62 泰河


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モレク儀式の山から、オレや朋樹の実家も含む

一の山の麓までの街の 地中霊道を、中心まで全部

閉じて 対処するのに、あれから 二日かかった。


夕方から 朝まで走り回り、昼間 寝る時は

一日は 貸し別荘に、もう 一日は 対処も終了したので、帰り道の方向の 朋樹の実家にお邪魔した。


さすがは伊弉諾尊いざなぎのみこと月夜見キミサマを祭っているだけあって、境内や朋樹の実家付近では 何も出なかったが、おじさん... 朋樹の父ちゃんに 聞いた話では

厄祓いの仕事が急増し

おじさんも、朋樹の兄ちゃんの透樹くんも

大忙しだったようだ。


オレらが寝てる間に、神社の社に月夜見が降りて

ミカエルやシェムハザと話していたらしく

榊と白尾も、幽世から 自分の里に降りている。


ようやく戻って来て、久々に ジェイドん家に居るけど、四郎が 学校から帰って来て、宿題を済ませたら、今夜から こっちの街の対処に移る。


「でもな、霊道を全部閉じても 三日で済んだから

あっち側は、ゴーストやアヤカシが 少なかったんだと思うぜ?」


リビングのソファーに座って、二個目のプリンを食いながら、ミカエルが言った。


ボティスは、里にいる榊に 会いに行き

シェムハザは、ハティたちと話し合い。

また夜から 合流する。


「マジかよ... 」

「天狗僧の行列や、集団霊を含めば

全部で、70や80くらい 対処してるぜ」


「“天魔” って 呼ばれる奴が使うのは

その程度なのかよ?

地上規模じゃなく、この国の規模なんだろうけど

天狗は、ルシフェルみたいなもんなんだろ?」


まぁ、ミカエルからすれば 小規模だよな...

天と地界で争いが起これば、地上時間で 何百年とか 何千年だ。

けど オレらは、こんな短期間で

これだけの数を熟したのは、初めてだったし

充分 やった気になっていた。

... とは 言っても、半分以上の件は

ミカエルたち移動速い班が 対処したんだけどさ。

オレらの方は、天狗僧や集団で出た霊を合わせて やっと 数だけなら同量に対処した、って 感じだ。


「肝心の 天狗魔像は居なかったしね... 」


キッチンからコーヒーを運びながら

ジェイドが 軽く息をついた。


そうなんだよな...

最初は、柘榴は強いから大丈夫だ と

信じるようにしていた オレらも

段々と 不安になってきていた。


師匠は、天狗と一緒に

何年も魔像に入っていても、融合していない。

でも、天狗に類する霊獣だと どうなんだろう?

柘榴は 神使じゃねぇから、神仏の加護もねぇしさ。


「じゃあさぁ、妖したちは こっち側か 別の場所に

集合させられてるってことー?」


「天狗が、ゴーストやアヤカシたちを使うなら

集合させてるとは限らないけどな。

天狗は蝗を呑んでいるから、目的は アバドンに準じて、俺等の力の分散と 泰河狙いだ。

一斉に、バラバラに動き出した方が

俺等が 対処に分散する... と 考えるだろ?

バラバラに潜ませている と推測してる」


「混乱を起こして、泰河を狙って来る?」


テーブルに置かれたコーヒーのカップを取って

ミカエルは ジェイドに頷いた。


「また、日本神に反感を持つ者たちを 蜂起させようとしてる。

天狗に この国を治めさせれば、キュベレが目覚める前に、もう アバドンの手中に収まったことになるからな。

でも、人間たちが祭るような神々に

天狗たちが 反逆するにしても

朋樹ん家のように、神社は なかなか侵せないし

タカマガハラやカクリヨにも、そうそう入れない。

それなら、この国の 一部である人間や 神使を攻撃し続ければ、天狗に好きにさせないために 神々が降りる。地上に引っ張り出す気だ。

月夜見キミは、この国の神々を “善と悪ではない” と言ってた。

それなら、神々と入れ変わった 天狗たちが国を統治しても、他神界からは注視されない」


天狗が統治すれば、人心も闇靄に侵されていく。

“瞋”... 怒りによる争いが起こるんじゃないか? と

推測出来る。

更に、鏡影や虚霧による自死や

人が人を傷付けることで、失われる生命の魂は

幽世に向かわず

天狗の上にいる アバドンに取られる。


大学の屋上で、虚霧が憑いた人のことを思い出した。

その時に、スマホで撮影しようとしていたヤツが いたことや、“嘘ぉ” と 少し楽しむような声も。

争いは、簡単に起こるだろう。


「どうするんだよ?」


月夜見キミやスサは降りちまってるけど

他の日本神は、地上に降ろさないこと。

地上にいる日本神にも 近寄らせない。

各々おのおのの神域から出さず、人心の守護」


「こっち側に野良は出てないのか?」


「山神たちが対処してる。

獣のマガタマは、月夜見キミが渡してるんだろ?

