27


「ニナ!」


ニナの肩に手を掛けたまま、ジェイドが呼ぶ。

青蛇に噛まれた腕を押さえたまま、呪詛掛けしていた男を見つめていた ニナは、男が去ると

「あ...  ビックリした... 」と ジェイドに向いた。


自分が隣に居たのに、噛ませてしまった... という 罪悪感とか 責任感もあって

ジェイドは「大丈夫なのか?!」って

至近距離からニナに聞いてるけど、ニナは

「え? うん、多分。何ともないよ?」と

普通にジェイドを見返して 答えてて

なんか 違和感ある。


「本当に?」

「うん。あ、私もパッションフルーツ食べたい」


普通... かなぁ?

どこか痛い ってこととかは ねーっぽいけど...


「いや、オレが悪い。考え無しに 式鬼打って」


「朋樹」「それはさ... 」


朋樹が 苦々しい顔するけど

もし オレらも、対処出来るんなら

やっちまってると思う。

相手は呪術師... 人間だし、明らかに 良くない呪詛を掛けてたように見えたし。


「呪詛なら、相手の情報が要るんだろ?」


泰河が言うと、ボティスが

「いや、それなら 特定の相手以外に作用せん。

蛇は ニナを噛んだ。黒魔術ブラックマジックは よく知らんが... 」って、ニナを観察する。


シイナや榊も 心配そうに見てるけど、ニナは

「大丈夫だって。何ともないから」って

パパイヤも摘んでて、見える場所には 印もない。


「さっきの男、どうする?」


「バリアンや魔術マジックについて 調べてから

必要があれば 追跡する。

知らんものに 無闇に近付くもんじゃあない」


「バリアン調べる って言ってもさ... 」

「知り合い 皆無だしな」


「シェムハザが戻ってから 調査する。

術にけた者の方が、見て分かることも多い。

とにかくだ。何か異変があったとしても

泰河が解ける可能性が高い。人の呪詛だからな。

アコが戻るまで 観察。何かあれば すぐに報告」


コーヒー飲み干した ボティスが椅子を立つ。

とりあえずオレらも、シイナとニナを連れて

部屋に戻ることにした。




********




「ねぇ」「ずっと座っとくの?」


ソファーに、ニナとシイナを座らせて

ジェイドと朋樹が 挟んで観察してる。


「そう。僕らの失態だ」

「全く知らねぇ呪詛だし、何かあったら困るからな」


「あーあ... マッサージ受けたかったなぁ」

「プールで飲んだりしない?」


「認識されないんだから、仕方ないだろう?」

「水の中で何かあったらどうする?

プールは やめとこうぜ」


ブロンドと黒髪の美形のクセに、ため息つかれてるんだぜ。


泰河とテーブルに ビール持って行ったけど

この上、オレら二人も座るのは どうなんだよ... って 雰囲気だったし

「オレら ちょっと、その辺 見回って来るわ」

「スマホ繋がるように、ヴィラ周辺にいるし」って、また 外に出た。


「... って 言っても、認識されねーし

カフェで飲む とかも ねーしな」

「結構、不便だよな。霊が、自分を見える人頼って 着いて行っちまう気持ちが分かるぜ」


ヴィラの外周とかを歩くと、ジャングル系の森になるし、スマホも繋がるかどうか 分かんねーし

結局、レストランとかがある内周にする。

庭園みたいのがあったから、そこに行ってみることにして。


「おっ、池あるじゃん」

「おう。なんか、水 多いよな。

プールは 南国だからだろうけど

寺院も沐浴場があったり、池もあったりさ」


池は、バランスとかの浄化の為に 必要なんかな?

内陸だし、乾いた地 ばっかりになるのも

良くねー 気するよな。


ライトアップされてる庭園には、そこそこ人がいて、木に付いた花見たり、瞑想してる人もいたり。

風が吹くと、庭園の木々も ヴィラ周囲の木々も

ざぁ っと 葉を鳴らす。


「気持ちいいよなぁ」

「いや、そうだけどさ

ニナ、やっぱり おかしくねぇか?」


うん、泰河が思うなら 相当なんだよな...


眼の無い青蛇に 噛まれてから、ニナは ふつっと

ジェイドに恋してることを忘れたみたいだった。


なんか、上手く言えねーけど

“醒めた” とかじゃなくて

恋してた気持ちが、すぽっ と抜けた感じ。


オレ、思念 分かるから

ジェイドの近くにいる ニナを見ると

ふわふわしてんのが 分かったんだよなー。

あと、バレねーようにする 焦りみたいのと。

ただでさえ かわいーのに、余計かわいかったし。


それが、さっき いきなり途切れた。

ジェイドを見ても、オレらを見るのと 変わらねーし。平坦フラット


これ もし、ジェイドの方も ニナが好きだと

キツかっただろうな...


