68 ルカ


「なら 姫様は今も、青毛猿 産みまくったり

蝗 配りまくってる ってこと?」


「だろうな。

産んでいるのも、猿だけとは限らんが」


「蝗配りは、川を移動してたのかもな。

ぬらりのじいちゃんが 蝗を呑んだって家も

次に 蝗が飛び入った って家も、裏に川が通ってたし」


「そういや 川も、他界との境になったりするしな... 」


「なんかさ、地中の霊道 閉じたりして

追い詰めてるつもりだったけど... 」


泰河が、めずらしく大人しい声で言うし

全体的に 気分が落ちた。


そうなんだよなぁ...

霊道閉じたり、多少 蝗出ししてもさぁ

向こうからしたら、“で?” って 感じなのかも。

だって、地下水脈も通れるし

また産んで増やせばいーし... みたいなさぁ。


「でも、天狗魔像は 六山内に居る。

天空霊がいるから、川にも上がれないし

地下水脈の移動範囲も、蒼玉が限定した。

蝗も抜ける。二の山を炙れば、後は街だけだ。

姫様が、多少 産んで増やしてようと

追い詰めてるのは、確かなんだぜ?」


ミカエルの言葉に 四郎も頷く。


「敵方が大きい程、攻めるにも 迎え撃つにも

支度には、時も手間も掛かるもので 御座いましょう。神々との連携と 天狗の包囲、

今ここまでのところ、順調に思います。

柘榴の救出のためにも、慎重でなければ」


しっかりしてるよなぁ...


過去に 四郎が、一揆勢の総大将として立った

島原 天草の乱は、1637年。


1600年の 関ヶ原の戦いや

1614年の 大阪冬の陣、1615年の 大阪夏の陣も

終結し、泰平の世に勃った 内戦ともいえるような

日本最大の 一揆だった。


全国の大名達を巻き込んだ 大戦である

関ヶ原の戦いは、諸説あるけど

徳川家康率いる 東軍、七万四千人に対し

石田三成率いる 西軍は、八万二千人。

東軍が勝利。


四郎が率いたとされる、原城に籠城した 一揆勢は

三万七千人。

内、三分の一 程は、女 子供の非戦闘員だった。


これに対し、幕府軍は 十二万五千人。

有名な剣豪の 宮本武蔵も参戦し

一揆勢の投石で、足を負傷して退いてる。


南蛮絵師だった 山田右衛門作 以外

一揆勢は 全滅させられたけど

幕府軍の死傷者も 八千人以上にも上った。


四郎は、信仰心を支える “天人”... 一揆勢結束の

シンボルとして、総大将とされたんだろうし

実質の指導者は、周囲にいた大人たちなんだろうけど、幕府軍が 十二万五千の大軍で包囲し、

総攻撃を仕掛けなければ、原城は落とせなかった

... ってことだ。


キリシタン弾圧や、厳しい年貢の取り立ての世に

生まれていて、想像を絶する苦労を知っていても

四郎は、いくさ... 戦うことを 知ってた訳じゃない。


それでも、四郎の名のもとに集結して

四郎と 聖父を信じた人たち... 来世の友たちの精神を、最期まで支えた。


その精神が、この国に 教会が建って

天を信じる人たちに、天への道が拓かれ

クリスマスを笑顔で過ごす 現在いまに繋がっている。

餓死する程 搾取されない世を築いた

いしずえのひとつにもなった。

名実ともに 総大将だったんだ と思う。


「ふむ。このように、時や手間が掛かるのも

この国の自然神や 我等霊獣、妖しの類の安全を

考慮してもろうてのこと。

ただ炙り出せば良いのであれば、うに終えていようよ。

異国の神等は、それ程の力を有しておる故」


うん。旧約聖書の時代

堕落したソドムとゴモラの街は、二人の天使に

滅ぼされたし

ミカエルは ひとりで、エルサレムに攻め込んだ

アッシリアの 十五万の軍を殲滅してる。

人間なんか 簡単だ。


霊獣や妖しのことや、柘榴のことを考えずに

地中も地表も、強い光で炙っちまえば

神である天狗も 炙り出すことは出来てると思う。

何せ 助力円の助力だけで、あの威力なんだし。


けど そうすれば、人間や動物以外のものは

みんな、光に焼かれて なくなっちまう。


礼を言おうとした榊に、ミカエルは

「相手は、サンダルフォンやアバドンだけど

これは 天の命じゃないし、もし 違う相手でも

俺は働くぜ? ここの やり方で。地上勢力だろ?」って、明るく笑う。


「何故?」と、小さく聞いた榊に

「理由なら たくさんあるぜ?」って 答えて

くせっ毛のブロンドの下の 明るい色の碧眼を

「珈琲」って、シェムハザに向けた。


榊、ちょっと嬉しいんだろーな...

