31


アコが シイナとニナを送って行って、夕方。

オレらは ヴィラの部屋で、特に 何もして無かった。


「車 ねーしな」

「おう。守護天使からの 報告もねぇし」


シェムハザに頼んで、四郎の宿題グッズ 持って来て貰ったんだけど、ついでに コンセントのアダプターとか、モバイルWiFi 用意してきてくれて

すげー 助かってるんだぜ。


別に、昼間は 日本側に居たっていいんだけど

海で遊んだし、花火もしたし。

オレらは、バリに居たかった。

戻るのに、遺跡まで行かなきゃなんねーしさぁ。


「退屈だね。こういうのも いいけど」


四郎が 宿題してる隣で、狐姿の榊が昼寝中。

ボティスとミカエル、シェムハザは

二台のベッドに座って、カードしながら

バロンを どう探すかって話しをしてる。


退屈だったオレらは、花びら風呂に

あえて 泰河を浸けてみた。


「どう?」


「うるせー ヒゲ!」

「“どう” じゃねぇし。台無しだぜ」

「もし ヒゲが無くても、泰河は 男過ぎるからね」


赤とピンクの花びらだらけに なった泰河は

朋樹に 写真撮られた後に

「これ、どうするんだよ? 何の意味があるんだ?」って、手で 花びらを払いまくってる。


「もう シャワー 浴びろよ。隣にあるじゃねぇか」

「意味なんかねーんだよ。“南国ちっく” だからだろ。意外と つまんなかったしよ」


朋樹が 四郎のスマホに、泰河の写真送ってたら

ジェイドが

「僕も、バリアンの本 読んどくかな」って

あくびしながら、ソファー に向かう。


バリアンの本は、特集されてた雑誌を

シェムハザが探して 持って来て、

オレらが プールの時に、一通り読んでたけど

有用な情報は得られなかったっぽい。

朋樹は、さっきパラパラ見てたけど

英語で書いてあるから、オレと泰河には 関係なかった。


「ニナさ... 」


シャワーで 花びら流した泰河が

テラスの板の床に座って、小声で言うと

「おう」って、朋樹が 苦々しいツラになる。

オレも なってるんだろけど。


ニナは、コイに落ちた って眼で

バリアンの男を見てた。


男を見て、術が発動したんだろうけど

ケーキ取って、外のテーブルに戻っても ぼんやりしてて、眼が しょっちゅう店内に向く。


白いポロシャツにジーパン、高そうな靴を履いた

バリアンの男は、パッと見は そうとは分からない ブランド物の高いバッグを持ってて、

背は 朋樹くらい。歳は、オレらより結構上に見えた。

浅黒い肌には艶があって、“オレ、鍛えてるから” って風な 身体付き。どクッキリした顔は、まぁ

男前だったけど、なんか 悪そな雰囲気。


朋樹と泰河は 男の向かいに座ってみてて

シェムハザは、男の背後から 観察してた。


男は 一度、自分の周囲を気にする素振りを見せたけど、他のテーブルの客の物色に戻って

ブランド物の 黒いハンドバッグから 卵を取り出すと、ブツブツ呪文を唱えて、卵を割る。


卵からは、昨日と同じように 青い気体が落ちて

気体が 眼の無い蛇の形になった。

床を這って行く蛇が、逆側の窓際のテーブルに着いている ブラウンの髪の女の人にみ付いた。


女の人は 昨日とは違う人で、たぶん 観光客。

友達の女の人が 向かいに座ってて

その友達と 楽しそうに話してる。

蛇に咬まれた事には 気付いてない。


女の人たちが、ケーキを取りに動くと

男も コーヒーカップを持って、テーブルから離れた。


朋樹たちも着いて行って

シェムハザに 通訳してもらったらしいけど、

男は 最初、インドネシア語で 声を掛けてて

次に、英語で話し掛けたようだ。


『失礼。あなた 昨日、王宮へ行った?

王宮を出てから 暗い影を見たね?

