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「買い物する? 市場バザールがある」


アコは、またすぐにバスを停めた。

他の車も停まってるし、路上駐車場っぽい。


「どうせ、この辺りを回るから

バスは 一度、ここに置いておく」


すぐ近くに市場があって、サロンや アタっていう

植物で作られた籠製品、小さいガラスタイルの皿やコースター、絵画まで売ってて、市場は色で溢れてた。


「早朝は、食品の市場らしいけど

今は、土産物屋が多い。

買い物しやすいように、目眩めくらましは解くぞ」


サロンと同じような生地で作られた ワンピースを見て、シェムハザも 目眩ましを解く。

すげー 見られちまってるけど

「これとこれを。

Do you have clothing for a 3 year old?」って

指差して選んで、たぶん

三歳くらいの子のサイズのはある? って 聞いてる。

値札が付いてねーけど、吹っ掛けられた 言い値で買うらしいんだぜ。


「そうか、インドネシア語か 英語なんだよな... 」

「うん。オレら、認識されても 話せねーしぃ」


「異国であるからのう」って 榊も言ってるけど

シイナもニナも

「うん、見えたって 意味無い」

「ハウ マッチ? しか言えない。

答えられても、分かんないし」って

二人で アコに付いて行ってる。


市場の店を見回すニナが

「ヘアオイルないね」って 言うと

「それは、スーパーマーケットとか

ドラッグストアだろ? 買って来てやるよ」と

ジェイドに ショルダーバッグ渡して

アコが消えた。


「僕も認識されないんだけど」つってるけど

「買い物してるのは、観光客ばかりだ。

買ってる奴の隣で 値段を聞いて、同じ額を支払えば いいだろ?」って、ミカエルが言う。

ジェイドも納得して、朋樹と一緒に

ニナとシイナを連れて行った。


ボティスと榊は 二人で見てるし

残りのオレらは、シェムハザに

「欲しい物があれば言え」って 言われて

ふらふら見て回る。


「ミカエル、何か ゾイに選ばねぇの?」って

泰河が聞いたら

「うん、一緒に来た時に選ぶ」だってよー。


「これは 何でしょう?」


四郎が、手に取ってみてるのは

シルバーの 細い細工のボールみたいなやつ。

ネックレスやキーホルダー、ストラップに付けれるらしい。

手のひらの上で転がすと、シャラ... っていう

鈴とは違う、澄んだ音がした。

中に別の 真鍮しんちゅう製のボールが入ってて、それが鳴る。


「ガムランボールだ。元は、もっとサイズが大きく、ケルト民族が 瞑想の際に使用した。

名は、バリ島の伝統楽器である ガムランから付けられている」


「へぇ。音がキレイだな」

「見た目も かわいいじゃん。石 付いてるやつも

あるし」


オレと泰河も選んでると、結局ミカエルも

「これにする」と 選ぶ。

四郎は「涼二と」って、二つ選んだ。

「じゃあ、朱里シュリにも」と 泰河も 一つ足して

シェムハザも、葵とディルに買ってる。


「他は、別になぁ... 」

「シャツもサロンもあるもんなー」


まだ 何を見ても、めずらしい四郎が

いろいろ手に取って、葉っぱの形の 皿にまで

感心する様子を見ながら、ミカエルが

「タヌキについて聞きたいんだ」って 言い出した。


「タヌキ?」

「榊に聞いた方が良くね?」


「榊に聞くと、なんか 機嫌悪くなる。

キツネのことしか聞けない」


同じ化け種の 対抗心かぁ。


「あいつら、人間を騙して 何かを取ったり

からかったりするのが 目的なんじゃなくて

化けたい っていう、純粋な理由で 化けるだろ?

猫の集会に紛れてる奴もいる」


「そうなんだ」

「よく知ってるじゃねぇか」


「何でなんだよ?」


「えっ?」

「化けたいから じゃね?」


話にならねー って 踏んだ ミカエルに

また目眩ましした シェムハザが

「狸には、俺も興味がある。

化けについては、狸本人の桃太に聞いてみたが

“Because it's there.” と、答えた」って 話して

「人間の登山家の言葉じゃないのか?

