御大切 2


********




「四郎!」


午前の授業が終了し、校門に顕れますと

弁当を持ったゾイがってくれるのです。


「有難う御座います。お忙しい時間ですのに... 」


「ううん、大丈夫。

今日は、さっき焼いたハンバーグだよ。

放課後のおやつの時に、お弁当箱は持って帰るからね」


「はい」


弁当を受け取って、手を振り合いますと

ゾイは、沙耶夏と 一緒にやっておる店に戻るのです。


学校に通い出しました頃は、朝

ジェイドの家で弁当を受け取っておりましたが

深夜や早朝などは、聖みげると過ごされることがあるのです。

また 私の方も、朝補習などがある曜日は 登校が早く、兄様方と仕事をした折は、召喚部屋などに寝泊まりすることも御座いますので、そういった日は、バタバタと身支度に戻ることになります。

弁当を受け取る際も、バタバタとしており

心苦しゅうなることも御座いました。


『お昼に、学校へ 持って行くことにしようか?

そうしたら、作り立てを食べれるし... 』


ゾイの方から 申し立てて頂き

今の形になりました。


弁当を受け取った私は、四階の目立たぬ場所に顕れ、教室で涼二と共に 机や椅子を寄せ

弁当の包みを開きながら、高島と真田を待ちます。

二時間目と三時間目の間に、朝 コンビニエンスストアで買いました物を食べるのですが、

高島と真田は、その時に弁当を食べるので

昼は 学食を利用するか、購買で購入するのです。


「今日、焼きそばパン取られたー」

「はい。涼二は ウーロン、四郎が緑茶」


真田から、ペットボトルの緑茶を受け取り

礼を言いながら、その分の料金を支払います。


ぱん を幾つか抱えた 高島と真田も着席し

二段になっておる弁当箱を開きますと

「おお!」「ゾイさん、すげぇ!」と

感嘆されるのです。そうすると、何故か私に

少しばかり得意な気持ちが湧きます。


本日は、紫蘇しそ混じりの飯の上に

海苔で 葛飾北斎の芥子けしが描かれておりました。

おかずの箱には、大きなハンバーグと唐揚げ、

ほうれん草と微塵切りの人参が混じった出汁巻き、蓮根と椎茸の煮物に、サヤを剥いた枝豆が飾られ、小さな赤カブの酢漬けが、花の形になっております。なんと 麗しき...


