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朋樹の呪のつるは、左右に分かれて伸びて

結界があるらしき場所を 半円に囲み出した。

大樹だらけだし、どれがぬしの樹なのか

見分け 付かねーもんなぁ。


「蔓に関しては、陰陽っぽくないね。

日本のアニミズムと結びついたからなのかな?

月夜見キミサマや白尾も やってるし」


ジェイドは、最近

いろんな宗教に 興味持ってるみたいなんだぜ。


「そうだな... 蔓は式鬼じゃなくて、呪... 術だからな。これは、陰陽の師匠に習ったやつじゃねぇし。家にある文献 漁ったことがあってさ。

“草心術”。やってみたら出来た」


「へぇ。オレ 全部、陰陽かと思ってたぜ」って

泰河が言ってる。長い付き合いのくせにさぁ。


「“朋”という字は、“友” の意でありますので

樹と友 といった意味の名になりましょう」って

四郎が感心してるけど

「いや、適当に付けたんじゃねぇの?

オレ、二人目だし。

“動物はもちろん、自然も大切にしろ” とは

言われちゃきてるけど」って

適当にやってみたら出来た術といい

アバウトなとこは アバウトなんだぜ。


「俺が やってることにも近いけど

朋樹は、植物使役してるな」って、狐榊の口に

ぶどう入れてやりながら ミカエルが言う。

ミカエル、花咲かせるもんな。

皇帝の花とは また違うんだろうけどー。


で、「その辺りでは、それが更に進んだのが

ルカということになる」って ボティスが言った。


「おおう?」「どーいうこと?!」


こーいう話に、オレ出るのかよ?

泰河も ビビってるしさぁ。


「朋樹は、植物... 実体と通うが

お前は、精霊と通うだろう?」


「えー? うん、まぁ... 」


天空霊使役する シェムハザに言われてもなぁ...

けど ジェイドも

「今 朋樹がやってる 蔓の術もなんだろうけど

式鬼や天空精霊、天空霊は、術による使役なんだ。おまえの精霊は違うだろう?」って言う。

違いが 分からねーから

「一緒じゃね?」つったけどさぁ。


「いいや。契約で縛っている訳じゃあない」

「何かの名のもとに 召喚する訳でもないしな」


式鬼なら、陰陽神の名の下に... なんだろうけど

天空精霊は、確か

“偉大な神の徳と 知恵と力と 慈愛によって”

守護を命じたりするんだよな...


「あれ? “偉大な神” って、聖父?」


泰河も気付いて聞いたら、ボティスが

「そうだ」って 普通に答えるけど

「なんで、シェムハザは 使役出来るんだよ?」って 聞いてみる。


「聖悪魔だから」


アコが 肩竦めて言うけど、無視してやったら

「うん。本当なら、人間の術だけど

シェムハザは いろいろ見逃されてる。

悪魔で、父の名のもと

天空霊や天空精霊を使役出来るのは

シェムハザだけだろ?」って

ミカエルが言った。シェミー、すげー...


「俺は、人間の娘と婚姻はしたが

子は出来なかったからな」


「ああ、それは... 」って

珍しく ミカエルが 言い淀む。


「何?」「また 制約かかるやつ?」


「創世記 20章」


ん? アブラハムと 妻のサラのとこだ。


アブラハムは、新しい街に入る時

自分の身を護るために、妻のサラのことを

だいたい、“妹だ” って紹介する。


サラは美しかったみたいで、その土地の王族や

支配者に、大抵 召し入れられたりするから。

“夫” って言えば、アブラハムは

殺される可能性もあったけど

“兄妹” って言って、妻のサラを渡してしまう。


アブラハムの そういうところを知っていた聖父は

召し入れ先の 女の胎を閉じる... 孕まないようにして、妾として サラを取った アビメレクが

サラに触れられないように、病気にしたりする。


アブラハムのせいで、アビメレクが罪を犯すこと

... サラと結び合うことを 防いだ。

アブラハムと聖父、マジで 親子みてーだよな。

アブラハムは、コドモみてーに 聖父を信じ切るし

聖父は、予防措置を敷いたり 尻拭いまでする。


「父が、妻の胎を閉じていた と?」


シェムハザが、呆然として聞いてる。


「そう。お前自身を 幽閉せずに済むように。

子を成した者は、恩寵だけでなく

本人も繋がれているだろ?」


「しかし俺は、子を望んでいた。愛した女との」


「ネフィリムが生まれてしまっただろ?

