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「なぁ、魔女の祭ってさぁ... 」


泰河に言ってみたら

「おう、気になるよな!」って すぐ乗ってきた。


「しかし 私共が近くで覗いておりましたら

警戒されるのでは... ?」


バケットサンドや フリット食った四郎が

バルフィの皿 持って来たし。


「何せ 泰河が、バロンと間違われる故。

だが、神隠しであれば どうであろ?」


テーブル潜って 榊も来た。

長い鼻して、“どうであろ?” で

ボティスを振り返る。


「モンキーフォレストの寺院に

プラ・ダルムが あったな」


「ファシエル、行く?」


シェムハザが、タンブラーの コーヒーを取り寄せる。みんなで バルフィ摘んで、皿を空にすると

駐車場のバンへ向かった。




********




モンキーフォレストの猿たちは、夜行性じゃないっぽく、夜の森の道は 閑散としてる。

榊が 狐火ごと神隠しして、歩いてるとこ。

“寺院に行くから” って、一応サロンだけ巻いてきたし。


バニヤンツリーなのか ガジュマルなのか、気根が

すげー 樹と、パームラジャ。フレイムツリー。

昼間は木漏れ日があっても、夜は暗い。

でも 舗装されてるし、全然 歩きやすいけど。


『夜、ランダとか レヤックの像 見ると

雰囲気あるよな』


お取り寄せの でかい懐中電灯を持つ朋樹が

歩道の端に並ぶ ランダたちの石像を照らす。


『そうだね。

昼間 見ると、愛嬌が あるようにも見えるのに』


ギョロリとした眼に、剥き出しの前歯。

垂れ下がった舌と乳。

場合によっては、人間の子供を抱いてるんだよなぁ。子供 食っちまう... とか 雑誌に書いてあった。


ちょっと気になって

『なぁ。まさか、赤ちゃんとか子供を... ってこと

ねーよな?』って 聞いてみたら

狐火の灯りのみで 前を歩く ボティスとシェムハザが

『人間の魔女の夜宴サバトなら あり得る』

『自分の子を 手に掛けるからな』とか 言う。

けど、海外のニュースとかで 観た覚えがある。

胸クソ悪ぃどころじゃねーし。


『いや、ねぇだろ。

日本でも 山姥とかが “旅人 捕まえて食う” って

話だけは あるけど、そういうヤツの退治依頼は

入ったことねぇしさ』


隣で 泰河が言うと、ジェイドが

『姫様には、そんな話 ないじゃないか』って

振り向いて

今度は 羅刹ラクササっぽい石像を照らしながら 歩いてる

朋樹が

『人喰いの何かが出る って場所でも

実際の犯人は 人間だった って事の方が多いみたいだもんな。昔から』って

それはそれで... ってこと言うんだぜ。


後ろには、ミカエルとゾイ

暗視スコープを着けた 四郎が居て

『蜥蜴も おりませんね』

『うん。夜行性の子の方が多いのにね』って

話してる。四郎、爬虫類 好きだよなぁ。

っていうか、四郎の視力って 天使とか悪魔並みだったハズ。スコープ 着けてーのかぁ。


『城に、爬虫類館を造るか... 』


何かと甘い シェムハザが言うと、ミカエルが

『自然に居させてやって、探して観察すれば

いいだろ?』って モノ申してるけど

『葵も 蜥蜴に興味が出て、図鑑を持っている。

時折 抱いて森に飛び、観察はしているが... 』って 返されて、“ううーん... ” って なってる。

葵は、消えて移動 出来ねーもんなぁ。


話してる間に 寺院に着いたけど

『中には、入れねーんだよな』

『レヤックたちは... 』って、割れ門から探して

亀神ブタワンに、蛇神アンタボガと 龍神バスキが重なってるメルの斜め向かい... でっかい東屋になってる闘鶏場の影に、集まってるのを見つけた。


『山と闘鶏場の間は、広場になってるのに』

『影の方が落ち着くのかな?』


曲がった腰に、黒いボロ布の腰巻き。黒緑の髪。

緑の肌の 肋骨の浮いた身体に 乳を垂らして

長い牙の間から、赤い舌も垂らしてる。

ギョロリとした 月明かりを反射する眼。


闘鶏場の上には、茶色い鶏と 山積みのトカゲ。

悪霊用のチャナンを集めたのか、バナナの葉を編んだ 四角い皿に、もう乾燥した白飯が載ってるものも幾つか。

人間の何か... とかは無くて、安心したんだぜ。


『成る程。ランダさんのために 蜥蜴を狩られておったのですね』

『ふむ。ランダは まだ、ここに来ておらぬようだのう』


レヤックたちは、ぼそぼそひそひそと 何か話してるんだけど、多少 高揚してるようだった。

ランダが帰って来たこととか、姫様を紹介されるのが 楽しみだったりなんかな?


