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ヴィラの駐車場でバンを降りる。

午前中に出たのに、もう 17時とかなんだよなぁ。


「榊、まだ 見張ってんのかな?」って

ヴィラのリビングに入ったら

ソファーに アコと、染めた長い髪の女のコが座ってる。


朱里シュリ?」


泰河が 驚いた声で呼ぶと、泰河と同じ髪の色をした 朱里あかりちゃんが

「おかえりぃ!来ちゃったんだけどー」って

振り向いた。


「おおっ、朱里ちゃん!」

「久しぶり!」


黄色い地に水色の花が入った サロン生地のワンピース着てる 朱里ちゃんは

「うん、久しぶりぃ!」って

ほっとしたように笑う。


「昨日、シイナの様子 見に行って

朱里の店にも行ったら、今日と明日が休み って

言うから、連れて来たんだ」


アコが説明してるけど、泰河は

「おまえ、来るって言ってなかったじゃねぇか」って 言いながら、顔 明るいし。分かりやすー。

けど、オレらも会えて嬉しいし。

三の山で会ったっきり だったしさぁ。


「お仕事 って聞いてから、ジャマしちゃ悪いかも って思ったんだけどー... 」


「何を。ジャマなものか」って

シェムハザが 指 鳴らして、朱里ちゃんの髪に

水色の花飾りを付けた。


「おう、ハナヤカになるし」

「来てくれて嬉しいよ」


泰河が、朱里ちゃんの隣に座ると

四郎も 泰河の隣に座って

「三の山で、一度 お見掛け致しました。

天草 四郎時貞、蘇りで御座います」って

泰河越しに 挨拶して

「うん! 泰河くんにも、沙耶ちゃんたちにも

お話 聞いたよ! 藤島 朱里です」って 握手してる。


「前に、コンペイトウくれたよね?」って

バッグからロリポップをいっぱい出して

「これ、あたしが好きな味。食べてみて」と

チェリーミントのやつを 四郎に渡してる。


「イゲルが、ボティスに報告に来てたけど

“お前達が戻った” って 言って来る」って

アコが消えた。


テーブルには、ミックスフルーツジュースの瓶があったけど、アコが居たとこに シェムハザが座りながら、アイスコーヒーとラテ、イルフロッタントと ショコラムースを取り寄せてくれた。

横並びだと話しづらいし、オレらは 向かいの床に座る。


「美味しそう! ありがとう!」って

ラテとデザートに喜ぶ 朱里ちゃんは

「このワンピースは、アコちゃんが買ってくれたんだけど、クッキーも いっぱい買って来たよー」と、テーブルの下に置いてた 買い物用バッグみたいのを 引っ張り出して、お土産品っぽい箱を出した。


「おっ、これ... 」と、朋樹が 一箱取って

「“バロンクッキー”」って ジェイドが読んでる。

箱のイラストのバロンは、牙はあるけど

獅子舞が もっとかわいくなったような感じ。


「そう。泰河くんが、この子に間違われる って

聞いたからぁ」


「うん、ちょこちょこ祈られててさぁ」

「こんなに かわいくねぇのにな」


泰河が「おまえらさ... 」って、箱 開けて笑ってるし。イルフロッタントとムース食ってから

みんなで摘む。

バロンの顔の形ってだけで 普通のクッキーなんだけど、かわいいし、土産に 当たり障りなく喜ばれるだろうなって思う。

四郎も「学友に購入しようかと... 」って

クッキーの顔 見て言ってる。


「こっちに来てから、沙耶ちゃんに連絡してないんだけど、沙耶ちゃんもゾイも元気?」って

朋樹が 聞いたら

「うん、あたし、ほぼ毎日会ってる! 元気だよー」って 明るく答えてたり


「涼二が、“朱里さんの店に行ったことがある” と

自慢するのです」って言う四郎には

「えー、四郎くんも、リョウジくんと 一緒においでよー! 22時までなら未成年だけでも大丈夫だよー。お代は纏めて、ボティスさんが払ってくれるんだって。すごいよね!」って 答えてる。


