67 ルカ


「見ておらぬ」「居なかったよな?」


ゾイが「青毛猿って、頭と腕しかない 一つ眼の?

うん、公園には居なかったよ」と しっかり頷く。


「公園に入らず、移動中に逃げたんじゃないのか?」


「いや、有り得ん」って ボティスが言うし

榊と朋樹が、公園の神隠しの有無を調べてる。


その間に 一の山の方向が、カッと真珠色に光った。

ミカエルが 六山の炙り出しを始めていて

山の上の方で、一の山の猫里を囲んでいた天空霊たちの青白い光が、炙られた妖したちを 街へ追いやるように、麓へ移動していく。


「神隠しは 無いな」


「ミカエルの光で、念みたいに 消えちまったんじゃねぇの?」


泰河が言う。けど、大蔵さん家の庭で見た時は

青毛猿たちは、地中を炙ったミカエルの光に

焼かれちゃいたけど、燃やし尽くされるまでは

じわじわと 時間が掛かるようだった。


念みたいに その場で消えちまわずに

今 洋館に向かった、他の妖したちみたいに

どこかに居るはずなんだよな。


「青毛猿って、姫様が 鏡影きょうけい呑んで産んだ っていう

姫様の子供たち なんだろ?」


「うん。姫様が 洋館で産んでた って

トビトが言ってたぜ」


オレが朋樹に答えたら、朋樹とボティスが 眼を合わせけど、二人共 “良くない予測” って 顔付きだし。


似たような顔になったジェイドが

「まさか... 」って 言いかけたけど、ボティスが

「とりあえず、一の山近くの公園に移動する」と

視線で、狐榊に バスに乗るように促して

自分も乗り込んだ。




********




一の山近くの公園は、特に遊具もなく

真ん中の でかい芝生の広場を ぐるっと遊歩道が巻いて、その周囲には木々... っていう

散歩やジョギングに適したような公園。


真ん中の芝生部分では、犬に ボールやフライングディスクを投げてあげて、一緒に遊ぶ人も 見かけたことがある。

オレが琉地と遊ぶ時は、河川敷ばっかなんだけどー。


オレらが移動する間に、ミカエルの 六山の炙りは

一の山、三の山、四の山、五の山が 終わってて

今から たぶん、六の山。

二の山は、さっきの百鬼夜行の移動が 終わってからだと思う。


「ここに、さっきみたいに

この辺りの妖したちを 集合させるんだろう?」

「なら、公園内に居ねぇ方が いいよな」


近くの駐車場に バス入れて、公園の入口前で

「散歩などの者等には 申し訳無いが... 」って

榊が 人避けを掛けたら、

公園に居た人たちが どんどん出て来て

あっという間に無人になった。すげーよなぁ。


朋樹とボティス、ジェイドが

「... 確かめる?」

「シェムハザが 戻らんとな... 」って

入口脇にあるベンチに座って、さっきと同じ顔で

話してるけど、なんとなく “何だよ?” とか

聞きたくねーし。


いろいろなヤツ見れるのは、楽しいんだけどさぁ

最近、作業が多くて ちょっとダレちまってる。

仕事だし、しょーがねーんだけど。

ボティスたちが話してることも、どーせ 後で聞くだろーしよー...


オレと泰河は「アイス食いたくね?」って なって

「ふむ」って 人化けした榊と

「じゃあ、ついていくね」って 守護に余念のないゾイと 一緒に、大通りにあるアイス屋に行って来ることにした。

「ラムレーズン」「抹茶」「ラムネっぽいやつ」って、ボティスたちのも頼まれて。


「夜も暑いよなー」

「けどまだ、夏らしいこと 何もしてねぇよな...

せっかく 四郎もいるのにさ」


「しかし、夏らしきこと とは?」

「海や山でキャンプとか、花火かな?

お祭りは もうすぐだね」


「そう! そういうのを 一通り!」

「スイカとか かき氷 食ったりな」


アイス屋に着いて、ボティスたちのと

「おっ、カスタードプリンのとかあるじゃん。

ミカエルこれだろ? ゾイもさぁ」

「あっ... うん... 」

「シェムハザも ラムレーズンでいいよな?

四郎は ラムネ系? キャラメル系かチョコ系のが いいかな? 二個くらい食えるか」って

じゃかじゃか 注文して、榊が迷いまくってる。


「全部カップでー」って カップに詰めて貰ってる間に、泰河が朱里ちゃんに 電話しに行った。


「ぬうう... 」


いっぱい試食したら、余計に迷い出したっぽい榊は、ちょっと放っといて

店の長椅子に座る ゾイの隣に

「なー、ゾイさぁ」って、オレも座ってみる。


「なんか オレらを心配させるよーなこと 考えたりしてんじゃね?」って 聞いてみたら

「のっ!」って 榊が振り向いた。

ゾイは「えっ... なんで? 何のこと?」って

小さく焦ってる。けど やっぱり気になるしさぁ。

オレ、黙っとけねーんだよなぁ。


「海でもさぁ、オトリ 買って出たじゃん」


「うん、それは...  あの

天に、リラが 利用されたりしたし...

