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「森は、あれか?」


「そうだ。囚人となった異教神が、慰めのために種を飛ばし、幾本かの木が生えたことをキッカケに、任務に出た天使や悪魔が、種子を持ち帰り

いつの間にか 森となった」


アバドンの城は出たけど

眠り姫... キュベレが居たっていう

南東の森を見てから 奈落を出る事になった。

まぁ、当然って言っちゃ 当然。


アバドンの部屋や 部屋の前に立っていた 上級天使たちに、リフェルとザドキエル、アシュエルが、

レニエルとミザエルが亡くなった経緯と

アバドンを繋いだ天狗が 奈落の主となった事を

説明してて

オベニエルは、入れ替わったという森を見るために、オレらと 一緒に城を出た。


「森、なぁ... 」

「これは また... 」


城から南東にある森は、青い空気の中で

唯一、色を感じられる場所だったけど

かなり異質。葉の色が 緑じゃねーから。


「天使の中には、太陽光を持ち運べる者がいる。

日照もあり、時折 水も与えられているが

土壌の影響があるようだ」


赤や黄色は、葉の色として見慣れてるけど

紫やピンク、藍色に オレンジ色、白、水色。

木の幹も、白だったり 真緑やターコイズブルーだったり。真っ直ぐに伸びてたり、捻れてたり。


「ふうん... 」


ミカエルが、カーキの幹に 紫の葉の木に触れると、枝々に 棘のような蕾が出てきて、みるみると膨らみ、白い花が次々に開いた。黄色い花芯。


「すげー!」

「術なのか?」


「いや。俺、楽園の支配者だし」


あんまり 説明になってねーけど

ミカエルは、植物の病気を治せたり

足りないものを補って、実をつけさせることも

出来るらしい。


「妖精みたいじゃないか」


ジェイドは、ズレた感心の仕方をしてるけど

確かに エルフとか精霊にも、似たようなことが

出来るヤツは 多いと思う。

ミカエルも「白尾も出来るだろ?」って言ってるし。


「森で、初めて 花を見た」


オベニエルは、花を見上げて 表情を緩めてる。

固い顔ばっかり見てたけど、植物が好きなのかも。朋樹が ちょっと笑ってる。


「おう、余計に明るくなるよな」って 言ってる

泰河の隣で、四郎が「綺麗ですね」って

スマホで写真撮ろうとしたけど、撮れてなかった。


気を良くした ミカエルは

天狗アポルオンも喜ぶかも」って、花を咲かせながら

森を奥へ進む。迷わねーし、いいかもな。


「けど、こんなとこに

キュベレを隠してたんだな」


朋樹が言うと、オベニエルが

「堕ちて来たんだ」って 言った。


「だが上は 見ての通り、巨木の根が覆っている。

不思議なことに、根に損傷は無かった。

“何かが墜ちて来た” と 報告に来たのは

見回りをする悪魔達だった。

“星が墜ちるのを見たが、森に入れない” と。

アバドンに、調べて来るよう 命じられたのは

リフェル... その時は “リフエル” と、上級天使の二人。

森の奥には、深い穴が開いていて

中へ降りた 上級天使の 一人が、消失した」


「消失?」と、ミカエルが 眉をひそめる。


「そうだ。

その時は、“戻って来ない” と 報告に来たが、

リフエルが 術に掛かっている状態となって

黙示録 9章1節を読んだ」


... “第五の御使が、ラッパを吹き鳴らした。

すると わたしは、一つの星が

天から地に落ちて来るのを見た”...


「リフエルは、第五天マティから 奈落ここへの配属となった天使だ。理由は知らされていなかったが

罪人を扱う第五天マティ第三天シェハキム北、隠府ハデスからは

リフエルのように、奈落に移動する天使がいる。

珍しい事でも無い。特別に注意は払わなかった」


... 森に墜ちたのは、“一つ星” なのか?