「泰河が 責任者となる、チーズとオリーブオイルの店についてだが... 」って、シェムハザの説明を

「うん、その事 気になってたんだけどー... 」って 聞いてんの見て、朱里ちゃんて 結構 喋るんだけど

人の話を聞くのも上手いよな... って思った。


ニナやシイナ、沙耶さんもゾイもだけど

客商売経験があるコって違うよなぁ。

しゃしゃらねーし。女のコに限らねーんだろうけど。


で、泰河と自然に馴染んでるし。

笑い合ってるとことか見ると、こっちも 気分が明るくなる。

何も知らねー 人から見ても

“明るく健康的な ふたり” って 印象だと思う。

なんかいい。


シェムハザの説明が終わると

「魔人さんたちの お店なんだぁ。

あたしも買いに行くね」って 楽しそうに

バロンクッキー 食ってる。

店でコントラバス弾いてる時は カッコいいけど、

今は、泰河の隣でニコニコして かわいいしぃ。


ジェイドも バロンクッキー 取って

「もう、どこか観光した?」って 聞いた。


朱里ちゃんは、昼過ぎに迎えに来たアコと

泰河の車で 海まで来て、洞窟から遺跡に出たから

遺跡観光は したらしかった。

市場バザールと、“有名なチョコがある” と

アコが チョコのカフェに連れて行って

“そろそろ 泰河たちが戻って来るかも” って

ヴィラに来たらしい。

アコは、退屈させずに待たせるんだぜ。


「アコちゃんが

“また夜に、泰河も連れて どこか行こう” って

言ってくれてるんだけど

でも、榊ちゃんもいる って聞いて。

それで、魔法で騙されちゃってる女のコの話 聞いて... 」


朱里ちゃんは、ニナが心配みたいだ。

会ったこともねーのにさぁ。優しいよなぁ。


泰河やゾイに 大まかな話は聞いてたみたいで

「心が女のコで、とっても なりたくて

本当に 女のコになったんだよね?

ハティさんが “真実の姿に” って。

なのに、嘘の恋しちゃうなんて 悲しいし

あたしが いやなんだけどー... 」って

ラテのストローで、氷 カラコロしてる。


「榊ちゃんとボティスさんが、心配して見てる って言うし、あたしも行ってみようかな って... 」


朱里ちゃんが言うと、シェムハザが

「“仕事のジャマにならんよう” など、考えては ないか?」って確認してる。あり得るし。


「言っておくが、泰河はバリに来て 何もしていない。それは、俺等に関しても言えることだが。

だいたい、海やバリへは 遊び目的で来た。

たまたま 仕事に関連する事が起こり、対処を考えている... といったところだ」


「うん、そ。オレも何もしてねーし」

「把握しとくために、ついて行ってるだけだよ」

「実際、今は別に 動きようもねぇしな」


オレらも言って、四郎も

「アコが 御一緒するならば、私も観光したいです。アコと おりますので」って 誘ってみてる。


「うん! でも、本当に気になるんだけどー... 」


今度は、“遠慮してると取られたら、それはそれで悪い” って雰囲気の朱里ちゃんに

「では、王宮などで 舞踊などを見て

戻って来たらどうだ?