滅ぼさなければ ならないんだぞ?

炎から生まれた天使と、大地から生まれた人間は

結び付いては ならない。

禁を犯し、守護対象の人間にも 罪を犯させた」


ネフィリム... エノク書では、共食いする巨人だ。

食ったのは 同種だけじゃないんだろうし

“大地を汚した” って記述もある。


「だけど、お前は人間に、化粧や武器、占いという 天の秘密は教えなかった。

粧して 異性を誘い、人が人を殺す 堕落や争い、

偽預言者を生んだ元ともなったものだ。

人間の妻を 愛しただけだったから

父は、相手の胎を閉じた。

その お前の妻も、天寿を全うしただろう?

ノアの父レメクのように、七百七十七歳まで生きた」


「天の筆は持ち出し、ルカに与えた」


「本来は 化粧筆だ。用途が違う。

ルカは 主に、呪詛を解くために使ってる。

父は、出来るだけ救って 見逃す。

知ってるだろ?

お前が 父を愛するように、父も お前を愛している」


話が深すぎて 入れねー...

泰河は何か、自分が叱られたようなツラしてやがるし、狐榊と四郎は、朋樹の蔓見てて

アコとジェイドは、大人しくエステルの花探ししてる。

オレは、ぶどう食ったミカエルに

また 手ぇ差し出されるし... なんでだよ ミカエル...


「だが今は、葉月や葵、菜々が居る。

父は、お前が幾度 人間の妻を娶ろうと

取り上げたりしてないだろ?」


ボティスが言うと、シェムハザは いつもの表情になってきた。


「愛するばかりでなく

愛されていることも 認めろよ。

天使なのに 禁を破ったから、叱られてるだけだ」


シェムハザも、分かってるんだろうけど

知らなかった事を知ったのが ショックだったんだろな。ミカエルに頷いてるけどさぁ。

けど、シェムハザに 真っ直ぐ言ってるとこ見ると

ミカエルって、天使たちの兄貴分なんだっていうのが分かる。

軍のアタマ ってだけじゃねーんだよな。


「何故、今さら話そうと?」


シェムハザが聞くと、ミカエルは

「もう 子供も居るから、話してもいいと思ったんだ。そこに居る “神の不肖の息子” みたいに

ふざけ半分で 禁を犯した訳でも

ルシフェルに乗って反逆した訳でもないからな。

父の気持ちも 理解出来るだろ?」って

答えてるけど

「“神の不肖の息子”?」って、オレも泰河も

つい ボティス見ちまった。だって、モロだろ。


「“神の雷光” じゃないのか?

“神の祝福” とも 呼ばれるみたいだけど」


ジェイドも聞いたら

「まあ、いろいろあったかもな。

だが すべて遠い過去の事だ。気にするな。

蔓は どうだ?」って、朋樹に向いてるんだぜ。


「不肖の息子に決まってるだろ?

賭博の天使だったんだぜ?