再び、ゾイに感謝をし、心に 御言葉おらしょを読み

箸を持ちます。


「ゾイさん、料理も すげぇし

顔も カッコいいよな。スペインの人だっけ?」


「高島、“カッコいい” じゃなくて

“キレイ” だろ?」


「あっ、そうか。姉さんだもんな。

でも、カッコいい女の人もいるぜ?」


これは、私が うっかりと口を滑らせ

ゾイのことを『姉さんのような人』などと

言うてしもうたことに あります。


咄嗟に、言い間違えたと 訂正しようと思うたのですが、重ねて涼二が『心が』と、言うてしもうたのです。


しかし、その辺りの事情に於きましても

涼二にしろ、高島と真田にしろ

『ああ、そうなんだ』

『物腰 柔らかいもんな』と、納得し

それ以上の追求などは御座いませんでした。

そう珍しい事でも無いような感触でしたが

私は、友に恵まれておるように思うのです。


ゾイは、私にとって

姉の様であり、また 母のようにも感じる

大切な方で御座いますので

こうして、ゾイが そのまま受け入れられる事は

安堵するような、また 胸が温もるような心持ちにもなるのです。


ハンバーグを口にしますと、血肉だけでは無く

気力までみなぎってゆくことを 実感致します。

沙耶夏の店で出される時は、濃厚なソースなどか掛かり、また煮込んであることも御座いますが

弁当でありますので、ケチャップが添付されておるのです。ハンバーグ自体にも すぱいす が効いておる気が致します。なんという 心遣い。

なんという しあわせ。

言わずとも知れましょうが、大変に美味です。


細やかで芸術的な海苔の飯に、箸を入れます時は

諸行無常を体感致します。

これは、私に限った事では無いようで

私が飯に箸を向けますと、涼二も、高島も真田も

箸が 海苔の芸術を欠けさせるさまを、息を飲んで見守るのが つねとなりました。


「さようなら、芥子... 」

「ありがとう、ゾイさん... 」

「おやつが楽しみです」


そうして、赤カブで箸休めをし

大好きな唐揚げを、あまり後に回しますと

「食わねぇの?」と、取られたりも致しますので

途中で しかと味わい、愛情の込められた出汁巻きや

煮物、また紫蘇飯を平らげまして

しあわせな時間ときが ひとつ過ぎるのです。


「高島、これ 食べる?」


弁当箱を包み直し、「ジュース買いに行く?」と

話しておりましたところ、女子おなごが寄って参りました。二人程おります。

... 内の 一人は、どうやら 高島に心を寄せておるようで、事あるごとに 何かしらの用事で話し掛けております。

現代の女子は、家事に従事するといったことは

少なくなったようでありますが

こういったことにも 積極性があるのです。


私も『雨宮』などと、話し掛けられた際は

女子の方から声掛けをするとは... と 小さな戸惑いが御座いましたが、これに関しましては もう

朋樹に話す といったことは、致しませんでした。

涼二に聞いたところでは

『うん、現代いまはね。オンナの方からコクったりもするし』と...


一部、言葉が分からず、聞いたところでは

好いております と、想いを告げる事であると...

嘆かわしいやら、少しばかり 良い気がするやら

複雑な心持ちになったものです。


しかし 高島は、他に惹かれておる女子がおるので

「いや、いい」などと、素っ気無い応答を致します。

惹かれておる女子に、他の女子と親しくしておる姿を、見られとうないのでしょう。


「オレ、食いたい」「おれも!」


表情から 灯りが消えたようになった女子に

真田と涼二が申しまして、袋から 一つずつ

クッキーを取っておりますので、私も

「おれも、貰っていい?」と 聞いてみました。


「うん」と 返され、袋の口を向けられましたが

「全部あげる。お腹いっぱいで、いらなかったから」と、何か いじらしく思える嘘をつかれ

私に 袋ごと渡し、一緒に寄った友と共に 廊下に出られたのです。

致し方無くはありますが、胸の痛む次第です。


「高島ぁ... 」

「ただ、普通に 貰えばいいのに」


しかし、高島は「なんで?」などと申します。

高島は 背丈もあり、色男に御座いますので

心を寄せる女子は、一人二人では無いように思えますが...


