25


「あちこちに、師匠の像あるよな」

「な。師匠、すげぇ」


カフェを出て、アコの後に付いて歩く。

道路にも バイクにも、塀の上にも

いたるところに チャナンが供えてあって

夜も花に彩られてる。


「あっ」って 立ち止まった ミカエルが

「ファシエルに呼ばれた」って

みるみる 明るい顔になった。


「行って来たら?」って 勧めると

「うん」って 消える。

後ろを歩いてた シイナが、隣に並んで来て

「騒がしくなければ... の 黒髪」って

背中を とんとんしてきた。慰めてんのかよ?


「おまえ、騒がしくなければ... の

続き 言ってみろよ」


シイナは、オレを まっすぐ見上げて

「“ぼちぼち” と “まぁまぁ”、どっちがいい?」とか 聞いた。くそう。

「“そこそこ”!」って 言ってやったんだぜ。


「次は ここ。ダレム寺院」って

立ち止まった アコが、割れ門を 手のひらで示した。


「夜間も開いてるんだ」

「もう、19時 越えたのにな」


割れ門 通って入ってみると、境内には

真ん中の広いとこ空けて、三列の椅子が 円形に並べられてた。


席に座った観光客たちの間に、上半身裸で

白地に黒のタータンチェックの腰巻きと

赤い腰帯スレンダンを巻いた 何十人かの男たちが

円になって 胡座あぐらをかいてる。黒髪に褐色の肌。

円の中心には、五つの火が点いた 大きな燭台があった。燭台以外に、灯りはない。


「ケチャックダンスか」って、シェムハザが言う。 ん? なんか、聞いたことある。


「ああ、ラーマヤナの舞踊劇?」って

朋樹が聞くと

「そう。古代インドの叙事詩だ。

やるのは途中の何章かだろ。長い物だからな」と

ボティスが答えた。


もう 前の方の椅子は空いてねーし

シェムハザが、別に椅子を取り寄せて

みんなで並んで見れるようにする。

ラーマヤナっていう物語の 一部を、舞踊劇にしたものらしい。


「“ラーマ” っていう、王国の継承者が

国を征服しようとする継母に 嵌められて

妻のシータと、弟のラクシュマナと 一緒に

国から追放されるんだ。

ラーマは、ヴィシュヌの化身 って言われてる」


シェムハザが取り寄せてくれた、瓶ビール回してる間に、アコが簡単に説明してくれる。

ヴィシュヌは、三神一体トリムルティの維持神。


 ... 円になって 胡座をかいている男たちが、

声を出し始めた。歌を歌う人と

“チャッ!チャッ! チャッ!” という

掛け声の人たちがいる。


「森に入った三人のことが、別の国の王の

“ラワナ” に 知られちまう。

で、ラワナは、ラーマの妻 シータに惚れる」


略奪するために、ラワナは まず

弟のラクシュマナと、ラーマと妻シータに

分けようとする。


 ... 少し割れた 円の中に、きらびやかな衣装を着けたダンサーが 二人出てきた。

黄色いチューブトップに、長い黄色と緑のサロン。腰帯。頭飾りに 派手な舞踊メイク。

どっちも女に見えるけど、一人は膝から下が膝が出てる。ラーマなのかもしれない。

歌声と、チャッ!チャッ!チャッ!の 合唱が響く。ダンサーの二人は、スローな足さばきと

上げた腕を ゆっくりと流し、揺るがせて踊る。

舞踊儀式 っていう印象。


「ラワナに引き離すよう めいじられた配下が

黄金の鹿に化けて、ラーマたちに姿を見せると

心を奪われた 妻シータが、ラーマに

“鹿を捕まえて” と ねだるんだ」


 ... 上下ゴールドの衣装に、角がある面のダンサーが 出てきた。

胡座をかいた男たちが合唱する中、円の中の二人に、自分の存在を示すように 身体を揺らし

火が揺れると、地面の影も揺れる。

火の点いた燭台の周囲を、どちらも距離を保って

二人と共に 対角に周り、円を出て行く。


「ラーマは、弟ラクシュマナに 妻シータを任せて

黄金の鹿を追って、森の奥に入り込む。

ラーマが、鹿を矢で射った時に

化けていた配下が 叫び声を上げた。

その声を、ラーマの声だと勘違いしたシータは

