65 ルカ


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「ルカ、どうした?」


ジェイドの声で、自分の親指から

声の方に視線を向けた。


「いや、別に なんでも... 」


禊雨が止んで、ミカエルと四郎が戻って来て

ボティスとシェムハザが

蒼玉に聞いた 水の場の道の話をしてる。


「嘘だろ?! まだ他に 道があるのかよ?!」

「地下水脈とは... 」


蒼玉は、ミカエルたちが戻って来る前に

みずちの姿に戻って、河に入って行った。

地下水脈を捜してくれるみたいだ。


六山の外に 天狗が抜けないように

六山の下で、地下水脈の道を塞いでもらってるし

河川敷には 天空精霊召喚円を敷いてある。


蒼玉が戻る前、シェムハザが 協力要請した時なんだけど、左の親指に痛みがあった。

見てみたら、前に 天の筆で五指に出した 精霊の文字の、親指のやつが光ってて

泰河の背後に、白い靄が立って見えた。


そしたら泰河が “生きて護ってほしい” って

蒼玉に言ってさぁ...


これ、あの人なんじゃないか って思う。

ギリシャ鼻の人。

蒼玉と “同じ父親として” って 感じだった。


前に、親指に バチンって衝撃があった時は

蔵石クライシ... 黒蟲の犠牲になっちまった 葵と菜々の両親が、精霊で出た。

けど それは、オレの影から出たんだよな。


泰河の背後に立った白い靄は、獣なのか... ?

獣は、ギリシャ鼻の人の情報も読み込んでる。


でも、なら なんで

オレの指に反応があったんだろ?


“生きて護ってほしい” っていう、あの言葉は

獣の意思じゃなく、ギリシャ鼻の人の意思 って

ことなんだろうけど

それなら、オレの精霊で出るんじゃね?

今までは そうだったんだし。


そうじゃなかったら... と、つい 泰河に眼がいく。


獣が、オレの精霊を使ったってこと か

ギリシャ鼻の人の意思が 獣を使ったってこと

... な、気がする。


結果的には、いい方に向いた。

蒼玉も ひとりでムチャしねー ってなったし

天狗が 水の場に居る場合、河川敷に追い詰めてくれることに なったしさぁ。


ただ、獣が 泰河に沿うだけじゃなくて

泰河と繋がりのある オレの精霊が使えたり

亡くなったギリシャ鼻の人の意思を伝えたんなら

ちょっと怖い気がした。


獣は、元々 よく分かんねーやつだし

“何にでも作用する” んだろうけど

ギリシャ鼻の人って、魂は キュベレに飲まれちまったんじゃねーのかよ... ?


獣からしたら、生きてようが 死んでようが

キュベレの腹ん中だろうが 何も関係ないってこと?

それか、ギリシャ鼻の人から読んだ情報から

“この人なら、こういう時は こう思うだろう” って

推測をして、泰河の言葉として 言わせたのか?


なんかさぁ、生死も善悪も 何でも

お構いナシ って 感触があるんだよな...


「天狗魔像は、泰河狙いで来た ということか?」


「そうなるだろう」

「ミカエルも居なかったしな」


「しかし、何の気配も分からぬであったのう... 」


深刻な顔で ピザ食いながら言う榊が

四郎にも 一切れ渡すと

「水中にあっては、気なども 遮断されるのではないでしょうか?」って

受け取ったピザを 真面目に食ってる。


「ミカエルと四郎の方は、どうだったんだ?」


「守護天使から報告が入った分は 行った。

キョーケイとか イツキとか 暗いのばっかり」


「でも、やっぱり 人に憑依してたんだな」


「うん。山神たちも対処してくれてる。

とにかく、水の道は 地下水脈に絞る。

川から上がれば、水竜巻になれるんだろ?

