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サングラスを頭に載せた 師匠の背後にいる男は

師匠の両肩に 自分の手を乗せて

右肩の方から、こっちを伺った。


ゴールドの王冠... っていうか、頭飾りに

上半身裸の胸には、ゴールドのネックレス... っていうか、胸飾り。黒いサロンに 濃灰のサプッ。

黒い腰帯スレンダンに、ゴールドのサンダル。

二の腕... 肘の上には ゴールドのブレスレット。


黒髪に黒い眉、バチっとした 二重瞼の眼に

黒いバサバサの睫毛。もちろん 高い鼻

口角が上がった “男” って形の 凛々しい唇。

パーツが濃厚な割に、全体で顔として見ると

精悍 かつ 爽やか。

ブラウンの眼で、オレらを見回してる。


「... ヴィシュヌじゃないのか?」


アコが言ってみると

師匠は「うむ」って 頷いた。... ええっ?!


「マジすか?!」

「ヴィシュヌって、維持神 っすよねっ?!」


オレも泰河も騒いで、泰河のスマホから

『おい、ヴィシュヌだってよ!』って

朋樹の 騷ぐ声もするけど、四郎が

「御初に 御目に掛かります」って 挨拶しようとすると、師匠の隣に ヴィシュヌが並んだ。


「“預言者”?」


落ち着いてるけど、爽やかな声なんだぜ。


「はい。天草 四郎時貞 と申します。

蘇りで御座います」


ヴィシュヌは、四郎が気に入ったらしく

でかい眼が 線になるくらいに細めて

口を閉じたまま、ニコっと口角を上げた。

しっかり握手してるし、アコも

「俺、アコ。ソロモンの序列17、ボティスの軍の副官」って 自己紹介して

「“バラキエル”だった? 博打の天使の?

賭場で見たことある」って、握手してる。

賭場 行くのかよ...


「師匠、オレらも紹介してくれよ」って

眼ぇ輝かした 泰河が言うと

すっかり忘れちまってた、バリアンらしき おっさんが ひざまずいて、ヴィシュヌと師匠がいる辺りに

合掌し出した。崇めてるっぽい。


「お前達にしか見えぬよう、姿は隠しているのだが... 」って、師匠がため息ついてるけど

ただでさえ 神と暮らしてる人たちだし

バリアンの人は 感あるだろうし、存在は感じちまうんだろうな...


「ヴィシュヌは、あまり降りて来れんのだ。

お前達の部屋に行き、榊に神隠しを」って

師匠に言われて

「ボティス呼んで来る」って アコが消える。


緊張しながら「あっ、部屋は こっちっす」って

泰河が先に歩いて、庭園から部屋に戻った。


部屋には、ちょうど ミカエルが戻って来てて

入ってすぐに「ミカエル!」

「うん、ヴィシュヌ」って 言い合ってる。


「地上に?」

「預言者の守護。何世紀かぶりだぜ?」とか

普通に知り合いっぽい。


シイナとニナは、バーのとこに居て

朋樹とジェイドは、ソファー の隣に立ってた。


「座れよ」って、ヴィシュヌと師匠をソファーに

座らせると、ミカエルは ヴィシュヌの隣に座る。


すぐに、ボティスとアコ、シェムハザと榊が入って来て「神隠しは した故」って 師匠に言ってる。


「ヴィシュヌ」


ボティスとシェムハザが、ヴィシュヌと握手すると、ヴィシュヌは オレらやシイナたちを見て

「みんなで座れる?」と言った。


「全員は 難しい」と、アコが 肩を竦めると

「じゃあ、ソファーとテーブルは いらない。

ミカエル、一度立って」と、ヴィシュヌと師匠も立って、テーブルとソファーが 壁際に移動する。


ヴィシュヌが「敷物を」って 言うと

焦げ茶のフローリングに、でかいラグが敷かれた。中央に、バカでかい丸い盆が出て

「食事は済ませた? スナックを?」って

サテや クリスピーチキン、マンゴスチン、パパイヤや ランブータン、カットしたスターフルーツが盛られて、オレンジジュースと アイスティーのピッチャー、ビールが並ぶ。


