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庭園に戻ってみると、バリアンはイカサマ祓いを終えていて、女の人と カフェに戻ってた。


ニナは、変わらず池のほとり

立ったまま、水面と蓮の葉を見てる。


少し離れて アコと榊、朱里ちゃんが

カフェから 泰河が出て来てたけど

「卵、オレには 何も分からねぇ」つってるし

ジェイドは そのまま、カフェの方に行っちまう。


考えてみりゃ、このヴィラって

そんなに 宿泊料は安くねーと思う。

シェムハザとアコが選んでるんだし。

カモ探しには 打ってつけだよなぁ。


店の中では、グラサン外したバリアンが

快調に 女の人と話してて

隣のテーブルでは、ボティスとミカエルが

シラケたツラで 二人の話を聞いてる。


シェムハザと朋樹、四郎は、卵 観察。

ジェイドが そっちに行ったから

オレも寄ってみたら、テーブルには

バリアンのバッグが置いてあって

白い紙と赤い紙、卵 二個、メモ、ペン、干からびたトカゲ... 中身が広げてあった。


「えっ、大丈夫なのかよ?」


気になって、バリアンの方に 少し近寄ってみると

バリアンの隣もバッグがある。

術で すり替えてるっぽい。

ま、今 女の人しか見てねぇもんなぁ。

余裕ぶった様子だけどぉ。


シェムハザと四郎が、透過スクリーンで 卵 見てて

朋樹は 紙 調べてる。


「何か 分かった?」


ジェイドが 朋樹の向かいに座ると

シェムハザが「料金は余分に払う」って

コーヒー 取り寄せてくれた。持ち込み料かぁ。


「卵の中には このように、すでに蛇がおるのです。事前に 蛇を仕込んだ卵を 携帯しておられるのでしょう」


テーブルの 二つの卵にも、天空霊が持つ卵にも

身体を丸めた蛇が入ってる。

天空霊が持ってる方は、青蛇。

テーブルの 二つは、黒蛇。


「色の違いは?」


「恐らくだが、卵を割る前に

ターゲットへ向かうように めいを出している。

青い体色のものは、めいを受けている状態だろう」


ふうん...


「この蛇って、何なんだよ?」って

コーヒー 飲みながら聞いたら

朋樹が「たぶん、式鬼みたいなもんだろ」って

顔 上げて

「式鬼に近いのか... 」って

天空霊が持つ卵を見てる ジェイドから

するっとオレに 眼を向けた。 視てるっぽい。


「そう、たぶんな」


朋樹は、ジェイドに答えながら

オレに “マジで?” って 風な眼ぇするし

コーヒーカップ置きながら、軽く頷く。


ジェイド、今度は 干からびたトカゲ摘んでみながら「祓いに使ってる紙は?」って 聞いてて

なーんか、落ち着いてない感 あるんだよなぁ。

けど、そりゃ そうか。

どうすれば解けるのかは 分かってねーんだし。


「呪符や霊符みたいなやつ。

実際に 祓いや護符にも使えるかもしれんけど

白い紙は 悪霊かレヤックの形代かたしろみたいなもんだな。俺が 人形ひとがた作る時に使うようなやつだ」


白い紙には、悪霊やレヤックの気配を写してあるってことっぽい。

朋樹が 形代でオレらに触れて、人形作るように

バリアンは 白い紙から、悪霊やレヤックの形の

煙を出してる。


「卵って、鶏卵だよな?」


蛇の卵じゃなくて、モロに鶏卵なんだよなー。

スーパーとかで よく見る白い殻の。


ナーガと契約してんだろうな。

卵の中身が契約料なんだろ。

蛇の仕事は、女の人に催眠の術掛け」


卵の中に 蛇を呼び出してる ってことかぁ。


「タクス神っていうのは、どう関わるんだ?」


干からびたトカゲを、ぽい っと放るように

テーブルの 白い包み紙の上に戻しながら

ジェイドが聞くと、シェムハザと朋樹が 眼を合わせて

「神... この場合、蛇神とは別の神との

仲介役だろうとしか... 」

「それも 推測でしかないが」って

はっきりは分からねーらしいけど

「卵に呼び出したナーガに “別の力” を付与する... と 考えられる」って 言ってる。


蛇神と契約してるから、卵にナーガを呼んで

呪詛掛けのターゲットを指定する。


「ここまでは、オレが式鬼に命じる時と同じだ。

小鬼や火鳥を 式鬼札に呼び出して使う」


「そう。使役魔術でも同じ。

俺が猟犬を呼び、ターゲットを探させるのも

これに類する。直接のめいだ」って

シェムハザも頷く。


「けど、バリアンは

“ターゲットを自分に惚れさせる” だろ?