ラクシュマナに、ラーマを助けに行くように言う。

ラクシュマナは、シータから離れる訳には いかないけど、シータは、ラーマが心配だと譲らない。

“あなたを危険から守るために” って

火の囲いの中に、シータを入れて行く」


 ... 膝から下が出た、ダンサーの 一人が

円を出て退場した。円中央の燭台が除かれ

チャッ!チャッ!チャッ!と 合唱する男たちが

円を広げる。

ダンサーを中心に、乾燥した椰子殻が

円を描いて撒かれ、椰子殻に火が点いた。

境内も、ダンサーも男たちも、炎の色に照らされる。チャッ!チャッ!チャッ!の 合唱の中、

ダンサーは 踊り続けている。夜の中の炎の色。


「シータの前に、高僧に化けたラワナが現れて

“水が欲しい” と、シータに頼んだ。

年老いた高僧を憐れんだシータは、水を渡すために 火の囲いを出てしまう」


 ... 赤と黒の衣装のダンサーが現れた。

金に縁取られた前掛けや頭飾りを付けている。

椰子殻の火の周りを、堂々と ゆっくり回り

時々 炎を踏んで、火花を散らす。

円になった男たちが立ち上がり、腕を上げて

手首から先を 前後に振り出した。

チャッ!チャッ!チャッ!と 歌と合唱が響く。

人の声は すごい。声と炎に魅せられる。

弱くなった炎の所から、円の中のダンサーが出ると、赤黒の衣装のダンサーの片肩に 座らされて

退場した。


「シータを連れ去って、元の姿になったラワナが

シータに迫るけど、シータは拒むんだ。

ラーマの使い、猿族ヴァナラのハヌマーンも

森で消えた シータを探す」


 ... 白い面に、身体に沿った白い上下の衣装、

その上に短い腰巻きを巻いたダンサーが

何かを探すように、大きな動作で 左右に首を動かしながら登場した。白い猿のようだ。

チャッ!チャッ!チャッ!の 合唱の中

白い猿のダンサーは、踊るように 円の椰子殻を

派手に蹴り飛ばし、椰子殻が 炎ごと辺りに散る。

その度に 赤い火花が煌く。


「シータは、ラワナの王宮に囚われていた。

そこに現れハヌマーンが、ラーマの指輪を見せて

自分がラーマの使いであることや、ラーマは無事だってことを話すと

シータは、自分の金のかんざしを ハヌマーンに渡して

自分も無事だと伝えるようにことづけるんだ。

その頃 ラーマは、ラクシュマナと 一緒に

まだ森の中で、シータを探してた。

そこに、ラワナの息子と その配下が現れて

魔力を持つ矢を放った。

矢は大蛇になって、ラーマとラクシュマナに

絡み付いた」


 ... 白い猿が、炎が無くなるまで蹴り散らし暴れ

途切れることのない合唱の中、

膝から下が出た きらびやかな衣装のダンサーと

赤と黒の衣装に、ゴールドの弓矢を持ったダンサーが 出て来た。矢をつがえ、射ろうと狙う。


「ここで、ガルダが出てくる。ラーマの父と親友。

森にいたラーマとラクシュマナに遭遇したガルダは、二人に絡み付いた 大蛇を引きちぎる。

自由になった ラーマとラクシュマナは、再び

森でシータを探す」


 ... 金の衣装を着たダンサーが登場して

赤黒の衣装の 弓矢のダンサーと向かい合う。

チューブトップに長いサロンのダンサーと

赤黒の衣装に金縁の前掛けのダンサー、

白い猿のダンサーに似た形の衣装の、赤い猿のダンサーが出て来た。

チャッ!チャッ!チャッ!と、歌うと合唱の中

それぞれが向き合い、白い猿や赤い猿が

赤黒の衣装のダンサーたちに、飛び掛かるような動きを見せた。


「ラーマの親友、猿王のスグリワと その軍が

ラワナの息子達と激しい戦闘になるけど、

スグリワ達が勝つ。

舞踊劇は、この辺くらいまで」


 ... 膝から下が出た きらびやかな衣装のダンサーに、チューブトップに長いサロンのダンサーが

軽く抱擁され、ダンサーたちが 横並びに並ぶと

合唱していた男たちも背後に並ぶ。

周囲の椅子に座る観客たちから 拍手が送られた。

急に、意識が ここに戻った気がした。

観ハマってたぜー...


