58


「ランダ、落ち着け。バロン、降りていい」


ヴィシュヌに言われて、ランダを下敷きにしていた バロンが下がる。


地界の黒い鎖に巻かれたままの ランダは

眉間から 鼻の上に、深い縦ジワを寄せて

オレらを睨み回しながら 起き上がった。


抹茶色の肌に 黒緑の乱れた髪。

黒い膝丈のサロンに 赤い腰帯。

緑の 女ターザンだよなぁ。胡座かいてるしさぁ。


「ランダ。お前は、バロンから逃げるだけで無く

何かに引かれて 移動していたな?

大母神か? それとも アジ=ダハーカ?」


ランダは、ヴィシュヌも無視だ。

っていうか、眼ぇ合わせたくなさそうに見える。

師匠のことも “気付いてないし” って風。


「シェムハザ」


ハティに 名前を呼ばれたシェムハザが

軽く肩を竦めて、ランダの近くへ行き

隣に しゃがんだ。甘い花砂糖の匂いが増す。

「シェムハザ、効くのかな?」って

泰河が わくわくしてやがる。


シェムハザが 指を鳴らすと、地界の鎖が緩んで

ランダの両腕が自由になった。

肩とか胴には絡んでるし、抜けられねーけど。


「ランダ。俺は、シェムハザという。

異教の堕天使系の悪魔だ」


シェムハザが差し出した右手を、ランダは ただ

じっと見つめてる。

手を差し出したまま「好物は?」と 聞くと

「トカゲ」って答えた。

アオジタトカゲ、丸かじりしてたもんなぁ。


開きっぱなしだった右手に、サテを取り寄せた

シェムハザが「トカゲ肉だ」と 輝くと

ランダは、オズオズと受け取った。


「ほう... 」「女性になっている... 」って

師匠とヴィシュヌが 感心する。

何故か、指が顎ヒゲの泰河が 得意げなんだけどー。


召喚円の中で腕を組む ザドキエルも

真面目に様子をうかがってるのに、ミカエルは

「お前、撫でても 煙出ないな。聖獣だもんな」って、バロンと遊び出した。


ゴールド混じりの白いたてがみに 真っ赤な顔。

鼻が長い犬に近い顔付き。

身体の白い体毛は長く、脚部分は短毛。

足の先に 藍色の爪。

でかさは、体高がある虎くらい。


顔を近付けたミカエルの ブロンド睫毛の匂いを

バロンが 長い鼻で嗅ぐ。

くすぐったいのが ミカエルが笑うと

バロンは ミカエルの頬に、自分の頬を着けた。

かわいーしぃ!


「まだ食べるか?」と、シェムハザが ランダを

懐柔する間に、琉地を喚んでみたら

ジェイドもアンバーを喚ぶ。


「バロン、琉地だぜ。コヨーテの精霊」

「この子は アンバー。白いけど インプなんだ」


オレらが紹介すると、バロンは 琉地の鼻と

アンバーのモヒカンたてがみの匂いを嗅いで くすぐる。バロン流の挨拶らしかった。

琉地とバロンが笑い合って、アンバーが バロンの背中にしがみつき、白い毛に埋もれてる。


ミカエルが エステルも紹介すると、朋樹が

「バロン、泰河っていうんだ。

よくバロンに間違われる」って 泰河を紹介した。


扱いが琉地でも、バロンと仲良くなりたい泰河は

笑顔で「よろしく」って しゃがんで

右眼の周りに出る 模様の辺りを嗅がれてる。

バロンに頬つけられて、“やった!” ってツラしてるし。


「天草 四郎時貞です」


四郎は、自分を売り込んで

睫毛の匂い嗅ぎ挨拶と、頬ずりされてる。


「じゃあ、遊んで来いよ。オレも 後で遊ぶけど」


朋樹が言うと、ミカエルも泰河も頷いて

「行って参ります」「話は後で聞くよ」と

四郎は ともかく、ジェイドも笑顔で歩き出した。

オレもー... って 行こうとしたら

「おまえくらい居ろよ」って 朋樹に止められた。

えー...  流れでイケると思ったのにさぁ...


