神々の島

ルカ


「陽ぃ落ちんの、ちょっと早くなってきたよな」


「おう、もう夕焼けだもんな」


ビール片手に、凪いだ海が 夕焼けを映すの見る。

水平線上の 太陽に向かって

一面のオレンジの中に 輝く光の道が出来ている。


潮の匂い。オレンジ雲の合間に、黄色やピンク

水色が溶け合って、空は 藍に続く夜の色に深まっていく。それでも うたかたの波打ち際は白い。


こんな時に、海に 来ちまったんだぜ。


召喚部屋で眼を覚ますと

ゾイが、全員分の弁当を持って来てくれてて

『うわ、マジで?!』『ありがとうな』って

食いながら『ミカエルは?』って 聞いたら

月夜見命つきよみのみことと、天に話しに行ったよ』って。


あれから

月夜見キミサマとスサさんは、その足で 高天原に昇り

天狗の報告をして、姫様の封鏡を預けると、

スサさんは、二の山の蛇里に行っちまって

月夜見は 榊を呼んで、里に降りた。


で、ミカエルも里に喚ばれて 話し合い。

この間に、ゾイは 沙耶さんの店に戻って

弁当作ってくれたらしいんだけどー。


月夜見は、アマテラスさん直筆の書状

... アバドンに取られた “天狗を返せ” っていうやつを持ってたから、とりあえず 先に

ミカエルだけが 第六天ゼブルに昇って、話を通して。

また里に戻ると、ゾイから弁当受け取って

月夜見連れて、エデンから 天に昇って行った。


『エデンからなんだ』

『うん。月夜見命は 異教神で目立っちゃうから

エデンで天衣に着替えて、第四天マコノム楽園を介して

天使として 第六天ゼブルに上がってもらうように... って

聖子に言われたんだって』


天では、サンダルフォンの眼があるから

アバドンの話になると、出て来る恐れもある。

奈落に キュベレは居るんだし。

聖子が いろいろと、気を使ってくれてるみたいだ。


弁当 食い終わったオレらに、コーヒーやラテを

淹れてくれたゾイは

『じゃあ 私、お店に居るね』と 戻って

四郎と リョウジくんは

『遊びに行って来ます』って言うから

二人が自転車置いたままだった ショーパブビルまで、泰河とバスで送った。

ついでにオレん家 行って バイク取って来たんだけど、昼間乗ると まだ暑ぃんだぜ。


それからは、泰河が タクシーで朱里ちゃんに会いに行って、オレらは、暇だけど疲れてて

何もしたくねーし。


ジェイドも『一度、教会に戻ろうかな』って

言っては みてたけど

『うん』『行って来いよ』って、朋樹と返したら

助祭の本山くんに 連絡しただけで

結局 行かねーしさぁ。

召喚部屋で、三人で だらだらしてたら

すぐ 夜だしよー。


何もしてないけど、腹は減る。

朝帰ったばっかりの シェムハザ喚ぶのも... って

なって、泰河と四郎に 連絡入れといて

沙耶さんの店に行くことにした。


店のカウンターには『朱里、仕事だからさ』って

泰河が居て、夕方で 店がバタバタしてたから

手伝ってたらしい。


ゾイが『夜は、ハンバーグにするね』と

キッチンで、沙耶さんを手伝いながら

オレらの分も作ってくれて、その間に 四郎も

『只今 戻りました』って、入って来た。


カウンターに並んで、飯食った後くらいに

一段落着いた 沙耶さんが、キッチンから

『おかえりなさい』って 笑顔で出て来て

『おう、沙耶ちゃん』『ただいま』

『今回は、準備も大変だったんだけど

もう、一晩掛かってさぁ... 』って

ゾイに聞いたであろう話を、オレらからも

わぁわぁ聞かされる。

けど、沙耶さんに仕事の報告を聞いてもらうと

なんか 安心するんだよなぁ。


ジェイドん家に戻って、また だらだらする。

影穴 閉じて、霊とか妖しとか 対処しまくった後だから、仕事も まったく入んねーし。

けど ミカエルが帰って来たら、天狗奪還の話になるだろうし、バラける訳にもいかねーし。


『何か、映画でも観るか』ってなって

アメコミ実写のやつ 一本観たら

『これは、南蛮のものでしょうか?!』って

眼を輝かせて 四郎がハマった。


もう 一本観ても、まだ観たそうだったから

『好きなの選んで観ていいぜ』

『オレら、客間にいるからさ』って

そのまま 寝ちまったんだけど

朝、ジェイドと教会に出て、午前中に宿題を済ませた 四郎は、オレらが起きた時も また観てたし。


