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車は アコが使ってたし、シェムハザ班とミカエル班に分かれて、タクシーで 王宮近くに出た。

ヴィラは森ん中なんだけど、この辺りまでなら

歩ける距離では あるんだよなぁ。


王宮では、もう舞踊劇が始まってて

中の様子を見てきたシェムハザが

「泰河と朱里が笑顔で居た。アコが解説をし

四郎も楽しんでいる」って 笑顔で戻ってきた。

こないだ 寺院で観た演目とは、また違うやつみたいだし、今度 観に来よかな...


ボティスを探して来た ミカエルが

「こないだの蓮池の寺院の店」って 言ったけど

覇気ねーし。で、

「先にバラキエルの所に行って、榊に神隠ししてもらう」って 消えちまったし。


とりあえずオレらも 店に入ってみたら

ニナが すぐに目に止まった。


入口から そんなに離れてない席で

ライトアップされた寺院も見えないようなとこ。


反射的に「おおっ」「やべっ」って なったけど

「ニナからは 認識されんだろう」って

シェムハザに言われて、そうだった... と

普通に ニナのテーブルを通り過ぎる。


テーブルの神隠しを解いた 榊たちが座ってた席は

寺院も見える席だけど、こないだみたいな座敷じゃなくて、店の中のニナも見えるとこ。


ライトアップの寺院が見える 椅子の方に

ボティスが座ってて、隣にミカエル。

テーブルには 本が載ってる。

ボティスは、一日 本を読みながら

ニナのストーキングに付き合ったっぽい。


榊は、ボティスの向かい。頬杖を解いて

「参ったか。イゲルに聞いたが、大変であったのう」って、オレらに 気を使ってるけど

明らかに暗い。

テーブルの上には、ワインとグラスしかねーし。


「うん、まぁ... 」

「オレらは、何もしてねぇけどな」


榊の隣に「食事は取ったのか?」って

シェムハザが座って、オレと朋樹も並ぶ。

ジェイドは、ミカエルの隣。

ニナからは 背中を向けて座る方の席。


「食してばかりよ。ニナは、一日中

茶処かふぇ食事処れすとらん に入った故」


榊が、ワイングラスを取りながら

「幻惑で店員を呼ぶ故、食事を取るが良い」って

ため息ついた。


「おう... 」「じゃ、ナシゴレンとサテで... 」


ミカエルは、ロントンがあれば

おかずは何でもいいらしいし、シェムハザが

ワインやビールと一緒に、適当に取ってくれる。


「一日中かぁ... 」

「バリアンに会うのが目的だしな」


先にきた ビール飲みながら、朋樹と言ってたら

榊が ニナに眼を向けて

「あのように、客が 店に入る度に

ちぃと 期待した顔で見ては、落胆を繰り返しておるのよ」って、切なそうに言った。


「バリアンは見つけたのかよ?」


ムスっとした ミカエルが聞くと

「ノジェラが 話に行った」って、ボティスが答えてる。


ノジェラ って、泰河が オレらと離れてる間

監視に付いてた、ボティスの軍の 副官アコ補佐だよな?

長い黒髪を 後ろで括ってて

額の左側から瞼を通って、頬まで 長い傷がある

ガタイのいい悪魔だ。


「“お前の 眼がない青蛇の呪詛に掛かった女から

呪詛を解除しろ” と、要求したようだが... 」


バリアンは、他のヴィラのカフェで

相変わらず カモ探ししてたみたいだけど

ノジェラが向かいに座ると、まず 顔を青くしたらしい。

ただでさえ 怖ぇけど、感はあるんだろうし

“悪魔” って分かるもんなー。皇帝も見てるし。


ノジェラが話をしても、“知らない” の 一点張り。

『この辺りで 最近、他の女に掛けようとして

失敗したことがあるだろう?

その時、お前の蛇は千切れ、他の女を噛んだ』って 説明すると、呪詛が失敗したことは思い出したけど

『蛇は消えた。どんな女を噛んだのかも知らない』って 答えた っていう。

ニナも認識されてなかったし、まぁ、それはな...


「それでだ、“掛けた覚えのない呪詛は解けん” と

返してきた」


テーブルに運ばれてきた サテの串 取りながら

ボティスが、つり上がった眼を鋭くするし。


「じゃあ、どうするんだよ?」


ミカエルも サテ取りながら言う。

なんとなく、オレらは 取りづらいんだぜ。

ナシゴレンきたから、ナシゴレン食お。


「さぁな。“見えない女というのは 何だ?

あんた等の お仲間か?” とも

“悪魔は、人間に手が出せないと聞いた。

俺にはシバの加護がある”... とも

言っていたようだがな」


... 本当は、解けるんじゃね?

“知らない、解けない” って 言っといて

ニナが現われたら、取れるだけ取るつもりなんじゃねーのかよ?