「仲良くなったね。後で 俺にも

あのコヨーテやインプを 紹介して」


ヴィシュヌは、ミカエルたちが羨ましそうだけど

ランダから話を聞かない訳には いかねーし

シェムハザの隣に しゃがんだ。


ハティは、揺れるバロンの尾を見てる。

「紹介を?」って 師匠に聞かれて

「後程」って 答えてるし。


バロンが少し離れた分、緊張が解けた風のランダに、シェムハザは「俺が暮らす国の酒だ」と

白ワインのハーフボトルを渡した。


一口飲んだランダに、シェムハザが

「美味いか?」と 聞くと、ランダが頷く。

指を鳴らすと、ランダの胸が 黒い三角ビキニで隠れた。シェムハザを見たランダに、シェムハザは微笑みだけを返した。

ランダが だんだん、女の子に見えてくるんだぜ。


「ランダ。大母神と アジ=ダハーカ、

どちらに引かれていた?」


師匠が聞くと、シェムハザが トカゲのサテを渡す。受け取って 一口食ったランダは

「... わからん。魅力に近付いた」と

サテの串を見ながら答えた。

「生でも美味いが、焼いたトカゲも美味い」

つってる。


「魅力とは?」


「愛だ」


師匠に答えたランダが、白ワインを飲む。

オレと朋樹だけじゃなく、ハティやヴィシュヌも

目を見張った。愛 って、キュベレの... ?


「慕う念では無く、愛を感じる」


ランダは そう言って、トカゲ肉を食う。

慕う念 っていうのは、配下のレヤックや悪霊ブート

いつも ランダに向けてる念だと思う。

それなら、引かれた愛は

ランダが 慕いたくなる、母性を感じるものかも。


朋樹が小声で「マズいんじゃねぇか?」って

言った。


「キュベレのやってることは、支配じゃない。

ランダもだけど、悪魔たちを 自分の子として見てる。キュベレの愛に引かれた悪魔たちは

自ら望んで、キュベレのために働く」


“母を嫌わないで” と言った、天狗を彷彿とする。


「母は強い」って、師匠も言う。

師匠の母さんは、異母姉妹の妹の奴隷だった。


同じ神の元に嫁いだ 師匠の母さんと

その妹は、夫神に 欲しい物を問われ

妹は『千匹のナーガの子を』と

師匠の母さんは『インドラ神よりも強い

二人の子を』と 答えた。


卵を産んだ二人は、五百年かけて温める。

妹の卵は どんどん孵るのに、師匠の母さんの卵は孵らない。


心配になった師匠の母さんは、卵をひとつ割ってしまう。

中から、上半身しかない子が生まれた。

優れた子を望んだために、身体がつくられるまで

時間が掛かり、まだ下半身が出来ていなかった。


上半身だけの子は、暁の神アルナ となった。

卵を割ってしまった師匠の母さんに対して怒り、

“五百年間、競った相手の奴隷になる” という

呪いをかけた。


この呪いは、妹のイカサマによって発動する。

七つの頭を持つ神馬のことについて 姉妹で話していた時、妹は『神馬の尾は黒かった』と 言う。

師匠の母さんは『いいえ、全身 白よ』と 答え

言い合いになり、ついには

『間違っていた方が、正しい方の奴隷になる』として、二人で確かめに行くことにした。


妹は、言い張ったものの

“やっぱり白かったかもしれない” と不安になり

自分の子供のナーガたちに

『神馬の尾を黒く見せ掛けなさい』と めいじる。

尾が黒い神馬を見た 師匠の母さんは、愕然とするけど、約束通り 妹の奴隷となった。


月日が経ち、ようやく師匠が卵から孵った。

天上は隅々まで 金色こんじきの輝きに照らされ

神々が 師匠を恐れた程だった。


でも、師匠の母さんは 妹の奴隷なので

師匠も奴隷として扱われ、明るくなったばかりの朝に『太陽を沈めてきなさい』だとか

無理難題を言いつけられる。


師匠は 母さんに、奴隷になった事情を聞いて

叔母さん... 母さんの妹の子のナーガたちに

『どうしたら、母を奴隷から解放する?』と

聞いてみた。ナーガたちは

『アムリタを取ってきてくれたら』って

また無理難題を押し付ける。

けど師匠は 天界へ乗り込むと、神々を蹴散らし

アムリタを勝ち取った。


母さんの元へ帰る途中で、師匠は ヴィシュヌに

呼び止められた。

アムリタを奪った理由を問われ

『母を奴隷から解放するために』と 答えると

『自身の不死のためでは無いとは!』と

ヴィシュヌが感動し

『俺の乗物ヴァーハナにならないか?』と誘う。

至高神ヴィシュヌの乗物ヴァーハナになることは

大変に名誉なことだ。


『アムリタは、天界のものだから

天界に置いておかなければならない。

だが、インドラに挑戦して負かせば

お前の魂を不死にし

母親のために、一度 アムリタを預けよう。

ナーガたちが飲む前に、俺が取り返す』


ヴィシュヌに言われた師匠は

最強とうたわれる インドラに挑み

見事に勝って、インドラからも認められ

『友情の証に』と、身体を不死にしてもらった。

『ナーガを食事にして良い』と 許可も得る。


ヴィシュヌには 魂を不死にしてもらい、

預かったアムリタを ナーガたちに見せ

『アムリタは聖なるものだ。

口にする前に、沐浴で身体を清めなければ

効果は得られない』と 話して聞かせた。


ナーガたちが沐浴する間に、ヴィシュヌが

アムリタを取り返し、天界へ持ち帰った。

ナーガたちは、ヴィシュヌにも

インドラに勝った師匠にも、文句は言えず

師匠と母さんは、晴れて 奴隷から解放された。

うん。長くなったけど、師匠も母さんのために

頑張ったんだもんなぁ。


「寂しいのか?」と聞く ヴィシュヌに

ランダは「これまで、そう感じた事は無い」って

答えて、シェムハザから トカゲのサテを受け取った。 これ、今は寂しい ってこと... ?


