50 泰河


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半袖のワイシャツに、ベージュのサマーベスト。

チャコールグレーのスラックス。


高校の制服を着た 四郎は

シェムハザが取り寄せた 朝飯のクロワッサンと

ブイヤベース、白身魚とポテトのフリット

焼きトマトとチーズ食って

歯を磨き、臙脂えんじに 細い水色のラインが入った

ネクタイを結んでいる。


「似合ってるじゃねぇか」と 言ったら

照れ笑いした。

けど オレの方が、ちょっと緊張してるぜ。


「ブレザーは グレーだったよな。

でも もう、暑いしな」

「そー。女子は下が、チャコールグレーの

チェックのスカートー」


前に、ルカの妹の学校で 仕事した時は

半分くらいの子たちは、それぞれの部活のジャージとかだったけど、半分くらいは制服で

着崩して着てる子は 全くいなかったし

女子のスカート丈も、ピシッと 膝丈だった。


その時は、“すげぇ厳しいんだな... ” と 思ったけど

今は、それでいい。と 強く思う。

今日から四郎が、学校へ通う。


「ふむ。大変に 格好良くある」


笑顔で 四郎の前に立った榊は、四郎を見上げた。


「おっ」「背が伸びたな?」


ボティスとシェムハザが言って

「おお!」「マジで?!」と

オレらも 群がってみると、四郎は

「睡眠中に、腰や膝などに痛みがありました」と嬉しそうに言う。

榊との身長差を見ると、160センチくらいだろう。

急激に骨が伸びる時って 痛ぇんだよな。


「食事等も、贅沢な程 いただいておりますので... 」


昔のことを 思い出してるみたいだ。

今は、食いきれずに棄てる っていう

おかしい時代だもんな...


「ふむ。良いのじゃ。無常である故」


榊が言うと、四郎は「はい」と

しっかり頷いた。


榊が生まれたのは 江戸時代だ。

世の中が変わっていった様子を知っている榊が

世は移ろう と 言ったことで

四郎も、ゆっくり現在の現実を 受け入れようとしているようだ。


「成長期だもんな」

「たくさん食べて、身体を動かさないと」


明るく言った 朋樹やジェイドにも

「はい!」と、快活に返事をした。


「おはよう」と

蝶馬のエステルを頭に乗せて 顕れたゾイが

ソファーで マシュマロコーヒーを飲むミカエルに

「... ございます」と 照れて続ける。


「うん。おはよう、ファシエル」


笑顔のミカエルに「あの、お昼に... 」と

弁当が入った保冷バッグを渡すと、四郎にも

「放課後は、おやつを持って行くからね」と

保冷バッグを渡す。

ミカエルの方が、オマケ弁当のハズ なんだよな?


「ゾイ、ありがとうございます」

「うん、すごく嬉しい」


ミカエルは、“なー” って 四郎とニコニコして

「はい」って ゾイの頬を染めた。


ミカエルの向かいに座った 榊が

隣で コーヒーを飲むボティスを ちらっと見て、

ボティスの向かいに座る シェムハザが

それに気付いて、口元にカップを運んで隠している。榊、分かりやすいよな。かわいいけどさ。


サブバッグのリュックに、四郎が弁当を仕舞う間も、オレらは そわそわして

「忘れ物とか 無いー?」とか

「スマホ、充電してるよな?」とか

「何か困ったことがあったら、すぐに連絡するか

ミカエルやシェムハザを喚ぶんだよ」とか

「これ、学校用財布。小遣いとは別な。

飲み物と間食は、ここから出すこと」とか

立ったまま うるさく言って

「お前等が 落ち着け」と、ボティスにさとされる。


「はい。してあります。ありがとうございます。

大丈夫です」と 律儀に答えた四郎は

いよいよ リュックを背負って、カバンを持ち

「それでは、行って参ります」と

玄関に向かった。


「四郎」「もう行くのか?」


「はい。途中で 涼二と、待ち合わせておりますので... 」


ジェイドが、玄関の壁に掛かった 自転車の鍵を

夏用の黒いスリッポンのような指定靴を履いた

四郎に渡すと、もう 一度

「兄様方、行って参ります」と 笑顔で

意気揚々と 玄関を出た。


閉まりかけたドアを開けて

「おう、行って来い」「気を付けてな」と

結局、玄関の外に出る。


朝の柔らかな日差しの下に見る四郎には

爽やかな透明感があった。

けど どこか、古風で品を感じる雰囲気もある。

“これから” というような 希望のようなものと

移ろい過ぎた 遠い過去にしか ないようなものだ。


自転車のカゴに、縦にしたカバンの 一角を

斜めに突っ込んだ四郎は、オレらに手を振って

自転車に乗って、とうとう行っちまった。


「むう... 」


オレらの後ろにいて、手を振れなかった榊は

人化けを解くと「ちぃと 散歩して参る故」と

自分に神隠しを掛けた。学校まで 見送る気だな...

