84 泰河


「この辺、もう猫頭じゃねーじゃん」


駅から そう遠くないが、フランキーの猫頭術は

住宅街や、繁華街でも 大通りに並ぶ百貨店や商業ビル、買い物や飲食の店周辺に掛かっていて、

飲み屋街の途中からは 途切れていた。


「だって、飲んでる人が多いからね。

さすがに野犬が追うのは、危ないだろう?」


確かに。飲んでるもんな。

おかげでタクシー以外、交通量も少ないけどさ。


「どうする?」「バスに乗ったまま 見回り?」

「それで良くね?」


バス、入れたり出したりも 結構大変だし

ゾイの格好も、ちょっと気になるしな...

白いホールタードレスに赤いトーガ。

すねに白い革紐が巻き付く、白いサンダル。

まだ頭からトーガ被ってるしさ。

天衣だし、サマードレスのようには見えない。


とろとろバス走らせたり、歩道に寄せて止めたりしながら、憑依されている人や 妖しを探す。


「あっ、縊鬼いつき!」


三人で歩いている、半袖のワイシャツを着た中年サラリーマンたちの上に、黒くうねる髪を靡かせる 般若面顔の縊鬼が浮いている。


窓を開けてみると、三人の中の 一番右側の人が

「首 吊るなら、室内より 外がいいかな?」って

言っているのが聞こえた。


「えっ?何... ?」「首 って言ったのか?」と

他の二人が 困惑し出している。


バスから消えた師匠が、縊鬼を掴んで来て

後部座席の窓に 縊鬼の顔を向けさせる。

ルカが筆で 額の文字をなぞると

“天” の 逆さ文字が出た。蝗だ。

指で文字に触れて消すと、師匠が「シューニャ」と言う。


「おっ」「すげぇ... 」


縊鬼は、師匠の手に持たれたまま

ゴールドの炎に巻かれた。


ビルとビルの隙間や、街路樹の影からも

まだ誰にも憑いていなかった何かが 輝く炎に巻かれ、滲み出た闇靄が 地中に沈む。


ミカエルが、短い口笛を吹くと

ビルの隙間や 街路樹の下の影が消える。

守護天使たちだ。

炎が消えた、黒い影のような何かは

影の無い道を 河川敷まで追い込まれていくようだ。


師匠が 縊鬼から手を離すと、縊鬼は安らかな顔になって、夜空に昇り消えた。


師匠がバスに戻る。

「すげぇっすね、師匠」

「心経も陀羅尼も無しで」と、朋樹と言うと

「うん、そうだな。

シショウにやらせずに、お前等も働けよ」と

ミカエルに言われて

「だよな」「すんません」って 反省した。


一本裏の通りに入ると、いかにも 女の子が隣に着いて飲む店 な ドア前で、浴衣の女の子二人が

店を出てた客二人に、営業的な笑顔で手を振る。

同じビルのエレベーターから出て来た客を見送るのは、ドレスを着た女の子たちだ。


「浴衣の店?」と

運転するジェイドが 不思議そうに言うが

「いや、何かイベントなんじゃねぇの?

夏だしな」と、朋樹が答えた。


「歩いてるのが イシュばっかり」

「この通りも、そういう店の通りだからな」


「あれは?」と、師匠が指を差すのは

何か派手なヤツらだ。


今いるのは、ラウンジやスナックとかの 女の子がいる店や、居酒屋が多い区画だが、

一本 道路を挟んだ 向こう側の区画は

こっち側とは また少し毛色が違う カジノやショーパブ系から クラブ、ライブハウス、遊ぶ系の店。

奥に行くにつれ だんだん

ショットバーやダイニングバー、カフェ... と

普通に飲み食いする店が 並ぶようになっている。

師匠が差したのは、向こう側の区画だ。


「あれ等は 何か違う。浮世離れしておる」


師匠が言うのか...


「あれはコスプレじゃね?