シェムハザ、この河以外の川 全部に天空霊。

今から アヤカシの対処。炙りに行くぜ?」


河川敷で張ってても、もう しばらくは

近付いて来ねーかもしれねーもんなぁ。

ミカエルとか居れば 特にさぁ。


天狗が 地下水脈にいて、この河に 追い詰められた場合、蒼玉が シェムハザやミカエルを喚んでくれれば、天空霊と光で ここに空間拘束をする。


「でも、まず ここから炙る」


「ここ?」


「先に済ませておけば、“もう ここは安全” だって

思わせられるだろ? ゴーストやアヤカシたちも

なるべく ここに集める」


河川敷から炙って、オレらがバス移動する間に

六山の霊獣の里以外を炙り、街も小範囲ずつやってくらしい。


シェムハザが、自分と榊の下に防護円を敷き

河べりや 街の方には、天空霊を降ろした。


「地下水脈に 蒼玉が居たら?」って 泰河が聞くと

ミカエルは

「うん、地下は炙らない。霊道は閉じてるし

水脈を通れるのは、蛇たちや天狗魔像だけなんだろ? 天狗に、こっちの居場所を教えることになるし、蝗と闇靄憑きの奴等の 対処だから」と 答えて

「やるぜ?」と、右手に握ったつるぎの先を

地面の芝生の 葉先に付ける。


「オール」


剣の先の芝生の葉から、真珠色に輝く光が

カッと円形に拡がっていった。


「おお... 」「すげー... 」


光は、河べりの天空霊から こっち側の河川敷全体と 上の道路、周辺の住宅街まで届いた。

地表を覆う光が立ち上り、夜気に溶け込んで

高く高く 澄み渡っていく。


「オール って?」


ミカエルが言った時

ル の発音は ほとんど無かったけど。


「“or”... ヘブライ語で 光」


ジェイドが答えると、四郎が小声で

「おーる... 」と 繰り返してみてる。

気付いたゾイが、“かわいい” って顔で 微笑んだ。


夜気に溶けた真珠色の光が、シャツやジーパン

スニーカー、肌や髪にも浸透してきて

意識してなかった呼吸が、ふう っと ラクになった。癒やし効果もあるっぽい。ミカエル すげー。


道路の信号機や、停まった車

カフェや住宅街の家やマンションも

真珠色に輝いていく。


「綺麗ですね」


「むう... 美しくあるが... 」


防護円から浮いた 青い文字の中で

毛先をざわざわさせる榊が、ムリして 四郎に答えた時

ギャアッ って悲鳴や、キイキイ耳障りな声

おんおん というような 地響きに似た唸り声が

住宅街の方から 聞こえてきた。


「えっ... 」「そんなに 潜んでいたのか?」


マンションのベランダから、妙な形のものが駆け出して「ギャッ ギャッ」と 外壁を登る。


「青毛猿じゃねぇの?」


泰河が 眉をしかめた。他の家の窓からも、

胸から下がない ひとつめの猿が、煙を上げながら

両腕で走り出た。

屋根から屋根を伝って、光の外へ逃げていく。


「うん、ぽいよな... 」


どこかの家の窓から出た 黒い靄は

二本角の般若面のような顔を顕すと、

黒髪をうねらせて 空高く舞い上がりながら 逃げ、

家やマンションから滲み出す 他の靄は

女郎蜘蛛や 首の無い馬、眼を火のように光らせる黒い鶴や、鎌を持った白装束の老婆になって

光から逃れようと 壁や地を走る。


「あの黒鶴、陰摩羅鬼おんもらきか... ?」


光に焼かれながら羽ばたく黒鶴を見て

朋樹が、ちょっと興奮気味に言った。

陰摩羅鬼っていうのは、新しい死体の気が変じて なるヤツらしい。

確か、ちゃんと経を読んでもらってない とか

そういう理由で。


「うん、かもな。すげー... 」

「初見ですと 判断しづろう御座いますが... 」


人霊や獣霊みたいのも多い。

走る間にも焼かれ、念だけがかたちになったようなヤツは、そのまま 浄化されて消えた。


「このまま、逃してしまっていいのか?」と

ジェイドが聞くと


「光の向こう側にも、範囲の区切りに

天空霊を降ろしてある」

「区切り内にある 向こう側の公園のひとつには、

光が届かないようにしてあるから

そこに逃げ込ませて、集合させてる」って

シェムハザと ミカエルが答えてる。


念を浄化しちまうくらいの 威力はあっても

ミカエルは、光を弱めて 炙り出ししてるっぽい。


「こないだの狐みたいに、操られてる霊獣とかもいるだろ?」って ことで、炙り終わったら

公園に逃げ込んだヤツらを 天空霊で閉じ込めて、蝗やら 闇靄やら抜くなり、供養するなりの対処に

オレらが行く... ってことらしい。


くちばしがある 成人並のでかさの猿みたいなヤツが

壁を這い登って逃げるのに指差して、泰河が「山地乳やまちちじゃねぇか?」と また眉をしかめてる。


「なんだよ それ?」って 聞いたら、榊が

「人の寝息を吸う者よ」って 教えてくれた。


寝息を吸われてるところを 誰かに見られたら

吸われてる人は 長生きするけど、

見られなければ、吸い終わりに胸を叩かれて

死んじまう... っていう。


「そんな、両極端な... 」

「今、山地乳あいつが出て来た家の人って

やばいんじゃねーの?」


ちょっと焦ってたら

