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『お お... 』


『下がれ、榊!』


ワニだ...  ここ、森だろ?

顔、こっち向きだし...


ボティスが 榊をかかえようとすると

ワニが カパッと口を開けた。

いや、食おうとしてる態勢じゃねーし

オレらを認識してないっぽい。

無意味に開けた理由は 分からねーんだけど...


榊が反射的に ゴッ... と、黒炎を放射すると

口の中に黒炎を浴びたワニは、バクッと 口を閉じて、横に転がった。


『あっ、大丈夫か?!』


ミカエルは、ワニの心配してるんだぜ。


ワニからは見えてねーけど

両手で カパッて 口 開かせて、ヤケド点検してる。

で、手ぇ突っ込んで 癒やしてるし。


ボティスに抱っこされて、背中と三つ尾の毛を

逆立ててる榊は、怯えながら

『むう... すまなんだ... 』って 謝ってるけど

見えてたら 食われてただろ。

体長、2メートルくらいあるしよー...


『おお... 格好良いですね... 』


四郎が近付くのを、朋樹が はしっ と捕まえる。

ミカエル居るし、大丈夫だろうけど

見てて 不安だよなぁ。


『ワニって、川とか湖に居るんじゃねーの?』

『イリエワニなんじゃねぇの?

汽水域 っていう 海水と淡水が混ざった場所にいて

海流に乗って 移動するらしいぜ』

『7メートルや8メートルになるやつか?』


そんなの恐竜だろ...


『古事記にあります、因幡いなばの白兎の話は

やはり、南蛮から入ってきたものなのでしょうね』


四郎が言ったことに

『ふむ、それよ』『“和邇わに” な』って

榊と朋樹が反応する。


因幡の白兎って、隠岐おき... 沖? の島から

因幡... たぶん鳥取 に 渡ろうとしてた白兎が

『同族... 兎と和邇の数を比べよう』って

和邇に持ち掛けて

島から因幡まで並ばせた和邇の上を、数えながら渡るやつだよな?

渡り切るときに『実は渡りたかっただけ』って

暴露して、皮を剥がれちまう。


『ワニって、日本に居ねぇよな?

化石とかも出てねぇだろ?』


泰河が言って、ハッとしたけど

『僕は、“鰐鮫” って書かれていたものを読んだ。

サメのことなんじゃないのか?』って

ジェイドが聞くと

『ワニのことを サメって言う地方もあるみたいなんだけど、インドネシアに そっくりな話があるんだよな』って、朋樹が言った。


インドネシア版では、兎は マメジカで

同じように 『どっちが多いか』って 持ち掛けて

ワニの上を渡るけど

『騙されたな』って あざけるだけで、毛皮は取られない。


『話、似過ぎてるもんなー』

『ワニは、そのまま使っちまったのか... 』


『しかし、それを隠す気も無かったのでは

なかろうかのう?

“鮫” と記さず、“和邇” と 記してあった故。

神の話である故、霊獣の類かも知れぬが...

“異国でもあったことが、我が国でもあるのだ” と 捉えると、親近感も湧くがのう』


榊が言うことを聞いても

まだ何となく 残念な気ぃしたけど

『インドネシアの方は

“小さくて 力が無くても、頭を使えばいい。

大きく強い者も、小さい者をあなどるな” って

話しなんだろうし、分かりやすいよな』

『日本に渡りますと

“騙してはならない” という 教訓ですね』って

朋樹も四郎も平気そーだし。


『けど、パクって日本神話に使うとかさぁ... 』


『いや。大切なのは、内容の理解だ』

『意味のある話が、その土地だけで終わらず

渡り拡がるのは 良い事だろう』


ボティスもシェムハザも言うし、ミカエルは

『日本じゃ、その兎に会う スサの子孫の話なんだろ? オオクニヌシ。

オオクニヌシの兄弟が、意地悪をして

兎に 嘘の治療法を教えたけど、オオクニヌシは

ちゃんと治せる方法を教えてやる。

日本の国を治める神の 慈愛に満ちた性質の話。

例え 罪を犯した者でも、手を差し伸べろってこと。兎は 痛くて泣いてたんだろ?』って まとめて

ワニ あやし出した。すげー...