ついて来てるよ。レヤックだ。

今は カフェの入口から、あなたを見てる』


蛇に咬まれた女の人は、ニナと同じように

潤んだ眼になった。

友達の方が “何 言ってるの?” って 顔になると

『ええ、見たわ』と

蛇に噛まれた女の人が答えて

『それが まだ居るなんて、どうしたらいいの?』と、もっと話したい って顔で 男に言った。


『ぼくは、呪術医バリアンなんだ。

もし 良かったら、付き纏ってるレヤックを

あなたから 遠ざけるよ』


友達が『そんなものは 居ないわ』って

男を 追い払おうとすると

『あなたは昨日、青いハンカチを失くしてるでしょう? レヤックが あなたに嫉妬して、ハンカチを持ち去ってしまった。

小さな 白い猫のシルエットの刺繍が入ってる。

旅行の前に 気に入って買った物だ』と

友達を黙らせた。霊視が出来るらしい。


『レヤックは 欲深い。ハンカチでは済まなくなる。嫉妬という情は とても強いんだ。

その情で、人間が 人間を病気にしてしまったり

不幸にしてしまったりね... 』


男は、女の人 二人を連れて カフェを出た。

男が 出て来たのを見て、明るい顔になったニナは

女の人を連れている事が 分かると

急激に 明るさが失われて、ショックで固まったような顔をした。


『ニナ... ?』


榊まで気付いて、心配した程だった。

『ん?』って、榊に向いた ニナは

強張った顔で 笑おうとしてて

『... 昨日の 蛇の呪詛が掛かったのか?』って

聞いた ジェイドに、つい

『はあ? 知らねーよ。そうなんじゃね?』つって

ケーキ食いまくってやった。味 覚えてねーけど。


泰河と朋樹、シェムハザが

男と 女の人たちに着いて行く。


男は、すぐ近くの庭園の 池の畔のベンチに

二人を座らせて、自分は 草の地面に胡座をかくと

真言みたいな 呪文を唱えて、バッグから出した

白い長方形の紙を、蛇に咬まれた女の人のふくはぎに付けた。


それを自分の前に置くと、次は 赤い紙を出して

また 真言みたいなやつを唱えて、友達の方の

脹ら脛に付けて、地面の白い紙に重ねる。


ハンドバッグから 手紙の封筒くらいの大きさの

紙の包みを出して、中から 干からびた黒い蜥蜴とかげを摘むと、二枚の紙の上に置いた。


男の前から、細く黒い煙が上がる。

男は『レヤックに お供えをしているんだ』と

二人に 説明する。


『レヤックって、悪いものなんじゃないの?』


『そう。だけど、善いものも 悪いものも

バリでは 大切にする』


合掌した男が ぶつぶつ何か言いながら祈ると

細く黒い煙が、空中にこごり始めた。

女の人たちは、自分の口元を手で覆って 寄り添い

黒く濃くなっていく煙を見つめている。


煙は、黒く小さな人の形になったけど

口の位置から 長い舌が垂れているのが見えた。


男が祈り続けると、黒く舌の長い煙は

女の人 二人の頭上を越えて、池も越え、

ジャングルに見立てた 木立の中に消えた。


立って見ていた四郎が

『蜥蜴の干物は 今しがた、バッグに隠しておりました。奇術の類で御座いましょう』と

呆れ気味に言ったけど

地面に置いていた 赤と白の紙だけを見せられた

女の人たちは

『ほら。紙は綺麗に残ってるでしょう?

