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「うん、いいね」

「姫サマと お揃い」


もう ミツ編みしてある姫様の代わりに

ジェイドは、ランダの髪をミツ編みした。

シェムハザが取り寄せた 花のゴムで留める。


「良いか、ランダ。

この母以外に、母を求めるな」


師匠が言うと、ランダが頷いた。

ランダを見て、ヴィシュヌが微笑わらって頷く。


逆毎ザコ。お前も、もう惑うでない。

お前が惑えば 子等も惑う。

お前は 俺の娘であり、日本の神だ」


姫様が首を横に振る。“はい” ってこと。

泰河が「スサさん... 」って 眼を赤くした。

姫様は もう、大丈夫だと思う。

「姫サマ、良かったな」って 笑顔のミカエルにも

姫様は 首を横に振って答えた。


「アヤ」


ランダが スサさんを指して、姫様に教えてる。

Ayah... 父さん らしい。

スサさんが、鋭い眼を丸くした。


「母の国を見るか?」


月夜見キミサマが ランダを誘う。

「一日で この島に戻す」って ヴィシュヌに断ると

「うん、観光して来ていい」と 許可を出した。


「姫君も、バリに来るがいい」


師匠が言うと、姫様はまた 首を横に振って

ランダと 一緒に、幽世の扉へ入った。

「では 預かる」「何かあったら 喚べ」と

月夜見とスサさんも入って、扉が閉じた。


すっかり良い気分になってたけど

「アジ=ダハーカ の話は?」って

ハティに引き戻されたんだぜ...


「そうだ... 」

「月夜見に話してないな... 」


けど、その辺は もう

後で 榊に扉を開けてもらって

シェムハザかハティが話す ってことになった。


「ともかく、食事を取りながら話そう。

彼は 円から出れる?」


ヴィシュヌが、召喚円に立ってる ザドキエルを

示して言ったけど、居たの忘れてたぜ。


『いや、私は 天から、アジ=ダハーカや

キュベレの 居場所を探すことにするよ。

アリエルやアシュエルにも報せて

奈落の天狗にも、この事と

新しい妹の事を話して来よう。

何かあったら、また召喚してくれ。

こちらからも合図する』


ザドキエルは、ミカエルに言うと

ヴィシュヌと師匠に会釈して 召喚円から消えた。


「シェムハザ。テーブルを取り寄せてもらったけど、皆で座ることにしてもいい?」


シェムハザが「もちろん」と ヴィシュヌに頷いて

テーブルを城へ返すと

ヴァースキの日陰に、赤いシートが敷かれた。

真ん中に、どでかい円の盆が置かれる。


「座って」と 言われて、ブーツ脱いで座ると

「フルーツは後で」と 盆の上に、エビのサラダ

豚の丸焼きや 牛肉の煮付け、カレーアヤムや 山盛りのサテ、春巻き、ミーゴレン、ロントンと

レモンフレーバーの瓶ビールが並んで

一人ひとりの前に、サフランライスが載った皿と

何枚かの取皿、スプーンとフォークが並んだ。


「君たちも」


ヴィシュヌは、イゲルの配下の悪魔たちも呼んだけど、悪魔たちの方が 緊張するっぽいので

「じゃあ、砂漠の外で見張りについてる人たちも呼んで、そっちで食べて」って、こっちとは 別に

シートや食事を出してくれてるし。親切。


「バロン」


師匠が呼ぶと、バロンとじゃれながら

琉地も走ってきた。

アンバーとエステルは、バロンの毛に埋もれて

半分寝てるし。


「琉地、ヴィシュヌだぜ」って 紹介したら

ヴィシュヌの背中から、肩に前足掛けて 喜ばせてる。

ハティには、師匠が バロンを紹介してるし。

バロン式挨拶されてやがるんだぜ。


バロンやアンバーが、焼いたブロック肉とか

揚げバナナをもらって、エステルは ジャスミンの花をもらってる。


「琉地は?」って 聞かれて

「食わないんすよ」って 答えたら

「エデンの河の水は飲むぜ?」って

ミカエルが言った。


「嘘だろ?」


乳と蜜が流れてる って聞くけど...


「匂いや煙なら... って 思って、ジェイドの家の裏で、七輪で 肉焼いても 見てるだけだったぜ。

オレが食ったけど」


朋樹は、いろいろやってみてるらしかった。

「だって、式鬼も食うのによ」って。


「好きなものは?」


師匠が聞くと、琉地は「ウォ ウォ... 」って

半端に吠えた。オレの顔 思い浮かべてるし。

かわいいけどさぁ、違うんだぜ 琉地。


「... ルカが食べたものを、琉地も食べたことになってる」


ヴィシュヌが言った。


「えっ? どういうことすか?」


「ルカが、サテを食べると

琉地も同じように サテを味わって

腹も満たしている。繋がりが強いね」


マジか...


