15


泰河が運転、四郎が助手席

オレが後ろに乗ると、駐車場からバス出しながら

泰河が「... なぁ、ニナってさ」って 言うけど

「おう」って答えて、話しは終わる。


気になるけど、聞かない方がいい... って

空気を察した 四郎は、テントから持って来たリュックから、金平糖の瓶を開けて オレらに配り

「パン屋は 近いのでしょうか?」と

バスに乗る前に自販で買った ソーダの蓋を開けた。


「うん。近いんだけど、先に 教会に寄るぜ」


「おお、それは良いですね!」


振り向いた眼が 輝いてるし。

四郎くらいの歳で、“教会” って言われて

こんなに喜ぶコ、そう いねーよなぁ。

金平糖は ココア味。こんなのあるんだ。

小瓶も 新しくなってるしさぁ。


「リラさんの教会 でしょうか?」


「そ。神父さん、気になるし」


オレも 缶コーヒー 開けながら答えてたら

「それもあるけど、告解 してみようと思ってさ」と、泰河が言った。


「涼二の時の事 でしょうか?」


四郎が 静かに聞いて、オレの方が 心臓跳ねたけど

カフェの、あの時は まだ

四郎は 復活してなかった。知ってるはずが無い。


「おう」と、泰河が答えて

「なんで... 」って 聞きかけると

「私に、血を分けられた方々の記憶が

時折 浮いてくるのです。

また、朋樹ほどでは御座いませんが

霊視のようなことも、多少 出来ますので... 」と

泰河に向く。


「泰河。あの方々は、お二方共

安堵して おられました。

御自身と... 私と似た遺伝子の方を、標的にせねば

ならなかったからです。

それには勿論、御家族も含まれる。

死のうとも、蝗の支配下にあって 死ねず

“もし、家族に手を掛けたら” と

恐怖におののき、過ごしておられたのです」


「けど さ... 」


泰河が、言いかけてるのは

“助かったのに” って ことだと思う。

抜け首になった ほとんどの人たちは、助かった。

ココやソカリ、他にも悪魔たちが犠牲になってしまったけど。


「いいえ、そうでは御座いません。

救いというものは、生命のみに掛かるものでは無いのです。

私に血を分けた方々は、皆 罪を背負っておいでです。いのちを飲んだのですから。

そうして、生きておるのです。私も。涼二も」


口を挟みたかったけど、どう言えばいいのか

分からなかった。


“違う、被害者だ” って 言っても

オレが その人たちの立場なら、燻りは消えない。


「私は、罪から成っておるのです。

背負うべき十字架くるすの上に まなこを開きました」


泰河も 何も言えず、赤信号でバスを停めた。


「しかし、礼を申します」


四郎も、泰河に気を使ってか

歩行者用の緑の信号に眼をやっている。


「涼二に 心を注がれた。正しくなくとも。

ですから、泰河。

私は 現世に於きましても

人の心を、信ずることが出来るのです」


歩行者用の信号が 点滅を始める。

まだ 横断歩道を渡り切っていない人たちが

足を速めた。白線に反射する陽射し。


こないだ、泰河と行った

アイス屋の前でも 思ったけど

眩しいよな。世界って。


「けど、こんなふうに

眩しくて きれいだ って、思うことは... 」


「ええ。世は、眩しく 美しく在ります。

その様なものなのです。

... “天の父は、悪い者の上にも 良い者の上にも、

太陽をのぼらせ、正しい者にも 正しくない者にも、雨を降らして下さるからである”」


四郎が、マタイをそらんじる声。


信号の色が入れ変わると、クラクションが鳴って

泰河が バスを出した。




********




白い外壁の教会の扉を開けると

左右に長椅子が並ぶ 通路の先に、

細いシンプルな十字架と

前面の窓になっているステンドグラス。


教会は無人だった。


扉を入ったところにある “御用の方は... ” っていう ボードの下に置かれた 電話の受話器を取って、

ボードに記された内線番号に掛ける。

「こんにちは。神父さんは いらっしゃいますか?

