63 泰河


「おかしいよなぁ... 」


シェムハザが戻って来たので

六山の中心に やや近い河川敷にいる。

夕方に差し掛かる時間で、外は まだ明るい。

犬の散歩をしてる人や、ジョギングしている人を見掛ける。


カフェの駐車場の隅に バスを停めさせてもらって

河川敷で、ピクニックテーブルを開き

カフェで買った 氷とライム入りの炭酸水と 一緒に

シェムハザお取り寄せの バケットサンドや、

籠に山盛りのプチトマト。

スティック状の魚のフリットに、レモンを絞り

タルタルソースを付けて食っている。

何かあったら すぐ動けるように... という

手掴み外飯メニューだ。


近くでタクシーを降りたのか、ボティスと榊も歩いて来て「よう、榊」「おかえり」と言うオレらに「ふむ」と 笑った榊は

まっすぐに魚のフリットに手を伸ばしている。


六山にもミカエルが、移動式の天空精霊召喚円を敷き、内周に シェムハザも天空霊を降ろして

リング状の地中霊道を、ミカエルが息で閉じた。


けど、何も 出て来てねぇんだよな。


じゃあ、ちょっと狭めて... と

天空霊を内側に移動して、リングの幅を拡げても

守護天使たちから 報告が入らない。

幅は もう、街の半分くらいを覆っている。


「ここの地中には、何も居ないのか?」


「向こう側で あれだけ派手に対処したし

天狗の方も 警戒するだろうしさぁ

妖したちに、地中待機は させねーかもだよなぁ」


「なら、地上?」

「どこかに集まって、神隠しか?」


「全く別の場所で 魂狙い とかかよ?」と

ミカエルが すげぇこと言って、全員 “おお... ”って なっちまった。


神隠しは まだしも、別の場所だと

ここ何日の、この苦労がさ...


「いや、日本神が対策を講じている」


里から持って来たらしい 弁当箱を開き

セロリのマリネを摘みながら、ボティスが言うと

「ふむ。周辺の山々や、ほかの街には

天照様や伊弉諾尊が、日差しや雨を 注がれておった」と、榊が説明する。


それによると、六山の外には 広範囲に

昼間は、アマテラスさんが

霊や妖しが 地中から出られないように

白浄はくじょうの日差しってやつで照らし

夜は、イザナギさんが禊雨を降らせていたらしく

天狗や それに従う霊や妖しを、この街に集中させるようにしたようだ。

対処に参加してくれる とは 聞いてたけど

マジで やってくれたのか。


「白浄の日差し?」


「ふむ、きよめよ。我等霊獣も 危険に晒される故

普段であれば、あまり注がれぬものではあるが

天逆毎あまのざこや その子、天狗の絡みがあり

凶神マガツビが出たとの事にもある故」


「いやいや。霊獣も って、あぶねぇよな?」


「何。滅さぬ程度に 注がれておられる。

均衡が崩れる故。

ただ、浄めの日差しに当たれば、当然 弱り

しばし 動けぬようにはなろうがのう。

日差しが隠れれば 地上にも上がれようが

次は禊雨よ。堪らぬ故、地中の霊道を通り

此方こちらに逃げ寄る... と いう次第じゃ」


榊と白尾は、六山内の地図出しが終わった後

月夜見と、各地で 害のない妖しの避難所を設けて結界を張り、迷い霊は幽世に導く... という仕事をしていたようだ。


「おっ、神使っぽいじゃねぇか」

「頑張って えらいじゃん、榊」


大皿 一枚を片手に、榊は

「名ばかりであろうと、空狐である故。ほほ」

まったく余裕よ... と 言いたげに

魚のフリットを食いまくる。

浅黄も空狐になったし、多少の焦りが見えるな...


「食べづらいだろう?」と

シェムハザが、榊から 大皿を受け取り

でかい紙カップに フリットが刺さったやつを 二つ取り寄せて、榊と四郎に渡した。


「じゃあ、やっぱり地上?」

「神隠しかよ?」


「屋内では... ?」と、野菜スティックも渡された 四郎が、二つのカップを 片腕で抱き持つようにして、涼やかな凛々しい眉をしかめる。


「屋内?」「大量妖しが?」


「大きな廃墟なども御座いましょう?

