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「ヴィシュヌには?」


「“一度 インドに戻る” って 言ってたぜ?

その後に、アフラ=マズダーに

アンラ=マンユとの 協定を結ばせに行くんじゃないのか? “この事で争わない” って」


「まぁ、まだ 推測上の話だ。

急いで話したところで... という感もある。

アジ=ダハーカは、確実に キュベレを掴んでいる。アフラ=マズダーと アンラ=マンユの協定の方を 優先するべきだな」


「しかし、オージンのことは 調べておいた方がいい。アジ=ダハーカは見つかっていないからな」


ソファーでは、オーディンの話しが続いてる。

オレと泰河、榊は まだテラスに居て、

シイナやアコとも 少し話した後

“じゃ、またなー” って 通話を終えた。


マジで “憑き物が落ちた” って風な ニナの顔見て

安心したけど、あの違和感が 気に掛かる。


通話終えて、スマホ置いてる間に

榊に『如何した?』って 聞かれて

『ニナ、やたらスッキリしてなかった?』って

言ってみたら

『そりゃ、ジゴロの術が解けたんだしさ』

『ふむ。解けて 間も無くあるしのう』って

二人共 気にしてなくて、じゃあ それでなのかな?

って 思うことにはしたんだけどー...


「オージンは、極寒ニヴルヘイムには立ち入れなくても

冥界ニヴルヘルには入れるだろ?

ヴァナヘイムと灼熱ムスッペルスヘイムにはムリだろうけど

黒妖精デックアールヴ小人国スヴァルトアールブヘイムには入れる」


白妖精リョースアールヴ妖精国アールヴヘイムも 無理だろう?

巨人世界ヨトゥンヘイム人間世界ミズガルズは入れる。

とは言え、世界樹ユグドラシル中も自由だ。

泉や樹洞、枝の間、根の間。広大だな」


まとめると、オーディンが入れるのは

世界樹ユグドラシル全体と 人間世界ミズガルズ巨人世界ヨトゥンヘイム小人国スヴァルトアールヴヘイム冥界ニヴルヘル

北欧神話世界で、“どこにあるか分からない” って

言われてる場所以外 ってことかぁ...

ま、オレらは 人間世界しか知らねーし

他の界には入れねーんだろーし、関係ねーけどー。


「アースガルズだけでも、かなり広大だろ?」


「だが、オージンやユグドラシルに限らず、

“奈落の森が入れ替わった” と 知った時点で

他神界に キュベレがいる... という可能性は浮上していたからな。

だいたい、キュベレが飛ばされたのは

奈落の森と重なった 下界の川だ」


「アジ=ダハーカが、地上でキュベレを連れていたため、“地上だろう” という 希望的観測に傾いていたが... 」


ずっと、ミカエルとボティス、シェムハザが

話してたけど

「もし、本当に オーディンが二人を匿っているとして、その事がハッキリした とするだろ?」って

朋樹が口を挟んだ。


「アンラ=マンユや アフラ=マズダーに

それを話すのか?」


えー... 良くねー 気は するよなぁ...

オーディンが、アジ=ダハーカを渡さない

っていうか、キュベレ絡みで渡せない ってなったら、オーディンとアフラ=マズダーたちが

揉めるんじゃねーの?


アジ=ダハーカは、自分が引き渡されねーように

キュベレに フェンリル狼の封を解かせる とか

蛇人ナーガ巨大蛇ヨルムンガンド連れて来させたり するだろうし。


「混乱は避けるべきだが... 」


眉をしかめた シェムハザが言うけど、ミカエルは

「オージンと アジ=ダハーカが揉める前に

アフラ=マズダーとアンラ=マンユに介入させるべき。どうせ、オージンと アジ=ダハーカは

キュベレの事で揉める。

オージンには、アジ=ダハーカが邪魔だろ?

必要なのは キュベレだけだから」... だし。


ボティスは

「いっそ、オージンと アジ=ダハーカで

潰し合いをさせたらどうだ?」って

適当っぽいこと 言い出してるんだぜ。


「オージンは、最終戦争ラグナロクの予言を覆す。

アジ=ダハーカも、時の終わりの戦いの予言を覆す

... という、似たような目的があって

協力関係にあるとしてもだ。

キュベレが居れば、必ず揉める。

野心による 独占欲だけでなく、キュベレは

争いや混乱を引き起こす者 だからな。

かえって、地上でなく まだマシだった... と いうところでもある。

キュベレが居れば、まず戦争が増える。

地界から 悪魔も引っ張られ、ソドムやゴモラが

あちこちに出来上がる」


堕落の町かぁ...  ピアスはじいてる ボティスに

ミカエルが「させないぜ? 俺が居るし」って

言ってて、もちろん 人心が支えられる部分もあるんだろうけど、“無信心” っていう人たちに

それが どこまで通用するかだよなぁ...


