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「ヴィシュヌ!」


「ミカエル?」


弾かれたチャクラムの輪の動きを 空中で止めた

ヴィシュヌが、オレらも見回す。


「師匠」


泰河が呼ぶと、師匠は サングラス付きのオカッパ頭で 周囲を見回して

「ここは何処だ?」って聞いた。


「奈落す」


「奈落? それは、界であろう?

このジャングルの国を聞いておるのだ」


「分からないっす」


師匠は 諦めたらしく

「ヴィシュヌ、ランダとバロンを... 」つって

ヴィシュヌも、浮いてるチャクラムを 飛ばそうとする。


「待てよ」


ミカエルが止めると

「ミカエル。二人を見失ってしまう」って

ヴィシュヌが 困った顔したけど

「キュベレが 移動した」って 一言で

「大母神が?」「どういうことだ?」ってなって

天狗のことから説明した。


「やはり、歓喜仏ヤブユムに... 」

「そのエネルギーか... 」


説明を聞いて、顔を見合わせてる 二人に

オベニエルが

「先程、アオジタトカゲが居た。

国が分かれば、大母神を回収する」って 言うと

「そう単純では無いかもしれぬ」って

難しい顔をする。


「まず、ミカエルが バリ島を炙ってからの事。

俺等は、アグン山の麓と入れ替わって

白く光る場所を、世界から探した」


光っていた場所は、チリのアタカマ砂漠。

バリのアグン山の麓には、アタカマ砂漠があるってことになる。


「砂漠は 大雨の後、時々 花畑になるけど

今は、移動した アグン山の森林で

小さなオアシスが出来ていた」


「花畑?」「砂漠が?」


泰河と聞いたら、四郎が

「エルニーニョ現象が原因ではないでしょうか?」って言う。


エルニーニョ... スペイン語で、“神の子” とか

“幼子キリスト”。聖子イエスのこと。


チリは、ペルーの南にあるけど

貿易風が弱まると、その辺りの暖流が移動して

クリスマス頃に、ペルー近海の水温が上がる。

エルニーニョ現象は、異常気象ももたらしたりするけど、普段は獲れない魚とかも大量に獲れたりするから こういう名前が付いた。


「おお」って 笑って、四郎の頭を ぽんぽんやった

ヴィシュヌは

「ランダとバロンは、すぐに見つかった」って

続きを話す。


戦いの最中に移動した ランダとバロンは

自分たちが砂漠に移動したことにも気付かず

戦い続ける。

さっきみたいに、逃げたり追ったりにもなるから

砂漠の中のアグン山麓から出ちまったけど

「砂漠には いなかった」って言うし。


「なんでだよ?」


「“入れ替わった場” から “入れ替わった場” へ

移動してしまうのだ」


どういう事なのか聞くと

アタカマ砂漠にある “アグン山麓 一部” から

ここ... 奈落の “ジャングル 一部” に 移動する って風に、入れ替わった場所から場所へ 移動してしまうらしい。


「嘘だろ?!」


ミカエルが、ブロンド睫毛の碧眼を見開いてるけど

「神隠しのように 隠されておる場所への移動は

無いが... 」って 答えてる。


「なぁ。オレ、話が出た時から疑問だったんだけど、ランダとバロンは なんで移動したんだ?

ハティは、三の山を例に出した時

“もし、三の山と どこがが入れ替わろうと

霊獣等 の移動はない” って 言ってたよな?」と

朋樹が 誰ともなしに聞く。


あっ、そうだよな...