リフエルが、何者かに 黙示録を読まされているが

天からは 何も通達は無い。

アバドン自身とオベニエルが、森の調査に出た。


「森の深部には、悪魔が近寄れないように

術が掛かっていた。星を落とした者の仕業だろう。

深い穴の前に、アバドンが立つと

穴の中から 何かが浮き上がって来るのが見えた。

それは、揺らめく白い炎の中に横たわり

穴から出ると、白い炎を 全身から取り込んだ」


「白い焔?」って、泰河が聞き直したけど

オベニエルは「人の魂だった」と 答えてる。


「アバドンの前に、横たわったまま浮いていたのは、波打つ ブロンドの髪をした 美しい女だった」


女は 眠っている。

城へ連れ帰ろうと、アバドンが 両腕を差し出してみても、その女に触れることは出来なかった。


「深い穴が、次第に埋まると

穴の場所から、白く輝く粒子が立ち昇り

長方形の台座となった。

台座の気配には、覚えがあった。

穴の中で消失した天使が分解されたものだ。

天使は 白い寝台となって、女が横たわった」


女は、色に溢れる 異質な森の中で

ずっと その寝台の上に横たわっていたようだ。

ずいぶん無防備に見えるけど

「その日から 皆、森のことを忘れた」って言う。


「アバドンと、俺以外は。

アバドンは、女に魅せられた。

それまでも深かった征服欲や 野心を刺激され

女を目覚めさせ、全てを牛耳ろうと考えた。

全てを女に献上し、自分は 女を征服するつもりで。

自分が “眠っている女に征服されている” とは

露程も考えていなかった。

蝗や、囚人の異教神まで 地上に放ち、

躍起になって 人の魂を集め出した。

俺は 女の元へ、魂を運ぶ者として選ばれた。

それは 正しいことで、俺の使命だと感じていた」


「そういやさ、この森って

牢獄からも 見えるはずなのに

前に来た時は、気付かなかったよな」


「おう、全くな。

初めて潜入して、モレクの事で必死だったし

それどころでも無かったけどよ」


泰河と朋樹が話してたら、ミカエルが

「眠り姫は、父と ほぼ同等だからな。

ザドキエルでも読めなかった」って 言ってて

なんか納得する。


「天狗が、アバドンから読めたのは?」


ジェイドが聞くと

「結び付いたから」って 簡単な答え。


「“結び付き” って、やっただけじゃねーの?」


四郎に聞こえづらいように、小声で言ったら

天狗アポルオンは、アバドンを呪いはしても

“伴侶” だって言ってただろ?

受け入れようとはしてたんだよ。

アバドンを殺ってないだろ?」って 返ってきた。


「そうですね...

簡単に、枷の術も解いていましたのに... 」


「なんで、受け入れようとしたんだ?」


泰河が 独り言みたいに言ったことに

「姫様が望んでたから なんじゃね?」って答えて

自分で イヤになっちまった。


アバドンを呪うんだから、好きじゃねーんだよな。利用されることにも 抵抗あっただろうし。

けど、姫様の思うようにしたい って

そんな、何もかもさぁ...


「一昔前でありましたら、珍しい事では

御座いませんでしたが... 」


四郎が言うと、朋樹も

「今だって あるんじゃねぇの?