予約などはしていないんですが、告解の相談を... 」と 伝えて

三人で、ステンドグラスを見ながら 少し待つと

扉が開き

「こんにちは、お待たせ致しました」と

神父服の西原司祭が 顔を見せた。


「こんにちは」「お久しぶりです」


オレと泰河が挨拶すると、西原司祭は 眼を丸くして「これはこれは... 」と 通路を歩き

「また お会いすることが出来、嬉しく思います」と、笑顔で オレらと握手する。


厚みのある 優しく力強い手に

ジェイドの教会の前神父、浅井神父を彷彿とした。


「この方は... 」


“告解の相談” と 言ったから

西原司祭は、告解を希望しているのは

オレらが連れて来た 四郎だと思ったようで

気遣うような 温かな視線を四郎に向けたけど、

眼が合うと、驚いた表情に変わった。


「あなたは... ?」


西原司祭は、そういう感がある人で

子供の時に 天使を見てる。


「初めまして」と、四郎が差し出した 握手の手に

西原司祭が ハッと気付いて 手を握った。


「天草 四郎時貞、蘇りで御座います」


四郎を凝視する西原司祭は、“まさか... ” って風に

オレや泰河に 視線を迷わせた。


まぁ、信じられる話じゃねーし

四郎が “自分が 天草四郎だと思い込んでる子” と

捉えられるくらいで普通 なんだけど

四郎は 蘇っただけでなく、天の正式な預言者だ。


この国の人の 細胞に訴えるような

失われた 懐かしい空気のようなものと、

ミカエルたち天使が持つ雰囲気と 似たものを持ってる。


「天から戻ったんです」

「預言者として 地上に居ます」


西原司祭は、しばらく言葉が出ないようだったけど、握手する四郎の右手を、左手でも包み

「よく、戻って下さいました」と、涙ぐんだ。


「ご覧に なられたでしょう?

教会が建ち、こうして...

あなたの成された事は 大きい。

あなたは、この地に 光をもたらしたのです」


「しかし、私が成した訳では... 」


「いいえ。あなた方が、天の父を想い

人々を想ったことが、その後 耐え忍んだ方々の

光となったのです」


西原司祭は、四郎に

「... “『天国は、一粒の からし種のようなものである。ある人が それをとって畑にまくと、

それは どんな種よりも小さいが、

成長すると、野菜の中で いちばん大きくなり、

空の鳥がきて、

その枝に宿るほどの木になる』”...」と

マタイの13章31節と32節を読んだ。


「はい。大変に 喜びを... 」


四郎の方も、声 詰まってるし。


午後の光に、ステンドグラスの色影。

四郎を連れて来て 良かったと思う。

西原司祭に 会わせることが出来て。


神父パードレ、コンフェイトなど」


四郎が、長椅子に下ろしたリュックから出した

金平糖の瓶の蓋を開けて、西原司祭に差し出すと

一粒取った司祭は、それを口に入れて

「ココア味ですね?」と 笑った。


「そうです、“告解の相談を” と

お伺い致しましたが... 」


西原司祭が、ふと 思い出して言ってくれてるけど

本当なら、四郎と いろいろ話したりしたいだろうな...


「どなたが」と 聞かれて

泰河が「あ、オレなんですけど... 」と

緊張しながら 片手を上げる。


「けどオレ、実家に仏壇があって... 」


西原司祭は、泰河に微笑みながら頷くと

「では、そちらの右のドアから

告解室へ お入りください」と

右に並んだ長椅子の向こうにあるドアを 手で示し、オレと四郎には

「お待ちいただけますか?」と 断って

前面のステンドグラスの右側にある 通用口の方へ向かった。


ぎこちねー 歩き方の泰河が 右側のドアに消えると

四郎が ホッとしたように

神父パードレは、落ち着いて いらっしゃいましたね」と、長椅子に座る。


通路を挟んだ長椅子に座りながら

「うん、安心したし。

リラが目覚めてから、ここに降りたことがあってさぁ」って

冬の海の帰りに、ここに寄った時の話しをした。


ミカエルに支えられて顕れた、光のかたちのリラが

西原司祭に話したこととか

リラの親戚の女の子が、教会を訪れたこと。


「もちろん 初めて会ったんだけど、

“あいつ、この子を救いたかったんだな” って思ったら、その子が 黒髪と黒い眼になってたことが

無性に嬉しくてさぁ。

やっぱ ちょっと、リラにも似てたし。

で、リラは その子に、自分の翼の羽根を送って。

御守りだと思うんだけど... 」


四郎が黙って、しあわせそうに聞いてくれるから

なんか 照れくさくなって

「... って 言うか、オレ

一人で話してるよな... 嬉しそうにさぁ」って

話し 中断したら

「良いではありませんか。聞いております。

温かな心地です」って、また 穏やかに笑うし。


「うん...  でも、どうしても」


教会の 朗読台に床に伸びる

ステンドグラスの色影に 眼を移すと

テーブルの ワインボトルの色影がぎる。


「夏に気付いてたら、とか

もっと早く 知り合えてたら、とか... 」


オレ、何 言ってんだろ...