ジェイドのことすら、伴天連って 怖がってたけど

こうして仲良くなれて、想ってくれて。

世界が拡がったし。

榊みたいな 素直なヤツの思念って、こっちが閉じてても、たまに届いてきちまうんだよなー。


「まず、バラキエルが 俺を誘ったこと。

天に戻ってすぐ “堕天する” って言ってきたから

怒ったんだ。また 遊べなくなるだろ?

だいたい、地上には ファシエルがいるんだぜ?

俺、四郎の守護者だし、アコとも遊べるし

ついでに こいつ等もいるし」


ゾイが真っ赤になる中、ついでのオレらも

シェムハザにコーヒー貰ってたら

「俺の名は出ていない」って

シェムハザが ミカエルにムッとしてる。


「お前は、城の天使避けを

俺を避けないように してから言えよ。

ファシエルは入れるんだろ?

“名前で許可を出せるはずだ” って、ザドキエルに聞いたぜ? 城で遊びたいのに」


あっ て顔で、コーヒー渡す シェムハザに

ミカエルも「返事」って、ムッと し出したけど

「とにかく 地上ここでのミカエルは、横並びでいる ということだ。好きに使え」って

ボティスが 逸らすと

「うん、地上で全部 繋がるからな」って

ミカエルは、また 榊に笑った。


「けど、四郎はさ... 」


泰河が、上手く言えねーけど 何かを否定したい

って感じで 口を挟んだ。

たぶん、“こういうことに巻き込まれるために

蘇った訳じゃない”... って 言いたいんだと思う。


「うん、なんだ?

楽しいこと、いっぱいしてさ」


四郎が生きた 過去の時と、状況は似てる って

気がする。

天や奈落っていう、でかい相手に 対抗してる勢力の中で、大人に囲まれて。


けど、そうなるのは いやだ。

また前と同じような生き方を させるんじゃなくて

ただ 毎日を楽しんで 生きて欲しい。


「はい」って、氷入りのラテのカップで

手のひらに付いた結露を、楽しそうに見て

四郎が 返事をした。


「私は まさしく、夢にみた “あののち” に るのです。はらいそ のような地上に」


胸が つまる。


オレは、何も 知らねーし、何もしてねーくせに

四郎が 現代いまを、そう感じてくれるのが 嬉しかった。


「祈り願ったことが、成就しておるのです。

過去に生きた 私共の信仰ひいですも、ここに 救われ

むくわれました。

しあわせ と 胸が震え、また 満ちております。

現代ここは、素晴らしき世であるのです」


つまった胸が、じわじわと 熱を帯びていく。

心は、こうして甦ったり 生まれたりする。


「四郎、オレさ... 」


泰河が 口籠くちごもって、それでも

「四郎が、エデンから天に 向かう前に

言ってくれたのに... 」と 言うと

四郎は「良いのです」と、涼やかな眼で笑った。


「良いのですよ。領解わかっております」


あの日 赤い空が晴れた後に

街路樹の 白木蓮ハクモクレンの花が落ちた 地面から見上げた

澄んだ空の色を思い出す。


「こうして、友となれました。

必要である時、また 伝えたいと思いました時に

幾度でも幾度でも、申します。

このように共にあり、それが叶うのですから」


言葉を詰まらせたのは、泰河だけじゃなかった。

四郎の まっすぐな思念が伝わってくる。

泰河が 生きていて良かったし

何度でも、また “生きるのです” と言えるように

一緒にいる。

だから、いつも 生きることを選んで欲しい って...


「私は、このように 共にりたいのです。

そして 素晴らしきこの世を、未来さきに繋げて ゆきたいと、胸に誓うております」


総大将として立った過去とは違う。望んで

オレらと 一緒に仕事をする... って ことだろう。

意識したことがなかったけど、四郎が言う 今の

“素晴らしき世” を 護り、維持していくために。


「うん」って、ゾイが頷く。


オレらの視線を寄せちまって

あ... って、やっちまった っていうような

恥ずかしそうな顔になったけど

「... 地上は、天から見るより ずっと素敵で、

あの... 沙耶夏も、みんなも 居るし... 」と

前に組んだ、自分の両手の指を見ながら言う。


「だから、出来ることを したくて... 」


やばい オレまだ、四郎にもゾイにも

何も言えねーし 嬉しいのにさぁ...


泰河が 鼻すする音させる中、朋樹が

「おう、邪魔には なるなよ」って 鼻で笑って

「台無しにするな」って ジェイドが軽く蹴る。


「照れやがって」

「“まだ青い” という表現は、こういった時に使うようだな」


ボティスとシェムハザも緩和したけど

ミカエルは 黙って、ゾイの組んだ両手の指辺りに

視線を落としてた。


榊やオレが見ていたのに気付くと、シェムハザに

「うん。そろそろ 二の山に行くぜ?」って 言って

「さっき河川敷 炙ったみたいに、そのまま この辺も炙り出すからな。

お前等はこのまま ここに待機」と

オレらにも言うと、四郎も連れて 三人で消える。


榊が ゾイと手を繋いだのを見てたら、朋樹が

「大人しいじゃねぇか」って 隣に来た。


「ん なんか、いろいろさぁ... 」


軽く息ついて、それだけ言って

二の山が、天空霊の青白い光と 地表を覆う

ミカエルの真珠の光に染まっていくのを見る。


「河川敷でさ」と、朋樹が 声を潜めて

「泰河の背後に、あの人が立っただろ?」って

聞いた。朋樹、気付いてたのか...