“ゴブリン等の地底洞窟も、他の洞窟と入れ替わったが、ゴブリン等は 移動していなかった。

しかし、動植物は 場所に伴い入れ替わる”... って

言ってた。


「“人間が認識するもの” だからだろ」って

ミカエルが言うけど

「霊獣... 例えば 化け狐や、ゴブリンやエルフも

知識としてはあるじゃないか」って

ジェイドが反論する。

その知識は、誰にでもある って訳じゃねーと思うんだけどー。


「バリ島の者等は、“神々と暮らして” いる。

神々や ランダやバロンは 知識上の存在ではなく、

人間や 他の動植物のように、“実在の存在” という認識だ」


師匠の説明を聞いて、なるほど って納得した。

朝夕に供えられるチャナンや 呪術医バリアンを思い出す。

バリ島の人達は、目視 出来ないものでも

“幻想の存在” じゃない。

“人間”、“犬”、“猫” みたいに

ランダやバロンも、しっかりと る存在。


「ランダが、バロンから 逃れようとすることで

移動した場の外に出ず、他の場へ行ってしまう」


このジャングルに居たランダが

このまま 外... 奈落に出たら

バロンも出て来て、ひたすら追い回される。

入れ替わった違う場にジャンプすることで

バロンをこうとしてるようだ。


「俺等は、それを追って来た。

ランダの気配を、チャクラムに辿らせて」と

ヴィシュヌは、浮いてるチャクラムを指差した。


「普段は、指輪の形にして着けてるんだけど

何かを追尾する時は、対象の気配を チャクラムに記憶する。

一度 指輪の形に戻すと、気配の記憶が消える。

だから、ランダをバリ島に戻すまでは

チャクラムを指輪に出来ないし、他のものも攻撃出来ない。

円盤には、悪霊とレヤックを攻撃するように

めいを出してるから」


ふうん... じゃあ、ランダを追ってる途中で

他のものを チャクラムで攻撃しちまっても

ランダの気配の記憶は消える... って ことかぁ。


「そういった訳で、ランダとバロンを追う」


師匠が言うと、ヴィシュヌがチャクラムを飛ばした。


「待て って!

“そう単純じゃない” って言ったのは、

“眠っているキュベレの移動も あり得る” ってことか?」


ミカエルが聞くと、師匠とヴィシュヌは

「大母神の能力にもよるが、考えられるだろう?

本人が動きやすい場... 人の魂の調達をさせるために、使える者がおる場に移動すると 推測出来る」

「見掛けたら報せる!」って 言って

チャクラムを追って消えた。


「“人の魂の調達”... 」


泰河が呟くけど、地界なら 打って付けじゃね... ?

