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バリアンを見つけたニナは、パァッと 明るい顔になった。


バリアンが女の人に、にこやかに話しかける。

女の人も 嬉しそうにバリアンを見上げたのを見て

ニナの表情が、急速に明るさを失っていく。

前に見た時と同じ。

術で、あんな風になるんだもんな...


「ニナさん... 」と 四郎が呟くように言って

ジェイドは 黙って見てる。


サロンとサプッを巻いた店員に、席に案内された ニナは、途中で立ち止まって 庭園の方へ向かう。

入れ替わりに ボティスたちが来て

出て行くニナと、女の人と話してるバリアンに 眼をやった。


バリアンの近くにいる シェムハザの方へ

ボティスやミカエルが 話しに行く。

泰河は、朱里ちゃんや榊、アコと 一緒に

ニナが出た 庭園の方へ向かった。


「よう」


朋樹が オレらの方に来て、青い人型の天空霊が持つ 卵を観察してる。


「... 天空霊が 押さえてるような状態だな。

放せば、卵は孵ると思うぜ」


「けど、それが分かってもさぁ... 」


どうすることも...

卵には、筆で なぞれるような 印もねーし。


「ニナさ、ここに来るのは

すげぇ迷ってたみてぇなんだよな。

ヴィラにオレら居るの 知ってるしよ」


ニナは、ヴィラの前で タクシーを降りると

駐車場に オレらがレンタルしたバンが無いかどうか見てから、ここに来たらしい。

車は今、榊が 神隠し中。


「バリアンは、シェムハザたちが見てるし

どうせ、イカサマ悪霊ブートの祓いだろ?

オレ、もうちょい 卵見てみるから

おまえら、榊や朱里ちゃんと居ろよ。

泰河 寄越してくれ。右眼で見させてみる」


泰河が見ても、何も見えねーと思うんだけど...

でも 朋樹は「四郎、何か見える?」って

もうオレらの方は見てねーし、ジェイドに

「行こうぜ」つって、庭園に出た。


庭園には、ヴィラの宿泊客が ちらほら居る。

ベンチには 女性客二人が座ってるし

ニナは 池の近くに しゃがんで、蓮の葉を見てる。


少し離れて 泰河たちが居たから

泰河に、朋樹んとこに行くように言って

榊と朱里ちゃんとこに寄った。

「アコは?」って 聞いたら

「飲み物 買いに行ってくれてる」って

榊と手を繋ぐ 朱里ちゃんが答えた。


「ずっと、“それは マヤカシなんだよ? 気付いて” って、言ってたんだけどー... 」


「うーん、術だからなぁ...

けどさぁ、朱里ちゃんが そうしてくれて

オレも なんか嬉しいしー」


「ふむ... 」と、榊が 朱里ちゃんを見上げる。

朱里ちゃんも「うん」って、榊を見た。

朱里ちゃんは、ニナだけじゃなくて

榊のことも 心配だったんだろうな。

こうして 一緒に居て、同じことをしてくれてるし

榊は 嬉しいと思う。


「出て来た」


ジェイドが、でかい東屋の店の方を見て言った。

バリアンと女の人が 話しながら歩いて来て

池の蓮を見ていた ニナが、すぐに顔を上げた。

これ、術で バリアンが近くに来たら

気付くようになってるんじゃね?

