移り変わる色の火や、白金に輝く火の上に

夜空に解ける白い煙。火薬の匂い。


今日 一日、ずっと笑顔の四郎が

勢いが おさまっていく花火を眼に映して

「匂いによって想起されるものも

このように 新たな事を経験することで

変わってゆくのですね」と 言った。


四郎が知っている 火薬の匂いは

火縄銃のものだと思う。


「うん、そうだな」


以前の思い出が 無くなる訳じゃない。

潮の匂いで、ゾイと出会ったこととか

松の木に雪が積もった 冬の海のことも思い出すけど、この先は きっと、こうして 四郎と花火を見たことも 思い出すようになる。


花火の火が消えて「よし、筒 集めるか」って

朋樹が、花火が入ってた ビニール袋を持つと

「ポルターガイスト」って アコが言う。


「おお?!」「なんだ?!」


アコが地面に、パラシュートを持ってない方の

手のひらを着けると

花火の筒が、ずず... ずず... って 移動し出した。


「何なに、アコ?!」

「どうやってるんだ?」


「カニやヤドカリに、めいを出してみたんだ」


術とかじゃないんだ。


「式鬼... ?」「カニ使役じゃないのか?」って

朋樹とジェイドが 首を傾げてて

「そんなこと出来るのかよ?」って

ミカエルは 驚いてるけど、ボティスは

めい じゃなく、契約だろ?」と 榊のクマを

摘んで見てる。


泰河と四郎、狐火出した榊が しゃがみ込んで

カニとかヤドカリの観察してるし

オレも見てみたら

砂に埋もれてるヤドカリが、 宿ヤドの貝で

花火の筒を 少しずつ少しずつ押してた。

「頑張っておるのです」「ふむ」つってるけど

絶対、オレらが拾い集めた方が はえぇよなぁ。


「うん、そう。契約」


軽く肩を竦めたアコは

テントの前に置いた 釣りのクーラーボックスから、何尾かのイワシを持って来て

地味に移動したり 倒れたりしてる花火の筒たちの中央くらいに置いて、青白い粉の円で囲った。


また 砂に手を着けて

「ちゃんと働かないと、イワシは食えないぞ」って 言ってる。イワシ契約かぁ。


「子供達と、パラシュートや縫いぐるみの花火をしてきた」


爽やかな甘い匂い させて、戻って来たシェムハザが 指を鳴らすと、四郎とアコの指からも パラシュートが浮き上がった。

榊が、熱もなく 明るさも控えた狐火を増やして

パラシュートの合い間に浮かべる。


「どうだった?」「喜んでた?」


「もちろん。葵や菜々だけでなく

葉月やアリエルも喜んだ。

明日、販売店から 幾種類か箱で購入し

城の者たちにも分ける」


シェムハザの城の中で働く人たち

葡萄園やオリーブ園、酪農園、ラベンダー畑、

ワイン醸造所や チーズ工房...

城では よく、従業員を労うパーティーも開かれるし、その子供たちも しょっちゅう遊びに来る。


今日は 城の敷地内にも、花火のパラシュートが

たくさん浮いているらしい。

子供たちも アリエルも、城の人たちも

見てるだけで 楽しくなるだろうな。


「後は、手持ち花火だ」


「ふむ」と、榊が人化けする。


仕事中の カニやヤドカリに悪いから、手持ちは

少し離れて、波打ち際近くで やることにした。


「この辺って、さっきまで

全然 砂浜だったよな」


「満ち潮だな。月あるし」


月の引力が、地球の海水を引っ張っちまう って

すげーしー。

海って、ずっと 撹拌されてるよなー。

月夜見キミサマ潮汐ちょうせきに、一役買ってんのかな?


手持ち花火は、榊が出した 熱のあるタイプの

小さい狐火から 火を点ける。


大抵のやつが、さっきやった 筒花火の噴出型のやつの 縮小版って感じなんだけど

手に持った方が 楽しい。


バチ... パチパチ... って、 火花がはじける

線香花火の でかい版みたいのをやってる四郎が

「おお... 落ちぬ稲妻のようです 」って 感動してる。弾ける度に、火花の光を 眼に頬に映して。


「はい、締め」って

ひとり 一本の線香花火に 火ぃ点けて、誰が 一番

火球が落ちずに持つか... って やつをする。


震えてるように見える 小さい火球から弾けた

火花を見てる榊は「糸菊のようじゃのう」って言う。何に見えるかって、人によって違うよなぁ。


ミカエルが 榊に

「狐火が ギュッ て縮まったら、こうなる?」と

聞くと、火種の小さい狐火を 術で縮めて見せた。


「あっ、似てる」「濃縮されてんなぁ」


線香花火の火球みたいには 震えねーけど

赤オレンジの光が強くなって、より 高温になったようで、熱が伝わって来る。

見たことある気が... って 掠めたら

狐火が パン! って 弾けて

「ぎゃあっ!!」「っつ!」

線香花火の火球も 一斉に弾けちまったんだぜ...