「何だよ 琉地!」「かわいいじゃないか!」

「おまえ... 」って、泰河が琉地を呼んで

抱きしめてる。


「けど琉地こいつ、いつもは あんまり

オレと居ないんすけどー... 」


「精霊だろう? 自分の土地を離れて ついて来たのなら、充分 “一緒に居る” と思うよ」


そっかぁ... アリゾナから ついて来たんだし

オレ、もっと 肉食おうっと。


「エデンの河の水を飲むのは、なんで?」


ミカエルが聞いたら、琉地は 鼻を鳴らした。


「別界のものは、直接 取り入れられるようだ」


「おお! でしたら、第二天ラキアのパンなどは

食べられるのでは?!」


四郎が期待したけど

「いや、人間も口に入れられるものは 違うみたいだ。それも、ルカを介して食べてるけど」って

ヴィシュヌが答えて

「天界のギーだよ」って、クリームのような

白いバターの皿を 琉地の前に置くと

琉地は、カフっと 食ってるし。 初めて見たぜ...


「地界の物も?」


さり気なく ハティが聞いて、ヴィシュヌが頷いた。ハティ、何か食わせてーんだな。


「バロン、明日には ランダも戻るけど

島の見回りを頼める?」


食事が済んだバロンに、ヴィシュヌが頼むと

シェムハザが天空霊を解放する。

バロンは、砂漠を森へ走り出した。

ワフッ... って、クシャミっぽい音 出した琉地が

アンバーを頭に乗せて ついて行く。


「エステルは どうする?」って

ミカエルが聞いてるけど

エステルは、ゾイのところに戻るらしい。


「しかし、アジ=ダハーカ とは... 」


サテ食ってる師匠が 難しい顔になると

ヴィシュヌもハティ、シェムハザやミカエルまで

似たような顔になった。

師匠の串は ウナギっぽく見えるけど、やっぱり蛇なんだろうな... まぁ、大差ねーか。


「アンラ=マンユ には?」


「話すべきだろう。ベルゼに頼む」


「アフラ=マズダー にもか?

クルサースパは 眠ってるんだろ?」


ゾロアスター だよな?

アンラ=マンユは 悪神で

さっきの蛇男... アジ=ダハーカ もこっち。

アフラ=マズダーは善神。... ってことくらいしか

知らねーし、牛肉とサフランライス 食ってたら

「その方々は... ?」って 四郎が聞いた。


「そうか、シロウは知らないよな」

「だが 預言者だ。知っておいた方が良かろう」

って ことで「簡単には なるが」って

ハティが 説明してくれる。


「バラモン教や ゾロアスター教といった宗教に

分かれる前、インドとイランには、共通した

創生神話があった」


それによると、天空、水、大地、植物、動物、

人間... の 順で造られて

神が、原初の牡牛を犠牲にとって 血を流し

創造されたものたちを 動きを与えた。


「インドをバラモン教化した アーリア人たちが

イランにも入り、インドと同じように

彼等が 神々に対する祭祀を行っていたが

ザラスシュトラ... ゾロアスターが、天啓を得る」


ゾロアスターが活動したのは、紀元前18世紀頃、

また 紀元前14世紀頃、紀元前6世紀頃... など

様々な説があるけど、聖典 “アヴェスター” の成立は、3世紀頃のようだ。

それまでは、口伝で伝えられていたものが

文字で記されるようになった。


「これによると、原初には 二つの雲があったが

二つの雲が 互いの存在に気付いた時、対立し合う本性により、一方は 善を選び

一方は、善に対立するものを選んだ」


対立し合う本性... 元々、相反する 二つの雲だった

ということになる。

それが、善悪... 光と闇になった。


善を選んだのは、アフラ=マズダー。

対立する悪を選んだのが、アンラ=マンユ。

アンラ=マンユ は、アングラ=マインユ とも

アングラ=マイニュ ともよばれる。


「対立には終わりはなく、アフラ=マズダー が

これを “限定的なものにしよう” と 提案した。

戦う期間を定めよう というものであり、アンラ=マンユ も了承した」


この時から、“時” が 始まる。

戦いに定められた時は、一万二千年。

地上時間と異なってる気はする。


アフラ=マズダー が、最初の三千年に

天空と水、大地、植物、動物、人間を創造した。

それらは 霊的な存在で動かず、目に映らず

触れられもしなかったので、物質的なものに変換することにした。


天空に宇宙殻で覆い、その中に水を入れ

平らな大地を浮かべた。

大地に 植物と動物、人間をおく。

最後に、火を造ると

火は すべてに、生命と運動をもたらした。


「アンラ=マンユ は、“ディウ”... 闇の勢力を造っていたが、アフラ=マズダー の 完全なる創造を

目にすると、無力感に覆われ

次の三千年の間は、意識を失い 倒れていた」


ヤバい。面白おもしれぇし...