ルカと 再会出来たのは、良かったんだけど... 」


オレとゾイの方を向いてた榊は

「お客様、お決まりになられましたか?」って

聞かれて「むっ!」と、カウンターに向き直ると

「ふむ、小豆と抹茶を」って、試食してないやつを 選んだ。


「けどさぁ、ミカエルが ゾイを

積極的に 仕事に呼んだりするしー」


「あ... でも 私も、地上の 一員だから。

朋樹の式鬼だし、天使でもいたいし」


「天使で いたい?」


聞き返した時に「お待たせしました」って呼ばれて、会計しに行く。


「お持ち帰り時間は どのくらいでしょう?」

「30分くらいっす」って、保冷剤入れてもらって

アイスの袋 受け取って振り向くと

遠くの山が 真珠色に光って見えた。六の山だな。


「ゾイは 天使よ。儂も皆も知っておる」


「うん、ありがとう。でも... 」


ゾイと手を繋ぐ 榊と、アイス屋を出て

話の続きを聞きながら戻ろー って思ってたら

通話を終えた泰河が スマホ仕舞いながら

向かいの歩道見て「あ?」って 眉をしかめた。


「ん?」って、そっち見て

一瞬、男が誰かを おんぶしてるのか と思ったけど

違う。男の後ろから、青毛猿が しがみついてる。


「榊」と 手を離させて、近くから ゾイが消えて

男の前に立つ。

急に、知らない男に 自分の行く手を阻まれて

男は「えっ?!」って 、警戒する顔になった。

うん、まぁ そうだろうけどさぁ。


横断歩道まで遠いし、車は来てないから

泰河や榊と 走って渡ると、男は ますます警戒して

「何ですか?」って 顔を強張らせちまったし。


「すみません。ちょっと失礼します」


ゾイが男の肩に触れると、男は 立ったまま眠った。青毛猿は、青い獣毛の腕を 男に巻いたまま

一つ眼で オレらを見回して

『ギッ ギッ』と 半球のように 前に出た口から

黄色い牙を見せた。


「印は?」「額には無いぜ」


『ルカくん... 』


オレに眼を止めた青毛猿は、リラの顔になった。

「浅ましくある」と、榊が それを見据える。


鏡影猿だもんな。

人間の記憶から 親しかった故人の姿になる。

分かってても、風で吹き飛ばしたりとか

出来ねーんだけどさ。


「ノウボバキャバテイ タレイロキャ ハラチビシシュダヤ ボウダヤ バキャバテイ タニヤタ オン ビシュダヤ ビシュダヤ サマサマサンマンサババシャソハランダギャチギャガノウ... 」


泰河が陀羅尼を始め、まだ リラの顔のままの青毛猿に、ゾイが手を伸ばすと

青毛猿は、男の首や胸から 獣毛の腕を解いて

男の背後に隠れるように沈む。


男の中に憑依する気かよ?

筆で印出して、泰河が触れりゃ 抜けるけどな。


「... ソハハンバ ビシュデイ アビシンシャトマン ソギャタバラバシャノウ アミリタ ビセイケイマカマンダラハダイ アカラアカラ... 」


オレと泰河の間から 消えたゾイが

男の背後に立つと

逃げようと、男の足元に降りた 青毛猿は

リラの声で『ドヴェーシャ』と 言って、地面に潜った。


「... 何故?