門に群がってるし『見えねぇ』『代われ』って

なってくると、狐榊が 塀の上に登って

シェムハザが 背に黒い翼を広げる。

ミカエルも、ゾイを抱えて羽ばたくし

ゾイは パーカーの帽子で、ブロンドになった髪

隠してるしぃ。見ないふりするけどー。


『ずいぶん、数 いるよな... 』


残りのオレらとボティスは、門から見てて

朋樹が レヤックを数えようとしてたら

ミカエルが『38』って言った。

『ウブド地区のレヤックなんだろ』って

ボティスも言ってる。


『あ、ランダと姫様だ』


門の前に、四郎と しゃがんでる泰河が

闘鶏場を指差すと、四郎がスコープを外した。


『忽然と現れるよな』


ランダと姫様は、闘鶏場の中に顕れた。

レヤックたちが 静かに湧いてる。

朋樹とオレは 中腰だし、前にいる泰河の両肩に

両手を着いて 見てるんだけど

それでも、門の前は 何段かの階段になってるし

『見えづらいだろ?』『もう少し 頭を低く』

とか、ボティスとジェイドに 言われるしさぁ。


レヤックたちに「ランダ... 」「ランダ... 」って

呼ばれて、喜ばれてるランダは

片手を上げて、二度 頷いて応えて

「イブ!」と、姫様を紹介した。


「ギャーーーーーーッ!! ギャッギャッ!!」


レヤックたちは、圧されたように静まった。


オレらも『お... 』『姫様式 挨拶』

『受け入れられるのか?』って 話しながら

そわそわ しちまってたら、

反射する眼を見開いていた レヤックたちが

「... イブ?」「ランダ」「イブ」「イブ」と

闘鶏場に そろそろと右手を伸ばす。


ランダに手を引かれて、献上品のトカゲや鶏、

チャナンの前に出てきた姫様は、灰黒の毛の中の青み掛かった黒眼を細めて、レヤックたちと握手した。オレらも 胸を撫で下ろす。

榊が塀の上で『おお... 』と 感動して

『皆の母上にも なられたようですね』って

四郎も笑顔になってるし。


姫様と握手をした レヤックの 一人が

「ランダ」と、チャナンのカラカラの白飯を差し出すと、ランダが受け取って 姫様に渡す。

姫様がカラカラ飯を食べると、また レヤックに

差し出された飯を ランダも食って

次に差し出されたトカゲを、姫様と 二人で

一匹ずつ受け取って 噛じった。


ランダが頷いて、レヤックたちを手招きすると

闘鶏場に上がり出したレヤックたちが 輪になって

二人と 献上品を囲んで座る。


そのうち、八人のレヤックが立ち上がって

ランダたちの前に出ると、一礼すると

周囲にいるレヤックたちが、風のような音を出し

唸り声や笑い声のような声で歌い、独特のリズムで 手拍子を始め、八人のレヤックが踊り出した。

予想外にも、ダンスは かなり軽快。

コミカルホラー って 雰囲気。


『楽しそうだね』『ケチャックと また違うな』


泰河と四郎が、見様見真似で 手拍子し出した。

神隠ししてるから、向こうからは見えねーんだけど、中腰じゃなければ オレもやりたいぜー。

ジェイドも始めたし。


『バロンとランダを題材にした “バロンダンス” も

あるようだが... 』

『おおっ、榊!』


ダンスに誘われたらしい榊が、すた っと 塀の中に入っちまった。楽しいし、分かるけどさぁ。