レヤックは お供えだけを取って、あなたから離れた。もう、嫉妬の情もない』と

胡座をかいたまま、自分たちを 見上げて笑う男を

すっかり信用して、お礼を言っている。


『料金は... ?』と 聞く女の人に

『要らない。呪術医バリアンたちは 誰も、料金なんて取らないよ。取る呪術医バリアンには 気を付けた方がいい』と

答えて 立ち上がり

『せっかくのティータイムを台無しにした。

ご馳走させて貰おう』と、二人を連れてカフェに戻った。


男がしていた事を見ていたニナは

少し、落ち着いたように見えた。

“仕事をしてたんだ”... と、納得したみたいだ。


『きよくなれ』


ニナの肩に 手を載せて、四郎が言うと

『もう、分かってるって』と 答えて

眼は、男を探している。

四郎でも 術は解けなかったし、見える範囲には

やっぱり印もない。


女の人 二人と、楽しそうに話している男を見る

ニナの眼が、また傷ついた眼になる。


『もう、行こうよ。そろそろ帰らないと

日本むこうの家に着くの、夜になっちゃうし。

私、夜は エステの予約 入れてるから』


名残惜しそうなニナを、シイナが引っ張って

ヴィラに戻って、着換えを済ませると

シイナと同じように、早くニナを離した方がいいと 判断したアコが、二人をバンに乗せて

『日本に出ても、海から家まで運転してやるよ』と、送って行った。


「バリアンの中には、詐欺 働いたり

ジゴロってやつも いるみてぇだからな」と

苦い顔のまま 朋樹が言う。


ジゴロ... 女から 金 巻き上げるようなヤツのことだ。


「観光客の被害が多いらしい。

預金全部 巻き上げられたりとか。

けど、女が 自分から進んで出すから、

犯罪には ならねぇんだとよ」


「離れちまえば、大丈夫かもしれねぇけど... 」


泰河が言って、オレも

「ニナがまた バリに来たって、相手からは 見えねーし、あの男も、もう このヴィラには来ねーかもしれねーしさぁ」って 言ってみる。


「なら、自分を認識しないヤツを想い続けるのかよ? しかも、自然に好きになった訳じゃない。

呪詛なんだぜ?」


そうだよなぁ。知ってる子が そんな目に合ってるのは 気分悪ぃし。

知らない人でも 気分良くは ねーけど。


「けど、どうするんだよ?

ルカが 印 出せねぇなら、オレが消すってことも

出来ねぇし」


「雑誌には、術の掛け方とか 術返しは

載ってなかったんだよな...

“バリアンによる治療で治った” って

病気を治した例とか、呪い返しした例とか

そういうのばっかりだった。

天魔術... 白魔術使いの魔女みたいな印象だ。

バリアンには、白魔術ホワイトマジック使いが多くて

その中で先天的な素質があるヤツが、黒魔術ブラックマジックも使うらしい。

でも、人が掛けたんなら 解ける。

方法を探してから、ニナんとこ行って 解くのがいいだろうな。

それまでは、アコに 様子見に行ってもらったり

シイナにも 様子 聞いてよ」


「同じ バリアンに相談した方が早いのかもなぁ」


オレが言うと、朋樹は「そうだな」って

ボティスたちがいる ベッドに向かった。


「特に 読んだ意味は無かった。

バリ島の人々が、神や悪魔を信じるように

魔術とも 共に暮らしてることや、病気やデキモノなんかも、バリアンが治療していることは分かったけど。

治療される側も 治療する側にも、お互いに 根っから信頼してるから、治療されると、病気... 細菌やウイルスに対する 適切な抗体を作るのかもね」


オレンジフレーバーのビール持って、ジェイドが戻って来た。


「いいって、ジェイド」

「そういうの、朋樹と話せよ」


ジェイドから ビール受け取りながら言ったら

「でも、ネット記事なんかを読んでみると

好きでもない男性と、または 女性と結婚していた事に、突然 気付いた... っていうのもあった。

呪詛を掛けたバリアンが 亡くなっていたり、亡くなっては なかったり。

掛けられていた人は、結婚した相手を見た時や

結婚を決めた時のことは、よく覚えてないようなんだ。催眠の要素もあるのかも」って

他人事みたいに続けるしよー。


ソファー の方 見たら、勉強が終わった四郎が

オレンジジュース飲みながら 雑誌 開いてみてる。

読む... 音読したり出来なくても、書いてある事の意味は解るらしいんだよなー。すげー。


「呪詛や催眠だとしても、ニナが恋に落ちた顔は

かわいかったけどね」


笑ってんじゃねーし。


テラスの板の床に、さっきの ピンクや赤の花びらが 何枚か落ちてて、プールの向こうの 花の木々に眼を移す。なんか かなしくなったぜ。

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