認識されない オレらも、感嘆の息をついて

「すげー... 」「見応えあったよな」って

拍手してたら

「面白かっただろ?」って、アコが聞く。


「おう。けど、たぶん

アコの説明無しで観てたら、訳 分からんかったぜ」

「それでも、迫力は感じただろうけど

内容を知りながら観ると、本当にいね。

楽しかった。ありがとう」


朋樹やジェイドが言って、アコは

「うん、良かった。楽しませてくれたのは

舞踊ダンサーと合唱の奴等だけど」って

笑ってるけど、そりゃ モテるはずだよなぁ...


寺院を出ながら、泰河に

「おまえ、大人しいじゃん」って 言ったら

「おう... なんかさ

火って、やっぱり ヤバイよな」って 答えて

眉をしかめる。

なんでなのかは、分からねーけど

あの獣が過ぎった。白い焔の。


「夜が暗いよね。日本より ずっと」


黒髪美形 二人の間で、そう言ったシイナに

「うん、ちょっと怖いね」と、その後ろから

ニナが答えた。

「照らす?」って、ジェイドがスマホ出したみてーだけど、そこ、腕とか貸せばいーのによー。


「しかし、洞窟は 開いておろうかのう?」

「閉じているだろうな」


榊とボティスの会話に

「あっ! そうじゃん!」「どうするんだよ?」って、泰河と入ると

「ヴィラを取ってある」って アコが言う。


ヴィラっていうのは、戸建ての宿泊施設。

ホテルと別にあったり、ヴィラだけだったり。


「車を借りた時に押さえておいた。

六人部屋と 四人部屋を二つ。

観光に来て、夕暮れ前に戻るなど... 」


シェムハザも言ってるけど、マジで至れり尽くせり。感心も感謝もするぜー。

「六人部屋は、お前達とミカエル。

四人部屋は、一つが シイナとニナ。

一つが ボティス等。

俺とアコが残ることになれば、ボティス等と」って、オレら、一部屋に突っ込まれちゃいるけど。


「しかし 寝室は、室内で 二部屋や三部屋に

分かれている」とも 言ってるけど

オレら どっちにしろ、ヤロウと同じ寝室だしよー。

四郎は「楽しみですね!」つってて

かわいいんだけどー。


「昨日みたいに、また

日本側に何か入り込んでる ってことはないのか?」


ジェイドが言うと、「見て来る」

「透過スクリーンも必要だな」と

アコとシェムハザが消える。

ヴィラの場所、分からねーけど

とりあえず、車 停めたとこまで戻ることにする。


「あれは、何でしょう?」


四郎が立ち止まった。

進行方向の脇道の角に、何か居る。

背骨が 瘤のように曲がった、異様な影。

牙と長い舌。手の爪が異常に長い。


悪霊ブートか レヤックか?」


これ、オレには いまいち、違いが 判然としねー。

魔女ランダにしてもさぁ、“悪の象徴” だけど

サティーで亡くなってから、それに なっちまった人霊も指すし。

悪霊ブートは、人霊? まともに葬儀されなかったとか、そういうやつで

ランダの配下レヤックは、たぶん 妖怪系だと思うんだけどー...


角から そいつが出て来た。

瞼が無いんじゃないか? ってくらい

ギョロリと飛び出した眼。

縺れ乱れた長い髪。太く長い牙。分厚く長い舌。

青黒い肌をしていて、瘤のような背中には背骨が浮いている。

そいつは、眼球だけを動かして

寺院を出て 通り掛かる観光客を ギョロギョロと

眺めていた。


「どうする?」

「何もしちゃいないけど... 」


明らかに、狙っては いるんだよな。


「いや、まだ 下手に手は出すな。

特に 四郎。お前は、天の預言者だ」


四郎が やると、天が手を出した って

見做されるからか...


泰河が、ちょっと後ろに下った。

朋樹の隣にいる シイナの隣。

ニナの方 見たら、青い顔してる。怖いよな...

「ジェイド」って 呼んで、ニナに眼をやってみせると、ジェイドが ニナの肩に手を回した。


「ふむ... 」


人化けを解いた榊が、悪霊ブートかレヤックみたいなヤツに 少し近付いて「何をしておる?」と 聞くと

そいつは、狐榊を ギョロリとした眼で見て

近くに居る ボティスと四郎に、視線を移した。

オレらが見えるみたいだけど

今、急に見えるようになった って風にも見える。


「ギ... 」と、喉を鳴らして 後退すると

おもむろに ボティスが近付く。

乱れ縺れた髪を振った そいつは、泰河を見ると

急に焦って 脇道に逃げた。

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