「座って」


盆の周りに 胡座かいてる間に、シイナやニナも

手招きされて、一緒に座る。なんかいい。

目の前に、グラスと 何枚かの取皿が出る。


ヴィシュヌを見た シイナは

「完璧に、南国の王子」って 言ってるけど

結構 楽しそうだし。


「食べながら 話そう」


笑顔だし、オレらも 緊張が解けるんだぜ。


「世の維持の 人神様で あられると... ?」


遠慮がちに聞いた 榊に、ヴィシュヌは頷いて

「あなたは?」と 聞く。


「榊と申します。

日本は夜の神、月夜見尊つきよみのみことの神使で御座います」


おう、榊の丁寧口調、久々に聞いたぜー。

「えー、すごい」「大人おっとなぁ」って

コムスメ共が 言ってるしさぁ。


「狐だ」


ボティスが言うと、榊が 化け解いて

ヴィシュヌは「おおお!」って 眼ぇ見開いて

喜んでるし。明るくて のんびりな雰囲気。


「あっ、そうだ。

あのブロンドが 祓魔で、ジェイド。

隣のヒゲが... 」って

ミカエルが、オレらを紹介する間に

「... でも、三神一体トリムルティの 一神って」

「すげぇよな。ヴィシュヌだぜ?」って

ジェイドと朋樹が 興奮してる。


インド神話の神々は、バラモン教の聖典ヴェーダ

ヒンドゥー教の聖典プラーナ、また ヒンドゥー教の文献にもなってる “ラーマヤナ”、“マハーバーラタ” の

叙事詩の神々で、維持神ヴィシュヌは

ブラフマーが創造した世界を 維持する神。

ブラフマーの 創造を 過去 とするなら、

ヴィシュヌの 維持は 現在。

シヴァの 破壊と再生が 未来 となる。


“ヴィシュヌは 三歩で、世界を 一周できる”、

“世界が出来て、終わるまでの時間は

ヴィシュヌにとって、まばたき 一回分の時間と

等しい”... と 言われるくらい、偉大な神。

奥さんは、吉祥天ラクシュミー


ケチャックダンスで 途中の部分を観た

叙事詩の “ラーマヤナ” では、ラーマ。

“マハーバーラタ” では、クリシュナ。

... どちらも、主人公として活躍し

ヴィシュヌが変身する 十の化身アヴァターラにも含まれている。

化身アヴァターラは、バラーハ人獅子ヌリシンハクールマ侏儒バーハナ... 小人、マツヤ

パラシュラーマ... 斧を持つラーマで、ラーマとは別人、ラーマ... ラーマヤナ主人公、

クリシュナ... マハーバーラタの主人公、

ブッダ、カルキ... 終末の救世者。


この カルキ っていう、“終末の” 救世者。

オレ ちょっと、気になってるんだけどー...


いつか、世界を破壊することになってる シヴァ。

“大洪水の前の時代” に、地球にやってきて

古代人と暮らし始めた... って、読んだことがあって、大洪水は ノアの時代を彷彿とするんだよな。


ま、ヒンドゥーの神には 多いんだけど

シヴァの “額の第三の眼”。

この額の眼って、映すもの全てを破壊する って

言われてんだけど、こないだの 天狗絡みの時

敵側は、みんな この眼が開いてたし。


ヒンドゥーの 来たるべき終末って

黙示録の終末... ? なら、カルキは...

いや、深くは考えねーどくけどー。


終末じゃなく、世界創造の方でいくと

... “はじめに神は 天と地とを創造された”... から

始まる、旧約聖書の 創世記では、

1章2節から5節までが、光と闇の区別で


... “地は形なく、むなしく、やみが淵のおもてにあり、神の霊が 水のおもてを おおっていた。

神は「光あれ」と言われた。すると光があった。

神は その光を見て、良しとされた。

神は その光とやみとを分けられた。

神は 光を昼と名づけ、やみを夜と名づけられた。夕となり、また朝となった。第一日である”...