全員、脛に 小規模の火傷ヤケド 負ったし。


「む... 」

「同期... ?」


シェムハザが「このくらいであれば... 」って

取り寄せた ピンクの軟膏を火傷に塗って

とにかく、締めも終了。


カニとヤドカリが 花火の筒を集める間に

「珊瑚を見に行く」って

ミカエルが、海を 十字に割った。

月明かりの下、まっすぐに沖へと 砂地の道が伸びる。


「なんと... 」


パーカーの 腹んとこの右ポケットから

ゴマフアザラシの縫いぐるみを覗かせて

四郎が、砂地の道に 踏み出した。


「聖書にある奇跡だもんなー」

「冬も割ってもらったんだけど、オレらも感動したぜ」


道に沿って、榊が浮かせた いくつかの狐火は

オレらが歩くと、ふわふわと 緩く上下しながら

一緒に移動してくる。

海水の壁は、もう胸の高さの位置で

左側の壁の向こうを、小魚の群れが 泳いでいくのが見えた。


「あれ? アコは?」


泰河が、砂浜を振り向いて言うと

クマ持った榊と 手ぇ繋いで歩くボティスが

「カニとヤドカリの管理」って 答えた。

花火の筒を集めさせて、イワシに ありつかせるまでが 契約だから、契約主として見守るらしい。

うーん...


魚が泳ぐと 海藻がなびく。

海底の岩に張り付いてるヒトデとか、優雅に泳ぐ海月を見ながら、十字の中心に着いた。

リラが繋がれていた辺り。


「ここで、半分くらいだよな?」と

朋樹が 道の先を見ながら言うと、透過スクリーン持ってる シェムハザが「そうだ」って 答えて

四郎も頷いたけど

ボティスが「歩くと遠いな」って

微かにぎっていた オレらの気持ちも代弁した。


「でも、それしかないんだから仕方ないだろ?