「ニナの変貌... って言うのは、言い過ぎだけど

蛇に噛まれてからなら、何の呪詛なんだよ?」


「“気持ちを冷めさせる” とかじゃねぇの?

ソロモン使役の悪魔の契約とか、魔女に依頼するのも、恋愛系 多いみてぇじゃねぇか」


ま、悪魔と契約までするのは

すげー 玉の輿に乗る場合 とか、その先も利益になる 家同士の婚姻 なんだろうけど

魔女や術師には、確かに そういう依頼も多いんだろうと思う。

沙耶さんの占いの客も、女のコの大半は 恋愛系なんだろうし、ゾイの夢屋も “好きな人の夢... ” ってやつが多い って聞くし。


「けどさぁ、呪詛掛け されそうになってた人

観光客っぽかったよな?」


「だから、相手の男に依頼された とかさ。

依頼は、ネットとかでも出来るんじゃねぇの?」


「えー... こういう、神といる みたいな島の人が

ネット広告とか 出さねーんじゃね?

なんとなく、イメージだけどさぁ」


「そうだな... ユタとか シャーマンも 出してねぇもんな。オレらとは 違うよな」


ハッハッハ つっとく。

オレら、祓い屋は 沙耶さんの信用で やってて

召喚屋は、しっかり広告 出してるしぃ。

モロに 商売なんだぜー。


「... って なるとさ、術師が 何か 自分の都合で、呪詛掛けしてた ってことになるよな?」


「そうなる... か?」


分かんねー。依頼でも 術師の都合でも

なんか しっくり来ねーよな...


「只今 戻りました... 」


「おお、四郎」

「おかーり。部屋 寄った?」


「はい。今、アコと ジェイド等が 話しておりまして、呪詛などのことは 聞いて参りました。

まだ 話し中です。

珊瑚礁や 洞窟の門は、昨日と変わりなく

今のところ、妙な者も おりませんでした」


四郎が、なんか 元気なく見えて

「どした?」って聞いてみたら

「いえ、シェムハザの城に居った時に

姉様方から、写真が届きまして... 」って

ため息ついたけど

「いえ、何でもないのです。カフェで、瓶入りなどの 飲み物を頂いて来ます」って 消える。

うーん、なんだろ?


「あっ、あれ。悪霊ブートってヤツじゃねぇ?」


「おっ、マジじゃん。またかよ? 多くね?」


青肌に、黒く短い腰布。

ギョロっとした眼に 長い牙と舌。

そいつは、庭園の池の近くの木の下にいる。

寺院 出た時も見たけど、顔がちょっと違う気がする。別のヤツだ。


「な。どこにでも居る って印象だよな。

何もしちゃいねぇから、日本の浮遊霊とかと

同じようなヤツなのかもな」


一応 ジェイドに、“悪霊ブート発見” って メッセージ入れとく。ニナには 特に、変化ないっぽくて

“何するか 見といてくれ” って 返ってきた。


「また、居るだけじゃねぇの?」


でも 悪霊ブートは、池の近くにいるカップルに近付いて

長い舌で、男の背を舐めた。

うわぁ... って なりながら、ジェイドに報告して

アコも喚ぶ。


「背中を舐めた って?」


オレンジフレーバービールの瓶 持って、アコが登場した。四郎も戻って来て、オレらに ミックスフルーツジュースの瓶を差し出す。


「お前、何してるんだ?」


アコが聞くと、悪霊ブートは 今 アコやオレらに 気付いたらしく、後退りを始める。

声 掛けるまでは、気付いてねーんだよな...


逃げようとしたところを、アコが 黒い地界の鎖で捕縛した。


「アコ」「手ぇ出して、大丈夫なのか?」って

聞いたら

「今、“下級悪魔と間違えた” んだ。

“お前達に手出しした” と 思ったし」って

カンチガイしたふりで いくらしい。


「泰河を恐れておるようですね... 」


「そうだよな! 寺院 出た時に居たやつも

泰河 見て逃げたし!」


オレ これ、絶対 バロンと思われてるって思う。


ふうん ってツラになった泰河が

右腕に 白い焔の模様を浮かせながら

「今、あの人に 何したんだ?」と 悪霊ブートに近付くと

悪霊ブートは、鎖の中で 逃げようと身をよじる。

マジで怖がってるよな...


