで言ってたら

シェムハザが

『アイスランドなら 8時間、ノルウェーなら 7時間程、バリ島が進んでいる』って 教えてくれた。


今いる場所が どの国の辺りかは分からねーけど

アイスランドやノルウェーなら、北の方。

間に海もある。

ジャタ島には、昼過ぎから集まって

洞窟の細工したり、ロキとシギュンの魚とったりして、飯食って 話してるうちに

時間は 夕方近く、16時くらいになってたから、

この辺りの時間は、朝8時半くらいかな?


洞窟を出て、ぽつぽつと木が生えた荒野を歩く。

ごろごろと転がってる大岩が少なくなってくると

岩の影や木の周囲に まばらに生えていた草は 多くなってきた。


『白夜って、今の時期?』って 聞いたら

『場所によって違うが、6月や7月だ。

まだ陽は長いが』って トールが振り向いた。

フランスとかイギリスとかも、夏の夜は 遅くまで明るいもんなぁ。


で、『腹 減ってないか?』とか 言うしー。

まぁ、これだけ筋肉ついてりゃ そうだろうけどさぁ。シェムハザが、鳥の丸焼き 渡してるんだぜ。

オレらには タンブラーのコーヒー、四郎には ラテ。エクレアも貰って、師匠もバルフィ取り寄せてくれたけど。


『ハティって、エクレア食うんだな』


泰河が モノ珍しいやつ見る眼で見てるけど

前に、プリン食ってたとこ見てるし

御神衣かんみそで食ってる月夜見キミサマよりは、違和感ねー 気する。ミカエルは『もう一個欲しい』だけどさぁ。


『あれは... 』


四郎が、鳥の丸焼きを囓る でかいトールの隣から

顔を出して、琉地と一緒に 空を見上げた。


木には 葉が付いていて、地面に花の色も見える。

でも、四郎と琉地が見てるのは

空 というか、地と天の間だ。

光の粒で 空気に色が付いてるように見える。


虹橋ビフレストだ』


『おおっ!!』『すげぇ... 』


人間世界ミズガルズとアースガルズを繋ぐ 虹の橋。

天から森へ バカでかい色の光が降りてる。


不思議なのは、色の光に気付かないことも

あるんじゃないか? って 思えること。

今、四郎が気付いて言うまで、オレも泰河も

この 色の光に気付いてなかった。

“何かある” って 意識を向けたから、虹が見えた。

気付かなかったら、そのまま通り過ぎていたと思う。


『エデンでも、でかい虹 見たぜ』


虹橋ビフレストの袂へ歩きながら、明るい顔で 泰河が言う。


『うん。エデンが地上にあった頃は、地上からも

あの虹が見えた。でも 虹橋ビフレストもきれいだな』


笑顔のミカエルに『リラ子も見てる?』って

聞いてみたら

『うん、見てるぜ。楽園でも見てるけど。

エデンには、アリエルとか ラミーと降りて

琉地と見てる』って 返ってきて

今さら ハッとした。


『琉地 おまえ、リラ子と会えるんじゃん!』


『リラコ?』って また振り向くトールに

緊張気味の泰河が『ルカのさ... 』って

説明 始めて、琉地と場所を入れ替わった。


『いいよな、おまえさぁ。

なんか 嬉しくもあるけどー』


琉地に言ってたら、四郎が 虹橋ビフレスト見たまま

『文など、届けて頂くのは 如何でしょう?』とか

言うし。いや、何 書くんだよ そんなの...


『琉地は、幽世でも 柚葉と遊んでおる』


月夜見も言ってるしー。


『ヘルメス並みに、どの界にも入り込めるということか?』


シェムハザが聞くと

『そのようだな。この様にみえて、榊が居る時は

来ぬのだ。騒がせぬためであろうの。良い犬だ』って 言ってる。コヨーテだって。


『五の山ばっかりかと思ってたぜー』つったら

ハティが やたら黙ってるし。地界に喚んでんな...