ワニには、ミカエルのこと 見えてねーのに

安心して ひっくり返ってる。


『うん。国単位でみることもない。

地上で生まれた話だ』って、アコも言う。

天や地界、外側見たら そうだよな。

逆に 日本で生まれた話も、海外に渡ってたら

なんか 嬉しいし。


『おい... 』


朋樹が、引くような声を出した。

オリーブや紫の幹の間から、ワニが顔を覗かせてる。一頭、二頭...  うん、うじゃうじゃ...


『木の枝には、蛇が居るね』って

ジェイドも言う。マジじゃん...


『ニシキヘビ?』『あの派手なのは?』

『グリーンパイソン』


『爬虫類が棲んでたのか?』

『それは、動物だろ?

何か 別のものも居るはずだ』


『インドネシアって、牛や人が

蛇に丸呑みにされてしまった って ニュースも

割と聞くね』


『ジェイド おまえ、今 言うなよ... 』


そこまで でかい蛇は いねーけど

ワニが ぞろぞろ出て来てる。

ミカエルに 腹 見せてるワニの様子見に

出て来たのかも。


『これ、ワニの間を 進むのか?

枝の上から 蛇が落ちてきたらさ... 』


『見えなくても、とりあえず 噛むかもな』


シェムハザに

『どうするんだよ、隊長!』って 聞いたけど

『神隠し中なのに 怖いのか?』って 返ってくるし。 おう、怖ぇしぃ。


『オレら、天使や悪魔じゃないんだぜ?』

『もし 血でも出したら、匂いで襲ってきて

食われるんじゃねーのかよ?』


わぁわぁ 言ってたら、ボティスが

狐榊をアコに渡して、自分だけ 神隠しを解かせた。ワニや蛇の顔が ボティスに向く。


『何 考えてんだよ、ボティス!』

『天使助力じゃねぇだろうな?』

『それとも、まさか自己犠牲なのか?』

『止せよ、もう帰ろうぜ』


野次っても、ボティスには聞こえねーんだけど

ワニの顎 撫でてるミカエルが

『お前等 うるさい。あいつ、蛇歴 長かっただろ?』って 振り向いて言った。蛇悪魔歴 な。


ワニや蛇は、ボティスのゴールドの眼と

眼が合うと、枝の上や地面で 頭も身も低くした。


『すげー! 爬虫類王じゃん!』

『さすが 双角王ズルカルナイン


けど、「うん?」って 何かに気付いたっぽい。


「誰かに 仕えているのか?」


ワニとか蛇に聞いてるんだぜ。

答えは 返ってきてねーっぽいけどー。


「朋樹、視えるか?」って 聞かれて

朋樹が ワニ視てるけど

『蛇しか視えねぇな』って 言ってる。

それを伝えるために、シェムハザも神隠しを解いてもらってる。


「なら、ルカ」


嘘だろ?


『いやです』つったのに、ミカエルが

“ほら” って 手ぇ差し出すしさぁ...


『共におりますので』


ワニの近くに行きたい四郎と ミカエルに挟まれて、ひっくり返ったワニの顎に そーっと触れる。

ひんやりするしぃ... 縮むんだぜ いろいろとー。


って言うかさぁ、質問もせずに

どうやって読むんだよ?... って 思ってたら

ボティスが、ひっくり返ったワニに

「主は誰だ?」って 聞いて、ワニを固まらせる。


ん... ? みえるのは、水上に 頭出した蛇だ。

“たんぼん”?