または、人に憑いてなど いませんでしょうか?」


「え? 憑依して、大人しくしてる ってこと?

クラクラするんだけどー... 」


ルカと同様に目眩だ。

けど ミカエルは、“バラバラに潜ませてる” って

推測してたもんな。で、“一斉に動かす” ってさ...


「人に入ってたら、白浄とか禊雨の効果は

どうなんの?」


「変わらず効くであろうよ。

日差しを浴び、雨に当たるのであればの」


それなら、この街の人たちに憑依 という 確率が高い。


「人に憑依して、影響 出させねぇんなら

上級悪魔や天使並みに 奥に潜める ってことだぜ」


朋樹が言っているのは、憑依で 人間に出る影響のことだ。

例えば 狐憑きなら、生魚を 頭から噛じったり

何合も飯を食ったり、意味不明の言葉を喚き散らし、犬や煙を怖がったりする。


迷い霊や 操作されてる妖したちは

影響出さずに潜めねぇって気がするけどな...


「だとしたら、見分ける方法は?

ルカが見て、印で出るのか?」


「大祓や陀羅尼にも 反応するだろ?」

「祈りでも通用するかな?」


「いきなり始めてみろ。

お前等が憑かれていると 思われるだろ?」


ボティスの言うことは、もっとものように思えるぜ。


「憑依されない人間もいるけどな。

俺が加護を与えてるから」


「そうだ! 今まで、何らかの件に関わった人なら

ミカエルの加護があるもんな!」


元気に言ってみたけど

「うん」「そうだな」って感じだ。

おう。加護が無い人の方が 全然 多いよな...


「よし。シェムハザ、天空霊を解除」


ミカエルは、地中霊道を 全部閉じさせた。

虹色の光が 地面から立ち上がると、地中の霊道の全方位から こちらに迫り、揺らめいて解ける。

きれいで 畏れも感じる光景だ。


「しばらく待って、守護天使達から 何も報告が入らなかったら、まず 禊雨。

それから小範囲ずつ 光で炙り出す。

シェムハザ、珈琲」


「待て。魔人まびと達は退避していないだろう?」


空き皿を城に送り、コーヒーを取り寄せながら

シェムハザが言った。


最後のプチトマトを指に取って

「魔人に 憑依してるとか?」と、ジェイドが

眉間にシワを寄せた。


「魔人には 呪力があるし、自分より呪力が弱い

霊や妖しに憑かれても、影響されないんじゃないか?」


人に何かが憑けば、影響が出るけど

上級悪魔や天使なら、呪力を制御して潜めるから

影響が出ない。

同じ 魔に属するヤツ同士なら、弱いヤツに憑かれても、影響が出ない...


「幾らかは そうかもな。

でも、この国の魔人の数は 少ないだろ?

この辺りだけなら、どのくらい居るんだ?」


「40から50と いったとこかもな」


蔵石クライシ... 同じ魔人だった黒蟲や矢上の件で

かなり犠牲になってしまった。

残った魔人達も、人間になった魔人達も

静かに暮らしてるのに、また 巻き込まれちまってるかもしれない。


「連れて来いよ。憑依されていれば 解いて

四の山のキャンプ場に向かわせる。

バンガローを貸し切ればいいだろ?

六山とは別に、天空精霊 四方位 皇帝配下

パディエル、ゲディエル、ドロシエル、シュミエルを 降ろして守護」


いつもジェイドが降ろしてる 天空精霊は

四方位の皇帝なんだよな。

その下に、各方位ごとに四人ずつの皇帝配下がいて、放浪王子って精霊たちもいる。

オレは名前すら、覚えてねぇけどさ。


「憑依は、どうやって解くんだよ?

