66 ルカ


前の座席に、朋樹とジェイド。

後ろのL字のコーナーに、狐榊が収まって

ボティスとゾイ、オレと泰河が 並んで座る。


榊が 熱のない狐火を出して

エステルの花ベッドを載せたから

睡眠中のエステルは、バスの中に ふわふわと漂って、気持ち良さそうだし。


「公園って、カフェから

二本 裏の道沿いのだよな?」


「この辺だったら、そうだろ」


コーヒーのプラスチックカップを 前足に挟んだ

狐榊が、長い鼻を ゾイに向けて

「ん? 榊、どうしたの?」って 聞かれてるけど

「ふむ... 」って 首を傾げた。

榊も、なんか 引っ掛かってんだろうなぁ。


オレらが、うーん... って なってる間に

公園の入口に着いて、バス停めて降りた。


ミカエルたちも 入口の前に立ってるんだけど

「うお... 」「すげー... 」

天空霊が取り巻く 公園は、圧巻の様相だった。


オレらが見たヤツらの他にも、修行僧っぽい集団とか、腹が出た 餓鬼っぽい鬼、バカでかい蛙、

柳の下が似合いそうな 白装束の女、人の顔の鴉...


「まさか、豆腐小僧じゃないのか?!」


折編笠かぶって、豆腐持ってる子供を指差して

薄い色のブラウンの眼を 輝かせるジェイドを

四郎が 無言で見上げてる。


「あのカエル、大蝦蟇おおがま?」

「あれ、七人いるぜ。七人ミサキか?」


やばいのも混じってるし

急に 炙り出されて、気も立ってるようで

殺り合いとか 喰い合いに発展してるヤツらもいて

「一回、軽く炙る?」と、ミカエルが言ってるけと、榊が「むっ」と 何かに気付いた。


後頭部が出た 和服のじいちゃんが

ブランコに座って、マイ湯呑で お茶飲んでるし。


「ぬらり... 」


「じいちゃんじゃねぇか」

「あー、また引っ張られたのかなぁ?」

「自ら 蝗を呑んだクチじゃないのか?」

「ミカエル、炙りは ちょっと待ってくれ」


「知り合いがいるのかよ?」って聞く ミカエルに

「ふむ。連れて参る故」と 榊が答えて

シェムハザが、公園の入口の天空霊を移動させ

一人が通れる分くらいの 隙間を空けた。 


「ぬらりひょん殿とは... 」

「時々、お店にも来てくれるよ」


えー、知らなかったぜー...