山神たちには、闇靄が染み入らないらしい。

バラキエルが言ってた」


獣の勾玉は、六山の長たちが持つ

翡翠色の小さな勾玉だ。

靄から護るってことは 知らなかった。

月夜見キミサマ、素知らぬ顔してるけど

霊獣たちを大切にしてるんだよな...


「害の無い妖怪たちは?」と、心配そうに

ジェイドが聞くと

「俺等が向こう側に居た この三日で

四の山のキャンプ場に退避させて、月夜見が結界を張った」


玄関のドアを開く音がして

「ただ今 帰りました」と

制服姿の四郎が リビングに顔を覗かせた。

ソファーや床に居るオレらを見て、明るい顔になる。

向こう側の街の対処をしてた 昨日までは

学校が終わって、ここに着替えに戻っても

四郎は、ミカエルと二人だったし

こうして みんなが居るのが嬉しいようだ。


「四郎」「おかーり」

「手を洗って。プリンがあるよ」


「おお、今日いただいた でさあと は

桃のパイでしたのに... 」


さっき、ミカエルが食ってたプリンは

ゾイが 差し入れに持って来てくれた。

すぐ帰っちまったけどさ。


「マジかぁ」

「けど、プリンはミカエルが好きだからさ」


オレらも食ったけど、ミカエルには 二個あった。

エステルを頭に乗せたゾイは、はにかんでたし

いつも通りには見えた。


「飲み物は 牛乳?」と 朋樹が聞く間に

四郎は、ミカエルに眼をやっていて

ミカエルが気付くと、パッと 朋樹に向き

「はい! 牛乳で お願い致します。

制服を掛け、手を清めて参ります」と

カバンとリュックを持って、階段を駆け昇って行く。元気だよな。こっちまで明るい気分になる。


制服から、半袖シャツと膝下丈のカーゴパンツに穿き替えた四郎は

制服のワイシャツと 学校指定の靴下を、洗面所のカゴに入れ、手を洗って戻り

ルカが「座れよー」と 退いたソファーに座った。


「いただきます」と プリン食いながら

ミカエルに「今日も、ゾイを守護に喚ばれるのでしょうか?」と、さり気ない調子で聞く。


「うん。今日から こっち側の霊道を閉じるからな。また 忙しいだろうし」


ミカエルは、向こう側の対処をする間も

沙耶ちゃんの店が終わる時間までは

オレらと バラけずに居て

店が終わる時間になると、ゾイを喚び

シェムハザと四郎を連れて 対処しに向かっていた。


もし ゾイが、柘榴と入れ替わるために

犠牲を志願していたら... と 考えたオレらは

それを 阻止する気でいる。

“天使なら、中にいる天狗とは反発して

融合されない可能性が高い”... と

考えたのだとしても、オレらはイヤだ。


ゾイは 自分のために、他の誰かが犠牲になることは 望まない。天使的な思考だしさ。

次々に誰かと入れ替わっても、今と状況は変わらねぇし。

なら、その後は どういうつもりだ? と 考えて

“そのまま、魔像を破壊することになったら... ?”

と、イヤな推測に辿り着いた。


なら どうする?... となって、まず

“魔像が見つかっても、ゾイを近寄らせない”。


この防止策について、四郎が言ったのは

“手を取るのです” だった。シンプルだよな。

けど、消えられないオレらの方が 手を取ることで

移動を制約するらしい。

つまり、オレらに掴まって消えられない ってことだ。


そして、ゾイが取り込まれようとするより先に

柘榴を 取り出しちまうこと。

これは、あの獣を喚ぶしかない。


融合されていなければ、救出することは出来るだろう。ただし、そこからが賭けになる。

獣に、柘榴を読み込ませないようにすること だ。

柘榴は、死んだことがない。

獣が読み込めば、柘榴の身が安全とは限らないからだ。


これには最初、四郎が

“私が、救出されました柘榴の前に立ちます” とか言った。“蘇りで御座いますので” と。

オレらは 盛大に反対し、オレが 柘榴を庇い込み

“読むな” と 意志を伝えることにする。

獣と繋がりのあるオレなら、多分 害も無い。


「気になるのか?」と、聞く ミカエルに

四郎は「はい。ゾイは女性でありますので」と

上手く答えた。まだ16歳にして、賢いよな...