陰陽なら 太極が、陰と陽に分かれたところ。

そこから五行の 木、火、土、金、水 が成る。


創世記だと

第二日が 天。水が空の上と下に分かれて

第三日が 陸と海の区別。陸には植物。

第四日に 太陽と月。時間や季節の区別。

第五日が 水中生物と鳥。

第六日に 動物と人。

これらを全てを 言葉で造り、第七日は休息。


これが、インド神話になると

“ヒラニヤガルパ” っていう、黄金卵の話になる。

これは、世界創造の原因となる存在。


まず、混沌としている世界の時に

ブラフマーが、地、水、風、空、火 の五元素を

作り出したけど、混沌としてるから

実体化が難しかった。


原初の水... ナラが生まれてから

このナラの中に 種をまくと、種は黄金の卵になって

卵の中から ブラフマーが生まれた。

ブラフマーは、卵の殻を上下に分けて 天と地にし、そこに 生命や世界を造り出した。

ナラは、先に 生まれてるんだよなぁ。


... けど、ブラフマー自身は、

大蛇... 竜をベッドにして 水上で眠っていた

ヴィシュヌのへそから生えた 蓮華から生まれたらしい。... おおう?


水の上の竜ベッドに、ヴィシュヌが寝てて、

へそから出たブラフマー... 五元素が

別のナラに入って、最初の卵... 実体になった

って こと?

そうなると、創世記で言えば 第二日?


五元素は、五行を彷彿とする。

聖父が 光と闇に分ける... 太極が陰陽に分かれた。

光と闇、陰陽... ひとつが 相反するものに分かれて

発生した元素... 五行なり五元素なりが、

他の生命を誕生させていく。誕生したものから

性力シャクティ... 結び付き、二元論... 互いに影響 で

新しい生命を創造し、均衡を保つ。


ブラフマー... 創造神が生まれて、天地を分けた。

ここは、すでに水がある 第二日、第三日。

で、五元素で生命を造っていく。


じゃあ ヴィシュヌは、全ての生命の素を産んだ

太極なのかよ... ? 大日如来もだよな?

あと、全ての 中に在るのは...

いやいや、ヴィシュヌは 世界を維持する神 で

繁栄の神 なんだし...


分かんねー... って なってたら

隣で泰河も、顎ヒゲに指やってたんだぜ。

泰河は、椎茸とかまで入ってくるからなぁ。


でも、バリ ヒンドゥーでは

最高神は “サン・ヤン・ウィディ”。

サン・ヤン・ウィディが、他の神を作った。


最初に、サン・ヤン・ウィディの骨から

ニ・チャンティン・クニン... ウマとも呼ばれる女神が生まれる。... これ、やっぱり

聖父が抜き出した キュベレ とか

アダムの肋骨の エバ とかを、彷彿としちまうんだぜ。


次からは男神を産む。バリ ヒンドゥーでは

皮膚からクルシカ... 太陽神 イスワラ、

肉からガルガ... 火の神 ブラフマー、

他にも、メトリ... 富の神 マワデワ、

サン クルシア... 水と豊穣の神 ヴィシュヌ、

サン プルタンジャラ... 風の神 シヴァ。

サン・ヤン・ウィディから造られてるし

全員 サン・ヤン・ウィディ。


サン・ヤン・ウィディは

イスワラ、ブラフマー、マワデワ、ヴィシュヌに

世界を創造しろってめいじるけど

四神は『できない』とか 言う。

そしたら、サン・ヤン・ウィディは 怒って

四神を『四人の悪鬼ブタ』って呪って

四方に散らした。どっちも ひでーよなぁ...