ううっ... っていう、呻き声がした。


「被害者の方が... 」


背中を舐められた男が、腹を押さえて うずくまり出して

一緒に居た女の人が、心配して 隣にしゃがむ。

周りの人たちも気付き出して、ヴィラの管理室に助けを求めに行く人もいる。


「解放 出来なくなったな。

俺は、“預言者に雇われてる” から。

軍の頭が人間だしな。呪詛なら解けよ」


被害者の人は、池の畔で

横向きに転んで 背を丸め、膝も曲げて

苦しそうに 腹を押さえてる。


「ブラックマジック... ?」 と

周囲から 聞こえ始めた。


「なら、白魔術が使える バリアンなら

解けるんじゃねーの?」って 言ってみたら

泰河が「いや。人の術じゃねぇし、人の術師に解けるか どうかは... 」って 眉をしかめた。


「じゃあ、術者を殺す」


アコが言うけど

「呪詛だけ 残る場合もあるんだよ」って

朋樹に連絡してる。


ビデオ通話に出た 朋樹は

『いや、オレでも解らんぜ。

悪魔の術 見るようなもんだしよ。

掛けたヤツに解かせるか、ルカが 印 見てみろよ』って、横になってる人に 心配そうな眼を向けた。


姿を顕したアコが、被害者の隣にしゃがんで

背中を撫でている人を立たせて、周りの人に

「少し空けてくれ」と、被害者から離させた。

オレが 被害者の人を見る。


... 額には、印 無いんだよな。

四郎が「失礼します」と、被害者の人のシャツをめくり上げた。


「如何ですか?」って 聞かれながら

胸や背中を見るけど、やっぱり 何も見つけられなくて、首を横に振る。

印が無けりゃ、オレや泰河には 解けねーってことだ。


「きよくなれ」


被害者の背中に手を当てた 四郎が言うと

痛みは 少し、和らいだように見えるけど

すっかりは治らない。


「憑依... とは 違いますが、

体内に 何かが融けておる といった印象です。

きよめる対象が、体のどこにあるのか

ひどく曖昧ですので... 」


四郎の時、吸血首になった人の体内には

蝗が 情報として融けてた。

この場合は、呪詛が融けてるから

印が 見えねーのかも。


「どうせ、呪詛が解けないんなら

お前は 始末するぞ」


アコが言って、泰河が 右手を上げる。

怯えた悪霊ブートが「ギギィーッ」と、歯を食い縛るような 声を出すと、ヴィラや 木々の間から

青い肌に 黒い腰布のヤツらが、ぞろぞろ出て来た。おいおい...


周囲の人たちには 見えてないようで、

パニックにならねーのは 有り難いけど

自分で躱すことも 出来ない。


「止まれ」


アコが、悪霊たちにめいを出して

人と 距離が近いヤツは、手のひらを向けた四郎が

吹き飛ばす。


ヴィラの制服に サロンとサプッ を巻いた人が

ワイシャツにサロンという出で立ちの おっさんを連れて来て、被害者を見ようとしているので

「バリアン?」「そうかもしれません」って

下がってみる。


バリアンらしき おっさんは、被害者の腹の前に胡座を かくと、自分に掛けたままのショルダーバッグから 聖水みたいのを取り出して 振って

「オーム、アーム、タラム、カーム... 」と

真言みたいなやつを 唱え出した。


「オム クシバ スヴァハ オム パクシ スヴァハ」


で、合掌した後に、バッグから卵を取り出して

被害者の背中から腰、腹部に

手のひらで コロコロ転がし始めた。


「動くな って、言ってるだろ?」


四郎に飛ばされて 戻って来た悪霊ブート

アコが凄むと、皆 ギクッとした顔で止まった。


バリアンらしき おっさんは、まだ 卵をコロコロしてるけど、オレらは 悪霊の方だよな...


「どうする?」


「とりあえず、こいつは 戒めに消す」


アコは、鎖に巻かれている 悪霊を指差して

「お前等も、無闇に人間に手を出すと

こうなるぞ」と、他の悪霊に向かって言った。


バリアンらしき おっさんが、卵のコロコロを止めると、被害者の男が起き上がった。

もう 痛がっていない様子に、周囲が ざわめき

被害者と 一緒に居た女の人が、被害者を支え起こしながら、バリアンに礼を言っている。


泰河が悪霊の頭を、白い焔の手で掴むと

悪霊は 悲鳴を上げながら、青い霧になって消えた。アコが 地界の鎖を 地に戻す。


シューニャ


おっ? 師匠だ。

バリアンらしき おっさんの、手の上の卵の中身が

ゴールドに光ると、おっさんが ハッとして

「オム クシバ スヴァハ オム パクシ スヴァハ」って、卵に祈り始めた。 えー? なにー?


オカッパ頭に、ベージュの 襟付き半袖シャツと

ブラウンのサロン、黒のサプッ の姿の師匠は

ネイビーの縁のサングラスを 頭に載せてる。


「ガルダ」って 呼ぶアコに

「うむ」って頷いて、四郎の頭に 手のひらを置く。


「あれっ? 師匠、誰かと 一緒っすか?」


泰河が聞くと、師匠の背後から

ヴゥン... と 円盤が出て、周囲を 一周し

悪霊ブートたちの頭を吹き飛ばした。







  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る