「いや。まだ天狗が めいを出していなかった。

だから 潜んでたんだろ?」と ボティスが言って

「また こちらを分散させるつもりだったか、

先に 泰河を取る予定だったのだろう。

こちら側の弱みにも なるからな」と

防護円の文字の中で、シェムハザも頷いた。


「うん。被害は無いと思うけど、一応見て来る」


ミカエルが、山地乳が出て来た 家の中を見に行った。続々と沸き出て来るヤツらを見て

蝗が入ってるから って、これだけのヤツらを

統率出来るのは、すげーって 思う。


「あれ、輪入道... ? 違う気は するけど」


ジェイドが指差したのは、炎が巻く片車輪に

椅子みたいのが付いていて、髪を振り乱した女が座ってる ってやつ。


「いえ。片輪車では ないでしょうか?」

「ふむ。家の内から 婦女が片輪車を見るなどすると、“われではなく、我が子を見よ!”... などと言い

片輪車を見ておる間に、子を拐われるのじゃ」


「理不尽だ」

「通り掛かるから 見るのにさぁ」


「問題なかった」と、ゾイの隣にミカエルが立った。ついでに、公園の様子も見て来たらしくて

「もう 結構な数だったぜ」って、ゾイにニコっとして「はい... 」って 照れさせてやがる。

こうして見ると、心配ない気 するんだけど...


「だが、これだけの数の者等に

犬猿のヒメサマが 一人で、蝗を呑ませたのか?」


ボティスが疑問そうに言うと、泰河と朋樹

ジェイドも、“うーん... ” って ツラになった。


確かに、すげー 癇癪かんしゃく持ちの姫様って 聞いてるし

最近、アバドンに使われ出したんなら

これだけの数に配れるかな? って 疑問はある。


「しかし トビトは自ら、“蝗を呑んでみた” と

申しておりました」

「あっ、そう言ってたぜ」


四郎に頷いてたら、シェムハザが

「パイモンやハティからは 何も聞いてないが、

蝗自体に誘引作用があるか、術を掛けているのかもしれんな... ディル、持ち運べる珈琲」って

テーブルに、プラスチックカップ入りのコーヒーと、四郎のラテを 取り寄せてくれた。


もうすぐ公園に行くから、持ち運べるやつなんだろうけど、相変わらず 気ぃ利くよなぁ。

まだ防護円に入ってんのにさぁ。


「パイモンやハティも、忙しかっただろうからね」

「まず、赤黒マダラの方を調べるよな。

凶悪な呪詛掛けをさせるように、操作するんだしよ」


そうだよなー。藍色蝗は、天狗が 妖しを操作するだけのものって 感じだし。

実害あるタイプじゃなくて 良かったけどー。


「じゃあ、そろそろ公園に行くぜ?」


ミカエルが言うと

シェムハザも、空中に向って 何か言った。

天空霊に、逃げ込む妖したちを囲み込みながら

公園を封鎖させたらしい。


ミカエルが、地表からの 真珠色の光を解除して

榊とシェムハザも、ようやく防護円から出た。


「朋樹、泰河と お前等のヒトガタ」


ボティスは、人形ヒトガタを 囮として

ここに置いておくつもりみたいだ。


朋樹が、人の形に切ってある紙を 仕事道具入れから出して「より精巧にする。手ぇ出せよ」って

白い鳥の式鬼に、オレらの指先を 薄く切らせた。


人形ヒトガタの胸の部分に 血を付けてくれ」


朋樹から受け取った 一枚の紙に、指の血を付けて

また渡すと、朋樹が 手のひらに乗せた人形ヒトガタ

何か呪文みたいの言って、息で吹き飛ばした。


絶対に オレにしか見えないヤツ が立って

四郎が「お見事!」と、感嘆の声を出す。


オレら四人の人形は、まだ出しっぱなしの

パラソルの下の テーブルに、朋樹が歩かせた。

シェムハザが、野外用チェアも取り寄せて

四人を座らせると、頬杖 着いたり

だらけてチェアの背凭せもたれに 凭れたりしてて

普段通り過ぎて、うお... ってなる。


「ふうん... 」と、ミカエルが 間近に見に行くと

人形のオレらが、“ん?” “なんだよ?” って 風に

ミカエルを見返した。


『暇だよな』

『分かりやすい囮なんかで、引っ掛かるかな?』


喋ったぜ、おい...


『でも、さっきは来たじゃねぇか』

『また 来んじゃねーのー?』


えー...  なんか オレさぁ

軽そう っていうか、アホそう っていうか...


「ふむ。流石であるのう。そのものよ」


そうなのかよー...

榊が感心して、ボティスやシェムハザも

「腕 上げやがった」「一端いっぱしの術使いだな」って

満足げだし。オレ、あんなかぁ...


「天狗や 神の類であれば、感知出来る程度に

神隠しなど 掛けるかの」


榊が、人形ヒトガタのオレらに ユルい神隠しを掛けた。

感があれば、“なんかいる気がする” っていうのが

分かる感じ。上手いぜー。


「よし。バスに 全員乗れないだろ?

すぐそこだけど、先に行っておくぜ?」


ミカエルは「ファシエル、守護を頼む」と

ゾイに言うと「シロウ、シェムハザ」って

二人と 一緒に消えちまった。


またかよ。


なんかさぁ、当たり前みたいに

ゾイ 置いて行くなよなー。

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