『天界には ギーがある』って 師匠も誘ってみてるし。琉地、ますます忙しくなるんだろなー。


『ふうん... リラコか』


虹橋ビフレストの真下、空気に 光の粒が溶ける中で

トールがブラウンの眼を オレに移した。

特に何も言わねーんだけど、胸がぬくくなる。


『これは、昇れそうにはないですね... 』


光で色づく空を見上げて、四郎が言うと

『アースガルズとの繫ぎ だからな。

アース神族でなければ難しい』って 答えて

鳥の骨 投げてる。自然のものだけどさぁ。


『けど 虹って、普通は 見るもの で

こうして、中に居る ってこと ねぇもんな... 』


『そうだ。光の虹だからな。

水に反射したものではない。夜も消えん』


へぇ... って 顔になった泰河を、トールは 意外そうに見て『よく気付いたな』って 褒めてるし。

シェムハザから コーヒーとエクレアを受け取ると

一口で半分にした。


入った時と同じように、いつの間にか 虹橋ビフレストを抜けた。振り返ると、色の光がある。

周囲は森になってるし。


背が高い木が多くて、日陰が多いけど

それでも 雑草が茂ってる。

木に花は少ないけど、雑草の中には白や黄色の 小さく ささやかな花の色が見える。


『イアールンヴィズだ』


トールが言うと、泰河が

『ウートガルズ?』と 聞いた。


ウートガルズ... “囲いの外” だ。

人間世界は、原初の巨人ユミルの睫毛で作られた囲いがある。その外。人間世界ミズガルズ巨人世界ヨトゥンヘイムの境。


境のウートガルズにあるのが

この森、“イアールンヴィズ”。

鉄の森 といわれ、女巨人の老婆と

老婆が産んだ 狼の姿の巨人たちが棲む。


狼姿の巨人たちは、ロキとアングルボザの息子

フェンリル狼の子 だという説がある。


最終戦争ラグナロクで、フェンリル狼は オーディンを飲み

太陽の馬車の御者ソールは スコル という狼、

月の御者マーニは、ハティ いう狼に飲まれる。


ハティ狼は、月の犬 “マーナガルム”という狼とも

同一視される。

オレらの中で、“ハティ” といえば

ソロモンの序列 48番のハーゲンティだし

今、バルフィ食ってるしさぁ。

オレが混乱するだろうから、ハティ狼のことは

“マーナガルム狼” という名で話すことにする。

話に出ればだけどさぁ。


鉄森イアールンヴィズには、老婆と狼巨人の他にも

“イアールンヴィジュル” という 魔女たちも棲む。


けど、月夜見キミサマが神隠ししてるし

トールやミカエル、ハティにシェムハザ、師匠もいる。かなり 油断中なんだぜ。


『この森には、狼巨人の巣穴や 魔女の住居以外にも、洞窟が多い。まず ここから捜すことにする』


巨人世界ヨトゥンヘイムにも行くんすか?』


泰河が聞いてみてて、オレも ちょっと期待したんだけど

『いや、オージンが 巨人世界ヨトゥンヘイム

アジ=ダハーカや キュベレを匿うとは考えづらいからな』って ことだった。


確かに。オーディンたちは、巨人ユミルを殺して

その血で 最初にいた霜の巨人たちも滅ぼしてる。

それで 生き残った巨人たちが、オーディンたち アース神族を恨んで、軋轢あつれきも絶えねーから

トールが 迎え撃ったり、巨人討伐に出掛けたりしてるんだし。


『だが オージンには、巨人の妻等もいるだろう?』


シェムハザが言ってるけど、現地妻かぁ。


『子を産ませたりもしているが... 』って

軽い ため息をついたトールは

『巨人や人間の妻たちを、信用していない。

巨人世界ヨトゥンヘイムに アジ=ダハーカを置けば、巨人たちに取られることを危惧するだろう』と

タンブラーのコーヒーを飲み干した。

“女は利用するもの” って 考え方だもんなー。

女に限らねーんだろうけどー。


ただ、巨人世界や人間世界に 出入りはするから

境にある この森に、アジ=ダハーカやキュベレを隠すことは考えられる。


苔生こけむした木の樹皮や岩を見ながら 歩いていると

森に風が渡って、木々の葉が ざわざわと鳴った。


『大きな風ですね』


四郎が 枝の木の葉を見上げている間に、風は 地面にも降りて、オレらの髪や 雑草の葉先も揺らす。


『フレズヴェルグの風だ』


フレズヴェルグは、天の北にいるという 鷲の姿の巨人。フレズヴェルグの羽ばたきが 風になる。


『この風は、世界樹ユグドラシルを巡る。

今 吹いた風も、灼熱ムスッペルスヘイムやアースガルズを通過し

人間世界ミズガルズ巨人世界ヨトゥンヘイムに吹き降りる風だ』


マジかぁ... いちいち感動しちまうし...