「クッキー 貰うくらいなら、別に

いいんじゃないか? 冷たくすることは... 」


頂いたクッキーを食しながら、私も申してみますと、高島は 今更クッキーを 一つ取り

「隣に居た 北川は、四郎が好きなんだぜ」と

言うのです。

つい「なんと?」と 問い返してしもうたのですが

「オマエ、“なんと” って... 」程度で済み

胸を 撫でおろしましたところ、

「北川だけじゃないよな。佐々木と山内も」

「三組の池田も。先輩達にも人気あるし」と

真田と涼二が続け、私は、絶句 致しました。




********




「今日、部活 休みだってよー。

三年が 三者面談だから」


午後の授業も終え、鞄などを持って

校庭へ向かいます。


涼二は、ダンス部に所属しており

本日、ダンス部は休みのようですが

高島と真田は、サッカー部で

そちらは練習が行なわれるようです。


私は、と 申しますと、まだ迷うておるのです。

運動などを致す部は、一通り体験致しました。

文化部の見学を致しておるところで、

担任の斎藤先生に、迷うておる事を相談致しますと、『もう夏休みになるから、二学期までに決めてもいいよ』と 許可を頂けました。


「別にいいんだけど。どうせ女子とは別々だし」


校門へ向かいながら、涼二は ため息をついております。

ルカの妹である、竜胆に憧れておりますので。


南蛮の異国人を母に持つ竜胆は、美しい容貌をしております。すらりとした腕や脚にも、それが表れておるようです。

ルカにも同じ血が流れており、また似てもおりますが、些か 竜胆の方が、異国人寄りで御座いましょう。


「大学生の彼氏がいるのも知ってるし

兄ちゃんは ルカくんだし、何も期待してないけど... 」


憧れるくらいは良かろう、と 申すのです。

微笑ましいような心持ちになっておりますと

校門の外に ゾイが顕れ

「四郎、おやつ持って来たよ」と

発泡スチロールの箱を示されました。


「ゾイ。今日の弁当も美味しく頂きました。

有難う御座います」


礼を言って、弁当箱の包みを返しますと

「うん、良かった」と、笑顔を返されるのです。

涼二まで ふんわりとした表情になるのは

ゾイが 天使あんじょであると伴に、心優しき事が

滲み出ておるからでありましょう。


「高島くんと 真田くんの分もあるからね。

カップ持って」


ゾイは、私と涼二に 大きな紙カップを 二つずつ持たせ、発泡スチロールの箱を開くと、

中のタッパーの 一つから、砕いた黄色い氷を

氷用の小さなシャベルのような物で カップに注ぎ分けます。


次に、別のタッパーを開けまして

「また、九龍球クーロンきゅうを作ったよ」と、透明の丸いゼリーに、一口大の果物を閉じ込めたものを

スプーンでカップに入れてくれます。


「やったぁ」と言う涼二と 笑顔で眼を合わせ、

ゼリーの上にも氷が乗せられ、甘い炭酸が注がれた後に、スプーンとストローが差される様子を見て、また しあわせな心持ちとなりました。


「朋樹たちは、仕事が入って

帰りは遅くなるかも って言ってたから、

夜、店で勉強していいからね。涼二くんも」


「はい」「夜、お邪魔します」と

返事をすると、ゾイは また笑って手を振り

店に戻りました。


「おっ! クーロン球!」


サッカー部の練習着に着替えた 高島と真田が

丁度、校庭に参りました。

私共は 部活動の前に、藤棚の下で

ゾイの おやつを頂くのです。


「暑いし、嬉しいよな! 美味いし」


私も、この九龍球が好きです。

ひとつひとつに、丁寧に果物が閉じ込められた 瑞々しく美しい 透明の球の、日差しに煌く様子が、ゾイのように思えるのです。


二人にも カップを渡し、藤棚の日陰に入り

木製のテーブルに着いて 頂いておると

「シロウ!」と 呼ぶ、竜胆の声が致しました。

涼二の顔が輝きます。

高島や真田も、少しばかり 緊張したような

高揚したような面持ちになっております。


「氷咲先輩」


学校では、このように呼称致します。

何か 誤解などを招かぬようにする為です。


「クーロン球じゃん。一個ちょうだい」


そう仰ると、私のカップからスプーンを取り

桃のゼリーを食され

「部活、休みだね」と、涼二に言われました。


「はい、残念です。

氷咲先輩も、面談なんですか?」


固い声で、涼二が聞きますと

「ううん。今日は ミサキが面談」と 答えられ

「ニイに、たまには帰って来いって言っといてくれる? 教会に行けば、ジェイドには会えるけど

“琉加は最近 顔も見せない” って、ママが言ってたから」と、私にことづけると

「じゃあねー!」と、頭をぽんぽんとされ

校舎の方へ戻って行かれました。

御自身では ルカに連絡なさらない、といった

不思議な兄妹なのです。


「四郎」

「替えてやれよ」


私のカップを、涼二の前に置きますと

涼二は「いや、いいんだけど!」と

また輝く笑顔になりまして、自分のカップを

私の前に置きました次第です。

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