父が そう呼んだんだし。

楽しけりゃ、何でも やりやがって... 」


三つ尾を 座った腹の方に回して

榊まで 小さくなってるし。

四郎が、背中 ぽんぽんしてるけど。


「よく、幽閉にならなかったよな」って

泰河が 変な感心したら

「意外だが、愛されている」って

ピアスはじいてるけどさぁ。


「... あったぜ、たぶん この森のぬしの樹だ」


シダの間に入れた手の下の、右側に伸ばした蔓を

元に戻しながら「こっち側だ」って 立ち上がって

左側の蔓に沿って歩く。


シダとか 丈の高い草、花つけた低木の間を

朋樹に ついて行く。

海から ここまでは、まだ歩きやすかったんだな。


「今までのとこは、獣道?」

「蛇やワニの恐れもある。

人間を捕食するサイズのものも 居るからな」


おう... 今さら 固まるんだぜ。


「コモドドラゴンは?」

「それは、コモド島とかフローレス島だろ?」

「見たいよなぁ」

「噛まれたら、出血毒と細菌でヤバいらしいぜ」


間近に 見れなくてもいいかぁ。


「これだ」って、朋樹が指した木は

見上げても てっぺん見えねーし、図太いけど

一本なのか数本なのか 分からねー 様態だった。


「幹が いっぱいあるな。

何本かで 一本になってんのか?」


「いや、一本の木だ」


「どうなってんの?」


「バニヤンツリーだな。ベンガルボダイジュともいう。ガジュマルも仲間だろ」


説明は、ミカエルなんだぜ。

「30メートルくらいの高さになるやつもいる」


よく見ると、横に伸ばした枝から

下にも真っ直ぐな枝が伸びてる。気根 っていうらしい。その気根が、地面に着いて 幹になってる。

それが たくさん伸びてるから、何本もが集合したように見える。


「近くにある木にも絡み付いて、枯らしちまうから、“絞め殺しの木” ともいわれる。

絞め殺しの木は 他にもあるし、養分吸ったりする訳じゃなくて、ただ 絡み付いちまうだけだけど」


「へぇ... けど、強い木なんだな」


生命力の象徴として、インドの聖木らしいけど

なんとなく分かるよなぁ。性力シャクティ信仰とかあるしさぁ。


朋樹が「ワイン取り寄せれる?」って

シェムハザに 聞いてるから

「イスラム教って、酒飲めねーんじゃねーの?」って 聞いたら、そうじゃないらしく

「このぬしの木と 同じ気配になるんだよ」って

返ってきた。ふうん、草心術の方かぁ。


シェムハザが取り寄せた赤ワインを

バニヤンツリーの根元に ドバドバかけて

「土っていうか、根と根の間の酒だけど

ま、いいか」って、地面のワインを指に付ける。


自分の額に、何か 霊符にあるような模様書いて

ワイン付けちゃ 泰河に、付けちゃ ジェイドに... って、全員の額にも書いた。


「よし。認識されるかどうか 分からねぇけど

静かにな」って、柏手を 二回打つと

バニヤンツリーの枝から 下に伸びてる気根が

三本 無くなって、間を通れるようになった。


「おっ」「奈落の森か?」


シェムハザとボティスが 小声で言ったのに

アコが「すごいじゃないか!」って 普通声で言って、四郎に「アコ」って 窘められてる。

バニヤンツリーの向こうは、ターコイズやシルバーの幹、ピンクや白の葉も見える。奈落の森だ。


「元々、この島の森に棲んでたヤツらが

居るってことだよな?」


泰河も こそこそ言うけど

榊が「ふむ」って、神隠しした。そうじゃん...


『これからは、最初から これだな』


『でも、すごいな。派手で かわいい。

地界にも こういう森が欲しい』


アコは ゴキゲンなんだぜ。


『そうか? 俺は自然な木の方が好きだぜ?

花や果実で 色づくのがいい』


うっかり花を咲かせた ミカエルに

『中に居る者に バレるだろう』って

シェムハザが注意してるし。


『なんとのう... 里も 桜は咲き、紅葉もあり

ちぐはぐな様ではあるが... 』


榊は、狐で見上げて言った。


『植物園で、珍しい植物を見ている気分に近いね』って言う ジェイドに同意する。

そんな感じしたけど、泰河が ぽつんと

『リラちゃんは 似合いそうだよな』って言う。

『絵本の森みてぇじゃねぇか』って。


『えっ、おまえ、メルヘンなこと考えたのかよ?

白雪姫と眠り姫の 区別も付かねーのに!』


『いや だって、リラちゃんは かわいいだろ?

なんか そういうイメージなんだよ』


『ああ、分かる。ちょっと いねぇよな』

『carino! 勝手に節制したくなる』


『うん。天でも可愛がられてるぜ?』って

ミカエルも言うし

オレ、なんか嬉しいんだけどー...


『そう。ショーパブで会ったというのに

思わず、ドレスを着せた』

『ルカが近付くと、もじもじするんだ』

『何故 ルカだったか... という 疑問は残るが』


不肖の息子は うるせーけど、四郎も

『大変 ちゃーみんぐ な 方なんですね。

拝見 致したかったです』って 言って

『む? 何と?』って、狐榊が聞く。

榊も、こういう森 似合うよなぁ。

毛色 クリームだし、三つ尾だし。


『あ、こないだ 会えてさぁ。エデンの門で』


『のっ... 』


榊、居なかったんだよなぁ。

『儂は、冬に会うたきりであり... 』って

拗ねてるんだぜ。


『榊、朱里シュリは ずっと会ってないぜ』って

泰河が慰めてて『ふむ... 』つってるけど

リラが 人魚として、榊と会ったこともあって

何か特別っぽい。


『次は、お前が居る時に

エデンに呼んでもらえばいいだろ?』

『うん、そうしようぜ』


ボティスと言ったら『ふむぅ... 』って

まだ拗ねながら、紺の幹と ベージュの幹の隙間に

入って行って『む?』って、何かに ぶつかった。

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