「うん。何かあっても、俺が 必ず護る」


四郎に答えた ミカエルは

「ファシエルが危ない時は、俺の名を喚ぶこと」と、オレらにも言った。


ミカエルが、本心で言ってるのは分かるし

オレらや四郎を 安心させるような答えだ。


「おう」「わかった」って 返事したけどさ

やっぱり、何か引っ掛かる。


ミカエルの眼を見て「はい」と 返した四郎は

牛乳を 一気飲みして、キッチンに コップや

プリンが入っていた 空瓶を運び

「では、宿題を済ませて参ります」と

また 階段を駆け上がって行く。

元気だけど、騒がしくねぇのが 不思議だ。


ちょっと覗いてみようかと、二階に上がって

四郎の部屋へ行ってみた。


ノックすると「どうぞ」と 言われて

ドアを開ける。


この部屋は、この教会の前神父の書斎だった。

オレは、ほとんど入ったことがなくて

元々 どんな部屋だったのか、よく知らねぇけど

カーテンは水色になっていて、寝具は紺色。

寒色が多くても、壁紙の色が古びたベージュのせいか、冷たい感じがしない。

前に スマホ画像で見せてもらったように

大人びた落ち着いた部屋で、四郎に似合っていると思った。


制服を大切にしているようで

最初に着ていた 羽織や袴の隣に、きちっと掛けてある。感心するぜ。


「いい部屋だな」


本棚を背に、古く でかい机に 問題集を広げ

ノートに 水色のシャープペンを走らせる四郎は

オレに眼を上げて、ニコッと笑った。


... にしても、すげぇ勢いで解いていくよな。

頭の回転に、書く動作が 追いついてない感じだ。


問題集とノートが 噛み合うように閉じた四郎は

漢字辞書を開き出した。

途中に貼ってある小さな付箋は 一枚だ。

上から下まで、流すように視線を動かしていっては、ページを繰って また眼で文字を追う。


ベッドに座って、しばらく見学していたが

1ページ 1分掛かってねぇし

つい「四郎、今 何してんの?」と 聞くと

「旧字体で覚えてしまっておりますので、

新字体の確認をしているのです。

大まかには、書き損じは無くなりましたが... 」って ことだ。


「意味自体も少し変わったものも御座いますね。

“虫” は、蜥蜴の類に使っておりましたが... 」と

眼を動かし続けている。そうなのか...


「それで、意味の違いまで 覚えちまうのか?」

「はい。掛け離れた意味となったものは 少ないですし、漢字自体には 馴染みが御座います。

簡略化されたものが 殆どですので」


すげぇ。神童とは何かを 目の当たりにしたぜ。


四郎は、さっき貼っていた付箋を

しおりのように ページに挟んだ。


「それ もう、貼れねぇんじゃねぇの?」


「次は どこからであるか、分かれば良いのです。

一応、ぺえじ数は暗記しておりますが

人の記憶は、曖昧に御座いますので」


へぇ... 間違えなさそうだけどな...

でも、物を無駄にしないところに 好感が湧くし

見習うべきだよな と、反省もする。


ふう、と ため息をついた 四郎は

「学習などは、このように為せば成るのですが

皆、音楽や漫画とやらの話をしておるのです。

涼二に 少しずつ習うておるのですが... 」と

会話上で苦労しているようだ。

話を振られると、涼二が『おれと同じで... 』と

誤魔化してくれているらしい。


「落ち着いたら、うちにあるマンガ持って来るからさ。誰でも知ってるような 有名作もあるし。

高校生が聞くような音楽は 分からねぇけど、

涼二が勧めるやつを 動画検索するといいかもな」


「はい」と 頷いた四郎は、ホッとした顔をした。

まだ いろいろ不安なんだろうな...


問題集とノート、ペンケースをカバンに

漢字辞書を本棚に仕舞った四郎は

充電していたモバイルバッテリーに スマホを繋げ

リュックに仕舞うと

仕事道具入れをベルトに付けた。


「本来でありますれば、祈りに使うもので御座いますが... 」と、カバンから出したロザリオは

リュックのポケットに仕舞う。


「ああ、ジェイドは すぐ失くしちまうから

別の数珠つけて、首から下げることにしてるみたいなんだよな。仕事で よく破壊もするしさ。

祈り用は、朗読台の引き出しに入ってるぜ」


四郎は、ちょっと無言になったが

「一切はくう、形あるものは 無常にあります故... 」と、かなりの無理をして 気を取り直し

ロザリオを取り出して 首に掛けると

ハンドブック版の聖書も リュックに仕舞った。


だいたい ジェイドは、シェムハザが “息子”っていうし、皇帝の お気に入りだ。

腕やら胸やら背中やらの 派手なタトゥも

ぎったのだろう。

けど ジェイドには、四郎の付箋を見せて

物の扱いを 反省させようと思う。


「リュックさ、いつも持ってるよな。

他には 何を入れてるんだ?」


天鵞絨びろうどのマントと コンフェイトで御座います。

では、参りましょうか?」と、オレを見上げて

笑った。


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