“何故 エベレストに登るのか?” って 聞かれて

答えた言葉だろ?」って、小さく盛り上がってる。


「“そこに それがあるから”。なんで、これを引用したんだ? “理屈じゃない” ってことか?」

「そのようだ。

または、単純に この言葉か好きか」


狸の化け、ふけぇ...

銀縁眼鏡 くいって やる桃が 浮かんだぜー。


「おお、バリ猫です」


四郎が指した店には、いろんな色と形の

木彫りの猫が 並んでた。


「あっ、拾ったのと 同じやつもあるぜ」


マジじゃん。黒くて細身の 座った形の猫。

ま、別の店にも あるんだろうけどー。


「此処から、旅をして参られたか... 」


「うん、確かにな」

「飛行機旅かもしれんけど」


日本まで流れて来ていて欲しい風の 四郎は

「やはり、そうなのでしょうか?」って

残念そうだったけど

距離が距離だし、海流とか あるじゃん。

太平洋も 広いしさぁ。

しかも、ウブドは内陸だし。


「フルーツがある」って、ミカエルが言うし

マンゴスチン食ってたら

「買い物 済んだのか?」って アコが戻って来た。


ボティスと榊は、やたらミドリ色したジュース飲んでて、ジェイドたちは、今 ガムランボール見てる。

ちょっと近寄ってみたら、もう 店員のシャツの胸ポケットに、料金 支払うとこ。


店員は、店の前 右側くらいに立ってるんだけど

そばに、髪飾りの籠がある。

プルメリアの花飾りを 一つ取って、ショルダーバッグから その料金も足して支払って戻ると

「さっき取られてたから」と

ニナの右耳の上に、花飾りを飾った。




********




「軽めに、食事休憩しよう」


市場を出て、今もバリの王族が住む王宮の

一般公開されてるとこも見物すると

もう 夕方近い。

また、すぐ近くのカフェに入った。


「外の席が空いてる。人避けしといたから。

ミニリスタッフェル っていうのも オーダーしといた。王宮料理」


気ぃ利くよなぁ。

ボティスも「良し」って 褒めてるし。


「えっ、何ここ?!」

「すごくない?」


テラスと 店の外とを区切る 柵の向こうには

プールみたいな でかい蓮池がある。

蓮は、池の水より上に 葉を開いていた。

その中央を、神の山の塔まで

通路が 長い橋のように掛かって

四角い蓮池を 左右二つに分けてる。


テーブルと椅子の席もあるけど、オレらは座敷席。左の蓮池側に位置してて、蓮池の左の角から 全景を見てる。圧巻。


「サラスワティ寺院。

“サラスヴァティに捧げられた寺院” って聞いたけど、綺麗だったから ここにしたんだ」


「なんと、このような場所が... 」

「極楽浄土への道のようであるのう... 」


四郎と榊が、ほう... と ため息をつく。

蓮の花は朝にしか咲かねーから、朝なら もっと

キレイだったのかもなー。


で、残念なのがさぁ

オレら、池に 背中向けて座ってんだよなぁ...