『今日は、リョウジと遊ばねぇの?』と

泰河が聞くと

『涼二は 御家族と共に、“何日か帰省する” と

申しておりました』って 返ってきた。


『そうか、夏休みだもんな』

『僕らも別に、ここで ミカエルを待たなくても

いいんじゃないか?』


暑いけど、疲れも抜けてくると

だらだらしとくのも 飽きてきた。

四郎にも 何か、夏らしいこと させてーし。


アコ 喚んで、相談してみたら

『じゃあ、俺と どこか行こうか?

バレンシアのトマト投げとか、エジンバラの... 』って、消えて 遊びに行こうとしやがってさぁ。


『アコ、違うし』

『それだと、オレらが四郎と遊べねぇしよ』


『じゃあ、ボティスに聞いて来る』と

アコが消えて、戻って来ると

『“どこかで ホテル取っとけ。

後で 榊も連れて、泰河の車で行く”って』

... ってことで、泰河がアコに 車の鍵を渡して

バスに 着替えを積み込む。


『どうする?』

『やっぱり海だろ』


で、四郎の海パン買って

近くにリラの父さんのパン屋がある、あの海に来た。


ホテルのフロントで、意気イキって

『一番 広い部屋、お願いしまーす』とか言って。

シーズンの割に 部屋空いてたし

荷物置いて、着替えて 海に出る。


昼間は、水着だけでなく

パラソルやレジャーシート、簡易的なテントで

砂浜は カラフルで明るい。


『なんと... 』


海パンの上に ティーシャツの四郎は

雰囲気に飲まれたようで、水着の女の子からは

眼ぇ反らしちまったりするんだぜ。


『四郎、海の近くで育ったんじゃねぇの?』


泰河が 不思議そうに聞くと

『はい... ですが、このようではありませんでした。魚や貝などは獲りましたし、潮湯浴しおゆあみなどを される方もいらっしゃいましたが... 』って

なるべく、人を見ないように 努めてる。


『湯浴み?』


『湯治のようなもので御座います。

海水は、皮膚の病などにも良い と... 』


治療目的で 海水に浸かったりしてた人もいた

らしいけど、四郎は 海で遊んだりしたことない って言うし。そりゃ 楽しませねーと!


『この海は... 』と、四郎が オレに向く。


『うん、そ。リラに出会った場所とこだぜ。

その時は気付けなかったんだけどさぁ』


『でも、リラちゃんが目覚めた海でもある。

いや、目覚めたのは 天だけどさ』


オレと泰河が、説明になったかどうか分からねーこと言っても、四郎は『はい』と 頷いた。


なんか 気恥ずかしくなって

『今、フランス深夜じゃね?』

『シェムハザにも 言っておくか』って

喚んでみる。


顕れたシェムハザは、でかいテントを取り寄せてくれて『組み立てろ』って 今日も輝いた。

冬に来た時も 取り寄せてくれたやつだし

四郎にも『ここ 支えといて』と 手伝わせてみながら、テキパキと組み立ててく。


『けど、暑くね?』

『タープとかの方が いいんじゃねぇの?』と

生意気に モノ申してみてたら、シェムハザが指鳴らした。

床から ビキビキ音を立てて、テントの内部が凍っていく。中に取り寄せられたテーブルも 分厚い氷で出来てるし。


『術?』と、ジェイドが聞いたら

『子供たちを連れて キャンプに行くからな。

新たに編み出した術だ』って 頷いた。


『ルカ、風を』


テント内に 緩い巻き風を起こすと、汗が引く。

氷のテーブルに 青い瓶のオレンジフレーバーの水を取り寄せると、瓶が置かれた部分が窪んで

ドリンクホルダーみたいになったし。

これなら 温くならねーよなぁ。すげー...


『夜は、肉を焼いてやろう』と、テントの外に

バーベキューグリルが二台と 野外用テーブルが並ぶ。


『では、遊んで来い。海中の休憩用だ』って

でかい浮き輪も渡された。


砂浜に並ぶパラソルと 人の合間を縫って行って

波打ち際で 柔らかな波に、裸足の足を誘わせる。

陸と海の境は、オレにとって 少し特別になった。


オレの少し前で、膝までを波に洗わせる四郎は

沖に向き『御大切』と 呟いた。

キリシタン用語で、愛のこと。


... “一 には、ただ御一体の でうすを万事にこえて、御大切に敬ひ奉るべし。

二 には、我身のごとく、ぽろしもを思へという事是なり”...