「おう」って 頷いたら

「おまえの精霊? 獣?」って 聞かれるけど

「それさぁ、どっちか分かんなくてさぁ」って

指に痛みがあったこととか、でも あのギリシャ鼻の人は、キュベレに飲まれたんじゃねーの? ってこととかを話してみる。


「... あの人を撃ったのは、死神だろ?」


泰河が、ゾイやジェイドと 話してるのを見ながら

朋樹が答えたことに「うん」て

ただ ほけっ と頷いたけど、あっ!ってなった。


そうだ... 奈落は 天に属するけど

その位置は 天より下位。

アバドンは、天の法の下にいる。


なら、死神が獲った 人間の魂の権利は

奈落の蝗が体内にいる っていう アバドンの契約より、第六天ゼブルから派遣される死神の方に 優先されるんじゃ... ?


シェムハザが、泰河に聞いた話だと

死神は泰河に “獲ったのは オレだ” って言ったみたいだけど、それは “泰河が殺ったんじゃない” って意味だけじゃねーのかも。


「キュベレには飲まれてない ってこと?」


「かもな。だから、河川敷で あの人が泰河の影に立った時、おまえの精霊だと思ったんだよ。

でも それなら、おまえの影に立つよな?」


「そー。それはオレも 同じように思ったんだけど

精霊なのか 獣なのかは、分かんなくってさぁ」


だいたい、この精霊自体が よく分かんねーし。

コヨーテの琉地とか、風の精霊 地の精霊は

傍に来た時も、何か頼む時も

“琉地” とか、“風” “地” って、個別に存在が分かるんだけど、誰かの形になる白い靄は、違う気がする。その都度 “違う誰か”。


師匠のヒポナにも、電気の精霊って聞いてるけど

こいつが影に立った時、“電気の精霊” じゃなくて

“誰か来た” っていう感覚。

喚ばなくても勝手に出るし、一人じゃなくて

大人数いっぱいで出る時もあるしさぁ。


じゃあ、霊が降りるための依代ヨリシロなのか?... って

考えると、そうじゃない気もする。


「あの人が、泰河の獣を使ったんじゃねーの?」


「いや使えねぇだろ。何で そうなるんだよ?」


朋樹、シラケたツラで即答してるし。

うーん... 考えたら そうだよなぁ。

獣は 誰にでも使える訳じゃねーんだし...


気を取り直したっぽくて

「あの人が泰河に言わせた、“生きて護ってほしい” って 言葉は、あの人の意思だよな?」って

ちょっと ずらした方向から聞いてきた。


「うん、そう思うぜ。

けど あの時はさぁ、オレも蒼玉に そう言いたかったし、泰河も思ったんじゃねーの?」って

答えたら


「そうだな... 確かに。小さい子がいるのに って

オレも思ったしな。それで、泰河や おまえが

あの人の意思と呼応した とするだろ?

おまえの影に立ったんだったら、精霊だ。

何も引っ掛からない。

泰河の後ろに立ったのが 問題なんだよな」って

言うし。


「だから、最初から そー 言ってんじゃん」


「うるせぇな。最後まで聞けよ。

前に 里でも話したけど

これは、獣が おまえの精霊を読み込んでて

“おまえの精霊になった” って ことなのか?」


「へっ?」


... 獣が、オレの精霊を “使った” んじゃなくて

迦楼羅や阿修羅の姿になったように

オレの精霊に “なった” ってこと?


それで、精霊が オレの影に立つように

泰河の影に立って

精霊がするようなこと... 霊の意思を伝えたりってことをした ってことなのかよ?


「じゃあ あれって、精霊じゃなくて、獣?」


「オレが聞いてんだよ。

精霊のことは、おまえの方が 解るだろ?

精霊だったのか?」


「えー? オレも わかんねーしぃー。

そういうの、ヒポナに聞いてくれよー。

精霊のことも よくわかんねーのにさぁ

獣のことなんか、もっと わかる訳ねーじゃん」


「おまえなぁ... 」って なんか言いかけた朋樹は

どうせ言っても不毛だ と 気付いたらしくて

「とりあえずだけどな、獣が精霊になった って

仮定するだろ?」って、話を進めだした。

朋樹、オレの扱いに慣れたよなー。


で、「獣は、死神にもなると思うか?」って

もう全然 分からねーことを言った。










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