「榊、ひとりで 大丈夫なのか?」と

ジェイドが心配そうに聞くと

「何。儂も 本来ならば、向こう側である故」と

答えて、隣で自分を見る ボティスに頷き

狐姿のままで 公園に入って行く。


「おっ」


榊が通ろうとすると、妖したちが 間を空けて譲った。榊と眼が合わないように 俯くのもいる。


「炙りで 多少、目が覚めたのかな?」

「天空霊で、天狗と遮断されてるせいも あるんじゃねぇの?」

「榊に ビビってるぜ」

月夜見キミサマの神使だもんなぁ」


ブランコの前に着いた榊が「ぬらりよ」と

呼び掛けると、じいちゃんは「ヒョッ?」って

榊に気付いた。


「何をしておる?」

「うん? めいを待っておったような... 」


じいちゃん、蝗 呑んだっぽい。


「ふむ。先に ちぃと、儂に着いて来るが良い」

「うむ」


ぬらりのじいちゃんは、三つ尾の榊の後を

ヒョコヒョコ着いて来た。

公園の入口を出ると、四郎を見て

「これは 天草の... !」と

普段は笑った形の 細い眼を見開いてるし。


じいちゃんがビビってる間に、天の筆で

胸元の “天” の逆さ文字の印を出して

泰河が消してみたけど、開いたままの口から 蝗を落としても、じいちゃんは気付かなかった。


「天草四郎時貞、蘇りで御座います。

どうぞ お見知りおきを」


挨拶と握手をした四郎が、リュックから金平糖の小瓶を出して、じいちゃんに差し出すと

「おお、コンフェイトじゃのう」って 一粒摘んでる。


「ぬらり。蝗を呑んだのか?」


シェムハザが聞くと、じいちゃんは

「うん、御女おんむすめが取られたと 聞き

何か解らぬものかと、人里に沸いた 妖しに近付いてみたのだが、蝗を呑んどらん者は 警戒される。

呑んだは良いが、次第に 呆けてのう」と

ため息をついた。


「オンムスメ?」


隣に立っていたミカエルを見上げた じいちゃんは

「ふおお... 」って ふるふる震え出したけど

天使あんじょかしらさんみげる で 御座います」って

四郎が紹介して、榊がミカエルに

「女子の尊称よ。現在いまは聞かぬがの。

柘榴様のことであろう」と 説明をする。


「じいちゃん、柘榴と知り合いなのか?」


朋樹が 不思議そうに聞くと

「いやいや、御女に懐いておるわらし

知り合いが おるのよ」って、お茶を啜った。


ひなたか」って言った ボティスに

じいちゃんは「うむ」と 頷いてる。


「ヒナタ?」

「ザシキワラシ」


へー! 座敷童って 会ったことねーんだよなぁ。

“座敷童が居る” ってとこも、見に行ってみたら

一般霊だったりするしさぁ。


「おじいちゃん、蜘蛛はいないの?」って

ジェイドが 自分の胸にいるジャーダを指差すと

「桃太に貰うた」って、着物の袖の中から

和紙で出来てる 小さい箱を出して開けた。


中から飛び出した シルバー蜘蛛が

じいちゃんの着物の胸に付いて、小さい巣を張って 落ち着いた。蜘蛛は持ってるんだ。


「名前は?」っていう 泰河の質問に

銀助ぎんすけよ」つってる。

オレ、何にしよーかなぁ...


「蝗は どこで拾った?」


「よう 茶を飲みに行く人家よ。

人の爺にも 茶飲みの友がおるからのう。

その時は ただ、茶を飲みに寄ったものだが

縁側で 爺と話しておると、庭の塀の向こうから

藍の蝗が ピョンピョンと 飛び入って来た」


ボティスに答えてる じいちゃんに

「“ピョンピョンと”?」って、ミカエルが聞き返してる。うん、大量に入って来た 言い方だし。

けど、じいちゃんは頷いた。


「何かが、配り歩いておるのだろうよ。

すぐに銀助が飛び付いて糸を巻き、どこぞから

他の銀蜘蛛も入って 蝗等に糸を巻いたが

すぐには追い付かん。

その間に、ひとつ呑んでみた」


「他のアヤカシに、柘榴の話を聞こうとして?」


また ミカエルが聞くと

「うむ。それが目的ではあったが

あの 藍の蝗を見ると、“呑むのが良いこと” に

思えてのう...  聞けば、藍の蝗は

天逆毎あまのざこ姫や その御子の使い じゃという。

妖の者等の神等であるから、

そうした誘引効果が あるのやもしれぬのう」と

また 湯呑を口に運んだ。


「その家にも、次に 蝗が飛び入った隣家にも

妖しの類が 蝗に引き寄せられておったしのう。

床や地面から 入って来ておったが... 」


「地中から ってことは、霊道を閉じる前?」


「だって、霊道閉じたのは さっきだしな」


「蝗の配り屋も、姫様以外に いるのかな?」


「いるだろ。柘榴が 魔像に取り込まれた日に

姫様も 鏡に封じられてるんだから」


じいちゃんは、柘榴が魔像に取り込まれたから

情報収集しようと、蝗を呑んだ。

配り役は 他にもいる... ってことになるよなぁ...


「友と茶を飲んでいたのは、どの家だ?