家柄の関係とか、商売の関係とか」って 言ってて

納得はしたくねーけど、理解はする。


「だが アポルオンは、女に支配されていない」


オベニエルは、皇帝に恩寵を封じられて

気を失うまでは、アバドンがしていることや

自分が 魂を運ぶ事にも、疑問は無かったようだ。


“森から消えた女を 探さなければならない”。


それしか考えていなかったけど、

女が消えた時は もう、アバドンに異変が起こっていた。

背の翼が仕舞えず、羽根が落ち始め

眼の色が変わった。


アバドンに見張りをつけ、自分は 女を探しに行こうか... と 考えていた時に、ミカエルの軍が来た。


「目覚めて、アポルオンの眼を見た時に

“間違っていたのではないか?” と 気付いた。

干からびた レニエルやミザエルを見て

“天に報せるべきだった” と。

女が、大母神キュベレだと 分かっていた」


けどさぁ、この人... オベニエルって

結構 ちゃんとした、っていうか

真面目な人 って気がするんだよな。

アバドンに対しては、主に対する忠誠心 みたいのを感じるし、不正は好まないタイプに見える。

奈落に居て、上は アバドンなのに

強靭な精神力を持ってるんだろうと思う。

なのに、キュベレには操られた。


「天狗は なんで、キュベレに操られずに

奈落から追放出来たんだよ?」


泰河が、ミカエルやオベニエルに向けて聞くと

「姫様が第一 だし、キュベレと同じ “魔” の側だからだろ? 天使の方が 惑いやすい。

父の肋骨だからな」って、ミカエルが答えた。


「天使の方が... って」


ミカエルは どうなんだよって風に

泰河が言ったら

「ミカエルは、“神の如き者” だ。

相手が父であろうと、惑いを受ける事はない」って オベニエルが答えて

自分は惑っていたことに 落ち込んでるっぽい。


「だけど、キュベレと 天狗アポルオン

同じ “魔” であっても、正しい方に気付いた。

お前が惑ったのは、奈落に対する忠誠心の影響もある。

これからは、天狗アポルオンをサポートして

囚人は、正しく扱うこと」


ミカエルが、青い幹に 白い葉の木に

水色の蕾を生やしながら言うと

オベニエルは「承知した」って 答えて

蕾を開く 花を見上げた。


「... おっ?」「えっ、マジか これ」


目の前には、色鮮やかな緑が広がる。

幹が太く、根を地面に這わせる木や

赤や黄色の小花を付けた木。

木と木の間には つるが垂れ下がってて、

木の下には シダやアロエ、アタやカラーリーフ。

いきなり ジャングルの景色になった。

入れ替わった場所に、足を踏み入れたらしい。


「こんな... 」と、オベニエルも 口が開いてる。


「突然、変わるのですね。

今 此処に、足を踏み入れる前に 見ておりましたのも、臙脂の幹に黄の葉でありましたのに... 」


四郎が、スマホで写真を撮ってみると

今度は 普通に写った。


「地上だな」


多少 ホッとする。

地界とか、知らねー 界とかに

キュベレが飛ばされてたら 困るし。


「熱帯の どこかだ」


「けど、バリ島じゃねぇよな。

ミカエルが炙ったから、白く光ってるはずだし」


「そうだな」


朋樹とジェイドも 言ってるけど

どこのジャングルなのかは、サッパリなんだぜ。

木と草だけじゃ、情報 なさ過ぎぃ。


「おお、御覧下さい!

野槌のづちではなく、現代のツチノコの如き蜥蜴とかげです!」


四郎が指した シダの下から、三角っぽい頭に

たっぷりした身体の 縞模様のトカゲが出てきた。

短い脚で のそのそ歩いてる。

種類も色も、いろいろいるらしいけど

こいつは茶系のやつ。舌が青い。

イラストとかで見たことある ツチノコ形態フォルム


「おおっ!!」「アオジタトカゲだ!」


つい、でかい声 出しちまって

アオジタトカゲが、ぴた っと止まって警戒してるし、オレらも ぴた っと黙る。


「でも、このトカゲがいるなら

インドネシアかオーストラリアじゃ... 」

「ミカエル!」「後で!」


四郎が、すちゃっと スマホを構えた。

一枚 上から全体を撮ると

そろそろと しゃがんで、顔を撮ろうと狙う。


「... 出来れば、口を閉じている時と

舌を見せた時のを 一枚ずつ。

短い脚も入れて欲しい。かわいいから」


ジェイドが 細かくリクエストしてると

木々の間から、ザッ と 草を割った音がして

緑色の何かが 飛び込んで来た。


「え?」


女だ。緑の。

被写体のアオジタトカゲを掴んでる。

狩り... ?


「なんだよ?!」「誰だ、おまえ!」


黒に近い緑の長い髪は、もつれて葉っぱが付いてる。乱れ具合は、転がった姫様と いい勝負。

肌は、抹茶っぽい緑。

上に 何も着けてねーし、乳 剥き出し。

膝下くらいまでが隠れる 黒い腰巻に、赤い腰帯...


「あれ?」「サロン... ?」


女は「ウゥー... 」と、獣みてーに 唸りながら

右手に握った アオジタトカゲを、頭から噛じって喰った。わーお...

「davvero?」... 本当に?って ジェイドも聞いてるし、とりあえず四郎を 背中の後ろに隠すんだぜ。


剣を抜きかける オベニエルを、ミカエルが止めて

「ランダか?」って 聞いた。


「ええー... 」

「ランダって、レヤックみたいなヤツじゃねぇのか?」


同じ緑肌だけど、花火の時に見たヤツの方が

ランダ像に似てたし...


トカゲ喰ってる ワイルドな緑女は

黒緑の眉と、同じ色の睫毛が並ぶ瞼の眼を

ギッと しかめて、ミカエルを睨んだ。

そうっぽい。


また 草が割れる音がしたと思ったら

何かの獣が飛び込んで来て、ランダらしき緑女に飛び掛かる。


「おおっ、あぶねっ!」「“バロン” か?!」

「でけぇな、こいつ!」


ゴールド混じりの白いたてがみの中の 真っ赤な顔は

獅子ってより、鼻が長い犬に近い。

身体の白い体毛は長いけど、脚部分は短毛。

足の先には、藍色の爪。


トカゲを握ったまま 押し倒された緑女は

バロン? の、前足を噛むフリをして

両足で バロンの腹を蹴り上げ、怯ませて

バロンの下から するりと抜けた。


再び飛び掛かろうと バロンが身構えると

頭の無いトカゲを咥えてジャンプし、木の蔓を掴んで、バロンを飛び越える。


「あっ」「消えた」


緑女が ジャングルから消失して

女が消えた方向に、くるっと 向いたバロンも

木々の間に 飛び込んで消えた。


「奈落の森へ出たのか?」

「でも、どこから来たんだ?

このジャングルは、バリ島じゃねぇんだろ?」


話してたら、ヴゥン... って 音が近付いて

ミカエルが 何かを、つるぎはじく。


「輪 だ」「チャクラム... ?」


トン と、空から ヴィシュヌが着地して

隣に揺らめいた ゴールドの炎が、師匠になった。





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