御大切 13


食事の皿が空き、デザートに

“イルフロッタント” というものを頂きました。


皿に敷かれた カスタードクリームの中央に

白いメレンゲが乗っており、“浮島” という意味なのだそうです。


「私、このデザート 好き... 」


嬉しそうに言われた様子が、可愛らしくありました。幼児おさなごの様です。


デザートは、柔らかく 甘くありました。


「天草 さんは... 」


盟主としての 名字で御座います。

実際には、益田 時貞 なのです。

いえ、私も自身で、盟主としての名を名乗っておりますし、気に掛ける必要は無いのですが...


「なんて 呼ばれてたんですか?」


「大矢野にて、布教を始めた時は

“大矢野 四郎” と 名乗っておりましたので

“四郎” です。

城では、“ふらんしすこ様” で ありました。

現在 学校では、“雨宮 四郎” ですので

そのまま、“雨宮” か “四郎” で 御座いますが... 」


話しながら、さて、私は 葉月を

なんと呼んだものか... と 考えます。

学友であれば、女子おなごは名字です。

しかし、城には “ベルグランド” ばかりであり...


「“ふらんしすこ様”... ?」


葉月は、スプーンで カスタードとメレンゲを掬ったまま、ぼんやりと 私を見ております。

あまりに、真っ直ぐに。


このように 見られる事がなかったので

軽い動揺を覚えました 私は、テラスの向こうに広がる花の海に 視線を泳がせました。

空は まだ明るいのです。


「... はい。ですが、私には 妻が居りまして」


何故、このような話しを しておるのでしょう?


「妻だけは、私の事を... 」


視線を戻しますと、葉月の 大きな黒い眼から

色が無くなったように見えました。


『聞き捨てならないわね』


突然の第三者の声です。

私は 椅子を立ち、声の主を探そうと 城内に振り向き、テラスの端へ向かいましたが

『あなた、女心が解っていて?』と

また 上から声がしたのです。


何と、テラスの上... 五階の外壁に

女が へばり付いているではありませんか!


縦襟の しゃつ に、長いスカアト。

私が言いますのも どうかと思いますが、

どこか古めかしい雰囲気です。人霊の類でしょう。


「マダム... 」


葉月です。なんと、御知り合いとは...


「聞いてたの?」


拗ねたように 葉月が申しますと

『いいえ。通り掛かっただけよ』と

答えられ、眼を ふい と 背けられました。


『あの人に、“日本から 客人が招かれている” と

聞いたけれど、ルカじゃなかったのね』


ルカを御存知の様ですが、それならば

日本からの客人が、ルカかどうかを聞かれるのでは... ? 申しませんが...


『まだ 子供ね』


壁のマダムは、頭だけを私に向けて 言われましたが、私は このところ、わらし扱いに慣れておりますので、平っちゃらで御座います。

しかし、女心 とは...


気になりましたので「女心とは?」と問いますと

葉月が、あっ... と、口を開け、マダムは

『言わないわ』と おっしゃったのです。


私は、言葉を失いましたが

『そんな事を説明させるなんで、無粋よ』と

重ねられました。責められておるのです。


『自分で考えることね』


そう言い残すと、マダムは 壁を這いずり、

上へ上へ 登って行かれました。


現代にしてもそうですが、異国という場所も

私の想像を越えることが 多々起こります。

責められた理由が解らぬ上、自ら考えよ と...


妻は おりましたが、私は、女心など解らぬのです。そう 話しも出来ぬでありましたし

女は 男に従うもの、という時代でもありました。


しかし 現代は、わらしであろうと 考えなければならぬ時代のようです。問う事も許されません。


私が、妻の話しをしたのが ならぬであったのだろうか?

問われても おらぬのに、勝手に話してしもうた事が...


「あの、マダムのことは、気にしないで」


ずいぶん上に登られたマダムを ぼんやりと見ながら、黙って考えてしもうた私に、葉月が言いました。気にさせてしもうたようです。


「マダムは、男の人に厳しい... というか

ツンとするの。シェミー も例外なく... 」


おお...

シェムハザに、あの様な態度が取れるとは...

しかし シェムハザは、その様子を楽しんでおる との事。流石は 大人です。


少々 落ち着きまして、気をつかわせてはならぬ と、「いえ、勉強になります。食事も頂きましたし、中へ... 」と 申しました時に、周囲が 少し明るくなりました。

城の周囲に、シェムハザの天空霊が降りておる。


しかし、城の敷地の中に

青い髪の男が立っております。

天空霊は、男を逃さぬ為で ありましょう。


「フリネラ。何の用だ?」


城の扉の前に、シェムハザが居るようです。


「ラジエルの書だ。

ここにある事は 分かっている。寄こせ」


城には、葵や菜々、アリエル、たくさんの人々も居られる。 しかし、シェムハザの事。

ディルや、アシルにベランジェも居りますし

防護はされておりましょうが...


