御大切 12


なんという...


私は、このようなものを

見たことが御座いませんでした。


スマホなどを 持たせて頂いてからというもの

知らぬ景色などを、手のひらの中に見たことは御座います。

それでも うっとりとしたものですが

自身が その中に居る という事とは、全く違うのです。空気を知るのです。


花の香りというものは、こんなにも漂うものであったか...  凪いだ花の海のようにも見え...

地上の はらいそ では あるまいか... ?


「日本の教科書も 取り寄せてもらって。

でも、教科書には “日本最大の一揆を起こした” ってくらいしか 書いてなかったから、本を買って... 」


おお、そうです。

葉月と散歩をしておったのです。


「最初は、“キリスト教なら、フランスで信仰している人も多いから” って、理由だったけど

同じ歳くらいの人が、何かを良くしようと思って

立ち上がるなんて、すごいなぁって思って... 」


何かを 良くしよう と...


成程... 葉月にとっては、“宗門の為” であろうと

“年貢の取り立てで 苦しみ喘ぐ方々の為” であろうと、同じ “良くしたい” という受け止め方であったようです。

そうとは取らず、熱く語ってしもうたのですが...

男児というものは、女子程 柔軟ではなく

ひとつに囚われがちなのです。申し訳ない。


「だけど、たくさん つらかったと思うから、

こうして、きれいなものを 見てほしくて」


思わず、葉月に向きますと

葉月は、花の海に向きました。


その毛先が、顎に掛かる様子が

可憐に ありました。


この美しい 花の海と、あの寝所が 重なり

肋骨の中身が、きゅう と、縮むようです。


首すじなどまで 見てしもうておった事に気付き、

慌てて 私も、花々に視線を戻します。

このように 見てはならぬのです。

葉月は、女子おなごなのですから。


「気に入って もらえたら、嬉しいけど... 」


「はい。大変に」


葉月が、私に向く気配が致しましたが

私は、顔を向けられぬでありました。


ですが、思う事は申します。

言葉にせねば、伝わらぬからです。


「この花の海を、見せて頂いたことも 嬉しく思いますが、あなたが、見知らぬ私に、気を掛けてくれたことも 大変に嬉しいです。有難う御座います」


私が申しますと、葉月は「はい」と 答えられ

また 花に向かれました。


暫くは、花や空を 見ておりました。


風が吹きますと、さわさわと 花の先のなびく様子。

遠くの木。飛んでゆく鳥。白い夏の雲。


もし みつきと、異国へ 逃れておりましたら

どのようだったのでしょう... ?


この様に 美しいものを、並んで見たのでしょうか?


「そろそろ食事だ」


「おおっ」


シェムハザで 御座います。また驚いてしまいました...  花々とは違う 甘い香り。

しかし、この花々に負けぬとは...


「シェミー... 」


葉月も驚いたようです。

おかげで、自然に 葉月に向く事が出来ましたが。


シェムハザは、葉月の頭に手を載せると

輝きを増し

「広間で取っても良いが、テラスに席を用意した。城に戻ったら、二人で 四階へ上がれ」と

消えました。


「... もう」


葉月は、シェムハザが消えた辺りを見て

何やら 困ったように、俯き加減になりましたが

私は、毛先など見てはならぬ と、前を向き

「戻りましょうか?」と、共に歩きます。


「もう、7時なのですね?」


スマホを見て 言ってみました。

日本も まだ明るい事でしょうが

こちらは 夕暮れもなく、午後 といった風です。


「夏は、22時くらいまで 明るいから... 」


「なんと! 眠りづらいですね」


地球は傾いておるのです...

実感 致します。


私は、明かりがついた部屋では

眠れぬでありました。

夜は ずっと、暗いものでしたので。


葉月は、私に向きますと

「なんか、想像してた感じと ちがう... 」と

申されました。


世の方は、私に どのような印象を持たれておるのでしょう?

また、私は 今、葉月に

残念に思われておるのでしょうか?


「... よろしくないでしょうか?」


「もっと、怖いのかな って 思ってて...

それも カッコいいかもしれないけど

違って 良かった って」


格好良うは 無い様ですが、悪い印象ではないようです。少々 複雑では ありますが

「良かったです」と 答えました。

答える前に、少しせた次第です。


いえ、考えてみますと、葉月は 日頃より

シェムハザを見ておるのです。

もありましょう。


「髪、長い」


「はい。長くするのが好いておるのです。

背の中頃まで御座います」


「髪型は、マゲじゃないの?」


「百姓で御座いましたし、まだわらしのうちでもあったのです」


“聞きたいこと” が、一揆のことから

ずれておるような気がするのですが...

このような事を 学校で発表されるのでしょうか?


「マドレーヌとマカロンは、食べたことある?」


「御座います。シェムハザに頂いて。

どちらも 大変に美味しいですが、マカロンの食感が不思議で、気に入っております」


これは、一般的な話のようですね...