連れ戻しに向かう シェムハザに、ボティスが

『すまんな』って ことわってる。


榊は、シェムハザに抱き上げられて

『む?』って 我に返ったけど、

『もう ちぃと、寄って見ては ならぬであろうか?』って 言ってみてる。


『この寺院には、信徒しか入れんようだぞ』

『しかし、もう入ってしもうた故。

猿等は入るであろう? 儂も狐であるが... 』


榊、ボティスの方は 見ねーんだよなぁ。

ボティスを振り向いたら、“まったく... ”って 顔。

けど、ダンスは終わっちまったようで

レヤックたちも、ランダや姫様と 一緒に

トカゲや チャナンのカラカラ飯を食い出して

一人が 鶏の羽根をむしり始めた。


『姫様、本当は 野苺が好物のようなんです... 』


上の方から、天使ファシエルゾイの声がする。

野苺って かわいーじゃん。


『ふうん... トカゲは?』って 聞いてるミカエルに

『聞いたことがないです... お魚は いただかれるようですが... 』って 答えてる。

なら 姫様、ランダやレヤックに 気ぃ使って

合わせてみてんのかな?

あんまり叫ばねーし、リラックスしてるようにも

見えるけど...


残念そうな榊を抱えた シェムハザが、塀のこっち側へ来ようと 羽ばたくと

オレらの後ろから、何か でかいものが

門を飛び越えた。


『あっ!』『バロン!』


すっかり仲間って顔した 琉地とアンバーも

後に続く。

榊は、シェムハザの肩で固まったけど

ボティスは『あれが バロンか... 』って

知り合いになりたそーに言ってるし。


『琉地!』って 呼んだら、琉地が 振り向いた。

あいつ、神隠し 効かねーっぽい。

ジェイドが『アンバー!』って 呼んでも

アンバーは 振り向かねーし、でかい眼 据わらせて

なんか凛々しい顔してんだけどー。


『琉地。ランダと姫様、まだもてなされててさぁ。

今から みんなで、鶏 食うと思うから

それまで、バロンも待ってもらえねーかな?』


琉地に頼んでもらおうとしてたら、朋樹が

『いや、ルカ。もう... 』って

闘鶏場を見ながら言った。

うーん... ランダとレヤックたちの方が

バロンに気付いちまって、立ち上がってるし。


ランダが、レヤックたちを 闘鶏場から降ろした。

榊が アンバーを神隠しに入れると、アンバーは

ハッとしたように、琥珀色の でかい眼でまばたきして

耳の先を ヒラヒラさせながら

へろへろと ジェイドのとこまで 飛んで来た。


『使命感に燃えていたのか?』って 聞く

ジェイドの顎の下に、額のたてがみを押し付けてる。

琉地もアンバーも、バリ島の善になってたっぽい。


『ん?』


ゾイを連れたミカエルが、シェムハザの隣に降り立った。


『見ろ』


ボティスの声に振り向くと

闘鶏場を降りた レヤックたちを見てる。


レヤックたちは、緑色の燐光を発し出していた。

バロンを見ているランダは、気付いていない。

レヤックたちは 強く光ると、緑色の炎に巻かれた。悲鳴 というか、咆哮が響く。何... ?


「人間に戻さねば、魂は使えんな」


知らない声が言った。

聞いた側から、声質を忘れる。

... 男の声だったか? 女?


