85 泰河


「はい?」「リョウジ?」


周囲が、静まることは 静まった。

若すぎる声が、この場所に そぐわない。

異質な気がするからだろう。


「... 繁華街こんなとこで 何してんだよ」と

聞いていると、また周りが ざわめき始める。


影が消えた路地や ビルとビルの間から

両腕を前に伸ばした、モロなゾンビが ザワザワ

出てきた。... と言っても、10人いないくらいか?


後に出てきたのは、黒く長い縦襟マントを付け

顔を白く塗り、牙があるオールバックの男や、

こめかみに でかいネジを生やし、袖やズボンの裾が破れたスーツを着ている 顔が緑の男。

頭に 狼の着ぐるみをつけたヤツ。


尖った付け耳を付け、スカートの裾が 伏せた花びらのような形のドレスを着た ブロンドの女の子が二人、猫耳に猫の鼻や口元のメイク、猫の手 手袋と縞模様の尾を付けた 女の子が二人。

修験者の格好をした 赤い顔の鼻高天狗、

虎柄のハーフパンツに 青く塗った肌、二本の角を生やした男... モンスターコスプレの集団だ。


「何なに?」「やっぱりイベント?」


揉めそうなっていたヤツや、出て来ていたヤツらの眼が、コスプレ集団に向く。


シューニャ」「神の光」と、祓いを続けても

視えている人すら、唖然としながらも

演出かもしれない と、落ち着いてきている。

けど、ますます 建物から出て来たな...


「おい、リョウジ... 」


リョウジは、オレとルカの間で

オレを見上げ「この子が呼んでたんで」と

抱いている 露を示した。

「にゃー」と 露が新緑色の眼を細める。


周囲が 一層ざわめいた。


「シイナ」「シイナ様だ」


は? シイナって、女王サマか... ?


黒いエナメルキャットスーツの 前のジッパーを

へその下まで開け、細いV字の隙間から 白い肌を覗かせ、ピンヒールブーツを履いた シイナが

コツコツとヒールの音を響かせて 歩いて来た。

やたら目立つ。


ショートヘアの髪は ワイン色に変わっていた。

左耳に二つ、右耳に 一つの 黒い軟骨にピアス。

首に、赤い花痣。


シイナは、モンスターコスのヤツらの前に立つと

細い腰に 片手を当てて、周囲を見下すように

少し顎を上げる。

モンスターコスのヤツらが シイナを半円に囲むように立ち、片膝を着いた。


「... これ、アレじゃね?

ボンデージバーのビルの 一階にオープンするっていう、ホラーショウのショーパブ」と

ルカが言う。

そういや、シェムハザが 出資する って言ってたな...


「それで、何で 今ここでやってんだよ?」と

リョウジを見ると、リョウジは

「さぁ... この子に道案内されて来たら

ショウの宣伝に巻き込まれたんですけど... 」と

首を傾げた。


「“シイナサマ” って?」と 聞く声もするが

シイナを知ってるヤツも多いらしく

「女王サマショウの子」

「宣伝動画とかないし、店でしか見れない」と

“オレ知ってる” みたいに、でかい声で興奮気味に 話すヤツもいる。


シイナの影から 縊鬼が出た。

視える子が 近くにいるのか「イヤっ」という

声が聞こえたが、シイナは動じなかった。


くびれ... 首を括れ... 」と言う 般若顔の首に

「誰に言ってんの?」と、鼻で笑う。

対処は出来ねぇのに、やるじゃねぇか。


シイナは、小型マイクでも付けているらしく

背後から マイクを通した声が聞こえた。

スピーカーは、後ろのヤツらが着けているようだ。


縊鬼に 師匠のゴールドの炎が巻き、朋樹の炎の鳥の式鬼が 弾き飛ばした。

シイナは、ミカエルやジェイドがいる左側に

左腕を伸ばし、開いた左手の 手のひらを見せた。

“対処は待て” ってことか? 何の強気だ...


モンスターを従えたシイナは こっちを向いていて、ルカに “ゲイじゃん” と、薄い くちびるを動かして見せ、からかうように笑った。

「こいつ... 」と、ルカが 呆れたような声を出す。


「“モンストゥルム”。警告に来たわ」


「なんだよ それ?」と 聞くと

「monstrum... こういうヤツらが 出て来る時とか

妙なことが起こるのは、神からの警告 ってこと」と、ルカが説明した。

ラテン語のようだが、ジェイドに聞いたことがあるらしい。モンスターの語源みたいだ。


妙な出来事か... と、赤く染まった空と

白木蓮の 大ぶりな白い花片を彷彿とする。


シイナの前に、忽然と男が立った。


「... “聞く耳のある者は、聞くがよい”」


黒い天鵞絨ビロードのマント。

高い位置で束ねられた 長い黒髪。静かに通る声。

何と言うか、ひとり 纏っている空気が違う。


「なんで... ?」「どこから... ?」と

どよめきが起こる。


「あれは、

“死んだことがあるが、生き返った者” だ!」


少し 離れた場所から、声が言った。


師匠の背後にいる人たちの中に、若い男がいて

周囲から見られている。

この男が言ったようだが「あの人... !」と

ルカが眼を見張る。けど、ルカだけじゃない。

オレも、朋樹もジェイドも。


その男は、ブラウンに染めた髪の

右耳の上から襟足だけを 紺に染めている。

あの人だ。抜け首になって、黒い十字架に付けられた人の 一人。


「“死んだことがある” ですって?