どちらにしろ、俺等は ここで

ミカエルを待たねばならん。

それから、ボティス等と合流しよう」って

シェムハザが決めて、ちょうどアコが戻った。


「榊とボティスは、王宮近くの市場バザールにいた。

ニナが タクシーを使って、そこまで出てみてるから」


「ああ、じゃあ ちょうどいいじゃん」

「ボティスたちと話して、ニナが飯食うとこで

食事して、舞踊 見て来たら?」


オレらが言うと

「うん、サラスワティー寺院の夕景も見よう。

あのカフェは、観光客も多いし

ニナも入ったことがあるから、入るかもしれない。泰河」って、アコが 泰河を立たせる。


「おう、行って来る。四郎、着替えようぜ」


泰河は、四郎と 仕事着から着替えて来ると

朱里シュリ、オレらも行ったんだけど、寺院が ライトアップされるんだ。見に行こうぜ」って

朱里ちゃんを誘う。


「うん、じゃあ... 」って 朱里ちゃんも立って

嬉しそうに笑うと「行ってくるね?」って

ヴィラを出た。かわいいんだぜ。


「朱里ちゃん、明るくていいよなぁ」


アイスコーヒー 持って、ソファーに移動しながら言ったら、「泰河と似合っている」って

シェムハザも笑顔だし。


「まだ付き合ったばかりの 初々しさもあるのに

付き合いの長い二人 にも見えるね」


「そう! 泰河が、すげぇ 自然なんだよな。

朱里ちゃんも 泰河に対しては、ムリしてるとことか ねぇしな」


バロンクッキー 片手に、朋樹が嬉しそうなんだぜ。オレも、泰河が朱里ちゃんと居ると

なんか安心する。


「しかし、ニナさ... 」


半分になったバロンクッキー 見ながら

朋樹が言った。

朝から 一日中、うろうろしてるんだよな。

あのバリアンに会いたくて。


まやかしの熱に 浮かされているようだな」って

笑顔が消えたシェムハザが、アイスコーヒーを飲む。ジェイドも飲んでるけど、特に何も言わず。


「ん?」


テラスのプールの上が 光ったかと思ったら

エデンのゲートが開いて、ミカエルが降りて来た。


「おかえり」「早かったじゃん」って 言ってたら、ミカエルは、テラスから 部屋に上がって

ソファーに座りながら

「うん。聖子に報告して、ザドキエルやラミーと話して来ただけだし」と

シェムハザからアイスコーヒー 受け取った。

バロンクッキーを 指で摘んで

「かわいいな」って 見つめてる。


「アコが、朱里ちゃん 連れて来てくれてさぁ... 」って 簡単に説明して、シェムハザが

「聖子は、何と?」って 聞いたら

「異教に渡った ってことに、厳しい顔をしてた。

“何かあったら、サンダルフォンをかばいきれない” って」とか言うし。


「“庇う”? 聖子は、サンダルフォンが

キュベレを牢から出したことを、庇う気だったのか?」


朋樹が “信じられん” って 顔で言ったら

「奈落に落としたところまでは、まだ

そういうつもりだったみたいだな。

キュベレが目覚めず、天の牢に戻ったら

サンダルフォンと二人だけで 話をしよう と

考えてたようなんだ」と、ため息をついて

バロンクッキーを食った。


... “もし あなたの兄弟が罪を犯すなら、

行って、彼とふたりだけの所で忠告しなさい。

もし聞いてくれたら、あなたの兄弟を得たことになる”...


マタイ 18章15節がよぎる。

聖子って、聖子だよな...


「僕は、安心したけど。だから 信じられる」


ジェイドが言うと、ミカエルが

「うん」って 微笑った。


「でも、奈落... 天の管轄を出て

アジ=ダハーカに 渡った。

キュベレやオベニエル、ランダが惹かれたように

アジ=ダハーカも 惑わされてる恐れもあるけど

“キュベレによって、封が解かれた” という

借りも出来てしまってる。

アジ=ダハーカは、キュベレに従うし

アンラ=マンユも、これに関しては 止めようとしないと思われる。そういう存在だから。

アンラ=マンユまでが キュベレに乗らないように

ベルゼが 説得してるだろうし

アフラ=マズダー も 説得するだろうけど... 」


「他の異教神は 分からん... ということか」


ミカエルが止めた言葉の続きを、シェムハザが言った。


「アジ=ダハーカのように

キュベレに 不遇から救われたら... ってこと?」


ジェイドが 眉をしかめて聞くし

「それ、他の封や牢も解かれる ってことかよ?」

って 言ったら

ミカエルが「可能性はある」って答えるし...


「だが、アバドンのように

“キュベレを独占しよう” とも 考えるはずだ。

キュベレは、父の一部だからな。

間違いなく 地上を掌握 出来る。

ただ、キュベレが目覚めれば

単に 利用されるのみ となるだろうが... 」


シェムハザが、慰めにならねーこと付け加えて

無言になっちまうしさぁ。


「アジ=ダハーカが キュベレを目覚めさせる前に、取り返せればいいんだろうけど」


尤もなことを ジェイドが言うけど、なんか もう

遠くで起こってる出来事の話をするみたいに

現実感ねーし。奈落の時より、キュベレに手が届かなくなった... って気が すげーする。


プールの水面に映る 夕焼けの色を見てたら

「俺等も、バラキエルのとこに行くぜ?」って

ミカエルが 着替えの紙袋を あさり出す。


「食事は?」って シェムハザが聞くと

「バラキエル達と食べる。ニナが気になるだろ?

今は、沙耶夏の店も忙しい時間だから

まだ ファシエルも喚べないし。

ヴィシュヌやベルゼが戻って来たら、話を聞いて

また考える。お前達も着替えろよ」って

薄いピンクの地に グレーでバロンの絵が描いてある シャツを出した。





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