誰も 口に出せねーけど、全員 同じことを考えてる。


「ミカエル... 」


オベニエルが

「アポルオンやアバドン、入れ替わった この森のことは 任せて欲しい。

何かあれば リフエルに報じさせる。

そちらからも、ミカエルやハーゲンティであれば

奈落側の許可なく、扉を開けるようにしておく」と、地界や天の 入れ替わり確認へ行くよう促し、

色が溢れる奈落の森へ出て すぐに、地上と繫ぐ

扉を開けた。




********




奈落の扉を出ると、バリ島のライステラスの森

エデンのゲートの下。幾つかの狐火が浮く。


「お前、まだ居たのかよ?」


バリ島の炙りの光を解除しながら

シェムハザが取り寄せたらしい ソファーで脚を組む 皇帝に、ミカエルが言うと

「天狗は どうなった? 何を苛ついている?」と

肩を竦めて、「ジェイド。シロウ」って

二人をソファーに座らせる。


「そうだ。何故 共におらん?」


別に取り寄せてあるテーブルに着いてた 月夜見キミサマ

怪訝な顔で聞くけど、ミカエルは

「“アポルオン” になった。

俺は今から 天に行って、ザドキエルやアシュエルと 一緒に、それを誤魔化す話をして来る」と

ジェイドとシロウ、朋樹に眼を移す。

“上手く話しておけ” ってことっぽい。

ミカエルは、天やエデンが どこかと入れ替わってないか、確認へ行くみたいだ。


「その後で、また戻る。

ここに居ても ヴィラに居てもいい」


今度は、ハティを見て

オレと泰河に視線を寄越した。

オレらは、ハティに

“地界に どこかと入れ替わった場所があれば

キュベレが居る恐れがある” ってことを

話しておけ... ってことっぽい。


「ふん... 」


皇帝が、エデンの階段を上がる ミカエルの

トーガの背中を見ていると、シェムハザが

「とりあえず、珈琲は?」って聞いてくれる。


朋樹が「おう、もらう」って

月夜見と居る シェムハザのテーブルへ行って

「でも、話しながら ヴィラへ移動しないか?」と

ジェイドが提案した。

「疲れたし、話しも長くなると思うんだ」


様子を見ていたボティスが

「しかし、全員はバンに乗れんだろ」って

切り出すと、アコが

「じゃあ まず、皇帝とシェムハザ、月夜見、

朋樹とジェイド、シロウを ヴィラに送って

泰河たちとボティス達は、その後 迎えに来る。

ハティ、悪いけど 守護を頼める?」と

移動の話しを進める。


「皇帝、ヴィラには プールもあるし

遅い時間まで カフェが開いてる。

地界と違って、店で のんびりワインが飲める」


楽しそうにアコが言うと、皇帝は ニコっと笑って

ノッてくれたんだぜ。

プールとか言うなよ... って 思ったけど

地界じゃ、店でワインとかも飲めねーんだ... って、ちょっと皇帝を 不憫フビンにも思った。


シェムハザが

「では、ハティ、ボティスと榊も後程」って

オレらのコーヒーだけ テーブルに取り寄せて

「ルシファー、バンを停めた場所へ行こう」と

皇帝の背中に手を添えて、二人で消える。


「... 天狗のこともあるけど、キュベレが移動しました。奈落にも 入れ替わりの場所があって」


皇帝が消えたのを見て、朋樹が月夜見に報告すると、ハティもボティスも 顔色を変えた。

「すぐに戻る」って、ハティが消えた。


「でも 皇帝の前では、キュベレの話は... 」


ジェイドが言いながら、渓谷の向こうの駐車場へ向かって 歩き出すと、月夜見は

「心得ている。榊、扉より 高天原へ上がれ。

入れ替わりの場所があれば、中を確認し

中の者等も出さず、外からも入れぬよう

結界を張ることを 神等に伝えて戻れ」と

榊に命じた。


歩き出している 月夜見に「御意」と 答えた榊は

「行って参る」と、ボティスにも断って

幽世の扉へ入る。


「どういうことだ?」


テーブルに着いてるボティスは

もう、見るからに 不機嫌になって

つり上がったゴールドの眼で、オレと泰河を威圧する。怖ぇし...


「キュベレは、奈落の森で寝てたんだけど

天狗が アバドンと寝て、ついでに呪ってさ... 」

歓喜仏ヤブユムのエネルギーで、奈落の森の 一部を

飛ばしちまったりして... 」


まだ 無言だしよー...


「うん... で、森ん中 見に行ったら

ランダとバロンが居て、ヴィシュヌと師匠も来て... 」

「“入れ替わった場から、入れ替わった場に移動する” って... 」


「それが、地界だった場合 だ」


おう... 謝りたくなるんだぜ...


アイスコーヒー飲む前に、喉 鳴らした泰河が

「そう だよな。けどさ、ここに 皇帝がいる時で

まだ良かった って 思うんだけど... 」って

自信無さげに言ってみてる。


「まぁ、そりゃあな」


おー... 視線 外れたぜー。

オレも コーヒー 飲もー。


「天狗は?」と 聞かれて

「ああ、それなんだけどー... 」って

アバドンを幽閉したこととか、天狗がアポルオンになったこと、リフェルが残ったことを話す。

サンダルフォンには、奈落の状況は変わってないと 思わせておくことも。


「天狗に 責任など... 」


ボティスは

「アバドンにそそのかされた ヒメサマの都合で

生まれただけだろ? 何かを負う必要は無い」って

コーヒーを飲む。


「姫様がした事と、アバドンを呪ったことの責任 らしいぜ。“日本神の 一員になりたい” ってさ」

「“使われた責任” とも言ってたけど

“母を悪く思わないで” って」


天狗は、アポルオン... 奈落の主に なりたかった訳じゃねーんだよな。

姫様と 静かに暮らしたかったんだしさぁ。


“皇帝の管理下に入る” って言ってたし

“人の魂を取らない”。公正に役をこなすつもりだ。


ボティスは、黙ってたけど

何か 感じ入ってる風に、グラスを見つめてる。


その内に、ハティが戻って来て

「ベルゼとパイモン、ベリアルに話した。

我の軍と共に、地界や地上から 徹底してキュベレを捜索する。ボティス、ノジェラを借りた」って

簡潔に言って

「移動を」と、オレらを 椅子から立たせた。


「天狗の事だが... 」


狐火と 一緒に移動しなから、オレらが報告したことを、ボティスが ハティに話してる。


「“アポルオン” とは... 」


「母親のヒメサマの責任を取る と

言っていたようだがな」


かろうじて階段になっているような 土の下り道を

渓谷に降りてる途中で、泰河が

「なんか、上手くいきゃあ いいのにさ」って

赤オレンジの狐火が 揺れるのを見ながら言う。


少しのことで、いろいろなことに

ズレが生じてる気がする。

いつも、知らない思惑に踊らされて。

別に、踊らせる側になりたいとも 思わねーけど。


「うん、そうだよなぁ」って 答えながら

渓谷の間から、狐火と 空を見上げた。

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