“悪魔は人間に... ” って 言ったのは

予防線を引いたようにも取れる。


けど、ノジェラ相手に強気だよなぁ。

シヴァの加護は、ハッタリだけどー。

ベリアルが、“タクス神の加護” って 言ってたしさぁ。神託を授けたり、術を作用させる 仲介神。


壁を背に座っている ニナは、店に客が入ると

少し期待した顔を上げる。

なんか、胸 チクチクするし。

ヴィラに居ても、気になるんだけど

来るんじゃなかったぜ。


「呪詛返しなどをしたら、どうであろうか?」


榊が朋樹に聞いてるけど

「バリアンの術は 全然分からねぇからな... 」

「下手に触れると、術の効果が強まり

悪化する恐れもある」って、シェムハザも答えた。


ジェイドは 普通に飯食ってるけど

「バリアンを張った方がいいんじゃないか?

術を観察すれば、もっと何か 分かるかもしれない」って 言ってる。一理ある。


「しかし、ニナが危なかろう。

異国であり、婦女子 一人である故」


そうなんだよなぁ。それもある。


「だけど、バリアンと出会わなければ

これ以上 呪詛の効果は出ないんじゃないか?

それに 見たところ、この辺りは そう危なくない」


どこにでもあるように、いけない粉 売買とか

声掛けて引っ掛かったら 軽くヤッとくか... みたいな 場所はある。

でも、バリ島自体の 治安は悪くない。


神々への信仰が根付いてるし、悪霊ブートやレヤックの存在のように、人の念の作用も みんな信じてる。

だから バリアンが祓うものも、他人や親族の

“嫉妬の念” ってこともあるし

簡単に黒魔術ブラックマジックを掛けたりもしない。

自分に返ってくるから。

人を騙したりしても、自分や家族に返ってくる と考える。

一人ひとりが そんな風だから、犯罪も少ない。


「しかし... 」


ボティスたちは、アジ=ダハーカの話を始めてたけど、榊は 手に取ったサテの串を見つめながら

「あのように、まやかしたぶらかされ

ひとり 寂しくおるのだ。

儂は、傍におりたくある。友である故」と

しょんぼり しちまってる。


「俺は構わんが」


ボティスが言って、ミカエルも

「うん、俺も守護する」って、榊に 笑いかけた。


「泰河に 何か近付けば、アコやシロウが 俺を喚ぶし、アジ=ダハーカは、ヴィシュヌやガルダも見てるから、すぐに仕掛けてはこない。

今は、他の異教神にキュベレを取られないように

囲うことで精一杯だろうしな。

バロンが戻ったから、悪霊ブートやレヤックも 鳴りを潜めてるし」


「バロンが?」って聞くボティスに、ミカエルは

「うん。姫様が、ランダの母親になったんだぜ?」って 結果から話してる。


「あっ、泰河たちだ」


入口の方見て、朋樹が言った。マジじゃん。

目眩まししたアコと、四郎も

泰河と朱里ちゃんの後に続いて入ってきた。


「おお、朱里!」


椅子を立つ 榊に、朱里ちゃんが笑顔で手を振って

ぼんやりと黄昏れてる ニナの隣に立ち止まった。


泰河と何か話すと、朱里ちゃんと泰河は

ニナの背後に位置する席に座ってる。


アコと四郎は、オレらの方に来て

泰河たちのテーブルを示すと

「朱里が、“囁き作戦に出る” って言うんだ」って

肩を竦めた。


「なんだよ それ」と ミカエルが聞くと

「“その恋は 本当は嘘っこなんだよ?” とか

“もう忘れちゃおう” とか、囁いてみる って」ってことみたいだ。

朱里ちゃんは本気でやってるけど、とことん明るい気がするんだぜ。


「むっ... 料理の注文などを、幻惑で... 」と

榊も 泰河たちのテーブルに向かう。

朱里ちゃんの隣に座って、手ぇ取り合ってるし

榊が笑顔になってる。ニナの状況は 何も変わってないけど、ちょっと 良かったよなぁ。


「では 俺は、呪術医バリアンの方を見に行くか。

今、どこに居るのか分かるのか?」


シェムハザが椅子を立つと、ボティスが

ノジェラを喚んだ。相変わらず 怖そうなんだぜ。


「呪術医は?」って 聞くと、ノジェラは

「ヴィラのカフェだ」って 答えた。


「マジかよ... 」

「まぁ、この辺りが 縄張りみたいなもんなんだろうしな。他のジゴロとは、場所が被らねぇようにしてるんだろ」


「ここからは シェムハザがみる。

地界で、ハティの手伝いを」


ボティスに「分かった」と 答えて

ノジェラが消える。

「では、そのままヴィラにいるかもしれんが... 」って、シェムハザが行こうとすると

「私も参ります」と、四郎が椅子を立って

「僕も行くよ」と ジェイドも言う。


「ここに居ても、出来ることもないし」


朋樹は「ニナの様子をみとく」って言うし

迷ったけど、オレもバリアンの方へ 行くことにした。