「マステマは 知っているのか?」


マステマとは、天主でうす様が 存在を許された悪魔では

なかったか?

あの青髪の男は、マステマの配下であるようですが、シェムハザの問いには 答えられぬ。

単独で動いておる という印象。


兎に角、葉月に何かあっては ならぬ。


「葉月、下がられよ。城内へ」


しかし、葉月はテーブルの向こうに立ち

私の背を 見られておったようだ。


突然に、“葉月” と 呼び捨てたのを 気に掛かられたか... ? しかし 今は、そういった事に

気を回す時ではない。後に謝るとします。


シェムハザが、指を鳴らされると

城の下に、大きな防護円が敷かれた。


「何を... ?」


青髪の フリネラという悪魔が、眉をしかめる。

防護円が敷かれた、と いうことは

私に “出よ” という事でありましょう。

御言葉おらしょから、城内の悪魔や 葉月達 魔人まびとを護るために 敷かれた物。


「... “まむしの子らよ、

迫ってきている 神の怒りから、

おまえたちは のがれられると、

だれが 教えたのか”... 」


身体から 薄い煙を上げ始めた フリネラは

テラスに立った私に 眼を向けました。

シェムハザのように、翠の眼をしておるが

瞳孔は、昼の猫のように細い。


「祓魔か?」


まさか と いった顔を、シェムハザに向けられた。


「いいや。天の預言者だ」


「... “語る者は、あなたがたではなく、

あなたがたの中にあって語る 父の霊である”... 」


フリネラは「“預言者” だと?」という 言葉と共に

口からも 煙を吐かれた。


天主でうす様は、創造主であり

地上の 人や動物のみならず

天使あんじょ堕天使てんぐ天主でうす様が抜き出された悪意キュベレの血を継ぐ者、生ける 全ての者の内に、そのあにまは眠る。

聖体拝領は、ゼズ様が完成された教えを受け入れる事。ゼズ様と共に在る事。


このように 煙を上げられるのは、

その霊に、内から 燃やされておるが為。


「... “一 には、ただ御一体の 天主でうすを万事に こえて、御大切に うやまたてまつるべし”... 」


せ... 」


「... “二 には”... 」


... 葉月?


「... “我身のごとく、

ぽろしもを思へという事 なり”...」


御言葉おらしょを口にし、葉月は 煙に噎せました。

何故、切支丹教理どちりなきりしたんを...


「... “四郎様”」


みつき


この身中の 全ての毛穴が閉じ

“あなただ” と、私の骨が、あにまが知る。


「あなたを、そう 呼んでた... 」


暗い影が差した時、私の腹から 腕が出ました。


焦げた肉の匂い。煙の呼気。

フリネラに 背中から、貫かれた様です。


「“預言者” だと? なら、人間なんだろ?」


「四郎さ... 」


シェムハザが顕れ、葉月に 自分の魂を分けられたが、また 泣かれておる。


しかし 今度は、あなたを護る。


私の血に塗れた フリネラの手を掴みますと、

シェムハザが、防護円を

自分と葉月の場所まで 縮めました。


「... “へびよ、まむしの子らよ、

どうして地獄の刑罰を のがれることができようか”... 」


「止めろ... 」


私の血に塗れた フリネラの手からも

しゅうしゅうと 煙が上がります。

血に 血が 焼かれておるのだ。


「四郎さん...  私、あなたの ことが... 」


それ以上 言われるな。それは、私の言葉だ。

まずは あなたの、涙を止める。


「... “わたしは言っておく、

『主の御名によってきたる者に、祝福あれ』と おまえたちが言う時までは、今後ふたたび、

わたしに会うことはないであろう”... 」


フリネラの血肉は 蒸発し

皮膚は 灰になって 落ち消えました。

腹から腕を抜くと、私の背後で

残りの骨が崩れ落ちます。


穴の空いた 腹に手を当て

「きよくなれ」と 命じますと

私の骨から滲み出た 間葉系幹細胞が

必要な細胞に分化し、傷を埋めていきます。

しかし、修復には痛みを伴うようで

つい 顔をしかめる羽目はめとなりましたが。


防護円を消し、葉月の肩を抱いて

私の前に来た シェムハザが「上々だ」と

フリネラの骨を受け取り、私の背後に投げると

「後で マステマに送ろう」と

指を慣らして、骨を消しました。

また 指を鳴らし、私の血も消されます。


「四郎さん」


白い指で、瞼を拭う 葉月に

「葉月。私は、あなたが良い」と 告げると

葉月は、ますます 泣かれてしもうたが

シェムハザは、葉月を 私に渡さぬのです。


その 輝く美しい顔を見上げますと

「泣かせたな」と、申されます。


「しかし、私の妻で... 」


「いいや。今生では違う。

アリエルは、葉月の母 というには 若すぎる。

それで 葉月は、表向き “妹” としているが、

俺からすれば、葵や菜々と同じ “子” だ。

娘は、まだ 渡せん」


なんと...