エクソシスムも祓いもダメだしさぁ。

魔人自身に影響するんじゃね?」


「だから、お前の筆と 泰河だろ?」


「あっ、そっかぁ」


オレも今、ルカと似たようなツラしてんだろうな。


魔人は、人に紛れて 普通に生活している人たちも多い。シェムハザが連絡を取れる魔人たちに

普段は潜み暮らしている 他の魔人にも伝えてもらい、自分で タクシーで向かって来てもらって

乗ったまま憑依の印を確認。


四の山で降りる時に こっち側が料金を支払うことにして、シェムハザが取り寄せた 現金のカバンを

ミカエルが 白尾に渡しに行った。


「シェムハザ、スマホ持ってるんだ」


ルカが 感心気味に言ったが

「俺は、地上棲みなんだぞ?」と

多少 呆れられている。いろいろ仕事してるしな。


「それでも来ない人は?」


「いないんじゃないか?

“大天使ミカエルの命により” って 伝えてあるし

来なければ、“地上浄化で焼かれる” とも 言ってるしな」


地中霊道を閉じた 虹の光も見ただろうし

来れば、シェムハザが保護を約束している。


「どうしても動かない場合は、天空霊で閉じ込め、催眠で眠らせておく。何かに憑かれていようと、一人眠っていれば 被害は出ない」


心配だったが、魔人たちは 続々とタクシーで向って来た。車を持ってる人は 車で。

後ろに子供を乗せてる人たちもいて

どの人も、シルバー蜘蛛を付けていた。


魔人たちを ビビらせても悪いので

ミカエルや、ジェイドと四郎は 少し離れている。


ルカが、タクシーに乗っている人から

額の印チェックをしている時に

「よく来てくれた」と、シェムハザが挨拶すると

「虹の光を見た」

「少し前にも、午前中の空が 夕焼け空のようになっただろう?」と、不安になったようだ。


午前中の空が... というのは、四郎の時だ。

モレクの時に、蔵石を見た人もいるだろうし

少し前に、魔人の子二人も 蝗を呑まされている。


でも、孤児になってしまった魔人の子たちを

自分の子として迎え、魔人たちの為に尽力する

シェムハザを 信用して、来てくれた部分もあるのだろう。


「子供を、幼稚園や保育園に通わせたいんだ」と

相談している魔人もいる。


「良い事だ。葉月や葵も すぐに慣れた。

家では、友の話や学校での出来事を聞かせてくれる。データや仕事なら 心配しないでくれ。

こちらに、オリーブとチーズの店を出そうと 思っている... 」


「聖悪魔だよな」と、朋樹が柔らかいツラになって、軽くビビっちまった。


「泰河ぁ」


ルカに呼ばれて行くと、額に “怨” という文字。

念だな。人霊だ。


「えっ、憑かれてるんですか?」と

本人が驚いている。全く気配も感じないらしい。


人霊の場合なら、文字に触れれば 消えちまう。

右手の指で文字に触れると

しゅう という音がして、文字が消え

ぽたりと、何かが 道路脇の草の上に落ちた。


「蝗か?」と、シェムハザが

藍色蝗の死骸を 指で摘んで拾い上げている。


印が無かった人も、印消しが終わった人も

朋樹が 桃の木護りを渡して、四の山へ向ってもらう。ついでに タクシーの運転手にも渡しているのを見て、気が利くようになったよな... と 思う。


魔人は、悪魔と人間の混血の人たちなので

ミカエルの加護や メダイを持たせたりは出来なくても、日本神系の守護なら 影響は無かった。

寺から御札を貰うのも 大丈夫そうだ。


次に印が出た人の額には “縊” だ。


「縊鬼か?」「多分な... 」


案の定「山に着いたら、今夜 首を吊らないと」と

言っているので、同乗しているツレや

タクシーの運転手まで、かなり 青くなっている。


額の文字に触れると、抜け出してきた靄が

黒くこごって浮いた。


けまくもしこき伊邪那岐大神いざなぎのおおかみ

筑紫つくし日向ひゅうがたちばな小戸おど阿波岐原あわぎはらに... 」


祓詞で、靄が 頭の形になってくると

ボティスが「また こいつか」と

後頭部を掴んで ルカに向け、印を出させた。


出た印は、“天” が 逆さになった文字。

ルカは「トビトは、胸だったんだけどー」と

言っているが、縊鬼は 首しか無ぇからな。

誰も ツッ込まねぇ。けど、また蝗か...


