御大切 10


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ふう...


姉様方に、『成長期でしょ? 背、伸びたよね』

『食べな 食べな』と、御馳走になり

『あっ、店 出なきゃ』

『イベントなんだよね、今日』と

慌ただしく去られ、


その後、私と涼二は、沙耶夏の店で 宿題をし

夕飯を 御馳走になり、

涼二が、御家族に呼ばれましたので

ジェイド宅へ戻って参りました。

明日、学校は 休みですので

御父上の御趣味の天体観測に行かれるそうです。


皆は まだ仕事であり、ジェイド宅に居るのは

私のみ。朋樹から電話が御座いましたが

『おう、四郎。ちょっとアダルティな仕事だから

ちゃんと留守番してるんだぜ』と、喚ばれず

しゃわー など浴びまして、退屈をしておるのです。


「シロウ?」


「おお!」


シェムハザで御座います。甘く爽やかな香りが漂います。今日も 眩しくあられるのです。

天主でうす様は、何故このような造形に されたのでしょう... 何かは 判然とせぬ、ため息が落ちます。


「退屈そうだな。ジェイド等は?」


「皆、仕事なのです。

“あだるてぃ” と申しておりました」


「ほう... 留守番か?」


「はい」


「城に来るか?」


なんと...  南蛮の城に... ?


「はい!」


しかし 部屋着姿なので、ソファーを立ち

「着替えて参ります!」と、自室へ上がり

てぃーしゃつ と、じいんず に 替えました。


マントやスマホ、コンフェイトなどを入れた

リュックを肩に掛け、リビングに戻ると

シェムハザが、ジェイドに電話をし

了承を取っておいてくれたのです。


玄関でサンダルを履き、シェムハザと逸れぬ様

シャツを持ちます。

肉体であると、消えられませんが

物体であれば 大丈夫であると、アコに習ったのです。

シェムハザは、私のリュックを取られ

御自身が持たれました。

この さり気なき御心遣いが、輝きの因の 一つでもあるのでしょう。


「では行くか」


「はい!」


到着 致しました場所は、ああ、なんという景観でしょう...

見上げても足りぬ程 高い塀の内周に、花のあるもの、青葉のもの。幾本もの木々と 美しい花々。

地面に敷かれた 一面の芝生は、きらきらと日差しに輝いておるのです。


そして、なんと 教会よりも大きな 両扉が開かれておる、南蛮の巨大な城で御座います。


白い外壁。メレンゲクッキーのような 水色の屋根。幾つもの華奢な細枠の窓。

敷地内には、教会もあるではありませんか!


「入ろう」


知らず、口が開いておりました 私の背に

大きな手を添えられ、城内へいざなわれました。


入って すぐは、広い広いホールです。

二階へ続く階段は、学校のものより 幅が御座います。見上げますと、シャンデリアなどが輝き

いつか参りました 大きなホテルを思い出しました。


「天草様。お待ちしておりました」


私共の制服とは、また違う 白い わいしゃつに

すらり とした黒いズボンを穿き、黒い艶の靴。

短めの髪を やわりと... エアリーと申すのでしょうか? それは女性のヘヤスタイルに使う言葉でしょうか?... 立てられ、長い もみあげまでセットされた方が、私に微笑まれます。


「天草 四郎時貞、蘇りで御座います。

お邪魔致します」


挨拶を交わしまして、握手をし

「友に」と、コンフェイトの瓶を差し出しますと

その方は 笑顔で「いただきます」と 一粒取って、口に入れられました。嬉しく思います。


「ディル、アリエルは?」と、シェムハザが聞きました。この方が、“ディル” なのですね...


