バスで砂浜に戻ると、ミカエルが 割った海を戻して、テントん中で 一度休憩する。

シェムハザお取り寄せのコーヒーとチョコレートムース。... と、皿の上の 平らなカスタードクリームの真ん中に、ポコっと メレンゲが乗ったやつ。


「イルフロッタント」って アコが言ってる。

浮島って意味。

カスタードの海に浮くメレンゲの島は

シェムハザの城にいる 中学生の葉月お気に入りのデザートらしい。


「うん、美味い」


好きそーだよな って思ったけど

やっぱり ミカエルも気に入った。

「なんで今まで出さなかったんだよ?」って

文句言って

「皿で出さねばならんだろう?

皆で摘む ということも しづらい。

城でも夏は、焼菓子よりクリームのデセールが多い。こうした氷のテーブルならば、冷たいまま食せる」って 返されてる。


四郎は スマホのカメラで

水槽の中の ピンクの珊瑚と白っぽい水色の珊瑚、

榊が拾った貝殻、

白蝶貝の内側と ゴールドの真珠を撮影してた。

すっかり現代の子だよなぁ。


オレが見てたことに気付いて

「涼二と、互いに “見つけた物の見せ合い” をしておるのです」って、笑顔で言ってる。


泰河が「リョウジは、何の写真 送ってきた?」って 聞くと「このようなものです」って

メッセージアプリを開いて 見せてくれた。


「えっ? この木、マングローブじゃね?」


河の水の上に、根が出てる木だし。


「はい、そのようです。

母上の実家に 両親で帰省する と、申しておりました」


「南国なんだ」

「ああ、くっきりした顔してるもんな」


顔は関係ねーんじゃね? って思ったけど

リョウジくんは、泰河が言うところでは

“爽やか系 南国顔”。

「弥生か縄文で言えば、縄文だよな。

四郎は 弥生だけどさ」って、やたら遠い時代の

顔立ちの特徴で 系統分けしてる。


「リョウジくん、鼻筋 しゅっとしてるし

顎も細いじゃん」

「けど、瞼の二重のライン 広いし

彫り深いじゃねぇか」


薄い顔か 濃い顔か... ってことが

言いたいっぽいんだぜ。

“薄い濃い” で いーのによー。


他の写真も見せてもらったら

“トントンミー” っていう名前の 魚... ?


「これ、ハゼ?」「手ぇ あるじゃねぇか」


砂色やグレー、黒と茶のカモフラージュ模様で

飛び出た黒い眼。カエルみてーな細い腕がある。


「腕に見えるのは、胸ビレであるようですが... 」


「いや、どう見ても手だし」「指あるしな」


あとは、片方のハサミだけ でかいカニと

鴉くらいでかい コウモリ。

日に焼けて、カヤックを漕ぐリョウジくん自身の写真。顔が少し、大人びた気ぃする。


「珊瑚見た時とか、海割った時に

写真撮れば良かったな」って 泰河が言うと

「スマホのことは、忘れておったのです。

ですが、土産話に致しますので... 」って

さっき撮ってた写真を送信したら

すぐに、リョウジくんから

『この貝、日本の?』って メッセージが入った。

そう思うよなぁ。でか過ぎるしさぁ。


ボティスやミカエルたちは、無くなっちまった珊瑚礁の話ししてて、今から見て来るみたいだ。


「俺とシェムハザ、アコで行って来る」って 言う

ミカエルに

「聖みげる、私も お供したいと... 」って

四郎が言ったけど

「シロウは こいつ等の守護を頼む」って

留守番組になった。


「まだ 仕事じゃないけど

この辺りの海の規模じゃない珊瑚礁があったり

いないはずの白蝶貝がいて、珊瑚礁が無くなる

... 海底が変わっちまう っていう 異変もある。

何かあったら困るからな。

ホテルに戻って、寝ててもいいぜ」


ミカエルは、四郎を休ませようとしてんのかな?