一揆勢総大将が、マカロンを気に入ったなど

発表されますまい。

しかし 葉月は、照れたように俯かれたのです。


城に着きますと、ディルが顕われ

「葉月。部屋でスマホが鳴っていた」と

伝えられ、「あっ、見て来る」と、葉月は階段を駆け上がります。


「天草様。テラスへ ご案内いたしましょう」


「四郎で よろしいですよ。名字は、呼ばれ慣れが無いのです。雨宮なら、まだありますが... 」


「では、シロウで」


あっさりで御座います。


階段を昇り、途中の壁に掛かる絵画を見るなどし

四階に着きますと

「テラスは こちらです」と、外に出ました。


「おお... 」


花の鉢が たくさん御座います。名も知らぬものばかりです。彩りも豊かであり、近くに見ますと

色は元より、花びらの厚さや形、香り、

それぞれ美しゅう御座います。

木が付ける花や野の花は愛でたことは御座いますが、こうした花は見たことが御座いませんでした。


テラスからは、城の 木々や花々も見えますが

先程のラベンダー畑も見えるのです。

夕暮れ時など、さぞ 美しいことでしょう。

城も、城からの景色も このように美しいとは...


「シロウ。葉月は... 」


おお、ディルとおったのです。

現代に蘇ってからというもの、初めて見るものに触れますと、どうも 気まで持っていかれてしまいます。


ディルに 顔を向けますと

「ここ ひと月程、あなたの事を 調べ初めてから、あなたに憧れているようなのです」と

微笑ましい という顔をされました。


「最近、図書室で あなたの本を読み

ノートに纏める葉月を見て、シェムハザ様が

“シロウ・アマクサ ならば、蘇って日本にいる” と 教え、日本での大きな件を終えたら 連れて来ると

約束されていました」


広いテラスには、テーブルが 一つと

椅子が二脚。

私は、にわかに 何か、緊張を感じました。

そう 格好良くはない との御評価でありましたので

構わぬのですが...


「食事は、コースではなく

シェムハザ様が いつも取り寄せされているようなものに いたします。後にデザートは お持ちしますが」


ディルが申され、前掛エプロンをした 城の台所キッチンの方々が

料理を運ばれて参りました。

生ハム、トマトと山羊チーズのサラダ。

じゃが芋の冷製スープ、ローストチキン、

ポテト、魚のフリット、クロワッサン。

全て 二皿ずつ。

私共の年頃の者が、好む物が多いように思います。


青い瓶の水も置かれましたが

ディルが、二つのグラスに 葡萄酒ワインを注がれ

「では」と、消えますと

シェムハザに連れられた 葉月が参られました。


何故...  私は 暫し、呼吸を忘れておりました。


先程とは違う ワンピースを召しておられるのです。

肩の出るものですが、みつきの着物と同じに

水の色に 桃色の花が入ったもので、

腰には 黄色いリボンが飾られておるのです。


シェムハザが 葉月を座らせますと

呆けておりました私も、向かいに 座らせました。


「葉月」と、呼ぶ シェムハザに

葉月が眼を向けますと、シェムハザは微笑まれ

甘い香りを残して消えました。

葉月は、俯かれております。


ここは、美しい など、申した方が よろしいか?

しかし、なかなか 口から出ぬのです。

思うておりますのに。

代わりに 腹などが盛大に鳴り

俯いた葉月が笑い、私は 赤面した次第です。


「... 頂きましょうか?」


「はい」


ですが、和んだように思います。

ひと口 葡萄酒を頂き、生ハムをフォークで取ると

葉月も葡萄酒のグラスを置き、スープのスプーンを取りました。


「初めて、現代の食事を頂きました時は

食材の多さや、多彩な味、食感にも驚いたものです。日本の食事も、異国風が多いのですね」


「でも、お城の夕食は 和食が多いです。

お城の皆も気に入って... 」


アリエルや 葉月等の出身が、日本であるため

日本の物を たくさん取り入れておるようです。

丁寧な言葉になっておられるのは、葉月も幾分

まだ落ち着いておらぬものと思われます。


「お正月は、初めて着物を着て... 」


日本も、現代は 洋装で御座いますので。

しかし、そういったことではなく

葉月達 魔人は、目立たぬように生きてきたようです。学校なども、こちらで初めて通うことになった と。

私は、国の現代の社会の事なども、朋樹や涼二に聞いておりますが、そのような事が あり得るとは...


また、御両親は、魔人の蜂起の折

矢上 という者に殺害された、と 言うのです。

葵や菜々の御両親は、蔵石くらいし という者に。


兄様方や、シェムハザ等も関わった件であり

三人は、シェムハザに引き取られ

表向き、葉月は アリエルの妹、葵と菜々は 二人の間の子... という事に しておる様です。


「でも、今は 寂しくないし、しあわせです。

“そういう事があったから、ここにいる” っていう

説明で... 」


実際に しあわせでもあり、同情するような言葉は 掛けられたくないのでしょう。


「仕事の折、魔人の皆さんを お見掛けしましたが、シェムハザが懇意にされております。

社会に馴染んでゆけるよう、就職先として

オリーブオイルとチーズの店なども、出されるようです。

私も、皆さんが 恐れられぬのであれば

何か 御手伝いがしたいです」


「はい」と、葉月は 嬉しそうでした。



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