霊道は、月夜見尊きみさまや白尾と 全て出し

ミカエルが 息にて閉じておる」


「道じゃなくて、地面の下に潜っただけ とか?」


泰河が言ってみると、榊が しゃがんで

地面に手のひらを着けたけど

「いや。気配もせぬ」と、立ち上がって

両手を ぱんぱん叩き合わせて払う。


「あの、とにかく... 」


ゾイが、立ったまま眠る男の後頭部に眼を向けると、榊が オレらに神隠しを掛けた。

男の背に ゾイが触れると、男は 目覚めて

「あれ... ?」と、きょとんとしてる。


でも まぁ、大丈夫そうだし。

オレらが 向かいのアイス屋の方に 道を渡ると、

男も首を傾げながら 歩道を歩き出した。


オレらも 公園に戻ることにしたけど、ゾイが

「地下水脈の道... ?」って 誰とも無しに聞く。


「えー、天狗魔像には 柘榴も入ってるから

水の道も通れるけど、蛇の道なんだろ?」


「おう。青毛猿は サルだもんな」って

泰河が言うと「む?」って、榊が 見上げて

「天狗は、天逆毎の子であろう? 青毛猿もよ。

何か、繋がりのようなものが... 」とか 言い出したから

「いや、地下の水の道に関してならさぁ

血筋じゃなくて “柘榴と繋がりがあるか” って ところが ポイントなんじゃね?」って 返すと

「でも、潜ったよ... ?」って ゾイが 話しを元に戻して「うん」「潜ってたな」って

オレと泰河は、もう解んねー ってなる。


公園の入口脇のベンチに、ボティスたちが

さっきのまま 座ってたのが見えたけど

何かに気付いた 朋樹が立ち上がって、式鬼札を吹いた。

炎の尾長鳥になったそれは、まっすぐに飛んで

歩道を歩いている おっさんの肩の上に顔を載せていた 青毛猿に追突して落とした。


地面に落ちた青毛猿は、両腕で起き上がると

そのまま逃げようとして、朋樹の蔓に巻かれる。


「お?」「潜らねーし!」


青毛猿は、蔓に両腕を取られて

『ギッ ギッ!』と、転がって暴れてるし。

「何故?」って、榊もゾイも 疑問顔になった。


オレらに気付いた 朋樹が

「おっ、泰河。陀羅尼」って 言ったけど

ボティスが ミカエルの助力円で

青毛猿を光にして消した。


「さっきさぁ... 」って、アイス配りながら

青毛猿が潜った話し してたら

「ヒャッキヤコウって、のんびりしてるよな」って、ゾイの隣に ミカエルが立って

四郎とシェムハザも戻って来た。


蝗抜いた妖したちが、まだ洋館に着いてなくて

二の山を炙れないらしい。

ミカエルにもアイス渡したら

「俺、一個かよ?」って 文句言うし

シェムハザも「抹茶が良かった」って言うし。

四郎は「嬉しいです。どのような味でしょう?」って、ニコニコして 喜んでるのにさぁ。


「買ってくりゃあいいだろ?」って

ボティスが言ってるけど、朋樹が

「今な... 」って、青毛猿の話にした。


「潜った猿と、潜らなかった猿?

なんでなんだよ?」


カラメルソースがラインのように混ざった

カスタードプリンアイス食いながら

「ファシエルもプリン? じゃあ シロウ。

あっ、シロウと榊は 二個なのかよ?」って

まだ言って、スプーンひと掬い分ずつ アイス交換してる。

ミカエルにも 二個じゃねーと うるせーな。

「お前等 何アイス?」って、オレらのも

ミカエルに ひと掬い分ずつ食われるしよー。


朋樹も食われながら

「潜らなかった猿は、前に姫様が 洋館で産んでた... っていう 猿だと思う」って 言って

シェムハザのラムレーズンと、抹茶を交換させられた ジェイドが

「潜った猿は、最近産んだ... と 考えてるんだ」って、よく分かんねーことを 続けた。


「嘘だろ?」


榊の小豆入りバニラも掬いながら

ミカエルが ジェイドの方を見たけど

オレも泰河も、いつも通り “うん?” って感じ。

天狗も 青毛猿を産むってこと?


抹茶食ってんのに、眉をしかめたシェムハザが

「ディル、封鏡」って 姫様封印鏡を取り寄せた。


「えっ」「割るのか?」


「お前たちは、今の話を聞いていたのか?」


「うん」「一応、耳では」


シェムハザは、もう何も答えずに

鏡を地面に置いて、指を鳴らした。

鏡の真ん中が ベシっと割れて、封の文字が

圭と寸に分かれる。


天空霊も何も無しで... って 思ったけど

鏡から出てきた靄が、かたちを顕し出すと

泰河が「なんで?!」って でかい声を出した。

靄は、青毛猿になった。えー... どういうこと?


逃げようとした猿が、さっきボティスが敷いた

ミカエルの助力円を踏んで「神の光」と

焼かれて 光になって消える。

いや オレ、姫様封じたとこは見てねーし

なんか 何とも言えねーんだけど

ずっと、“天逆毎アマノザコは囚えた” って安心してたし...


「姫様は?!」


プラスチックのスプーンで、割れた封鏡を示して言う泰河に

「だから、魔像が取り込んでるんだろ」って

ボティスが 呆れた声で答えた。


「オレが池に落ちた時に、鏡も落ちただろ?

多分 池の中で、姫様と青毛猿が入れ替わったんだ。まだ 霊道も開いてたしな」


朋樹が ため息ついてて

「え?... じゃあさ、魔像には

天狗と、混ざった凶神呪骨と、柘榴と、姫様?」と、泰河が マジかよ って顔して聞くし。


「潜った青毛猿って?」って

オレも ついでみたく聞いてみたら

ボティスとシェムハザが

「魔像の中で 姫様が産んで、排出してるんだろ」

「柘榴の気も吸って 産んでいるからな。

水の道を通れる」って、疲れた顔で答えた。









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