残った ウマって女神とシヴァが

ガンジス河 造ったり、身体から塩出して 海造ったりしてたら、大地の女神が現れた。

母なる大地が、イブ・プルティウィ。

父なる空は、バパ・アカサ。

水から、天地 の順で 造られてる。


“悪鬼” って 追い出された 四人の兄弟も

サン・ヤン・ウィディに謝って、許してもらって

イスワラ神は 東、ブラフマーは 南、

マハダワ神は 西、ヴィシュヌは 北、

神々の師匠... ブタラ・グル となったシヴァは

中央。

そして、ウマ神と “アルダナレスワリ”

... 出るんだぜ ここで。縦半分ずつ 男神女神の

“アルダナーリーシュヴァラ” になった。

どうしても、これが 完全体だし。

で、世界の全てが 創造された。


あと、創造とは別に、世界観もあってさぁ。


最初にいたのは、黄泉の国を護る 世界の底の蛇

アンタボガ神で、アンタボカが瞑想して

世界の土台である ブタワン神... 亀 と

霊峰アグン山に棲む 自然界均衡のバスキ神... 竜 を造った。

世界亀のブタワンの背に、黄泉蛇のアンタボカと

自然均衡竜のバスキが乗ってるらしいから

モンキーフォレストの寺院で見た 亀と蛇の像は

これだと思うんだぜ。世界を見たってこと。


「ルカ」


ヴィシュヌに呼ばれて「はいっ?」て 前向いたら

向かい側から、前に身体倒して

盆の皿のないとこに 左手着いて、右手伸ばしてきてた。握手の手だし。

「おお!」って、オレも右腕伸ばして 握手する。

そしたら、ニコって笑うし。いい人っぽい。


オレが、ぼけーって考えてる間に

話は 少し進んでたらしくて

円盤は、ヴィシュヌの武器だった。


「考えたら、チャクラムって、ヴィシュヌだよな。まさか 降りてるって 思わなかったし」


ミカエルが言ってることに、ボティスやシェムハザも、「そうだ。“チャクラム” だな」

「輪だと思っていたが... 」って 同意した。


そっかぁ... って、オレも思う。

ヴィシュヌの インド神の姿は、四臂... 四本の腕。

右手に、チャクラムと 棍棒を持ってて

左手に 法螺貝と蓮華を持ってる。


右手の チャクラムってやつが

円盤だったり、輪の形の 投げる契約武器なんだけど、“円盤 イコール 宇宙人” って 図式になっちまってたんだぜ...


「でも、チャクラムって

俺も 輪の形のしか見たことないぜ?」って

ミカエルが言うと

「うん、普段は 輪っかを使うことが多いけど

遠隔が利くのは、円盤」って 答えて

四郎に サテ渡してる。

師匠は “円盤” で、すぐに思い当たって

本人のヴィシュヌに 話を聞きに行ってた。


「ゴア ガシャに 割れ門を置いて

海の洞窟と繋いだのも... ?」


「そう。どこに繋がるかは 分からなかった。

珊瑚礁が失われていたから、珊瑚礁の近くに開くように、遺跡に門を置いた。

寺院だと、僧侶が紛れ込んでも困るし

他の神からも目立つからね」


バリ ヒンドゥーでのヴィシュヌは、水と豊穣の神だもんなー。珊瑚礁は、勝手に移動したのか...


「それで、少し調査をしたんだけど

珊瑚礁が移動した理由も、洞窟から珊瑚礁まで

斜めに砂が満ちる理由も、よく分からない。

別の用事で イスワラに呼ばれて、こっちに戻らなくちゃならなくなって、割れ門に魔除けをして、

もし、バリから何か入ったら 対処するように

円盤を置いて行った」


おっ、推測が 結構当たってたんだぜ。

みんなで ふんふん頷いて、話の先を促す。


「そして、円盤を感知出来る者なら

異変について、話が出来る者 だということ。

人間ではないか、神の近くに居るような者でなければ、円盤は見えないし 触れられない。

“そういう者が現れたら 報せる様に” と

シロムクに 頼んでおいた」


「のっ」

「シロムクは、神使なんすか?」


朋樹が聞いたら「ううん」って

スターフルーツ食ってるし。

近くにいたから、頼んでみたっぽい。


「あの、木彫りの猫などは... ?」


四郎が 聞いてみると

「お土産。洞窟に置いたんだけど

満ち潮で 流れちゃったね。気に入った?」って

返した。

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