86 泰河


「リョウジ! 何してんだよ?」

「四郎も、なんで連れて来た?

何かあったら、どうするんだ?」


「いや、そのー... 」

「ごめんなさい。露さんに招かれ... 」


ボンデージバーのビルの前で

「いや、入るなって」と 引き止め

話を聞いてみると

沙耶ちゃんの店が、閉店になる雰囲気だったので

テーブルに広げていた問題集やノートをしまい

外に出て、自転車に乗ったところ

露に招かれた。


「露」と ミカエルが呼ぶと、リョウジの腕から

「にゃー」と 抱かれに行く。


リョウジが露を片腕に抱き、この辺りまで来てみると、オレらがいるのが見えた。

そこに、店が休みだった シイナとニナが

一階の ホラーショウの店の見学に来たようで

『天人の子じゃん』と、話し掛けられる。

『あっちにゲイたちとか神父さんたち居るし』と

すぐに 気付いたようだ。


『今日 何か、変なの 多いよね。大丈夫?』

『あの人たちは、超能力の仕事してるの?』

... と なり

『今日は、建物に入れば 祓えるんです』

『人が たくさんいるので、変なのが憑いちゃうんじゃないか と』... と 説明すると、

シイナが 二人と露を、ボンデージバービルの

エレベーター前で待たせて、ニナと着換えて戻り

『新しい店の宣伝に、公開リハーサルすることに なったから』

『建物に 人を入れたらいいんでしょ?』と

ショウの練習中だった モンスターコスの人たちを

連れて来たらしい。


『最初だけ 大声で、集まってる人の気を引いて

欲しいんだけど、出来る?』

『天人の子は、超能力使えたよね?

それっぽい服ないの? “本人” で 出てよ』


それで、シイナたちが 一本裏の通りに行き

路地やビルの隙間にスタンバイすると

リョウジが 露 抱いて、オレらがいるコンビニ前に来た。


「でも、良くやったな」

「うむ。あれだけの人等を 安全に誘導出来た」


ミカエルと師匠が褒めて、二人は嬉しくなったようだが、心配する朋樹たちからは つい

「飲み屋街に... 」「制服でさぁ」

「時間も早くない」と、小言が出ている。


「まぁ、何も無くて 良かったけどな」と 言うと

リョウジは オレを見て、四郎と眼を合わせ

また 嬉しそうな顔をした。


「けど、オレら 仕事だし... 」

「四郎、どうする?

帰るなら 今日は召喚部屋だ。布団ねぇから。

リョウジくんは 帰らないと」


「明日から、学校は夏休みなんですけど... 」と

リョウジは 主張してみたが

「危な過ぎるからね。今日は まっすぐ帰って

今度、四郎の部屋に泊まりにおいで」と

ジェイドに言われ、ゾイも

「自転車でも、前に乗って送るよ」と 言う。


「はい... 」と、リョウジが ビルの裏に停めたという 自転車を取りに行こうとし

四郎が「私は 共に参りたいのですが... 」と

リョウジを気にしていると

「その子たち、送ってあげようか?」

「自転車停めてても いいよー」と

着換えた シイナとニナが、ビルから出て来た。


“どうなの?” って 顔を向けてきたので

「助かった」「ありがとな」とか、礼を言う。


「うん、新店舗の いい宣伝になったし」

「これのお給料も、新店から 別に付くしね」


礼を言ったら言ったで、別に... ってツラになったので

「けど、危ねぇしさぁ... 」と ルカが言うと

「でも あそこに居た人たちは、 みんな危なかったんでしょ?」と、ニナが答えた。


「あんたたち、超能力の仕事 あれで終わり?

この子たち 車に乗れるの?

外って、まだ危ないんでしょ?」


人数的にバスは、無理なんだよな...

タクシーで帰してもいいんだけどさ。


「いや まだ」

「乗れねぇけどさ、シイナに リョウジくんを

任せるのはなぁ... 」


「コドモに 何かすると思う?

親切で 言ってるんだけど。男の子に興味ないし」


そう。その辺りは 安心だ。

コドモと言われたが、リョウジは シイナに

圧倒されたらしく、“はい、コドモです” って

納得のツラだ。


「じゃあ、頼むかな... 」

「あっ、そうだ。おまえら 怖くなかったのか?