この作用を タクス神に付与してもらってる... と

考えてるんだ」


「魔女ならば 惚れ薬を使い、

魔術ならば、ダンタリオンや シトリなど

相手に愛情を抱かせる術が使える者と、契約することになるからな。

バリ ヒンドゥーの神に、“スマラ神” という

愛の神がいる。妻は、月の女神 ラティ... 」


バリ ヒンドゥーの創世神話では、諸説あるけど

人間は 神々によって、赤土から造られる。

最初に四人の男が造られ、次にシワ神... シヴァが

男たちの妻に、四人の娘を造った。

子孫繁栄のために、交合を楽しいものにしたのが

愛の神スマラ... ってことのようだ。


「その、スマラ神の力を

呪術医バリアンや蛇に 仲介をしているのが、タクス神?」


ジェイドが聞くと、朋樹が

「だと思うぜ」って 頷いて

「ベリアルは、“スマラの加護” とは言っていなかったからな」って シェムハザが答えた。


天主でうす様や ゼズ様でなく

御聖霊や 御使あんじょの加護... といった具合でしょう」


トカゲの干物を 白い紙に包み直して、四郎が言う。赤と白の呪符か霊符を 一枚ずつ残して

テーブルに広げた物を、バッグにしまい出した。


「寺院には よく、タクス神の祭壇もあるらしい」

「そこで祈って 加護を受ける... ってことに なんのかな?」


なら、バリアンが作用させれる力は

スマラ神の力だけとは 限らねーよなぁ。

仲介神の タクス神を味方につけてんだから

他の神との仲介も 頼めるんだろうし。


「どうやって解くか は?」


コーヒーカップじゃない方の 親指と人差し指で

黒蛇入りの卵を挟み持って、つまらなそうな顔で

ジェイドが聞く。


「あのバリアンは、ノジェラが聞いた時に

“知らない” って答えてる。

もう一度、ニナに 同じ術を掛けさせて解かせたら、スマラ神の力が強く出てしまうかもしれないんだろう?」


二重に惚れる ってなると、何か良くない影響があるとか 残るかも... って 言ってたもんなぁ。


「呪詛を穢れと見做して、伊弉諾尊に降来要請したけど、降りてもらえなかった。

まあ、“残った何か” じゃねぇからな」


ジェイドから、黒蛇入り卵を受け取って

四郎に渡しながら 朋樹が言った。

コイ だと、穢れ とは見做されねーよな。

まやかし” は悪いけど、“呪い” とも言い切れねーし。


「愛を冷めさせる悪魔に 術を掛けさせても

二重に掛けることになるからな」


透過スクリーンをテーブルに置いて

シェムハザも言うと

「それなら、あのバリアンに解かせるしかないのか?」って 聞いてるし。

不満っていうか、不安そうなツラしてやがる。


「前に、庭園にて

悪霊ブートの害を祓っていらした 呪術医バリアンの方も

卵を使っていらっしゃいましたが... 」


「うん、卵で コロコロしてたよなぁ。

卵に、体内に入った悪いものを移してるっぽかった」


「“移す” か...

ニナに掛かってる術を、不自然なものとして考えれば、“移し” は 出来るかもな」


朋樹が ちょっと明るい顔になった。

陰陽の術で、呪詛を移すやつが あるんだよな。

朋樹に掛かった “返り” を、朋樹の兄ちゃんの透樹くんが 引き受けたことがあるし

朋樹も、女のコに掛かった呪詛を

自分に移したことがある。


「しかし、“他人に向かう恋慕の情” を

移動など出来るのか?」


シェムハザが首を傾げて言うけど、確かに。

“痛み” とかの 自分が攻撃されてる呪詛じゃねーし

ムズカシイ気ぃする。

だって もし移った場合、朋樹が バリアンに惚れちまうのかよ... ?