とも思う。

四郎は 睡眠の必要もねーし、天使や悪魔みたいに

消えて移動も出来る。

けど、楽しくて はしゃぎ過ぎた時も

フラットじゃねーから、疲れも出るし。


四郎は「はい」って 素直に頷いたけど

ちょっと残念そうにしてる。


天から地上に戻って、すぐに でかい仕事して

その間に、初めて 学校にも行って

ずっと緊張してたと思う。


海に遊びに来て、やっと解放感も感じてるだろうし、楽しくて 全然元気だ。

珊瑚が消えたのも気になるしさぁ、まだ眠らずに

何か してーんだろうな。


ミカエルたちが「行って来る」って

テントを出ると

「この海って、何か 言い伝えとか無いのか?」と

ジェイドが オレらに聞いた。


「いや、聞いたことねぇけどな... 」

「そもそも、今までは そんなに来たことねーし」


なんだよ急に って、怪訝な顔になっちまってたら

「何かあるなら、検証するのも面白いかもな。

今、仕事入ってねぇし、四郎は夏休みだしよ」

「ふむ。船幽霊などはおらぬかのう。

まだ時間も遅うない。ちぃと調べる程度であれば

良かろうよ」って、朋樹と榊が言う。

ホテルに戻る前に、少し 何かしようぜ... って

ことっぽい。


「調べてみりゃいいだろ?」


シェムハザが取り寄せて置いて行った ワインを飲みながら、ボティスが言うと

四郎は「はい!」って、また楽しそうな顔になって、スマホで検索し始めた。




********




「崖って、あれだよな?」

「この海沿いの崖は、あれしかないだろ」


テントを出た。泰河が指しているのは

波打ち際に向いて、右手にある海の家とは

逆の方向。

ずーっと 左に行くと、砂浜は 崖で途切れてる。

砂浜の端っこ ってこと。


崖って言っても、高さは 10メートルくらいだし

水深にもよるけど、海に せり出してる部分なら

飛び込んで遊んだりも出来そうなとこ。

まぁ 崖の上には、木が生えてんのが見えるし

誰か飛び込んでるとこも 見たことねーけど。


この辺りの都市伝説、地元の掲示板、郷土史とかも 調べてみたんだけど

なんか、パッとする言い伝えとか 噂みたいのは

無かったんだよなー。


“深夜、家のインターフォンが鳴って

外カメラ映像を 室内のモニターから見てみたら

玄関の前が水浸しになっていた” とか

“海で、溺れていた子を なんとか救助して

浜に戻ったら、子供じゃなくて人形だった” とか

よく聞くようなやつ ばっかり。


ひとつだけ気になったのは

“海の崖の洞窟で、宇宙人が座禅組んで

修行してた”... ってやつ。

そんなん、行く以外ねーだろ。


「結構、調べたんだけどな... 」

「いいじゃん、宇宙人でさぁ」


波打ち際を歩きながら、朋樹やジェイドは

まだ スマホで検索中。


「しかし、南蛮の方などでなく

異星の方とは... 」


「爬虫類タイプかな?

レプティリアンとか リザードマンとかさ」

「そっちだと、“蜥蜴トカゲ人間が... ” ってならね?

やっぱ、グレイタイプなんじゃねーの?」


... とかって、話してるけどさぁ

他の星から 地球ここまで来れちまうヤツらなら

人間に見つかるヘマなんかしねーよなぁ。


崖の下に着くと、洞窟を探してみるけど

何もねーし。


「ガセかよ」「けど 今、満ち潮だしな」

「なら、水没中か?」「入れないじゃないか」


「私が... 」って、四郎が言いかけると

「実際に 洞窟があるかどうか、朋樹の蔓で調べてみりゃいいだろ?」

「ふむ」って、ボティスと榊が言う。


ボティス、『じゃあ帰るぞ』って 言わねーし

宇宙人 見てーんだな...


「なぁ、宇宙人って 本当に... 」って 聞きかけたら

「異星人であれば、文め... ... の は... りに...

また、ウイ... ... 寄せ... 」って、また 制限かかる。ったくよー。


するすると 呪の蔓伸ばしてた 朋樹が

「... ん?」って、眉 しかめた。


「なんだよ?」「あったのか?」


「多分、これだと思うけどな」って、首 傾げて

水中に伸ばしていた蔓を、崖にへばり付かせた。

蔓は、今 居る波打ち際から 5メートルくらいのところで、海ん中に沈んでる。


「穴はあるんだよな。

けど、高さは 50センチくらい」


「マジか」「入れねーじゃん」

「もっと先にあるんじゃないのか?

崖の向こう側とか」


オレらに言われて 朋樹が探す間

貝殻探ししてた榊が「おお、見よ!」って

水色のシーグラスを拾った。

「波や砂に洗われた、びいどろ なのですね」って

四郎も探してるし、オレらも探してみる。


ボティスは、何か見つけたように

崖の下にいる 朋樹の方に近付いて行った。

でも、崖の上の方 見上げてる。


「探すと、なかなか ねぇよな」

「割れてる貝殻が多いね」


「おや、これは... ?」


四郎が、波に寄せられてきた 何かを拾った。


「むっ、猫ではなかろうか?」


猫っつっても、木彫りの猫なんだぜ。

逆三角形の顔に、すげー細身の身体の黒猫。

なんとなく、日本ぽくない雰囲気。


「なんでも流れて来るよな」

「サンダルとかは 珍しくねーけど

木彫りの置物かぁ... 」


どっかの土産品とかかな?

海に落とすっていう、シチュエーションが

よく分からねーけどさぁ。


「バリ猫じゃないのか?」って ジェイドが言うけど、オレは「エジプト系じゃね?」って 言ってみる。


「バステトなら、首飾りが掛けられてるんじゃないか? これは木彫りだし」って 返されて

それはそうかも... って思ったけど

「バリ猫って、もっと かわいらしくね?」って

また言ってみたら

泰河が、スマホで バリ猫の画像出してて

「いろいろ あるみてぇだな」って 見せてきた。


「おっ、マジじゃん」


丸っこいやつとか、カラフルなやつもいるけど

四郎が拾ったような 細い黒猫もいた。


「“バリ ヒンドゥーでは、猫は サラスワティーの化身”... だってよ。

これ、サラスヴァティのことだよな?