『“たんぼん” って 言ってるっぽい。蛇』


榊が神隠しした シェムハザに伝えると

また神隠しを解く。


「何だ、それは」

「蛇神のようだが... 」


ひっくり返ったワニに、ボティスが

「何処に居る?」って 聞くと

急に くるっと反転して、指に牙 当たったりして

『ぎゃああぁーーーっ!!』つって

『うるさいって言っただろ?』って

ミカエルに チョップされるしさぁ。

四郎は『爪も鋭かったのです』って 興奮してるけどー。


反転して 体勢を戻したワニは

ボティスに顔を上げて、“こちらです” 風に

長い尾を引きずりながら 歩き出した。


『離れない方がいいんじゃないか?』って

ボティスとシェムハザに ついて行く。


枝に巻いて ピシっとしてる蛇の下も通り過ぎると

「あ?」って ボティスが立ち止まる。


白い寝台だ。 これ、キュベレの寝台じゃ... ?


寝台の上には、水色の蛇がとぐろを巻いて 鎮座していて、寝台の前には、アルピノの白いワニがいる。


『榊、神隠し解いて。あいつ、“ジャタ” だ』


おっ、ミカエルの顔が キリッとした。

榊が『ふむ』って 神隠しを解くと

「ジャタ」つって

ボティスとシェムハザの前に立つ。

ミカエルに手ぇ繋がれてる 神隠しのオレも立つ。


「“ジャタ”? ダヤク族の神か?」

「ボルネオ島... カリマンタン島の?」


ボティスとシェムハザが話してるけど

全然 知らねーし。

カリマンタン島って、マレーシアとインドネシア、ブルネイの三国の島だよな?

ひとつの島が、三国に分かれてる。

ブルネイの領土は ちょこっとだったと思うけど。


水色の蛇が乗ってる寝台の向こうには

川が流れてるのが見えた。


奈落の森に 川は無かったし、この島の川かな? って思ったけど、どうも不自然な気がする。


川の向こうは、普通の幹と葉の森になってるし

川底が黄金に輝いてたから。


川の向こうの木は、この島の森の木とも

違う気がするんだよな...

島の木には 花もついてたし、地面にはシダも茂ってたけど、向こう側の木には実しかない。

草の丈も低い。

ついでに 奈落の森の地面には、草は ねーし。


『誰?』『さぁ... 』って言ってる 泰河たちに

アコが『水蛇タンボン... “ジャタ” なら

ダヤク族の神話の神だ。

“上界の金の山に住む” とも、“地上の下にある下界の 金が積もった川に住む” とも 言われるし

男神とも女神とも言われる。眷属はワニ』って

サッパリな説明してる。


『上界と下界、山と川、男神と女神 って

真逆じゃないか』って ジェイドが言ってるけど

四郎と榊は

『兎に角、その島のダヤク族の神なのでしょう』

『シヴァと妃も、そのような形態になるのであろう?』って 飲み込んだ。おおらかー。


「ミカエル」


あっ。ジャタ、喋った。


蜷を解いて、伸び上がったかと思ったら

白髪で赤い眼の 素っ裸の女になった。

顔は、くっきりした 東南アジア系。美人。


アルピノなのか、白い肌に 長く波打つ白髪。

半球型の美形乳に すっと締まった腹。

寝台に 胡座かいてるんだけど

『えっ?!』 ... 付いてる?!


『ああ? どういう事なんだよ?!』

『ちくしょう! 見ちまったぜ!』


オーゥ... って、泰河と朋樹の 呻き声するけど

オレ、まだ 凝視しちゃってんだけどー...

だって...


たぶん、同じ事に気付いたジェイドが

『待って』って言ってる。『よく見て』つって

『バカか おまえ』『ふざけんな』って言われてるけどさぁ...  蛇なんだぜ。 しかも ご立派。


『む! のっ... 』


榊が見ちまったことに 気付いた四郎が

『おお、榊!』って 焦って

『なりません! まなこを閉じるのです!!』って

緊急時の声で言ったら、やっと 泰河も朋樹も

『うおぉっ?!』

『ダメだろ何か! どういう形態だよ?!』って

なった。 うん、卑猥ヒワイにも程がある。


『おぅ... 来るとこまで 来ちまった感あるよな... 』

わきまえて欲しいね』

『バリ島しか サロン巻かねぇもんなぁ... 』


「その寝台に、女が寝ていたはずだ。

どこに行った?」


ミカエル すげー。普通に話してるじゃん。

ボティスもシェムハザも、特に意に介してねーしさぁ。違うよなぁ。


「あれは、良くないものよ。川に流した」


おっ...