「オージンと アジ=ダハーカが揉めるんなら

尚更、介入すべきだろ?

ユグドラシルには トールを始め、罪のない神々がいる。当然、地上にも 余波は及ぶぜ?

まず、アフラ=マズダーと アンラ=マンユに

アジ=ダハーカを引き取らせて、

キュベレについて、俺が介入する」


「“引き取れるのか?”、という 問題もあるが」


腹 鳴らした 四郎と榊のために

ブイヤベースや白身のフリット、バケットサンド

山羊チーズとトマトのサラダを 取り寄せながら、

「アジ=ダハーカには、“キュベレが居る”」って

そもそもの ところを思い出させた。

手招きされた 榊が、タタタ と テーブルに寄る。


「アフラ=マズダーが、キュベレにそそのかされる事は

ないとしても、アンラ=マンユは 分からん。

アバドンやオベニエルが、キュベレに使われていた事を考えると、“キュベレが他の者を利用しない間は”、キュベレに憑かれているようなものだ。

この場合、アフラ=マンユの方が

アジ=ダハーカ... キュベレに転ぶ恐れが出てくる」


規模 拡大すんじゃねーかよ。


「アジ=ダハーカを キュベレの影響下から離してから、引き渡すべきだな」


ともかく、アジ=ダハーカ捜索を続けながら

オーディン... ユグドラシルの調査なんだよなぁ。


「やっぱり なるべく早く、ヴィシュヌやガルダにも 話しておく方がいいな。

ゾロアスター教の信徒は、インドにも多い。

ヴィシュヌたちは、アフラ=マズダーや アンラ=マンユにも 顔が利くだろ?

オーディンが、アジ=ダハーカを匿ってるとしたら

代理で、引き渡すよう 要求も出来る」


ヴィシュヌたちは、ヒンドゥー教やバラモン教

仏教の天部神でもあるけど、“インド神” だもんなぁ。

自分が治める国なら、他の宗教の信徒のことでも

干渉は出来るよな。


日本神である月夜見キミサマたちなら

日本の仏教徒やキリスト教信徒が、神々の都合で 何かに巻き込まれる恐れがある時に

月夜見キミサマが『俺の国に関わる事だ』って

異教神に 直接訴えたり、交渉したり出来る。


ついでに、ゾロアスター教は

“拝火教” とも 呼ばれてて

火を 具現化した神... アフラ=マズダー の光として

礼拝する。


“すべては本質的に善だ” とするゾロアスター教の信徒は、アフラ=マズダーに与えられた 道徳的な観念による、個人の行いや選択、決断を重視する。日々 道徳的な観念を持って 善悪の選択をし、