この辺りなのか?」


シェムハザが聞くと、じいちゃんは

「その、小さな川沿いの... 」って 指を差して

ミカエルが

「見に行って来る。お前等は アヤカシの蝗抜き」って、じいちゃんと歩いて行った。


「蝗抜き かぁ... 」


これ やるのって、やっぱり オレと泰河だろな。


「では、参りましょうか?」って

四郎が公園に入って、榊も「ふむ」って続くと

入口付近にいた 柳が似合いそうな白装束の女や

餓鬼っぽいヤツが、逃げようと後退あとずさってる。


「おや、これは。

私は蘇りで御座います故、皆様と同類です」


いや、怖ぇと思うぜ。

キリシタンで 経も真言もイケるとかさぁ。


シェムハザとゾイは「天空霊を見ておく」

「私も、見張りをしとくね」って

公園の入口前に残った。


オレと泰河も入ると、朋樹とジェイドは もちろん

ボティスも入って

「あいつは何だ?」と 指差して

「多分、ノッペラボウだ。

小泉八雲の怪談では、正体はムジナ

「ムジナは、アナグマとかハクビシンのことのようだけど、狐や狸みたいに 人を化かすっていわれてる」と 解説を聞いてる。


朋樹とジェイドを見て、妖したちは 余計にビビり出した。神職や伴天連っていうのが分かるみたいだ。「天空霊が 気配も遮断するのかもな」って

公園を見渡しながら 泰河が言った。


「じゃあ、喉の下っていうか

胸の上くらいんとこ、見せてもらえるー?」


オレや泰河のことは、目に入れてなかった妖しも

隣にいる 四郎と榊の威で、素直に文字出しに応じてくれる。

泰河が文字を消して 出た蝗に

オレの蜘蛛が 飛び付いて、糸を巻いた。


「何故、蝗を呑んだ?」


蝗出しが済んだ順に、ボティスや朋樹たちが聞いてみてる。

「蝗に釣られ、霊道より出た」ってヤツもいれば

住処すみかに飛び入ってきた」ってヤツも居て

「“呑むものである” と 思うた」って 感じ。


「住処って、現世うつしよなのか?」


これには「狭間よ」「山じゃ」「影におる」と

様々な答えだけど、蝗が どこにでも入れるのか

それだけ いろんな場所に、配り役が

蝗を 入れることが出来た... って ことになる。


「姫様は、一応 結界とか張れたしな」

「像にも入ったくらいだもんな」


「でも、姫様じゃないってことだろ?」


「この国の奴なら、同じアヤカシの住処にくらい 入れるだろ?