ニナは今、ショックで 物思いに耽ってたんだし。


バリアンと女の人は、ベンチの背後の

でかい木の裏で 立ち止まった。

寺院でも カモ探ししたらしく、サロン巻いてたんだけど、それを外して 地面に敷くと

女の人を座らせた。


自分は、女の人の前に しゃがむと

何か説明しながら、バッグから 白い紙を出して

女の人の前に置く。紙に包んだトカゲのミイラも出して、祓うフリも こないだと同じ。


ニナも、こないだと同じ。

“仕事なんだ” って、少し明るい顔になる。


アコが戻って来て、朱里ちゃんと榊に

「朱里のも買って来たぞ」って

タンブラー入りのコーヒー 渡してる。


「冷たいのばっかり飲んだから、ホット。

でも すぐ飲めるように、術で冷ました。

ルカとジェイドも いる?」


普段通りのアコが聞いてくれるけど

「今、カフェで飲んでたからさぁ」って 断って

ジェイドが大人しいのに気付いた。

バリアンの方を観察してるけど

「一応、話 聞いて来る」って、タンブラー 持って

アコが近付く。


「通訳など... 」


朱里ちゃんと榊も、アコに続いた。


「バリアンさぁ、イカサマ悪霊ブート祓い 終わったら

連絡先 交換とかして、すぐに帰んのかな?」


「さぁ... 」


「おまえ、大人しくね?」


「そうか?」


もー 読んでやろ... って、ジェイドの胸に

手ぇ置いたけど、無 なんだぜー。


「おまえ、何か読んでるのか?」


「別にぃ」


なんだ こいつ。心配とか、イラつきも ねーの?

呆れるし、寂しくもなって 手を離す。

そのまま 鼻の先 ハジいてやったけどー。


「ニナの近く 行こうぜー。

オレも、“目ぇ覚ませよ ユーゴ” って

囁くからよー」


「イヤだ」


ん? 何つった 今


ジェイドの アッシュブロンドの髪の下の

薄いブラウンの眼ぇ見たら、胸ん中が もやもやし始めた。


けど、黙ってやがるし

オレも 黙って見てやったら

「見たくない」って 言う。


「ん? なにを? ニナを? バリアン?」


眼ぇ見たまま聞いたら、胸が チクチクし出す。


「おまえ それさぁ、どーゆー 意味?

これ... 」


自分の胸に 手を当てる。これ、失恋的なやつ?


「Non capisco」


「頭ん中 めんどくさい。にほんご でー」


「... わからない。どう思う?」


知らねーし。けど 胸の痛みは増していく。

なんか やべーし、読むのそ... って 思ったのに

思念、遮断 出来ねーんだけど!?


「いや、ジェイド おまえ、落ち着け! 頼む!」


ああっ、痛ぇ... シクシクしてきた。


「僕は 見ないからな。近くにも行かない」


「わかった! わかったから、おまえ ちょっと

こっち来い!」


ジェイドを引っ張って、庭園から ヴィラを抜けて

森の中に行く。

って 言っても、オレらの部屋の庭から近いし

テラスの灯りで 真っ暗じゃねーけど。


濃厚な緑と花の匂いの中で、ふう... って 息ついたら、ちょっとだけ 落ち着いてきた。


「... おまえさぁ、何なんだよ?」


「さぁ」


ふいっ と 眼ぇ逸して、ムッと しやがったし。


「急に イヤだって思ったんだから

仕方ないだろ?」


怒ってるんだぜー。


「僕が 隣にいたのに、ニナを 青蛇に咬ませたことは 分かってるし、そのせいで あのバリアンに」


... “惚れちまった” とは、言いたくねーよなぁ。


「けど おまえさぁ、ずっと普通だったじゃねーかよ。心配もしてなく見えたしよー」


「心配? 僕が咬ませたんだぞ?

でも、罪悪感は 判断を鈍らせる」


え? そっちを鎮めようとしてた ってこと?


「だいたい、僕は いつだって こうだ。

マリアの時だって、自分で わかる前に

さらってしまった」


いや、何のことだよ...


「おまえ、体温 高いだろ?」


「おう? おう... かもな... 」


話、飛ぶよなぁ...


「胸に手なんか 置きやがって」


睨まれるしさぁ。

喋ってるから、黙っとくけどー。


「おまえが、僕を読んでる と思った。

そうしたら、胸が痛み出したんだ」


んん? 手が温いから?

それとも、オレが 読んだから

ジェイドが 自分のココロを見た ってこと?