視えるんだろ?」


不思議に思って聞いてみると、シイナとニナは

「視える っていうか... うん、何?」

「まぁ 最近。オモシロイけどね」と

四郎には 眼を向けないようにしている。

気ぃ使ってるな...

どうやら 四郎の件から、霊などが視えるようになったようだ。


ニナには、先祖の山田 右衛門作の記憶が蘇って

オレが ピストルで撃った。

シイナは 死にかけて、シェムハザが魂を分けた。

そういう影響もあるんだろう。


「ここに着くまでは、変なの いっぱい見たし

怖かったけど... 」

「あんたたちが居るのが見えたから、大丈夫かな って。一度、腕しかない青い猿みたいのに、

首 絞められたんだけど、ビルに入ったら 消えたし」とも 言っている。


「首を絞められた?」


青毛猿は、首に巻き付きはする。

コンビニで見た時は、鏡影がするように

巻き付いた人の 親しい故人の顔になっていた。

直接、首を絞めることは...


「その猿、化けたか?」と 朋樹が聞くと

「ううん。一つ目猿のまま」と 言う。


「その時は、変なヤツもいたよ。

赤混じりの黒い翼の。顔に 文字みたいのが入ってた」

「翼もコスかな? って思ったら、飛んだんだけど... 」


天狗だ。


博物館を出て 彷徨うろついてんのか? 危ねぇよな...

ただ、今までのことを考えても 天狗自身が

直接 人間に手を下すことは ないようだ。

一応 神の類ってことで、何か 制約があるのかもしれない。


「天狗が近くにいると、青猿が 凶暴化するのか?」

めいが 効きやすくなるのかもな」


「四郎が登場した時に、声を掛けていた人たちは 知り合いなのか?

“死んだことがあるが... ” とか

“キリシタンたちは... ” と、言ってた人たち」


朋樹が聞いているのは、四郎の件の時に

吸血蝗の害にあって、黒い十字架に付けられた人たちのことだ。


「あぁ。一人は、近くのバーの人だよね?」

「“世に殺された” って 言った人」


江上悠太 か...

シイナたちは、知り合いという程でもなさそうだが、ちょくちょく そのバーに飲みに行くことが あるらしい。


「他の人は 知らないけど... 」

「今、リハーサル見学してるんじゃない?」と

聞いて、ミカエルが 露を師匠に預け

話を聞きに消えた。

「超能力?」と 言うシイナに

「おう。すげぇよな」と 頷いておく。


「何か飲むか?」と、朋樹に 小銭を渡された

四郎とリョウジが、目の前の自販に向かうと

「あの... 」と、ニナが ゾイに声を掛けた。


ゾイが「はい」と グレーの眼を向けると、

ニナは「ありがとう。一緒に 居てくれて」と 言った。四郎の件で、十字架の下の 空気の層の中に

囚われた時のことだろう。

ゾイは、ニナの傍に居た。


「ううん、そんなこと」


ゾイが 笑って答えると

「あなたが居てくれたから、怖くなかったんだと思う。あと... あなたは、その... 」と

ニナは 言いづらそうに「女性なの... ?」と

自分の胸に 手を当てて聞く。

「もしそうなら、私が 話を聞けると思う」


「うん、ユーゴだもんなぁ」


ルカが 茶化すと

「もう!だから やめてくれる?」と

ニナも笑い、ちらっと 背後を 気にする。


あれ... ?


ニナが見た方向を、眼で追った シイナと

何故か 眼が合ったが「... 何?」「いや」と

どちらも 何も言わなかった。


「江上悠太は、今日は店を ハヤアガリで

俺等を見掛けたから 立ち止まった。

髪 染めた奴も、もう一人も

この辺の店で、飯 食ってたみたいだな。

それぞれ 別々にだけど」


ミカエルが戻って来た。

ハヤアガリ って、早上がり か...