「“父” では どうだ?」


シェムハザが聞くけど、ランダは シェムハザを見て「お前は 満ち足りている」って 言った。


「キュベレも寂しい ってことなのか?」


朋樹が 同情した表情になって聞くと

「それが 利用する手 で無ければ。

“子として使う”」と ハティが言った。

朋樹が ショックを受けたような顔を向けると

「キュベレは悪魔ですら、簡単に誘惑出来る」と

言われて、地面の砂に視線を落とした。


「月夜見を」と ハティに言われて

朋樹が、首に掛けた革紐の先の 白い勾玉を握り

「掛けまくも畏しこき 月夜見大神、

この神籬ひもろぎ天降あもりませと かしこみ恐みもまをす」と

降来要請をすると

ドン!... と 砂が散って、月夜見キミサマが立った。

「砂漠か?」と、凛々しい眉をしかめてる。


「月夜見。ヴィシュヌだ」


ハティが ヴィシュヌを紹介して

二人が握手すると

「この娘が、母の愛を欲している」と

鎖に巻かれたままのランダを示した。


トカゲ食ってるランダを見つめる 月夜見キミサマ

霊視したようで「俺は、国の死を扱う 夜神だ」と

ランダに言った。


月夜見に向いたランダに

「お前と似たようなものだろう?」と 微笑む。

オレらに向けられたことは ねーけど

優しく笑ったりもするらしいんだぜ。


「待っておれ」


真横に伸ばした腕の手に、三ツ又の鉾を握った

月夜見は、鉾を砂に突き刺して 幽世の扉を開き

中に消える。


少し待つと、月夜見は スサさんと戻って来た。

スサさんも ヴィシュヌと握手して

ランダの前に しゃがんだ。


トカゲ食いながら、白ワインを空けたランダを

じっと見ていたスサさんは

「俺は 母を求めて暴れ、姉神を困らせ

高天原を追放された」と ランダに話した。


ランダが眼を向けると、御神衣の袖から 水色の瓶を出して「蛇里の酒だ」と 渡してる。


で、幽世の扉に向かって「逆毎ザコ」とか 呼ぶと

姫様が現れたし!


「ギャアーーー!!」つってる姫様に、朋樹と

「姫様!」「元気だったんすね!」って言ったら

姫様が吠え止んだ。

なんだろ? なんか 会えて嬉しいんだけどー...


「おお、姫君!」「姫サマ、少し久しぶり」


姫様に気付いた四郎とミカエルが すぐ近くに顕れた。泰河とジェイドも こっちに向かって来る。


姫様は、何が起こったか分かんねーって顔で

青み掛かった黒眼を キョロキョロさせてるし。

よく見ると、姫様の着物の下は 袴になってて

視線に気付いた月夜見が

「柚葉が作った」と 教えてくれた。

髪のミツ編みの 花が付いたゴムは、ゾイの仕業らしい。


「逆毎。この娘が、母を望んでおるのだ」


スサさんが言うと、キョロキョロしてた姫様の眼が、ランダに止まった。

ランダの方も、姫様を じっと見てる。


「この国の悪を統べる者のようだ。

お前の娘とし、サカヲや天狗の妹に どうだ?」


ええっ?!... って 言いたいのを、喉で抑えた。


「ランダ。良いではないか」


「得体の知れぬ者の子となって 働くより、

これまで通り この島に 必要な悪として在り

この姫君を母として、甘えたら良い。

お前は、バリに必要な存在だ」


師匠とヴィシュヌが ランダに勧めると

「それでは、俺は友で」と シェムハザが微笑わらう。


ランダが、姫様に「イブ」って言った。


「Ibu... “母さん” だ」


師匠が訳すと、姫様の眼が 潤んで輝いた。

ランダの目の前に座ると、鎖を噛り切ろうとして

ランダの眼にも、じわじわと 喜びが満ちていく。

四郎が「なんと... 」って 胸に手を当てる。

オレも 胸 熱いし。


ハティが鎖を解くと、ランダは また

「イブ」って呼んで、姫様に笑顔を見せた。






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