バラキエルは もう、消えて移動 は 出来ないんだし」


ケッ て ツラになったボティスは

「アコ」って 喚んで

イワシの後は、バスに乗って来い」って言った。

「分かった」って アコが消える。

カニとヤドカリは、まだっぽい。


「でも 海ん中なんか、普通 歩けないしさ」って

泰河が言うと、眼ぇ輝きっぱなしの 四郎が

「楽しいです! 南蛮まで歩けたら と... 」って

ミカエルを喜ばせた。


「この中に居るのはいい。距離の問題だ。

もし、珊瑚の場所に何かあったとする。

すると、そこまで何度も こうして歩くか

昼間なら ボートを漕ぐ ということになる」


過去、歩くことが当たり前だったであろう四郎は

“そうですね” って感じだけど、泰河やオレらは

“おぉ... ” ってなる。体力も時間も消費するし。


「しかし、何も無い ということも考えられるであろう? 少なくとも、竜宮ではないしのう」


クマ持った榊が ボティスを見上げて言って

「透過スクリーンで見た時は

“間近で実際に見たい” って 思ったしね」と

ジェイドも 楽しそうに言う。

うん、あの珊瑚を見れるのは 楽しみだし

もう 半分は歩いてるしさぁ。


「なんかあったら、その時に考えようぜ」って

海の壁と、ふわふわ上下する 狐火見ながら

気を取り直して歩く。


「こんな深さまで、素潜りすんのはムリだよな」と、朋樹が 海の壁を見上げてる。

ずいぶん高くなった 海の壁の上には、雲の無い

細い星空が見えた。


「うん。潜ったことも そんなにねーし」

「スクーバダイビングも したことないしね」


「この辺りじゃなかったか?」


シェムハザが、透過スクリーンを見ながら言う。

珊瑚礁の位置を 記録してたみたいだ。


「えー、何にも無いんだけどー... 」


割った道の上には 砂と小さな石、貝殻だけがあって、暗い海の壁の中の 見える範囲には、魚の群れと、海月やイカ。

なんか、昼間より もの寂しく見える。


「釣りをしていた場所から、ボートで まっすぐ進んだのかよ?」


「まっすぐじゃ なかったような... 」

「けど、そんなにズレてもねぇよな。

“斜めに進んだ” ってことは無かった気がする」


透過スクリーンを見てるシェムハザは

「いや、記録した位置は ここだ」って言うし。


「海の中、見て来る」


ミカエルが 右側の海の壁の中に入ると

「聖みげる、私も参ります」って 四郎も付いて行って、「こちら側を見て来よう」と

シェムハザは、左側の海に入って行った。


「何なんだろ?」「幻惑みたいなやつ?」


「珊瑚を持って帰って来てるだろ?」って

ボティスが言って

「それなら、場所が違う ってことか?」

「透過スクリーンの記録違い?」と

朋樹とジェイドが聞くと

「透過スクリーンの記録違い というのは、考えづらい。シェムハザとハティ、パイモンが作った物だ」って 答えるしさぁ。


「ならば、珊瑚礁ごと移動を?」


呆気なく 榊が言ったけど、えぇー... って 空気に

なっちまったし。


「榊、思い切ったな」って 泰河が言うと

「何故? 空中都市などは、そのようであると... 」って 言い出したんだぜ。


「いや... 幽世とか、天も地界もあるけどさぁ」

「あるとしても、“空中” なら 浮いてるから 移動しやすいだろうけど、“海底” は なぁ... 」


「だが、深海のことなど

まだ 幾らも調べがついておらぬようだ と

四郎が申しておった。

そのような記事を スマホンで読んだ、と」


「うん、深海はな」

「宇宙よりも調べられていない って聞くね。

宇宙は広大だから、それについては 何とも言えないけど、どちらも まだ知らないことの方が多いと思うよ」


「ボティス、どうなんだよ?」


泰河が 期待した眼を向けると


「かつては、海底... も、だ... ... が あ... ... 」って

具合。制約 掛かってるしー。

人間が知るべきではない情報には

天が こうして、制約を掛ける。

聞き取れないし、言葉の断片から推測しようとしても、頭の方に靄が かかる。


「ボティスさぁ、人間になったのに

制約 掛けられんのかよ?」


「制約が掛かるのは “情報” の方だ。

俺に掛かってる訳じゃあない。

天の言葉で話す分には、制約は掛からんが

天使か堕天使にしか通じん」


意味ねーしぃ。


「珊瑚礁 無かったぜ」


ミカエルと四郎が 右側の海から戻ってきた。

四郎が「榊」と、両手に持った 平べったい岩を

差し出してる。


「中に、真珠またまが入っておるようです」


「のっ!」「えっ?!」「それ、貝?!」

「榊、ちょっと見せてくれ」


榊が受け取る前に、ボティスが手に取って

「白蝶貝か?」と 眉をしかめた。


「そうなんだ。オカシイだろ?」って

ミカエルも 首を傾げてる。


ボティスから回ってきた 直径30センチくらいある貝を「すげー... 」って 観察しながら

「なんでおかしいんだよ?」って 聞いたら

「この辺の貝じゃない」って ミカエルが答えた。


「どこの貝?」


曲げた指の第二関節で、貝を こつこつノックしながら 泰河が聞くと、ボティスが

「インドネシア諸島や フィリピン、ミャンマー、オーストラリア周辺の海」って 言った。

日本より ずっと南の方だし。


「特に 気になるものは無かった」と

左側の海から戻った シェムハザも

「何故 白蝶貝が?」と、貝に眼を止めてる。

「ゴールドリップだな。

アラフラ海の物ではなさそうだ」って

指を鳴らすと、パカっと貝が開いた。


「これ、真珠... ?」「嘘だろ?」


中に入っていたのは、2センチくらいある

黄色っぽいゴールドの珠だし。でか過ぎるだろ...


「貝柱は食せる」って シェムハザに聞いて

ミカエルが 剣で抜き出した貝柱を、狐火の 一つに乗せて 炙ってみてる。


「アラフラ海?」って 泰河が聞くと

「パプアニューギニアとオーストラリアの間くらいの海」って ミカエルが言って

「だが アラフラ海の白蝶貝であれば、銀縁種シルバーリップ

... 貝殻の内側の縁がシルバーで、白銀系の真珠になる。

これは、金緑種ゴールドリップだ。

貝殻の内側の縁がゴールドだろう?

インドネシアやフィリピン近海の方に多い」って

シェムハザが説明してくれた。


「ふーん。南の海の貝なんだー」

「けど、海は 繋がってるもんなぁ」


泰河と話してたら、“そういうことじゃない” って

雰囲気で 無視されて

「貝は まだしもだ。何故、珊瑚礁ごと珊瑚が無い?」って 話しになってる。


榊と四郎が、貝柱 食ってるけど

海の壁の間を バスが走って来て、運転席から

「イワシ食わせて来たぞ」って アコが言った。

バスとか入って来ると、海が割れてるっていう

奇跡感 薄くなったし。


「本当にバスで来たんだ」

「うん。十字のところまでは、バックで戻る。

あれ? 珊瑚は? 場所は この辺りだろ?」


バスから降りたアコも 不思議そうに周りを見渡して、シェムハザが 白蝶貝の貝殻を見せてる。


「透過スクリーンの記録は、昼間のまま?」

「そうだ。珊瑚礁も しっかり映っている」


透過スクリーンの珊瑚礁映像を確認したアコは

「珊瑚礁が無くなっただけじゃなくて

岩も海藻も無くなってる」と、

砂地の道や 海の壁の中を見渡した。


「そうだよな」

「全然 違う場所に見えるね」


朋樹やジェイドも スクリーンと見比べてるけど

さっき、もの寂しい気がしたのは

岩や海藻まで無くなってたからだ って気付いた。


十字の場所くらいまでは、岩も海藻もあった。

この辺だけ、やたら すっきりしてる。

海底って あんまり見たことねーし、そういう場所も あるだろうけどさぁ...


「昼間じゃなくて、今

何かが 珊瑚礁を神隠ししてるとか... ?」

「何でだよ? 夜の方が 人は来ないだろ?」

「割ったからじゃないのか?」


「とにかく、割った海を戻して

もう少し調べてみる」って ことで

一度砂浜へ 戻ることになった。

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