ほら、アレのキャラいるじゃん」

「おう、そうだな。コスプレバーが出来たか、

そういうイベントやってる店が あったんじゃねぇのかな? 男もいるしさ」


「コスプレって 何だよ?」


ミカエルや師匠には、そこから説明が必要だったが

「アニメ... テレビや動画でやってる漫画とか

映画の登場人物、有名な人の真似仮装」と

朋樹が簡単に言った。


「ふうん」と、ミカエルも 窓の外を見ているが

ミカエルや師匠は、天衣やガルダ姿なら

そのままイケるだろう。

... てことは、今のゾイも大丈夫か。


「なぁ、あれ ちょっと... 」


何のキャラクターなのかは 分からないが

コスプレの 一人の男が、地面に手を着き

四つん這いになった。


「障涯?」「かもな」


近くまでバスで行き、コンビニの駐車場にバスを入れる。


コスプレのヤツらは五人いた。男三人に女二人。

四つん這いになった 一人に気付き

「え? どうした?」「何? 具合悪いの?」

「大丈夫?」と、立ち止まり

男二人が、しゃがんで様子を見ている。


オレらが バスを降りていると、女の子の 一人が

「ヒッ」と 息を飲み、背後に引いた。


『ケヒケヒケヒ... 』と、男が 嗄れた声を出し始めたからかと思ったが、隣にいる女の子に

一つ目の青毛猿が飛び付いたからだった。


「視える子なのか... 」「やばいな」


師匠が また「シューニャ」と言うと

四つん這いの男も青毛猿も ゴールドの炎に巻かれ

男からは闇靄が落ちたが

どちらも 憑いた人から離れない。


「あれっ?」「なんでなんすか?」と

師匠に聞くと

「俺が解くのは、煩悩や念である」って

答えられちまった。

瞋恚や 念の闇靄は解けるけど、蝗抜きや祓いは

オレらの仕事だ。


「でも、青猿は量るぜ?」と ミカエルが言って

秤を出すと、ルカが 秤の片方を押し下げた。


師匠は、天部神として 在る時

解脱や成仏に繋がる 仏法の守護はするけど、

五戒に 不殺生戒... むやみに生き物を殺さない というのがあるから、六道にいるものに 直接手を下すことは、避けるべきことだ。


けど この戒って、実生活でも 難しいんだよな。

戦争や殺人を除き、人同士だけでなく 動物まで枠を拡げて 話すとしても、むやみに殺すのは

“倫理的にダメ” “他者の生命を奪う権利はない”

“法で禁じられてるから”... でも、もちろんある。


なら、“どうして倫理的にダメなのか?

何故 権利がないのか?”... となり

“何かを殺すことは、自分を殺すことだから” って ことらしい。


“誰かや何かに 殺されるとしたら、どう思う?”

“嫌だ。他人でも家族でも 動物からでも嫌だし、

例え 相手が神でも、殺されたくない”

“だろ? 他の生き物だって、そうなんだぜ”。

... と いうことだが、仏教は 突き詰めていくので

“食肉や魚は?” “卵も生命なんじゃないか?”

“野菜や米を取るときに、気付かずに虫を踏んでしまった”... という話になっていく。


食わなきゃ、人間や動物は死んじまうし

仏陀は “極端なことをせず、中道を行きなさい”

... とも 教えている。

で、“むやみに殺してはならない。

他人にも 殺させてはいけない”... と なる。


ミカエルたちの 天の方でいくと、

“与えられた生命を 勝手に摘んではならない”