誰かに 殺られた訳?

生き返ったのなら、やり返してやればいいわ」


シイナが言うと、モンスターたちが

「そうだ!」「目にモノを見せてやれ!」と

立ち上がり出した。


「... “『目には目を、歯には歯を』と

言われていたことは、

あなたがたの 聞いているところである”... 」


マタイだ。5章38節。

続く39節をそらんじながら、男が振り返る。


「... “しかし、わたしは あなたがたに言う。

悪人に手向かうな。

もし、だれかが あなたの右の頬を打つなら、

ほかの頬をも 向けてやりなさい”... 」


長い前髪は、分けて両サイドに垂らしている。

凛々しい眉に 涼やかな二重瞼の眼。

真っ直ぐに通った筋の鼻に、微かに口角が上がっている 整ったくちびる。


袖口が浅葱色に染まった 白地の小袖。

濃紫の裁着たっつけ袴に 黒い脚絆、草履を履き、

白い襞襟ひだえりに赤い羽織、翡翠のロザリオ。


「えっ... 」「この格好って... 」と

周囲から、呆気に取られた声が し始めた。


「“天地てんち同根どうこん 万物ばんぶつ一体いったい一切いっさい衆生しゅじょう 貴賤きせんを選ばず”...  天草 四郎時貞。蘇りで御座います」


「四郎、カッコイイ... 」と、リョウジの眼が輝く。登場シーン、長ぇよ。

「天草四郎!」「うん、それっぽい!」

「モンスターと関係なくない?」

「でも “蘇り” って... 」「ゾンビの 一人?」と

また ざわざわと騒ぎ始めると

「キリシタンたちは、体制に殺されたんだ!」

「世に殺された!」と、また声がする。


洞窟教会の森、ブルーシートの上で蝗抜きした人と、閉店したプールバーで 悪魔の蝗抜きをした

江上 悠太 って人だ。


「間違っていなかった!」「世に復讐を!」と

モンスターたちが けしかけ

「誰も 神なんか信じちゃいない。

蘇ったって 同じことよ」と、シイナが笑う。


モンスターたちの影からは、青毛猿が出て

その首に 巻き付いていく。

吸血鬼らしき男と、付け耳に花ドレスのエルフの 一人が 息を飲んだ。視えるようだが 耐えている。


「... でも、あんたが “やる” ってんなら、

私たちも着くわ」と、シイナが 四郎をそそのかす。


「... “『隣り人を愛し、敵を憎め』と言われていたことは、あなたがたの聞いているところである。 しかし、わたしは あなたがたに言う。

敵を愛し、迫害する者のために祈れ。

こうして、天にいます あなたがたの父の子となるためである。

天の父は、悪い者の上にも 良い者の上にも、

太陽をのぼらせ、正しい者にも 正しくない者にも、雨を降らして下さるからである” ... 」


四郎は 右を向き、マタイの5章43節から 45節を

右に歩きながら 諳んじ始めた。

モンスターたちの背後の人たちにも、自分の姿を見せるためのようだが、ほとんどの人が 前に回って来ている。

四郎の声を聞こうと、周囲の声が静まっていく。


「... “また、からだを殺しても、

魂を殺すことの できない者どもを恐れるな。

むしろ、からだも 魂も

地獄で滅ぼす力のあるかたを 恐れなさい”... 」


マタイ 10章28節だ。

また シイナやモンスターたちの方に向き直ると

12章34節から 37節 を諳んじる。


「... “まむしの子らよ。

あなたがたは悪い者であるのに、

どうして 良いことを語ることができようか。

おおよそ、心からあふれることを、

口が語るものである。

善人は よい倉から良い物を取り出し、

悪人は 悪い倉から悪い物を取り出す。

あなたがたに言うが、審判の日には、

人は その語る無益な言葉に対して、

言い開きを しなければならないであろう。

あなたは、自分の言葉によって正しいとされ、

また自分の言葉によって 罪ありとされるからである”... 」


次は、5章21節と 22節。

ゆっくりと中央... オレらの前に戻って来た。


「... “昔の人々に『殺すな。殺す者は裁判を受けねば ならない』と 言われていたことは、

あなたがたの 聞いているところである。

しかし、わたしはあなたがたに言う。

兄弟に対して 怒る者は、

だれでも 裁判を受けねばならない。

兄弟にむかって 愚か者と言う者は、

議会に引きわたされるであろう。

また、ばか者と言う者は、

地獄の火に 投げ込まれるであろう”... 」


四郎が、シイナに向くと

「でも 私たちは、あんたの兄弟じゃないわ」と

キャットスーツの腕を広げ

伸ばした右手の上向きの指を 軽く動かした。