「創造で やられたのか?」って

真面目に聞くジェイドが 追い打ちをかける。

笑ったらダメなんだろうけど、えられねーし

春巻き 指に持ったまま、左手で 額 かかえてたら

隣では、葉の包みを剥いたロントン 持った泰河が

肩 揺らしやがる。


「やめろって... 」って 言ったら

「だってさ、定めた時の半分が 終わっちまったじゃねぇか。四分の一の時間は、アフラ=マズダー

不戦勝だろ? つえぇよ」って 返してきやがって

朋樹が、ん と ふ の間くらいの声を 鼻から漏らした。笑わねーように 水飲んだ四郎もせてるし。


「だが、闇の勢力に励まされ

気を取り直した アンラ=マンユ は... 」


ハティ、真面目に話してるけど

わざとやってね?

話聞いてたら、アンラ=マンユ かわいーしさぁ。


「物質的になり、破壊が可能となった

アフラ=マズダー の創造物を攻撃した」


水を塩水に変え、大地を砂漠化して 植物を枯らす。

最初の動物... 原初の牛と

最初の人間である ガヨー=ムルタン を殺し、

火による煙と灰で 大地を穢した。

笑えなくなってきたんだぜ... 本気じゃねーかよ。


けど、枯れた植物の種が、無数の植物を造りだし

牛は月に運ばれて、多種類の動物の種となって

大地に降り注いだ。

破壊によって、新しい拡がりをみせる再生。


「死の際の ガヨー=ムルタン から、地上に零れた精液から、大黄ルパーブに似た植物が生えた。

これの雌雄は 明らかでなかったが、これが分離し

マシュヤー と マシュヤーナグという 二人の男女になった」


「植物が... 」って、ロントン片手に

カレーアヤム掬った スプーンも持つ泰河が

閃いたようなツラになる。

たぶん また、椎茸観に光明差したんだろーけど。


「この二人は、アンラ=マンユ に欺かれ

アンラ=マンユ を礼拝したために、五十年の間

子供に恵まれず、ようやく双子を産んだが

二人が食べてしまった」


ええー...  悪神崇拝してたから?

アンラ=マンユって、やっぱり悪いな...


「双子と二人を憐れんだ アフラ=マズダー が

子供から甘い味を取り去り、次に生まれた双子は生き延びた。

これから七代目に “イマ” という者が生まれたが

この三千年は、混合の時代とよばれる」


大黄ルパーブのような植物から分かれた二人、マシュヤーとマシュヤーナグから 七代目の “イマ” は

“フワルナ”... 王となるための神の恩恵を与えられ

大地の最初の支配者となった。


イマは、インド神話では “ヤマ”。

最初に死んだ人間で、死者の国の王になった。

冥府の王として、仏教と共に中国に渡り

日本では、地蔵菩薩の化身である閻魔王と

密教の焔摩天となる。


イマの治世の時、まだ人は 死を知らなかった。

常春のような気候と肥沃なる大地で、豊かに暮らしていた。


「だが 千年が経った時、イマは罪を犯した。

尊大となり、自身を神とみなして 犠牲を捧げさせる儀式を行い、神のものである 牡牛の肉を

人々に食べさせた。

その時、恩恵フワルナが 金の馬の姿になって飛び去り

アジ=ダハーカ が、これを捕まえて隠し持った」


王権は、アジ=ダハーカ に渡る。

アジ=ダハーカ に殺された イマは、死者の国の王となり、大地には 冬の時代と死が訪れた。


「“アジ” は、蛇を表す。蛇のダハーカだ。

アジ=ダハーカは、三つの頭を持つ蛇であり

人喰い竜だった」


死は、アンラ=マンユ がもたらすもの。

悪魔王が統治する時代は、冬と死の時代で

人々は、飢饉や病に苦しんだ。


「アジ=ダハーカ と戦ったのは、善の信仰を持つ 英雄 “スラエータオナ” だ。

しかし、アジ=ダハーカ は、棍棒で どれほど打とうと殺すことは出来なかったので

ダマーヴァンド山の洞窟に 縛って封じた」


「おお、なるほど!」

「この扉は その封かぁ!」


かなりスッキリして、半分むいてあるマンゴスチンを 皿から取ったけど

「それが出ちまった ってことだよな」って

朋樹が言った。 おう...  固まるんだぜ。

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