奈落や天や、他神界入ったんじゃないんだし

別に 驚くようなことじゃない」


蝗出しは、まだ半数くらいの妖しが残ってるけど

ミカエルが戻って来た。一気に妖したちが引く。

じいちゃんは、公園の入口んとこで

シェムハザと話してる。


「いや、多少の制約はある。

儂が各界を開けるのは、番人である故のこと。

妖の者の各々おのおのの住処などは、やはり 天魔雄神あまのさかをのかみや天逆毎でなければ、自由に立ち入るという訳には いかぬ」


榊がミカエルに答えてから

「なら 蝗は、姫様が 封じられる前に配ってて

妖したちが 霊道から出て来たのが、最近なんじゃないか?」って、ジェイドが言ってみたけど

妖したちは「いや、先程よ」

「呑んだのは この昼だった」って

ぼそぼそ答えた。

呑んで すぐに、霊道を通って 地上に出たらしい。


「現世の地上に出てからは?」って 聞いてみると

「人に憑かねば、と」

「目立たず めいを待たねばならぬ」と 思って

憑いて じっとしていたけど、ミカエルに炙られて

公園ここに追い込まれた。


「蝗を抜いた後は どうするんだ?」

「霊道は閉じているし」

「各住処に戻っても、また 操られる危険性もあるが、公園ここに こうして、置いておけんだろう?」


「うーん... 」


朋樹とジェイド、ボティスとミカエルが

蝗が抜けた妖したちを どうするか話してるけど

オレと泰河は、とりあえず 残りの蝗抜きをする。


修行僧の格好した集団は、四郎が近づくと

大人しく胸元を見せた。


「えらい 素直だよな... 」

「四郎が怖いんだろ。ミカエルもいるしさぁ」


サクサク蝗抜きしてたら、榊が 修行僧に

「このように沸き出ておきながら

大人しいではないか」って 言ってみたら

「ここに着いてから、“何故 めいを待っているのか” と、疑問に思うた」って 答えた。


「清き光に焼かれ、逃げねばならぬことになり

人に憑くことはまぬれたが... 」

「得体の知れぬ囲いであるが、頭の靄は晴れた」


予想したように、ミカエルの炙りで

人に憑いてたヤツも 離れて逃げたりして

天空霊で遮断すれば、天狗の命の影響も薄まるみたいだ。


修行僧の妖したちは、徳のない僧として 天狗道に堕ちた天狗僧だけど、六道に戻りたくて修行していた っていう。


「ようやく、手足が戻ったのだ」

「あとは 目が開けば... 」

「人などに憑けば、また失おう」


網代笠に隠れている目は、まだ開いてないようだけど、真面目に修行してたっぽい。


「けど今、現世にいるよな?」


泰河は、六道に戻ってるじゃん って

言いたいみたいだけど

「えー、それはさぁ、おまえが エデンとか天に

入り込んじまったみたいなものなんじゃね?」って 言ってみる。


「そうか、蝗に引っ張られただけだもんな...

なら 蝗抜いたから、天狗道に戻っちまうんじゃねぇの?」


天狗修行僧たちは「それは 仕方あるまい」

「修行である」って 言ってるけど

今戻って、また蝗 配られて呑んでも困るしさぁ。


「よし。新しい避難所として

二の山の洋館の敷地を 天空霊で囲む」


公園の入口んとこで、シェムハザと話したミカエルが、ぬらりのじいちゃんと戻って来た。


ここから二の山の洋館まで、天空霊を両脇に並べて 道を造り、蝗が抜けた妖したちに そこを歩かせて避難させる 計画っぽい。


「この件が解決したら、地中の霊道を開放する。

それまでは洋館に居ろよ? もう 利用されるな」


「では、抜けた者から 二の山へ向かえ」


シェムハザが入口から声を掛けると

妖したちが ぞろぞろと移動を始めた。


「百鬼夜行で御座いますね」と

四郎が、妖したちの背中を見送る。

豆腐持った子供の蝗出しして、その子も移動に加わると、ジェイドが 残念そうなツラになってるし。


片輪車や人面鴉、陰摩羅鬼おんもらきとかの モロなヤツらも

蝗抜きが済んで、ぬらりのじいちゃんも

「洋館で情報収集するかの」って、二の山に向かった。


公園から、道を造っている天空霊が分離されて

公園を囲っていた天空霊たちは、六山へ移動した。

次は、六山の霊獣の里を囲ませて

山を炙り、蝗憑きの妖したちを 街に降ろす。

また何ヵ所かに分けて 集合させて、蝗抜きして

二の山の洋館へ避難させる。


「じゃあ、炙って来るからな。

次は、一の山近くの公園に 移動しておくこと」と

ミカエルと 一緒に、シェムハザと四郎も消えた。


公園から出ると、公園がある場所を堺にして

もう 河川敷の方には、妖しが入れないように

榊が 結界で区切ってる。


「今夜は 一晩中、この作業だろうね」

「いろんなヤツが見れるのは 楽しいけどな」


移動のために、バスに乗り込もうとした時に

「待て」って ボティスが 乗るのを止めて

「さっき 公園に、青毛猿は居たか?」と 聞いた。


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