シェムハザは よく、“ディル、珈琲” などと

様々な物を 取り寄せ致しますが

その際の呪文のようなものかと思うておりました。人の名だったのです。失礼 致しました。


「菜々が、ジュースを溢しましたので

着換えに連れて行かれております」


ディルは、高い鼻に 横広の眼をしており

どこかしら 猛禽類を思わせる 御顔立ちです。


「そうか。広間に居る」


シェムハザは、また私を伴われ

右手の 大きな両扉の向こうへと 連れて参られたのです。


ゆったりとした広間には、たくさんのテーブルや椅子がありますが、それでも広いと思わせます。

奥に 何も置いておらぬ箇所があり、壁には 立派な暖炉も見えます。


幾人かの方々が、紅茶や珈琲を飲んで

御寛ぎになっています。

皆、城の仕事や 農園、シェムハザが営む会社に

勤めておる方々だそうです。


「シロウ・アマクサ?」

「本を読んだ。本当に子供だ」


「アシル、ベランジェ」


金の髪の方と、茶の髪の方です。

この方々は、天狗... 悪魔であるようですが

聞くところでは、ディルも同じく。


私は いつも、シェムハザも悪魔 だということを

忘れてしまうのですが、この方々も

明るく優しそうな 兄様方にしか見えぬのです。


「そうだ」


二人と握手して、コンフェイトを差し出しておりますと、オレンジ入りのアイスティーと 菓子の盆を携えたディルが、広間に入って参りました。


シェムハザ等と同じテーブルに着き、

「頂きます」と、礼を申しますと

「いつか来た、あいつ等と違うね」

「面白かったけど」と、アシルとベランジェが

申します。兄様方の事の様です。


「兄様方も、いらしたことがあるのですね」


「そう。俺とアリエルの式に招待した。

こうして、シロウだけを呼ぶと

また後で うるさくなると思うが... 」


長い脚を組み、アイスティーのグラスを口に運ぶ シェムハザが、片手を開き、軽く肩を竦められました。


小麦色の髪に 明るい翠色の眼。

そして、この城の城主であるのです。

何やら 目眩が致します。


「あなた」


女性の声が致しました。

艷やかな黒髪に、大きな黒い眼。

落ち着いた色味の 水色のワンピースを御召しです。

この様に言うのは、失礼かもしれませんが

可愛らしい雰囲気をしていらっしゃいます。

内から滲むような明るさと、温かな空気。


「アリエル」


おお、なんと...  やはり とも 思いますが

うら若き、美しき 奥方なのです...


シェムハザが 椅子を立ちますので

私も立ちましたが、シェムハザは アリエルの肩を抱く為でしたようです。

いえ、どちらにしろ 挨拶と握手、コンフェイトを交わしましたが...


「ようこそ。お会い出来て嬉しいわ。

シェミーから話しを聞いて、あなたの本を読んだの」


「はい。いえ、それは何とも... 」


私の事や、一揆の事が研究された書物が

幾冊があることは知っております。


中には、私が “実在しておらぬであった” と考えるものや、逆に “幾人もおった” との説を唱えるものも 御座いますが、私は ひとりなのです。

おったのです。

今 さらりと、一つの 歴史的浪漫を摘んだ事を

お詫び申し上げます。


しかし、アリエルは

自らを主張せぬ... 控え目にしていらっしゃるという 印象が御座いましたが

こうして、近くに いらっしゃいますと

しとやかな美しさに見惚れてしまいます。


また、私を お見知り置きになられたことが

嬉しいのです。

でれでれする と言いますのは、こういった心持ちなのでしょう。致し方ありますまい。


「菜々」


シェムハザが、名を呼びますと

アリエルの スカートの向こうより

小さな頭が出ました。


「なんと!」


幼児おさなごが 隠れておったのです。

高い位置で 二つに括った髪は 細く

見るからに柔らかく、くるりとカールし、

その毛先が 耳の横に揺れております。

桃色の りほんなどが付いておるのです。

眉の上で 切り揃えた前髪の、何とも可愛らしいこと。


御挨拶したいのですが、アリエルのスカートの前に しゃがむなど、ならぬでしょう...

ですが、シェムハザが 抱き上げましたので

ホッと致しました。


「天草 四郎時貞です」


「菜々? ご挨拶は?

大丈夫、パパが 一緒に居る」


幼児おさなごを見つめるシェムハザの、なんと甘い眼でしょう...  まだ 隠し持っておられたか...

しかし父上も、妹のまん

あのような眼差しを向けておったものです。


「... 菜々・べるぐらんど です」


緊張して言うた 菜々に

「はい。菜々、よろしくお願い致します」と

手を差し出してみますと、菜々も 小さな手を出しました。


その手を握りますと、天守の戸、明り取りの窓、御簾。痩せこけた頬の 穏やかで満ち足りた笑顔。

あの日々の様々が 甦りました。


はらいそ 温かく 確かなのです。


鉛玉の十字架を、愛おしく恋しく 思うなど...


人は、その後の生き方により

過去すらを 変えてゆけるようです。


私が、罪を犯した事実は 変わりません。

ですが、あの日々を

甘く感じる日が 来ようとは...


「菜々、よく出来た!」


シェムハザが、菜々を高く 抱き上げて褒め

抱きしめております。

その様子を、アリエルが 嬉しそうに見守り

アシルや ベランジェ、ディルは

“いつもながらに”... と いった表情ですが

変わらぬ安心の空気 の様なものがありました。

シェムハザに褒められた菜々は、得意げです。


コンフェイトを差し出しますと

「ありがとう」と 礼を言われ

口に入れると「おいしい」と、笑顔です。

なんと愛らしい...