... と、なるだろう。自分のも 他人のも。

そして

“自分を愛するように、隣人も敵も 愛しなさい”。


でも今は、事が事だ。


殺生はならない。反撃は出来ない。

“殺してはダメだ” と 止めても、聞かなければ

殺されていくのを 見ているしかないし

自分も殺されてしまう。

実際に、12世紀に インド仏教がイスラム教から

侵攻された時、僧侶たちは 教えを守って

反撃せずに 殺され、

残った僧侶たちも 他国に逃げるしかなかった。


通常、人間同士がすることなら

ミカエルも師匠も、見守るだけ となる。

罪は、生きている間は 法で裁かれ、

死後 再び、それぞれに裁かれる。... けど

相手が人間じゃない。

それでも 六道の者 とすれば、師匠は手出しが出来ない。

だから、天部神の “迦楼羅天” ではなく

“聖鳥ガルダ” として 顕れるんだろう... と 思う。

格好、派手だけどさ。


『ケヒケヒケヒケヒ... 』


「なぁ、どうしたんだよ... ?」と

四つん這いのヤツに、他のヤツが聞いていると

青毛猿に憑かれている子が、自分を見て 怖がっている子に「えっ?何?」と 聞き

ふいに 右肩の方に眼を向ける。

右肩から覗く青毛猿の顔が、おばあさんの顔になった。


『なっちゃん。迎えに来たよ』と、笑顔で言っている。この子の ばあちゃんなんだろう。

青毛猿は、鏡影きょうけい入りなんだよな。

親しい人に化けて引っ張る。胸くそ悪い。


オレらが、そいつらに近付こうとしていると

バスに乗っていた ミカエルとゾイが

先に、そいつらの前に顕れた。


ゾイは、頭からトーガを掛けたままだが

女の子二人に「一度、建物に入りましょう」と

コンビニに連れて入った。

そうか、ミカエルの炙りだ。

祓いは それで出来るんだよな...