正気に戻って震える人にも 桃の木護りを渡して、

再び ルカが出す印を消す。

霊なら消えて、他のものなら 憑依を解いて対処したが、どの妖しから落ちるのも 蝗だった。


魔人の人たちのチェックが終わる頃には

辺りは もう、夜になっていた。

そろそろ、沙耶ちゃんの店も終わる時間だ。


「皆 来てくれたことに、驚いたが... 」と

シェムハザは明るい顔で、またコーヒーとマシュマロ、マドレーヌやクッキーを取り寄せる。


「だが 本当に、半数の者等が 憑依されておったとはのう。我等 狐の類の者も、闇靄の操りに遭うておったと聞いたが... 」


「闇靄より、蝗入りの方が

統制が取れている気がするね」


ジェイドが言うと、ボティスも

「闇靄が染みた奴等のように、野良として出ていないからな」と 頷いた。


そうだよな。闇靄のヤツらは、地中から うっかり

化かしや取り憑きに 出て来ちまった感があるが、

蝗入りのヤツらは、じっと潜んでた。

憑かれた魔人たちも、気付いてなかったくらいだしさ。


「今は、蝗を操っているのが

姫様じゃなく、天狗だからじゃないのか?」


「うん、確かに。姫様の時は 蝗入りのヤツらも

ポルターガイスト起こしたり、好き放題だったもんなぁ」


「はい、河童など」と、四郎が頷くので

ボティスとシェムハザが「甲羅脱ぎやがって」

「思い出さすな」と 笑っちまっているが

オレ、河童 見てねぇんだよな... 見たかったぜ。


「それなら、人間に憑いても 大人しくしてるかもしれないだろ?」


マシュマロコーヒー用にホット、別にアイスコーヒーの ミカエルが言って

「聖みげる。美味しいですよ」と

四郎からクッキーを 口に入れてもらっている。


「うん」と、四郎に笑ったミカエルは

「シェムハザ、榊と防護円に。

朋樹、まず禊雨」と、指示を出す。


シェムハザが、でかいパラソルを 三本取り寄せて

ピクニックテーブルの周囲に立て、みんなで

パラソルの下に収まると

朋樹が 白い勾玉を出して、降神詞を読む。


けまくもしこき 伊邪那岐大神いざなぎのおおかみ

この神籬ひもろぎ天降あもりませと かしこみ恐みもまをす」


柔らかい霧雨が 空から静かに降り注ぐ。

さすがに、イザナギさんは降りて来ねぇか...


「禊雨で、外にいる人に憑いているヤツらは

尻尾を出すと思うぜ。

または、そのまま浄化されちまうか」


「そう。これで だいぶ減るだろ?

バラキエル、守護天使たちに見張りのめいを」と

しばらく動向をみることになった。

何かあれば、守護天使たちから報告が入る。


ボティスが 守護天使たちに

「憑依されている者がいた場合、人間ではなく

中にいるゴーストやアヤカシを押さえろ」と

めいを出しているので、逃げられずに

対処も出来そうだ。


「屋内の人たちは?」


「これが済んだら、光で炙り。

天狗魔像も どこかにいるはずだ。

油断しないこと」


早速、守護天使から報告が入ったようで

マシュマロ飲んだミカエルが、コーヒー二つを

テーブルに置き「四郎」と 呼ぶ。


「二人で行くのか?」と

シェムハザが 眉根を寄せると

「禊雨の間は、防護円から出られないだろ?」と

答えて

「ファシエル」って、また ゾイを喚んでるしさ。


顕れたゾイに「守護を頼む」と 言うと

何かを言いたげに ミカエルを見上げた四郎と

二人で消えた。




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