シイナとニナ、ボティスと榊、シェムハザと四郎は、見ながら食えるんだけどー。

そしたら、ボティスに

「蓮の前に、お前等か... 」って 言われて

「なんだよ、嬉しいだろ バラキエル」って

ミカエルが拗ねてるし。


幻惑か催眠かの状態のウエイターが、バリ産のワイン 注ぎ分けてくれて、次に料理が運ばれた。


ソト アヤムという チキンスープ、ココナツと ゆで卵のサラダ。海老せんべい。

大皿には、円錐の形にしたターメリックライスの周りに、鶏肉のサテと 魚のつくね串、クリスピーチキン、エビチリや牛肉の煮付け。

別の大皿に フルーツ盛り。それぞれ三皿。


シイナとニナの向かいは、黒髪美形ロン毛の方と ジェイド。オレ、ミカエル、泰河と朋樹。


「どれ食う?」


二人が選んだやつを、アコが 皿に入れてやってる。「おまえも」って ジェイドにまでさぁ。

「アコちゃんて 完璧だよね... 」って

感心されてるんだぜ。オレも思うー。

ちっとも 張り合う気にもならねー。


「俺、あれ食いたい」

「ん? サラダ?」


オレは、ミカエル役なんだぜ。カレシだしよー。

けど なんか、機嫌悪い っていうか

元気ねー 気がして、サテ摘みながら

「どーした?」って 聞いたら

「まだ、ファシエルから喚ばれない」って

余計に ムスっとした。

ああ、沙耶さんとキャンプに行ってるんだったよな。


「どっかで、飯 食ってから帰るんじゃね?

疲れて帰って 飯の準備 とかしたくねーだろうし」


まだ夕方なのに 心配し過ぎぃ。明るいしさぁ。

「ふうん」つってるし、会いてーんだろーけど。


「ルカ、ワイン」

「儂も その卵のサラダなど」


もー、人遣い荒いんだぜ。

泰河たちは、いつも通りな雰囲気で食ってる。

四郎に「食え食え」って 肉ばっか盛って。


食後のコーヒーが運ばれる頃に、日が暮れてきた。

蓮池と神の山の上に、青とオレンジの 二層の空。

下から照らされる雲が ピンクに染まって、雲の上に 群青の影を映す。


「綺麗だ」


横 向いて、空と オレンジの蓮池を見るジェイドに

ニナが見惚れてる。ジェイドが「見える?」って

前に向き直ると、するっと 空に視線逃して

「うん」って 普通に答えてるけど。


ボティスが「お前等越しじゃなきゃあな」とか

言いやがって、泰河が

「シェムハザ越しなら?」って 言い出した。


「ルカ、シェムハザと代わってみろ」


まーた オレだしぃ...


けど、代わってみたら

「うわ、すげー!」って、声 出ちまったんだぜ。


夕日に輝く小麦色の髪と、整った美眉、長い睫毛の影。明るいグリーンの虹彩。鼻が美しいって何だよ? 白い肌色をジャマしない くちびるの薄赤。

額とか頬、顎のライン見て、いつも思うんだけど

骨格から完璧なんだよな...


オレと四郎の後ろに回って来た 泰河と朋樹が

「うおお... 」「並ぶと すげぇ」って

まだ拗ね気味のツラした ミカエルにも感動してる。

隣に居て気付かなかったんだけど、こうして見ると、ミカエルは かなり神々しい。

柔らかそうな くせっ毛の下の、ブロンドの眉と睫毛。碧い眼は、今は拗ねて 俯き気味だけど

やっぱり天使だって 実感したんだぜ。


「良し、なかなかだ」


ボティスの声で、止まっていた 榊と四郎、

シイナの時間が流れ出した。

まだ、耐性 低いもんなぁ。


「... 神父さん、場所 代わってよ」


シイナに呼ばれて、ジェイドが ハッとする。

ジェイドの時間は、今 流れた。

シェムハザの真隣だし、ムリもねーけど。


「黒髪美形?」って 聞くと

「ブロンドもいいよね」つって

「僕もブロンドなのに」って シラケた眼になった

ジェイドと入れ替わる。


あれ... ?

シイナ、別に すげぇ美女って訳じゃねーのに

シェムハザとアコに挟まれても、引けを取らない。本人は、シェムハザ見て

「今、神って居る と思った」つってるけど。

生まれ持った何か も すげーよなぁ。


空が ほとんど、群青に染まった時に

神の山と通路が ライトアップされた。壮麗。


「えっ、シェムハザ?」「美で ライトが?」

「バカ言え。寺院が やっている」


「うん、ライトアップする って聞いて。

これを見せたかったんだ」


「アコ、ありがとうございます」って

四郎が 礼を言ってるけど、オレも アコに惚れたんだぜ。


ニナは... って、気になって見てみたら

端に座ってるジェイドが、灯りのともった神の山を見る ニナの横顔を見て 微笑わらってた。

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