四郎は まだ、高校生なのによ。

リラに 早く出会っていても

何も変わらなかったのかも しれねーのに


困るだろうし、謝ろうとしたら

「“神の なされることは

皆 その時にかなって美しい”」と

静かな声で、伝道の書を読んだ。


「時は、定められておるのでしょう。

しかし、罪と贖いの連鎖は 絶たれたのです。

まだ幼い その子が、救われたのですよ?

ひとり 地上に降り、ルカに出会い、

願いは 成就致しました。彼女の信仰により。

御国はらいそが 訪れたのです」


胸の中の欠片が 熱を持つ。


ステンドグラスの 色影も滲んで

あの 光と灰の光景までもが

はじめて、愛おしく思えた。




********




告解室から出て来た泰河は、眼ぇ真っ赤だったし

予想通りに なんにも言えねーの。

たぶん 初めて、自分の言葉で言い表してるし。

どこか、すっきりしたような

何かが落ちたようなツラは してんだけどー。


けど、“あなたの罪は 赦されました” って

一言だったはずの、西原司祭の眼も赤い。


告解の内容は 明かせない。

いや、知ってるんだけど、この場で何も話せねーし...


“ありがとうございました” って、このまま帰るのもなぁ... って 気がして

「四郎、何か 朗読するー?」とか

訳 分かんねーこと 言っちまったんだぜ。

オレもまだ多少、さっきのことが残ってたっぽい。


神父パードレが居られるのに、そのような!」って

四郎は焦ってたけど

「... けど、天草四郎だしさ」

「是非」って、泰河にも 西原司祭にも勧められて

「... では」と、朗読台の向こうに立った。


「それでは、マタイ。5章14節から16節を」と

澄んだ 静かな声で諳んじる。


「... “『あなたがたは、世の光である。

山の上にある町は 隠れることができない。

また、あかりをつけて、

それを枡の下におく者はいない。

むしろ 燭台の上において、

家の中のすべてのものを 照させるのである。

そのように、あなたがたの光を 人々の前に輝かし、そして、人々があなたがたの よいおこないを見て、天にいます あなたがたの父を

あがめるようにしなさい』”... 」


イエスが、自分の弟子たちに話したことの 一つだ。信徒を 光に導く神父である 西原司祭に宛てたものかもしれない。


「ヨハネ、1章4節には

... “この言に 命があった。

そして この命は人の光であった”... と あり

8章12節には

... “ゼズは、また人々に語って こう言われた、

『わたしは 世の光である。

わたしに従って来る者は、やみのうちを歩くことがなく、命の光をもつであろう』”... と あります」


祝福により受け取った恩寵や、聖体拝領によって

光... イエスは、身の中、命の中に在る。


「私達 一人ひとりは、群れを離れ 迷うた

百匹の内の、一匹の羊で御座いました。

ですが、九十九匹を置いても

“必要である” と探し、見つけて下さり

群れに戻ると、“迷うた羊が戻った” と

喜んで頂けたのです。

同様に、誰かが 闇の中に迷うた時は

言葉という光により照らし、導くことです」


いや “神父だから” でも

“他の誰かが どこかでやること” でもない。


「伝道の書、4章9節、10節には

... “ふたりは ひとりにまさる。

彼らはその労苦によって 良い報いを得るからである。

すなわち 彼らが倒れる時には、

そのひとりが その友を助け起す。

しかし ひとりであって、その倒れる時、

これを助け起す者のない者は わざわいである”...

と あります」


... “ひとりだけで、

どうして 暖かになり得ようか”... と、読んだ

水のような声を思い出す。


「“人が わざわい” なのでは御座いません。

誰もが 助け起こされて良いのです。

“憐れんでください” と 乞う方に、手を差し伸べ

助け起こすことが 出来るのです。

これが出来ぬ時が わざわいであり、

また自ら、差し伸べられた手に 背を向けること が わざわいなのです。

誰も、ひとりになることは御座いません。

互いに愛を。

それが、天人ゼズ様が 教えられたこと。

天主でうす様の望まれることなのです」


四郎は、少し間を置くと

神父パードレ。あなたは今日、それをされました。

私を喜ばれた。罪人を招き、赦された。

泰河。罪を言い表し、光に 顔を上げました。

ルカ。彼女が願った事柄だけでなく、その死すら 受け入れました」と、一人ひとりを褒める。


色影を落とす 明るいステンドグラスと 十字架。

胸の奥底に 知らずこごっていた何かが溶けた。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る