『どこに... 』


声の主の 姿も見えない。


『“人間に戻す”?』


朋樹が、中腰の姿勢から 体勢を戻して

式札を取ると『待て』と ボティスが止めた。

ミカエルが 右手に剣を握る。


『... レヤックは、サティという 慣習の犠牲者が

なられる場合も あると』


抑えた四郎の声の 言葉の意味を理解すると

何かが 腹の奥から ザッと這い上がり

ふつふつとした怒りのようなものが湧いてきた。


緑色の炎に 身をよじるレヤックたちは

金切り声を上げ、苦しみながら

人間だった頃の姿に戻っていく。

夫の遺体と共に 焼かれた時の姿に。


『姫様!』


ゾイが叫んで、ミカエルと闘鶏場の方へ向かう。

姫様は、レヤックたちの炎を消そうとしたのか

炎ごと 抱きしめようとしていた。


『琉地、声のヤツ 見えるか?』


琉地の額に手を置くと、メルの前に 陽炎のような

人のかたちが見えた。琉地に見えてるヤツだ。


琉地が鼻を鳴らす。

琉地が 陽炎のヤツに跳び掛かると

そいつが消えるイメージが伝わってきた。

... 触れないヤツなのか?


『ルカ』と、ボティスに呼ばれて

メルの前に... 』と 答えると

シェムハザが、メルを囲うように天空霊を降ろす。


『... 何でだ?』


朋樹が、天空霊を見上げて言う。

天空霊は、メルの上空で止まっている。


『相手の結界がある。天や地界の術ではない』


シェムハザが、榊を 門越しにボティスに渡し

メルに振り返ると

「天空霊か」と、陽炎のヤツが言って

唸っていた バロンが駆け出した。

メルの前にいる 見えないそいつに跳び掛かかり

簡単に 弾き飛ばされる。


『バロン!』


シェムハザと四郎が、バロンの近くに顕れ

琉地とアンバーも向かう。


『ランダ、ダメだ!』


眉間に深いシワを寄せ、牙を剥いて唸るランダを

ミカエルが止める。

見えない何か... ミカエルとゾイに拘束される

ランダと姫様は、怒りだけでなく 混乱もしているけど、正体の分からない陽炎に、こっちも姿を見せるべきじゃない。


「... シバ!!」


ランダが叫んだ。

祭神の シヴァを呼んだのか... ?


「無駄だ。天界の留守を預かっているはずだ」


こいつ、何なんだよ?

なんで そんなことを知ってるんだ?


「さて、頃合いか?」


煤のように黒焦げになったレヤックたちから

緑色の炎が消えて、白く揺らめく炎が 立ち上り出した。


『... オージンなのか?』


バロンと四郎を庇うように 立ち上がりながら

シェムハザが言うと、ボティスが

『いや。それなら 人間の魂は狙わん』と 答えた。

キュベレを使うなら、目覚めさせずに 所有するべきだ。

けど、キュベレの件と無関係とも思えない。


『とにかく、魂を渡すべきじゃ... 』


ジェイドが言う。


『だが 扉を開けようと、あれ等には 見えぬ。

この国の冥府神に渡さねば... 』

『ミカエルも導けん。信徒ではないからだ』


『なのに、あの 見えねぇヤツに取られるのかよ?』


泰河が言うと、ボティスが

『契約みたいなもんなんだろ。

レヤックになっちまった状態から、執着を解き

人間の魂に戻した』って 答えて

『でも、解放する訳じゃねぇのかよ』と

朋樹が吐き捨てる。


『そうだ。詐欺紛いの契約ということになる。

よって 無効にも出来る』


黒焦げのレヤックから立ち上った 白い炎の魂が

導かれるように メルの方へ流れると

レヤックの身体が崩れて、地面に沈んでいく。


『... そうか、横取りすりゃいいんだ』


泰河が、しゃがんだまま

サロンの後ろに差したピストルを掴んで

『“死神”』と、獣を喚んだ。

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