戦国の世が終わっても、飢饉に見舞われ

生まれたばかりの子を その手で死なせたり、

餓え苦しませるくらいなら と、妻子を斬り

自害する人もいたようだ。


その中で、宣教師たちは

“聖父を敬い、隣人や敵も 自分のように愛せ” と

いう教えを説き

利他的な精神で 病人の治療をし、衛生面の向上、

また 教育や経済の水準を上げようと尽力した。


キリシタンとなった人たちは、愛という教えに

生きる根本に立ち返り、支えられたんだろうと思う。聖父の愛を知り、人に広めることに。


海を見ると、四郎は 生まれ育った場所や

過去、総大将として立って 籠城した、海際の原城のことも 思い出したりするんだろうけど

今 四郎が言った “御大切”... 愛 は

たぶん、リラに向けて言ってくれた言葉だ。

小さな子を救うことを選んだ ということ。

そのリラの心に。


『うん』


返事したら、四郎のシャツの背中が 小さく緊張してた。聞かれたとは 思ってなかったみたいだ。

返事しちまったことを 少し後悔する。


『よし、行こうぜ。四郎、泳げんの?』


隣に並ぶと、また ちょっと背ぇ伸びたような気がするんだぜ。

四郎は 涼やかな眼で

『暑気払いに 川で泳いだことは御座います』と

照れくさそうに オレを見上げた。


『何やってんだ?』『早く来いよ』って

もう 胸くらいの位置まで進んだ 朋樹と泰河に呼ばれて、二人で浮き輪を持って 沖に進む。


で、四郎は 足が着かなくなっても、全然泳げたし

『今、何か見えました!』って 余裕で潜ったりもするしさぁ。


けど、浮き輪 着けさせてみたら

『このように浮かべるとは... 』って、ぷかぷか

波に流されたりすんのも 楽しんだりする。

とにかく笑顔で、『連れて来て良かったよな』

『ボートにも乗って、夜は花火だね』って

オレらも すでに満足なんだぜ。


一度 休憩に戻って、海の家に連れて行って

焼きそばとか かき氷買って、テントで食うことにしたんだけど、ハティが来てた。

この暑い中、海のテントで いつものスーツ姿。

シェムハザとワイン飲んでるし。


オレが『もう、見てるだけで暑いんだけどー』って 言っても

『お前の騒声で、気温が2度程上昇するが... 』

なのに、四郎に『暑くないのですか?』って

聞かれたら

『特には... 』って 答えながらも、ジャケットだけ脱いでやがるしよ。

それ見て『ハティも 四郎には弱ぇよな』って

なんか泰河が 嬉しそうだったけどー。


朋樹が レモン味の氷食いながら、ハティに

『なんかあったのか?』って 聞いたけど

『いや。特には』... で、シェムハザが

『“四郎と海に居る” と、俺が喚んだ』らしくて

笑っちまってる。四郎が 気になったのかよ...


ワイングラス片手に、“どうだ?” って眼を

四郎に向けてるし。

コーラの氷 食ってみてる四郎が

『楽しいです!』って、眼ぇキラキラさせたら

優しい顔で 頷いたりとかして

『さて、読書を... 』とか言って

沙耶さんの店に消えた。

でも、晩飯のバーベキューの時は 喚んだ方がいいよなぁ。後で話だけ聞いたら、また 真顔になるんだろうしさぁ。


『じゃあ、ボートに乗ろうか?』って時に

ボティスたちが到着した。

榊は もう、赤いお子サマ水着だし

アコも海パンで クーラーボックス持ってるし。


『シロウ』って、釣り竿持ったボティスが

四郎と榊 連れて行っちまって

『俺も釣るか』って、シェムハザも釣り竿 取り寄せて、アコとボート借りに向かってる。


『えっ、何だよ』

『オレらが乗せようと思ってたのによー』


うるせぇな ってツラしたボティスに

『お前等も乗ればいいだろ?』って 言われるけど

別に オレらだけで乗ったってさぁ...


『もう、昼寝するか ビキニ眺めるかしよーぜ』って ふて腐れてたら

『ふうん。楽しそうだよな、お前等』って

ムスっとした ミカエルが立った。

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