「シェミー... 」と、見上げる 葉月には

そっと 手を出して 言葉を制し、温かな眼を向けて

「だが、互いの気持ちがある。

“交際” であれば、許そう」と、微笑まれました。


「シェミー」


おお、恋人としては 認められました!

大変に 嬉しいのですが、葉月は

「うん、シェミー。嬉しい」と、私ではなく

まだ、シェムハザを 見上げておるのです。

肩の手は そろそろ、離して頂きたい。


更に

「“切支丹” であれば、分かっていると思うが... 」と、申されるのです...

天主でうす様に御誓いする... 正式に 夫婦となりますまで

“純潔” で御座います...


しかし その様な事。私達は、学生です。

それに、葉月の純潔を護る と思いましたら、何でも御座いません。そう 思い込む事と致します。


此処に、こうして 居るのですから。

共に 時を超えたのです。


「シロウ、泊まって行くか?

城に お前の部屋を準備しよう。

ディルの部屋の隣に。葉月の部屋には入るな」


「はい、有難う御座います... 」


「もう少し、二人で話していい。

ディル、カフェ クレーム」


ディルが顕れ、二つのカップと

マカロンが載った皿を、テーブルに置きました。


「城のマカロンは、葉月が作っている。

部屋の支度が出来たら、迎えに来よう」と

シェムハザとディルが消えます。


「あなたが作っていたとは!」


テーブルに着き、マカロンを取って頂くと

葉月も取って、照れながら笑うております。

指先の 可憐なこと。


テラスに、夕日が差して参りました。

ふらんす に、ようやく夜が訪れるようです。


「そうです、コンフェイトが まだでした」


一度 消え、広間から リュックを取って戻りますと

葉月は、不安そうな顔をしておりました。


「急に、消えられると... 」


そうです、血に塗れて すぐの事でもあります。


「申し訳ない。もう、致しません」


「はい」


すぐに機嫌も直られたので、コンフェイトの瓶を

そのまま 渡しました。


「“コンフェイト”... 」


「はい。沢山の色があるのです。

私が 地上に戻りまして、最初に 美しいと思うた物です。葵や菜々と、少しずつ 食べられてください。瓶が からになる前に、補充しに参ります。

友に配る分は、また 別に買いますので

これは あなたが持っておられて下さい」


「はい。四郎さ... 」

『なかなか やるじゃない』


何故でしょう? マダムです。


しかし 皆、葉月の大切な方々です。

私も 大切に致します。


「御褒め頂き... 」


『ひとつ、情報を あげるわ。

あなたに用意される お部屋、部屋の中じゃ

消えられないわよ』


... つまり、部屋から消えて

葉月の部屋に顕れる という事は、不可能 と...


「私は、そのような事は 致しませんので」


『あなた、自分が 若いってこと、忘れてない?』


「忘れておりません。わらしで御座います」


『若い時に、情熱的じゃないなんて... 』


そう言うて、這いずって行かれましたが

どうされたいのか...

正しい答えが 見つからぬのです。


ふう... と、気息をつき

ミルク珈琲を飲んでおりますと、夜の色の空に

星が見え始めました。


共に、異国の 夜空の下に居ることが

しあわせにありますが

明かり取りの 小さな空も、愛しく思えるのです。


「部屋の支度が出来た。シャワーも部屋にある」


「はい... 」


幾らも 話さぬ内で御座います。


なかなか 前途多難な雰囲気では御座いますが

今は、互いの学校の話しなどをし

離れておる間は、会いたいと恋しく思いながら

過してゆきます。明日があるのですから。


そして いつか、必ず迎えに参ります。

その時に、“迎えに参りました” と 告げるのです。

私の 妻となる方に。


しかし、案内された部屋に 入る前に

葉月を振り返りますと、寂しそうなのです。


「葉月」


「はい、四郎さん」


コンフェイトの瓶を手に、笑顔になられたのを見て、私も 笑顔となりました。

明日は また、花の海を 並んで見たいと思います。






********     「御大切」了



聖書引用... 新約聖書 マタイの書

3章 2、3、8節

5章 3、4、5、6、7、8、9、10、11、12節

6章 9、10、11、12、13、14、15、19、20、21、22、23、24、25節

7章 21、22、23節

10章 20節

11章 28、29、30節

16章 25、26、27、28節

18章 12、13、14、15節

19章 4、5、6節

22章 38、39節

23章 33、39節


一揆に参加された方 (首謀者) は、益田さんや

山田さん、有家さんだけでは ありませんが

作品上では 出演されず と なりました。


いくさのシーンで、四郎さんに

天守 欄干らんかんに 立っていただいていますが

その部分は創造です。

(囲碁中に 袖を撃たれられたことは あるようです)


また、四郎さんの奥さんの洗礼名 “まりや” と

“観月” という名前、

前作「罪人」の “エマ”、“ユリイナ” の 洗礼名も

創造です。存在は されたようです。


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