「シロウ、城を案内し... 」

「えほん、よむ?」


シェムハザの胸におる菜々が、私に言うのです。


「絵本が、あるのですか?」

「うん、いーっぱい」


「はい。では 読みましょう」


私は、絵本も好きです。挿し絵を眺めるのも。

優しい 語りの口調も。


しかし...  今まで 手に取りました 絵本は

学校の図書室のもので、当然の如く 日本語で御座いましたが、シェムハザの城の図書室のものは、

世界各国のものでありました...

“読みましょう” などと... 甘かったのです。


「菜々は、どの言語も解るのですか... ?」


シェムハザに聞くと

「いいや。読み手が、日本語に 訳しながら

読み聞かせをする」との事。完敗で御座います。

幾ら 意味が解ろうと、即興で、絵本に沿ぐう語り口で読む事は 適いません。


「では、日本のものを... 」


幾冊かを 読み聞かせますと、絵本の挿し絵を見つめる菜々が、絵本の世界に 入り込んでおるのが分かります。また 可愛らしい。


過去 生きた時代には、このような絵本は御座いませんでしたが、もし、まんに読んでおったら

こういった顔になったのでしょう。


広間で昼食を頂きますと、次に 菜々は

「プールで あそぼう」と 言うのです。


「ですが、水着などは... 」


シェムハザが指を鳴らし

私の水着とシャツが 出されました。


プールに於ける 私の使命は、菜々の浮き輪を引く事や、水遊び玩具の 螺子ねじなどを巻くことです。

日差しの下、輝く笑顔です。


プールを上がると、水分や果物をいただき

「まだ あそぶ」と 頑張っておった菜々ですが

子ども部屋のソファーにて、また絵本を読みますと、うとうとと眠りました。

なんと可愛い 瞼や頬でしょう。


「やっぱり、お昼寝したのね」


アリエルです。


菜々をベッドに移す様子でしたので

私が菜々を抱え、ベッドに寝かせますと

「ありがとう。広間で休憩してね。

お茶の時間よ」と、笑顔を見せられました。


「どういたしまして」


良い心地です。


菜々とアリエルを残し、子ども部屋を出ますと

シェムハザに連れられた わらしが居りました。

男児です。菜々と似ております。


「こんにちは、はじめまして!

葵・ベルグランドです!」


おお、しっかり 溌剌はつらつとしておられる...

シェムハザは、葵を迎えに出ておったようです。


視線の高さを合わせて、挨拶と握手を交わし

コンフェイトを差し出しますと

共に 広間に向かい、ココアとマドレーヌを頂きました。


「宿題して来る」と 城内を走り、

30分程で 戻って参りますと

「プールしよう」と 言われました次第です。


水の中で遊び、上がりますと

心地よい疲労感に見舞われます。

葵は 泳ぎも達者でしたが、やはりまだ浮き輪を

使用し、水鉄砲で撃ち合いなどを致しました。

楽しいのです。


良い具合に撃たせ、こちらは時々

浮き輪や、腕の すれすれなどを狙います。

葵は、弾けるような笑顔です。


「夕食の前に、入浴を... 」と、言われておりましたが、葵も 御昼寝 致しております。

しっかりしておりますが、まだまだ 可愛らしいことです。


「御父上」


広間で眠ってしもうた葵を、子ども部屋へ運んで戻られた シェムハザに

「温かで、しあわせな御家庭ですね」と

申しますと、なんと シェムハザが、照れ笑いなど致されたのです!

おお、この様な表情は、初めて拝見致しました...

御自身の事ではなく、御家庭を褒められ

嬉しかった御様子。


「もう 一人、迎えに行かねば... 」


照れたまま 言われましたが

「もう、ディルが迎えに行ったぜ」

「今日、一時間 短いんだ」と

アシルとベランジェが 申されます。


シェムハザが不在の折は、アシルかベランジェ、

ディルが、子供たちを迎えに出るようで、

学校のスケジュールは 知っておるそうです。

更に、アシルとベランジェは

シェムハザの仕事の代理も熟されるとの事。


「ディルに城を任せ、アシルとベランジェが居て、城は 成り立っている。

時に、城の保管庫を狙う悪魔も来襲するからな」


「そういった折は、戦うのですか?」


「そういった場合もあるが、相手が異教神の場合であれば、ハティが 話を着ける」


興味深く 話しを聞いておりますと

「シェミー、アシル。ベランジェ。ただいま」と声が致しました。


一瞬、何処におるのか 判然とせぬような

錯覚に 陥り...


信じられぬ想いで、振り返りますと

みつき が、立っておったのです。

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