奈落や下界の森を見てからだと

鉄森イアールンヴィズは、普通の森に見えるんだけど

ミカエルが『これ、何て花?』って

岩間の雑草を指差した。


雑草に見えたけど、白っぽい緑の長細い花弁の花で、土から直接、がくが出てるように見える。


『ゲムレイド、幻覚花だ。

土の中に小さな地下茎があって、魔女が 媚薬を作る時に使う。俺は 全く解らんが、作れる薬の種類が多いらしい』


トールの説明を聞いて、ミカエルは

『ふうん... 楽園には置けないな』って 残念そうだけど、ハティは『幾つか... 』って 言ってて

指を鳴らした シェムハザが、根ごと掘り出した。

そのまま消えちまったけど、ハティの城に送ったみたいだ。

見落としてるだけで、珍しいものは結構あるっぽいんだぜ。


『あっ、家がある』


泰河が指差す先には、なだらかな円錐型の屋根が見えた。色は 黒っぽいグレー。壁の色も同じ。

形は、イタリア アルベロベッロのトゥルッリっていう建物に似てる。


木々の間に隠れるように建ててあるけど

近付いてみると、それが点在した場所に出た。

奥には、崖の壁が見えた。


魔女イアールンヴィジュル達の 集落だ』


オレらも『へぇ... 』って キョロキョロしちまうけど、ハティも『ほう』って 関心を持ってる。


『赤い屋根のお宅も ありますね』


四郎が、奥の崖近くにある家を指差した。

周りに木はあるけど、密かに建ててるって風でもねーし、他の家より大きめ。かなり目立つ。


『大魔女の棲家だ。術で 中には入れん。

だが、もっと呪術や占術に長けた者は

この集落からはぐれて暮らしている』


『あの赤い屋根の家は、集落を仕切ってる魔女の家 ってこと?』


『そうだ。奥の崖の洞窟に棲む者もいるが

崖には、巨人狼の巣穴も多い』


『あれは?』


師匠と月夜見は、木の上の方を見てた。

高い枝の上に、木のコブみたいな でかい球体があった。

ミカエルも『いっぱいある』って、他の木も見てるけど、マジで 大小の球体が あちこちにある。


『ラタトスクたちの巣』


『ラタトスク?』と、師匠が聞き返してる内に

球体から 何かが出て、枝から枝へ走る。


栗鼠リス?』


『世界樹の界から界へ 情報を運ぶ。

ここだけでなく、境の場所に 巣を作って棲んでいる』


リスが情報伝達って、かわいーしぃ。

神々から人間へのメッセージとかも運ぶらしい。

『幾匹か貰っても?』って、ハティが聞いてるけどさぁ。


木々に隠れた 円錐屋根の魔女の家の間を通って

一際目立つ 赤い円錐屋根の家の裏へ出ると

家と崖の間に、木のない広場があって

崖には 洞窟が見えた。


魔女イアールンヴィジュルの集会所だ。

これだけ目立つ場所に 匿わんと思うが... 』


一応、月夜見キミサマが 白い蔓を伸ばして

洞窟の中を確認する。

壁から 岩が飛び出ててる崖の近くは、ゼンマイっぽい植物が多い。


『... 燭台と円卓、椅子があり

奥に、狼が 幾頭か潜んでおるようだ』


『中に 狼もいるんだ!』

『番犬みたいなヤツらかな?』


適当に入っちまったら、危ねーよなぁ。

狼っていっても、実際は巨人で

闘争心が高くて 凶暴な種族らしいし。


崖の壁伝いに歩いて、洞窟を見つけると

月夜見キミサマが 白蔓を伸ばして、中を確認する。

巨人狼の巣が ほとんどで、時々 中に扉がある 魔女イアールンヴィジュルの住居もあった。


『狼や魔女等の殆どは 眠っておるな』


『どちらも 夜行性だからな。

夕から明けにかけて 出歩く者が多い。

まだ、ようやく寝入った というところだろう』


魔女とか巨人狼、ちょっと見たかったよなぁ...

神隠しの余裕があるから そう思うんだろーけど

泰河と 四郎も『そうか、夜か... 』

『他の生物も見掛けませんね』って

残念そーだし。


魔女の集落を抜けかけた時、琉地が 小さく遠吠えすると

『おっ、鉄森イアールンヴィズ』って ヘルメスが立った。


『今、琉地が喚んだのか?』


ミカエルに聞かれて、琉地の額に手を置いてみると、どうやら そうらしく、琉地の思念には

スマホ画面の時計表示が浮かぶ。


『一時間 経ったからね』


経過報告かぁ。


『ヘルメス達は、どこに居るの?』って聞いたら

小人国スヴァルトアールヴヘイムの近く。そこと ここで見つからなければ、冥界ニヴルヘルには 合流して行くんでしょ?』って

返事だったし、小人国スヴァルトアールヴヘイムでも まだ

アジ=ダハーカは 見つかってないっぽい。


黒妖精デックアールヴがいるんすよね?』と聞く 泰河には

小人族ドヴェルグは見たよ。川で砂鉄を採ってた』って

答えてる。


小人族ドヴェルグも、いろんなヤツがいるらしいけど

ヘルメスたちが見たヤツらは

『何故か、ウシャンカ... 耳当て付きのロシア帽を被ってて、動物の皮で作ったベストと、毛皮のハーフパンツを履いてて、裸足。

魔女鼻で インプみたいな耳だけど、眼が小さかった。身長は1メートル無いくらい』らしい。

見たいぜー...


ヘルメスは、『じゃあまた、一時間したら来るから、琉地に喚んでもらって。

何かあったら、こっちからも喚ぶから』と

師匠から バルフィの紙袋を受け取って消えた。


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