********




ジゴロバリアンは、相変わらず 夜グラサンで

腕とか胸の筋肉を強調する ピッタリめなシャツ。

気取り気味にコーヒー飲みながら、周囲を物色中。


「視線を読まれないように、夜のサングラスなのかな?」


夜飯食う四郎の隣で、ジェイドが気付いた。

そっかぁ... カッコつけてるだけだと思ってたぜー。

女の人ばっかり じろじろ見れねーもんなぁ。


「もし、術に掛かられたかたの前に

シェムハザが現われたら、どうなるのでしょう... ?」


ナシ チャンプルと ソト アヤム 食いながら

単なる疑問って風に、四郎が言ったら

「推測だが... 」って、シェムハザが真面目に答えた。

「クキヅケの状態にしていれば、その間は

こちらを見るだろう。

神に借りた人間の呪力より、悪魔である俺の呪力の方が強いからだ。

しかし 術同士の反発が起こり、掛かった者を混乱させるなど、悪い影響を及ぼすことが考えられる。

俺は 皇帝ルシファーのように、侵食する訳じゃないからな」ってことらしい。


ふうん... シェムハザは、まず 美で惹かれるけど

皇帝は、内側なかに浸透してくる ってことかぁ。

皇帝には 抗えねーよなぁ。


四郎が、飯 食い終えて

フルーツとクロポン取って、みんなで摘む。

何もしてねーと、だいたい食ってる気がする。

バリ来てから 余計よけーにぃ。

シャツん中から 腹触ってみたら、腹も摘めたし。

ヤバくね?


「おまえ、腹肉どうよ?」


細い筋肉質のジェイドに聞くと、腹 触って

「クロポン食べ過ぎたかな... 」つってる。

空手やめてからも、高校から大学にかけてくらいに かなり鍛えたから、中には残ってんだけど

簡単に覆ってくるようになってるんだぜ...


「まだ 27だというのに... 」


彫刻みてーな身体のシェムハザに嘆かれる。

「ちょっと四郎」って、四郎の腹 触ったら

結構、締まってやがるし!


「自転車に乗っておりますので... 」


嬉しそうだしさぁ。


「僕らも買う?」

「バリでは自転車移動?」


“バリでは” つってる時点でダメなんだよなぁ。

「部屋に戻ったら、クランチやエルボーブリッヂだな」って シェムハザに輝かれたけど

ジェイドが「バリアンに聞いてみる? ヨガかな?」とか 言うしよー。


「脚は? 空気椅子に座ってみろ」


認識されねーのを いいことに、シェムハザにやらされる。四郎は自主的な参加。


「あれ?」「こんな キツかったっけ?」


四郎は、結構 余裕のツラだし

「四郎、それマジ?」「ハッタリ?」って

聞いてみるけど

「兄様方より堪えられるやもしれません」って

言ってるしぃー。すげー。


「うん、オレ だめかもぉ」つったら

「おまえ、プライドは ないのか?」って

ジェイドが きりっ とした。


「卵だ」


オレらに やらせといて、シェムハザは

バリアン見てたんだぜ。

いや、そのために来たんだけどさぁ。


太もも ふるふるさせながら、バリアン見たら

バッグから 卵を取り出した。

脹脛ふくらはぎからかかとも やべーし。

シェムハザが 指を鳴らして、その卵を取り寄せると、青い光の人型の天空霊を 一体降ろして

「割れんように持っておけ」と、卵を渡す。


卵が消えた 自分の手のひらを見つめるバリアンは

警戒するように 周囲を見回した。


「今の記憶は削除するか」


シェムハザが また指を鳴らすと、バリアンは

我に返って、バッグから取り出した 卵を割った。

霧が凝って 眼のない青蛇になると

オレらの近くを這って行って、テーブル 一つ置いた席の 女の人のすねに 噛み付いて消える。


女の人が、バリアンの方を見た。

ふわっとした表情になって、眼が潤んで輝く。

やっぱ、どっか不自然なんだよな...

“あ... ” とかじゃなくて、いきなり どっぷりハマったって風。


女の人は、一人で座ってて

バリアンの方を うっとり見っぱなし。


コーヒーカップを持って、バリアンが移動すると

女の人も 立ち上がりかけたけど

自分の方にバリアンが歩いて来るのを見て

“信じられない!” って風な、嬉しそうな顔になった。

シェムハザも近くへ移動する。


「おおっ... 」「いつ... ?」


「ん?」


四郎とジェイドの声で、今 気付いたんだけど

空気椅子だったはずのオレらは、いつの間にか

椅子に座ってたんだぜ... シェミー、恐るべし...


「オレらも 近くに行く?」って 言ってたら

四郎が「いえ... 」って、入口の方を見る。

ニナが入って来た。



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