面白おもしれぇけど、今は キュベレ探しのこととかあるし

それは避けたい気がするんだぜ。


白魔術ホワイトマジックでも黒魔術ブラックマジックでも

最初に、真言を唱えるようだ。

となると、バリ ヒンドゥーの神の真言ということになる。陰陽神が触れられるかどうかは分からんだろう? 白魔術を使う呪術医バリアンならば... 」


師匠も、悪い呪詛とは言い切れん とか

人の術は... とか 言ってたくらいだもんなぁ。

こないだから、堂々巡りなんだぜ。

解き方 わかんねー。

意外と レンアイ系って厄介だし。

けど、あのままに しとけねーしよー...


「あっ、動かれるようです」


テーブルの上で、女の人と 手を取り合っていた

バリアンが、会計のために店員を呼んだ。

シェムハザが 指 鳴らして、バッグを交換する。


ミカエルとボティスが戻って来て

「こないだと同じだ。

“妻はいるが、一夫多妻の国だ” と」って

シケたツラのまま、シェムハザから

コーヒーを受け取った。


「これから、イシャーの部屋で ゆっくり話すらしいぜ。 ニナは?」


会計を済ませたバリアンは、笑顔の女の人と

庭園の方へ向かう。


「蓮池んとこにいて、泰河たちが見てるけど... 」


ミカエルが消えて、オレも バリアンたちの後から

カフェを出てみた。


女の人の方が、バリアンを見上げながら

腕に 自分の腕を絡ませて、密着して歩いてる。

蓮池の畔で立ち上がったニナは、二人を見て

また蓮池に 顔を向けた。


ミカエルは、アコたちと話しながら

ニナの背中を見てる。


「よう」って、泰河が近くに来た。

「術、解き方 わかったのか?」って 聞くから

「いや、白魔術ホワイトマジック使うバリアンに... 」って

話しながら

バリアンと女の人が、ヴィラに続く通路を歩いて行くのを ぼんやり見送る。


「ニナ、ずっと動かなくてさ... 」


だって、あのバリアンに会いたくて

飛行機に乗って、ここまで来ちまったんだもんな...


「これで諦める... って ことは、ねぇよな」

「ねーだろうなぁ... 術だし」


ニナは、蓮池を見てる。

ずっと ここに居る訳じゃねーだろうけど

ショックで 動けねーっぽい。


カフェから ボティスが出て来て

榊たちと話した後

ニナの方へ行こうとする ミカエルを止めた。


で、オレらの方に来て

「先にヴィラにいる」って言う。

シェムハザが、青蛇の卵を持った天空霊を

ヴィラに移動させて

アコが、白魔術を使うバリアンを探しに出てる。


榊は、ニナが動くまで 待ちたかったみたいだけど

「もう今日は、呪術医バリアンとの接触はない。

後で アコに、白魔術ホワイトマジック呪術医バリアンを連れて行かせる」って ボティスに言われて

ニナに振り返りながら、ヴィラへ向かった。


四郎とシェムハザは、もう ヴィラに居るらしくて

朋樹とジェイドが カフェから出て来た。


「ニナ、ちゃんとホテルに戻るかな?」って言う

泰河と 一緒に、ミカエルと朱里ちゃんがいる

ベンチへ寄る。


「俺、ニナが ホテルの部屋に戻るの 見送ってから

ヴィラに戻る。ホテルは すぐ向かいっていうけど、道路に出るまでは 森の中の道だし」


「おう」「頼む」って ミカエルに返事してる間に

ジェイドが、ニナの隣に並んだ。

ニナからは 見えてねーし、ジェイドもニナの方は

見てねーけど。


「あいつさ... 」


朋樹が 小声で、ミカエルと泰河、朱里ちゃんに

ジェイドのことを話して

「オレも先に戻っとくわ」って

泰河と朱里ちゃんと三人で、ヴィラに向かった。


オレは、ジェイド待った方が... って 迷いながら

「今、気付いちまったのかよ」って言う ミカエルと、蓮池の前に並ぶ 二人の背中を見てたら

ふう って 息ついたジェイドが、ニナの頭に

二度 軽く手を載せて こっちに来る。


ニナは、ジェイドが居た右側に 顔を向けると

しゃがみ込んで、泣き出しちまった。

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