“善の勢力” として、神々の戦いに参加する。

これ、すげー いいと思う。

“本質的な善” は、仏性の内在... “泥水の中から咲いても 汚れない花” と 似てるし。

日々の生き方と祈りで 世界を支える。


「... それなら、そうすりゃあ いいだろ?」

「アフラ=マズダーと アンラ=マンユには、

争わん という協定を結ばせておくだけでいい」


ボティスと シェムハザが

“何の話し合いだったんだ” みたいな雰囲気になると、ミカエルは

「ヴィシュヌを 頼り過ぎてる」って 気にしてる。


「だが、ミカエル。

お前が 他神界と揉める訳には いかんだろう?」


地界の悪魔相手なら、天の許可は いらねーし

地上で問題を起こす 異教神々なら、干渉出来るけど、ミカエルが... というか 天使が

他神界と交渉するには、いちいち 聖父や第六天ゼブルの許可が必要になる。


簡単に言えば、地上じゃ良くても

他所の神界には乗り込めない ってこと。


「オージンに、キュベレの引き渡しを要求する事に なるとしても、皇帝は出せん。

ベルゼに頼む事になる。

そのままベルゼに、第七天アラボトまで キュベレの護送をさせ、ミカエルが働くのは、その後だ。

天で、サンダルフォンの計画を 白日のもとに晒す」


「うん... 」って、シェムハザ お取り寄せの

フルーツとマシュマロのタルト 食ってる。

テラスにも 取り寄せてくれてるんだけど

カスタードクリーム入りで美味いし。


「ヴィシュヌさんも、同じ勢力ですので。

聖みげるは 私共の守護を、ずっとなさってるでは

ありませんか」

バケットサンド食いながら、四郎が ミカエルに

言うと、二人の間に座るゾイも

「あの、頼られると 嬉しいですよね... 」って

添えてみてる。


「うん」って、ブロンド睫毛 細めてるけど

真隣からの笑顔で、ゾイ 真っ赤になってるし。

もう いいかげん、ミカエルが ちゃんと好きってことは、ゾイも分かってると思うんだけど

天使って、慢心しねーよなぁ。

隣で泰河が やさしい顔してるんだけどー。


念のために、シェムハザが取り寄せたパーカーを

ゾイに渡すと

「ファシエル、肌寒い?」って

ミカエルが 肩に掛けてやろうとして

四郎まで赤くなって、眼ぇ逸らしてるし。


「インドに居るのかもしれんけど

ヴィシュヌ、喚んでみた方が良くないか?」


ゾイの相変わらずの照れ具合を ムリヤリ無視してみながら 朋樹が言うと

「うん、そうだな。ヴィシュヌ」って

ミカエルが喚ぶ。

で、誰も話さずに 2分くらい経った。


「... 来ないな」

「もう、アフラ=マズダーのところに居るとか?」


「おっ」


テーブルにバルフィは届いた。

一個 食ったミカエルが「珈琲味」つって

シェムハザに「濃い珈琲」を、取り寄せてもらってる。すげー 甘い って分かってるんだけど

オレも 一個もらおうかな... って、テラスを立つと

虚空に強い光が顕れた。


それが消えると、プールの水面に 男が立つ。

揺らめいているような ショートの黒髪。

サーモンピンクの肌に 条帛じょうはく

ゴールドに 翡翠やルビーが付いた胸飾り。

一応 黒いサロン巻いて、腰の左側で生地を結んでて、ゴールドの地に 黒と緑の刺繍の

両手首のバングルや サンダルもゴールド。


「アスラ」

「水面になど 立てたのか?」


「こんばんは」「ご無沙汰っす」って

挨拶するオレらに、片手を軽く上げて応えた阿修羅は、「立っているのではない。浮いている」と

ボティスに答えた。


「ヴィシュヌとガルダは、アフラ=マズダーのところだ。アンラ=マンユとの協定を結ばせている」と

歩くように、水面を移動してきて

オレと泰河の前に しゃがむ。

まだ皿にあった、シェムハザお取り寄せの

マシュマロタルトを取って 食ってるし。


「上がれよ」

「珈琲かワインは?」


ミカエルとシェムハザが言うと

「いや、伝言に寄っただけだ。

インドやバリで、蛇男ナーガ蛇女ナーギー等が

地底から出て来ている。

ヴァースキも収めようとしているが

ガルダが不在で、手が足りん。

アジ=ダハーカが出たんだろ? 大母神を連れて。

その影響だろうが... 」と、食い差しのマシュマロタルト持って 立ち上がった。


「アジ=ダハーカって、他の蛇たちも使えるんだ... 」って 言ったら

「大母神が 力を貸しておるんだろ」って

残りを 口に入れる。


「出て来て、何をしようとしている?」


「まだ何もしては おらんが、人に化け

町や寺院に入り込んでおる。

アジ=ダハーカの兵隊であろうが

何か しでかす前に、地に繋いでおいてでも

止めた方が良かろう。

蛇男ナーガ等は こちらで手を打つが、異教の蛇等にも

気を留めておくが良い」


「お前達 アスラ族は、アジ=ダハーカやキュベレに 唆されるってことは無いのかよ?」


「配下等ごと、仏教天部神でも あるからな。

異教の誘惑は そう効かん」


ミカエルに答えてて、安心したけど

「ランダが、姫君と バリに戻ったことで

各プラ・ダルムで、レヤック等が 宴を開いておる。母となった姫君の お披露目でもあるようで

ランダと姫君は、バロンの追跡を かい潜り

一晩かけて 各プラ・ダルムを巡る。

魔女等の祭だ。

そちらの様子を見つつ、蛇等を説得する」って

忙しそうなんだぜ。


プラ・ダルムは、死者のための寺。

魔女の宴 って、面白そうだよなぁ...


「ヴィシュヌから、“明日の昼に ジャタ島で”... との 伝言も預かって来た」


泰河の頭に、ぽん と 一度 手を置いて

「では。何かあったら喚べ」と

阿修羅は 光になって消えた。



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