「それで、なんとなく

“外に出た方が いい気がした” って言ってた。

出たら 人集ひとたかり。

四郎が見えたから、“状況に合わせた” って」


「四郎が見えた から?」


ジェイドが聞き返して、自販の前でジュースを飲む 四郎とリョウジに眼をやった。

露を抱いた師匠も「血縁であろう?」と

四郎を見て言う。


「うん。何か 繋がってるのが分かるらしい。

ゴーストやアヤカシも 視えるし、

俺の炙りの光も 迦楼羅ガルダの炎も見えてる。

“今日は、困ってる人が居たら 建物に入れます” って 言ってたぜ? “出来る事をする” って。

パイモン喚んで、シルバー蜘蛛 渡しておいた」


「なんで、そんなことまで してくれようとしてんの? 危なくね?」と、ルカが言うと

「本来であれば、これで普通であろう?

他の者が、危険に晒されておることを知りながら

手を差し伸べんのか?

“己のみ逃げよ、傍観せよ” と?」と

師匠に問われて、オレも 恥ずかしくなった。


“助け合う” という、普通であるはずのことが

すごいことや えらいことのように 思えてしまっていたからだ。


「うん。髪 染めた奴は

“せっかく助けてもらって、生きてるから” って

言ってたぜ?」


ミカエルに聞いた言葉に、また 胸を打たれる。

何かさ、芯が違うんだよな。

“あんな目に合されて”... と、自分を被害者とは考えず、助かったことの方を 感謝してる。


九死に 一生を得る... というくらいの 体験をすると

そう感じるのかもしれない。

けど、そういう経験が なくても

生かされている と 気付ければ、

他の 心や 生命も、慈しむようになるんじゃないかと 思う。

自然に、他に 手を差し伸べる人たちは

心が生きている。


「ん」と 頷いたルカは

少し 切なそうな顔をしていた。


冬の海と 星空が過る。凍るような息と。

ルカは、手を差し伸べる人たちを見ると

リラちゃんと 重ねてしまうのかもしれない。


それはそれで、何も 言えないんだよな...

“立派だった” とかも。


過ぎてしまって、どうすることも出来ないことにも、何も言えないようなことにも

くすぶりのような 何かは残る。

それも引っくるめて、いつか 受け止められたら

... とは 思うけどさ。


だけど もし今、家系の罪のあがないに定められた時の ブロンドのリラちゃんが居て

次の贖いに定められた、7歳の女の子も居たら

その子を護るために 海に向かうリラちゃんを

止められるんだろうか?... と 考える。

答えは 出ないんだけどさ。


「ミカエル、迦楼羅ガルダ。お前等」


「アコ!」と、ニナが喜ぶ。アコも

「ニナとジョオウサマ。お前等もいたのか?

ま、店の前だしな」と、ビルを見て応えた。


「アコ、地上に出てたのか?」


「うん。ボティスに喚ばれて

史月たちと居たんだ」


ジェイドに答えたアコは、ミカエルに

「影穴が、河川敷の木の下に開いたんだ。

すぐ向かってくれ」と 言って

「史月たちや 玄翁たちの移動も済んでる。

河川敷には相当数のアヤカシがいるぞ。

天狗は まだだけど。先に行っておく」と

露の頭を撫で、ニナやシイナに

「じゃあ。そのうちまた、カフェに行こう」と

片手を上げて消えた。




********




ゾイと師匠が消えて 河川敷に向かい

ニナとシイナに リョウジを預け

四郎とミカエル、露と オレらは、バス移動だ。


「おい... 」「マジか... 」


河のほとり、テーブルや椅子がある部分に

月夜見キミサマが 結界を敷いているようだが

月夜見だけでなく、皇帝やハティも居るせいで

妖したちは、近付くことは出来ていない。


師匠やシェムハザ、ボティスやアコも居る。

気配だけで、向こうが勝手に 圧されているようには 見えるが...


炙りの光の街を背に 見下ろす河川敷は

暗い影のような 妖したちで、半分程が埋まり

鬱々とした 瞋恚や怨恨の念に満ちている。


バスを カフェの駐車場に停めさせてもらい

外に出てみると、道路から河川敷に降りる階段と

今は 枝いっぱいに夏の葉をつけた桜の木の間に

影穴が開いているのが見え、ざわざわと影が這い出してきていた。


ミカエルや四郎が バスを降り、階段上に立つと

影のような妖したちが、左右に割れる。


右手につるぎを握ったミカエルが、その剣を 槍のように投げた。

剣は 菫青河を突き、河が真珠色に輝いていく。


「行くぜ?」と言う ミカエルに

露を抱いた四郎が「はい」と 返事をして 後に続き、オレらも その後に続いた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る