「僕は、これ以上 浮き沈みするニナを

見たくない と思った。

だって それは、僕のことじゃない。

しかも、ニナが本当に好きな相手じゃなくて

まやかしだ。

だけど そうしたのは、僕が油断したからだ... 」


あっ 肩 落ちた。


「姫様の時だって、僕には 姫様の顔が

ニナに見えたのに」


「は?」


マジで、何の話?


「ああ、そうか。

おまえは 大蔵さんの家に居たんだ」


大蔵さんって、ポルターガイストの家だよな?


「呪骨が出た時なんだけど

僕は、ミカエルと朋樹と泰河と

洋館へ行って、その時に 初めて姫様に会った」


「藍色蝗 見つけた時?」


「そう。姫様は、僕らに

自分の顔を変えて見せたんだ。

ミカエルが見ると ゾイに、朋樹なら ヒスイ、

泰河なら 朱里ちゃんに」


「で、おまえが見たら ニナ?」


「そうなんだ」


真面目に頷いてるけど、返す言葉はないんだぜ。

しばらく お互い無言。


「... 僕は、“どうしてだろう?” と思った」


「いやいや」


「正直、最初に会った時に

かわいいとは思ったんだ。尾長の時に」


「へ? 四郎ん時?

ボンデージバー に 行く前?」


ニナが、店の名刺を アコに渡した時かな... ?


「そう、その時。でも店で

アコが “好きな男がいるんだろ?” って 言ってたし

“そうか、それなら 上手くいくといいな” って

思った」


ふうん... まぁ、ニナは かわいいもんなぁ。

その時は そうだった ってのは わかる。

たぶん、オレらが “かわいー” って思ったのと

あんま 変わらなかったんだろうし。


「教会に、シイナと 仕事の依頼に来た時は?」


「“ニナとシイナだ”」


普通じゃねーかよ。


「海で会った時は?」


「“また ニナとシイナ”」


変わらねーしぃ。


「でも、アコが “好きな男の事は 気のせいだった” って 言った時、少し嬉しかった かもしれない」


もーう はっきりしねーよなー...


「ま、今 わかったんだから いいんじゃねーのー?

じゃあ、戻... 」

「待てよ ルカ!」


「なんだよー、心配じゃねーのかよー?」


「僕は、見たくない んだ」


「ん、わかった。おまえはヴィラに居ろよ」


「ひとりにするのか?

わかったところで、これ なんだぞ?」


あれ? また 胸 いてーし!

オレ、読んでないぜ?!

痛ぇだけじゃなくて、罪悪感とか イラつきとか...


「ジェイド わかった! 落ち着けって!」


なんか、ヤバいな こいつ...

何の影響力なんだよ?

ふう って、ため息ついてるけどさぁ。


まやかしじゃなくて、

ニナが 本当に好きな相手なら... 」


「いいのかよ?」


「嬉しくは ないけど、仕方ないだろう?」


うーん... まだ 何も始まってねーもんなぁ。

そりゃ この状態で、独占欲とか出したら アブねーよなぁ。


「それに」って また ため息つくと

「ゴア ガシャで、一緒に回った時や

土産屋に シャツを見に行った時も、ニナは 僕の方を見なかった」って、ナンヨウザクラ見てる。

んんー...  それは ニナが シャイだからで... とか

言えねーしよー。


「“あんまり 考えるべきじゃない” と 考えた。

サラスワティー 寺院の近くで 食事をした時も

きっと、気になるのは 気のせいだ... って。

時々 シイナとも 一緒に、みんなで会って

楽しい方がいいしね」


落ち着いては きたんかな? って思って、つい

「けどさぁ、バリアンの術で

ニナが バリアンにコイしたよーな顔じゃん?

あの時に、おまえが “かわいかったね” とか

言ったのが、腹立ったんだけどー」って

零したら

「でも、かわいかったじゃないか」って

まだ、ナンヨウザクラ 見たまま言うし。


「おう... 」 つったけど

さっきより胸が ヒリヒリした。






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