モンスターの中から、猫コスの子が出て来て

シイナの隣にひざまずいた。

タイトな黒エナメルのミニスカートを穿いているが、ギリギリ見えず、あちこちで

「おお... 」と 残念な声や ため息が上がった。

リョウジが眼を逸し、露の頭を見ている。


シイナは、女の子の顔を 両手で挟み

首を横に傾けさせると、腰を折り

女の子の閉じている くちびるのラインを

舌で まっすぐ、なぞるように舐め上げて見せた。

あいつ...  ルカやミカエルが、一歩 前に出る。


猫コスの女の子から 両手を離すと

「だって、堕落ダラクしてるもの」と

シイナは、四郎に 軽く顎を上げて見せた。

これ、アドリブだろ。絶対。

青猿が増えてきた。大丈夫なのか... ?


四郎は、一瞬の間を置いてしまったが

猫コスの子が立ち上がると、また諳んじた。


「... “『姦淫するな』と 言われていたことは、

あなたがたの 聞いているところである。

しかし、わたしは あなたがたに言う。

だれでも、情欲をいだいて 女を見る者は、

心の中で すでに 姦淫をしたのである”... 」


マタイ5章27節と28節。よし、見事だ。

見なかったからセーフのリョウジは ホッとしているが、周囲には バツの悪そうな空気が漂う。

オレからも うっかり漂っていることだろう。


「でも、原罪ゲンザイアガナわれたって

私たちは ケダモノよ。生まれてから なったの」


「... “丈夫な人には 医者はいらない。

いるのは 病人である。

『わたしが好むのは、あわれみであって、

いけにえではない』とは

どういう意味か、学んできなさい。

わたしがきたのは、義人を招くためではなく、

罪人を招くためである”... 」


四郎が、9章12節と13節を諳んじて返すと

「... “先生、わたしたちは あなたから、

しるしを見せて いただきとうございます”... 」と

虎柄ハーフパンツの 青鬼らしき男が

12章38節の、律法学者やパリサイ人のセリフを言った。クリスチャンなのかもしれん。

そろそろか... と 思ったのか

朋樹が青猿の 一匹に、呪の蔓を伸ばし始めた。


四郎は、続く 39節の

「... “邪悪で不義な時代は、しるしを求める”... 」という イエスの言葉で返し

天鵞絨のマントを翻し、風を起こそうとした時

周囲 一帯を、輝く白い靄が 漂い包んだ。



『... “これは わたしの愛する子、

わたしの心に かなう者である。これに聞け”... 』



眼の前にも 輝く白い靄...  誰の声だ?


穏やかな声の気配が引くと共に、輝く白い靄も消え、湧き出していた青毛猿たちも消えていた。


ゾイが、両手で口元を覆った。

ジェイドが 夜空を仰ぐ。雲の中に 虹が見える。


「マタイ、17章5節だ... 」と、ルカが言う。


... “彼が まだ話し終えないうちに、

たちまち、輝く雲が 彼らをおおい、

そして 雲の中から声がした、

『これは わたしの愛する子、

わたしの心に かなう者である。これに聞け』”...


聖父、なのか... ? と、ぎらせていると

ミカエルが「イース」と、天に 呼び掛けた。

まさか、聖子が 乗ってくれた ってことなのか?

それとも、本当に 四郎を認めて... ?


ジェイドが「ジェズ... 」と 祈る。

四郎ばかりか シイナすら、何も言えなかった。


「... 今秋より 開催いたします、ホラーショウ

“モンストゥルム”」


マイクを通した 明るい女の子の声が

モンスターたちの方からした。

コツコツという、ヒールの音の方を向くと

路地から、シイナと同じように

キャットスーツを着たニナが 歩いて来る。


「... おお」「ニナちゃん!」と、声が 聞こえ始め

夢から醒めたような感覚になった。


トップで纏めた 黒いウェーブの髪。

細く空いた胸に あでやかな花々の色。

オレらに見ると、ニコっと笑う。


「なんと 今夜限り、公開リハーサルを行います!

ドリンクチケットのみで ご観覧いただけます!

いかがでしょうか?」


シイナやモンスターたちが、右手を腹に添え

右足を軽く後ろに引き、左手を横に流す

“ボウ アンド スクレープ” という

ヨーロッパの貴族社会、男性版で お辞儀し

「さぁ、ショウへ」「お店に案内いたします」

「ドリンクは、千円ですよ!」と 歩き出すと

周囲にいた人たちも、楽しそうな表情になって

モンスターたちの後に続き、歩き出した。

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