女の子に腕を巻き付けていた 青毛猿が離れ

煙を上げながら出て来たが、

朋樹が呪の蔓で捕獲して、ミカエルが掴み

直接炙って、光にして消した。


女の子たちは、まだ怯えているようだが

「大丈夫。大丈夫です」と、ゾイが落ち着かせている。


障涯憑きの方は、朋樹とジェイドが

「お友達は コンビニに入りましたよ」

「具合悪いんですか? 大丈夫ですか?」と

話し掛けながら、四つん這いの男を立ち上がらせて 肩を貸し、二人で強引に コンビニに連れて入る。

障涯は、煙を上げ始めながらも まだ落ちず

男の後頭部の髪の間に 鼻が見え始めた。


陀羅尼... と 考えたが、ルカの筆と 模様の手で

出した印を消す方が早い。


そのうち、向かいの街路樹の下から

野槌が伸びて来た。師匠のゴールドの炎が巻くが

他にも 悲鳴が聞こえてきて

朋樹とジェイド、ミカエルが外に出る。


「あの、大丈夫ですか?」と、コンビニの店員に聞かれたが、オレもルカも 上手く答えられず

ツレのコスプレの男の 一人が

「急に膝と手を着いて... 」と 説明を始めている。


その間に、雑誌が並んだ場所に 座り込んでいた

障涯憑きのヤツが ケヒケヒ言いながら

両肘を床に着き、腹這いの形になった。

這おうとするので、ルカに「地は?」と聞くと

「そうじゃん... 」と、痛そうに 眼を閉じながら

「地」と 拘束した。


髪が更に割れ、めりめりと 女の顔が出てきて

皺が刻まれていく。

コスプレの男と、コンビニの店員が

「救急車を... 」と 話している間に

ルカが 筆で、額に “障” の文字を出した。

模様の指で触れて 消していると

「あなた、誰... ?」と、ゾイといる女の子が

コスプレの男の 一人に言う。


そいつは、薄く煙を上げながら

コンビニの自動扉の方へ 後退りしていた。

狐耳と二つ尾... 顔を獣毛が覆っていく。

人化け狐だ。


「ちょっとぉ。何のつもりなんだよ?」と

ルカが拘束したが、人化け狐の顔の化けが解け

腕も獣毛に覆われていき、形が変わっていく。

女の子の 一人が悲鳴を上げ、ゾイが 一時的に眠らせる。


「えっ? 何あれ?」「人間じゃない?」と

他の客にも視えるヤツがいるようで、騒然とし出した。


狐の胸には、天の逆さ文字が出た。蝗だ。

文字を消して 蝗を出させ

「玄翁、山から降りてるぜ。

河川敷に行けよ。榊がいる」と 教えると

すっかり狐に戻った そいつは、焦りながら

ダッと店を駆け出した。


「何だったんですか? 今の」

「狐... ? 人でしたよね?」と 聞かれるが

外からまた 悲鳴が聞こえる。

説明も出来ねぇし、そんな暇も無さそうだ。


「落ち着いて下さい、大丈夫です... 」と

眠らせた女の子を起こし、店内の客に話す間に

ゾイが、元の姿に戻っちまった。

「あなた、女性でしたよね... ?」と

女の子に聞かれたので

「いいえ。男でしたよ」と、ルカが言い切る。


ゾイは、ドレスを着た男になっているので

トーガで 肩や胸元を隠して

「こ、混乱 されていたようですね... 」と

心苦しそうに誤魔化し

「何か危険を感じたら、建物に入ってください」と 注意して、コンビニを出た。


「うわ... 」


外は、パニックになりかけていた。

野槌や 影から出た妖しに、師匠がゴールドの炎を巻き、人の影からも飛び出す青毛猿を 朋樹が蔓や式鬼で弾き落とし、ミカエルが光で消しているが

追いつかない程、湧き出て来ている。


「ここから河川敷に送る」と、ミカエルが

守護天使たちを、他の通りの影に配置したらしい。


悲鳴を上げてしゃがみ込む人や、腰を抜かす人もいて、ジェイドが 一人ひとりを建物に誘導するが

カフェやバーからも、外の騒ぎに気付いた人たちが「なんだ?」と 出て来てしまう。

その中の 視える人が、また騒ぎ出した。


腰を抜かした人を、近くのビルに引き摺り入れ

「落ち着くまで 出ないでくたさい」と

注意するが、出て来る数の方が多い。

その影から 青毛猿や縊鬼、鏡影が出て来て 人に憑く。「建物から出ないで!」という声も

騒ぐ声に掻き消されてしまう。


「ミカエル、炙りは?」と、ジェイドが聞くが

「狐や狸も居るんだろ?」と 返って来た。


「急に、こんなに... 」と

ガタガタ震えている人を 助け起こして

オレもコンビニに連れて行く。


「たぶん、泰河が目的だと思う」と

ゾイが守護に着くが

「こんな状態じゃ、蝗も出せねーし

どうするんだよ?」と、ルカが

目の前で 野槌の口が開くのを見ちまった人を

またコンビニに 引き摺り入れた。


ジェイドが、白いルーシーの小瓶を開けて

地面に魔法円を描いた。天使助力円だ。

朋樹が、蔓に巻いた青毛猿を 円に投げ飛ばす。


「助力、ミカエル。神の光」


円から 光の線が放射状に伸びて、薄い光が立ち上がっていき、青毛猿だけが 全部焼かれて消える。


「出来た... 」と、やったジェイドが驚いているが

青毛猿も、また次々と 湧き出してきた。


「とにかく、建物に人々を入れることだ!」


師匠が「シューニャ」と、ゴールドの炎を あちこちに上げながら、近くでスマホを取り出した人に

「入れ!」と、一喝した。


「建物に入ってください!」

「危ないです!」と、声を張り上げても

「何?」「何かのイベントだろ」

「お兄さんたち、パフォーマー?」

「許可とか取って やってんの?」

「迷惑なんだけど」と、よく分からない理由で

絡むヤツまで出てきた。


「“許可”? 誰だ あんた」


イラついてきて「いいから入れよ!」と

もめそうになっていると

「そうです! イベントなんです!」と

すぐ後ろから声がする。

振り向くと、露を抱いた リョウジがいた。


「へっ? リョウジ、おまえ... 」


制服姿のリョウジは、ガチガチに緊張した顔で

「人、集まりましたねー!」と 笑い

また 息を吸い込むと

「皆さんッ! 今夜はホラーショウへ ようこそ!」と、でかい声で 言った。









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