『... マジかよ?』

『キュベレを?』

『もう、気にならなくなってきたね』


ジェイドを振り向いたら、ボティスにも振り向かれてて、眼ぇ背けてるけどさぁ。


キュベレを流した... って

アバドンも触れなかったのに

異教神に、そんなこと 出来んのかよ?

オレも、目の前過ぎんのに

蛇も 足元の白ワニも 気にならねーし...


「下界の川に? どこに繋がっている?」


「さぁね。根のことは 分からない」


根?


『ジャタは、宇宙樹そのもの とも言われてるんだ』


『宇宙樹?... って、世界樹?』

『ユグドラシル? 天から地界まで

世界を貫いてるんだろ?』

『須弥山? メル?』

『インドなら、アシュヴァッタ?

逆さに生えてる 宇宙の根本原理。イチジクの木。

カバラのセフィロトも、天に根を張る』


『宇宙樹... 生命いのちの木のようでもありますね。

永遠であり、永遠となられた、ゼズ様の十字架くるすのようでもあり... 』


生命の木の実を食べると、永遠の生命を得る。

生命... 息。霊や言葉だ。


「だいたい、何故ここに居る?」

「そうだ。ここは ケイ諸島の島だ。

カリマンタン島の者等に信仰されているだろ?」


シェムハザやボティスが聞くと、ジャタは

「知らないわ。川ごと移動していたのよ」って

答えてる。

じゃあ、川と 向こうの森は、下界ってこと?


けど、“上界の山” と “下界の川” って

バリ ヒンドゥーの

“神の座のメル” と “悪いものは低い場所... 海” に

似てる気するんだよな。繋がってる。

宇宙樹そのものなら、上界、地上、下界の

どこにでも属することになる。

宇宙樹、アシュヴァッタの根なら 天だ。


さっき アコは、上界下界、山と川、男神女神って

相反するものが ひとつになってる存在 みたいに

言ってたし。


「それで、この不自然な森のように

良くないものが眠っていたから、流したの」


「その寝台は?」


ミカエルが聞いてるけど、寝台は天使なんだよな。奈落の。


「気に入っているの。

ミカエルにも、あなた達にも似てる」


ジャタは、シェムハザやボティスを見て

“あなた達” って言った。

ミカエル... 天使と、悪魔と人間。

寝台が 奈落の天使だからなのか

神の悪キュベレが 手を加えたからなのか...


「“良くないもの” を 流す前は

何もしてないよな?」


「“何も”?」


ミカエルの質問に、ジャタが 笑って問い返す。


『何も って、つまり... ?』


ジェイドが聞くと、アコが

『ジャタは、何とでも結び付ける』って 答えた。

やめてくれよ...


「ミカエル。相手は 眠っていた のよ?

そんなツマラナイことは しないわ。

私は、あなたの天や 地の底の牢に 繋がれる気はないしね」


おう、ホッとしたぜー。

アコに抱かれてる狐榊の眼を 両手で塞いだまま

『良識の有られる方のようですね』って

四郎も言ってるけど

「あなた達なら、起きてるわね」って

胡座の片脚を解いて、その膝を立てた。


『うん。でもジャタは、“金の戸口” も持ってる』


「止せ、ジャタ」


ミカエルが ため息ついて、右手につるぎを握る。

ジャタの蛇が ヘソまで屹立した。勘弁カンベンしろよ。


『ああん?!』


蛇の下には、金の戸口があった。

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