ブラフマーの妻って書いてあるし。

日本じゃ 弁才天で、神使や化身は蛇だけどさ」


「バリ島の信仰は、インドネシア共和国の中でも独特らしいからね。

インドネシアの人たちは、ほとんどがイスラム教徒なんたけど

バリ島だけは、ヒンドゥー教と

“何にでも神が宿る” って考えの 土着の信仰が結び付いて、“バリ ヒンドゥー” っていう

独自の宗教となったようだよ... 」


インドネシアって、島数すげーあるんだよな。

バリ、ジャワ、ロンボク、スマトラ、コモド...

名前の無い島や無人島を合わせて、千以上。

で、インドネシア全体では 9割は イスラム教。

でも、バリ島だけは “バリ ヒンドゥー”。


イスラム教も、ユダヤ教やキリスト教と同じ

アブラハムの宗教。聖父、唯一神の 一神教。


ヒンドゥー教は、神話やバラモン教の流れも汲むインドの宗教って感じ。

創造神 ブラフマー、維持神 ヴィシュヌ、破壊と再生の神 シヴァを三神一体トリムルティの神とするけど、その奥さんたちや 他にもたくさんの神々がいる多神教。


「第二次世界大戦後、インドネシアは共和国として 独立して、イスラム教、キリスト教のカトリックとプロテスタント、仏教、儒教、ヒンドゥー教の信仰を公認した。

だから、国民の ほとんどがイスラム教徒であっても、神様を表す言葉には “アッラー” ではなく

“トゥーハン” が使われる。

これは、“各々が信仰する宗教の神様を崇めなさい” って意味の言葉みたいなんだ... 」


日本なら、神道の... 例えば、“天照大神”、

仏教なら 神ではなく覚者だけど、“釈迦”。

キリスト教なら “イエス”。

この中で、信徒数が多いのが 仏教だとしても

“国全体” で 信仰的な話しをする時に、

神のことを 言い表す言葉を “お釈迦様” とせず

全部の神を指すような、別の名前を付けた。

例えば、“しん様” とかにして、“それぞれの敬う神を指す” ことにした、ってこと。

話に “しん様” って出たら、仏教の人は釈迦、

キリスト教ならイエス... と、自分の信仰してる神のことになる。


「だけど、憲法で

“唯一至高の神”... 一神教でなければならない、というものがあって

独立の時に、多神教のヒンドゥー教は

窮地に陥ったようなんだ。多神教だからね。

そこで、ヒンドゥー教を信仰する人たちは

“イダ・サン・ヤン・ウィディ・ワサ” という

“唯一神” を創り出したんだ... 」


省略して、“サン・ヤン・ウィディ”。

三神一体トリムルティの神はもちろん、その妻の女神たちも、すべてを内包する万有神である... として

バリ ヒンドゥーの 唯一神とした。


で、ブラフマーやヴィシュヌ、シヴァなどの神々を、“サン・ヤン・ウィディの化身” とした。

“ブラフマーとして顕れても、シヴァとして顕れても、実は サン・ヤン・ウィディなんです”... って

いうことにしたんだと思う。

それで インドネシアの方も “そうか” って公認してるんだし、結構 おおらかだよなぁ。


日本神で言うなら、“日本ヒノモト様” とか名前作って

アマテラスさんも、月夜見もスサさんも

全員同じ 日本ヒノモト様 と 言い張った っていう感じ。


「その、サン・ヤン・ウィディが 信仰されておる 南蛮の島の物 と... 」


手に持った木彫りの細い黒猫に 視線を落として

四郎は嬉しそうだ。


「すべて、一神の化身とした とは...

観音菩薩の様であるのう」


「そうだね。生命維持の神、ヴィシュヌも

十の化身になるようだよ。

その中の 一つに、なんと 覚者ブッダもある」


もう、むちゃくちゃ言うよなぁ。

仏教の方は、ヒンドゥーの神々を 天部に置いちまってるし、ヒンドゥー教の信徒だった人たちも

仏教徒に改宗したりもしただろうし、

ヒンドゥー教から見れば ブッダは悪魔なのかもだけどさぁ。


「けど ジェイド、詳しいよな」って

泰河が 感心したら

「他宗教にも興味があるし

インドネシアの国章は、聖鳥の姿の迦楼羅師匠だったからね。それで 本を読んでみたんだ」って

答えてる。それ、バスん中に置いてあったから

オレも読んだし。


泰河は「えっ、マジか?!」って

師匠が国章 ってことにも 感心してるけど

ガルダって 元々有名じゃね?

けど、イスラム教徒が多い国なのに

国章は インド神話やヒンドゥーの師匠... ってとこでも、公認した どの宗教にも、平等の権利を保障してるのが分かる。良い国だよなー。


「裏側には、洞窟 ぇぜ」


呪の蔓を戻しながら、朋樹が言うと

まだ、崖の上を見上げてる ボティスが

「... 静かにしろ」って 朋樹に凄んだ。


「なんか居るのか?」って、朋樹が聞いて

“静かにしろ っつっただろ” って眼で睨まれてる。

怖ぇし。

でも、オレらも 気になったから

静かに、近くに行ってみることにした。


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