何故か 止める気がしねぇ。


「仕方ないな」と、シェムハザがソファーを立ち

ボティスに「悪いな」と 言われている。

目眩めくらしして、榊の方を追うようだ。


リビングに戻り

『おはよう。今日から四郎のこと 頼むぜ』と

リョウジにメッセージを送ると

すぐに『はい!!』と、笑顔の絵文字まで入った

返信があった。


「お前等、本当に落ち着けよ。

俺が後で 見て来てやるから」


隣にゾイを座らせて、もう 保冷バッグを開けてみている ミカエルも、“仕方ない” 風に言っているが

多分、自分が 気になるんだろう。

「俺、あいつの守護に任命されてるしな」って

言い訳 加えてるしさ。

テーブルの上で、弁当の蓋を開ける。


「おお!」「すげー!!」


ゾイが作った弁当は、すげぇ美味そうだった。


鶏唐揚げと豚ヒレのソテーという 二大メインに

ほうれん草入り出汁巻き卵、アスパラベーコン、パプリカ二色のマリネ、ブロッコリー、プチトマト。

飯の上には、海苔が 芸術的に飾り切りしてある。

蝶羽を羽ばたかせて駆ける エステルだ。

間には 昆布の佃煮をサンドしてあるらしい。


「もっと派手に、キャラ弁ってやつにしちまうんじゃないか... って 心配してたぜ」と 朋樹が言うと

「うん。沙耶夏に相談してみたら

“男の子だから、やめた方がいいわ” って

教えてくれたから。

四郎のお弁当の海苔は、市松模様にしたよ。

梅干しも入ってるけど... 」と 答えている。

やるつもりだったのか...


「エステル、見ろよ。お前が居るぜ?

綺麗だし 美味うまそうだよな。食べていい?」


ブロンドの眉や睫毛が輝いて見える程

満面の笑みの ミカエルが聞くと

ゾイは「あっ、はい... もちろん...

明日は 和風にしようと思ってます」と 答えた。


ボティスに「愛妻弁当というやつだな」と

ニヤッとされて、真っ赤になっている。

ルカは、相変わらず優しい顔だ。


「お水、持って来ますね」と、消えちまって

ミカエルが “あっ” って ツラになったけど

すぐに戻って来たので、また満面の笑みになる。


「しかしさぁ、何の沈黙なんだろ?」


ルカが「二個あるじゃん」と

弁当から 出汁巻きを抜き取って

ミカエルに 軽く睨まれながら言った。


二の山の麓近く、ポルターガイストの大蔵さんの家を出て、もう 三日経つ。


天狗魔像が出た日。

明け方 シェムハザに寝かされて、起きると昼下りだった。すっかり いつもの感じだ。


月夜見キミサマは スサさんを連れて、幽世かくりよに戻っていて

師匠も 天部の界へ戻っていた。

トビトは、しばらく三の山の里に 滞在するらしく

アコと浅黄が 送って行った。


オレらは、大蔵さんの家に もう 一泊したけど

まったく何も起こらず。


榊とボティスが、障涯に憑かれた文香さんの屋敷に お邪魔して、その後の様子を聞いてみると

文香さんは、胃に溜まった髪の毛の除去手術のため 入院したようだが、すっかり様子は戻り

家でも おかしいことは起こっていないようだ。


洋館には、ミカエルが 一人で見回りに行ったけど

まったく 何も居なかった。


天狗魔像捜しも しねぇとだし

どうするか? って 話し合って、ミカエルが

『また何か出ても困るから、霊道ってやつを閉じる』と 言い出した。


洋館から、池や 一の山との境と

大蔵さんの家付近に続いている 地中の道だ。


『スサが 可視化しただろ?

それで、道を認識した。息で 光を満たす』


分からねぇ。

道を すっかり無くしたりする訳じゃないらしい。


外に付いて行ってみると

ミカエルは、大蔵さん家の敷地の外の森で

スサさんが可視化した 霊道に

一度 立てた剣を 引き抜いて、そこに ふうっと

息を吹いた。

霊道の中に、淡い虹色の光が走って行く。


『簡単に言えば、範囲が限定的な魔除け』らしく

これで もう、悪魔だけでなく 霊や妖しも

この霊道には 入れねぇようだ。


大蔵さんの家には、朋樹が祓いをした後に

ミカエルが 加護を与えた。


タブレットで場所を確認しながら

仕掛けたカメラを回収して、

この家のあるじの大蔵さんに連絡すると、

執事っぼい貝沢さんと 一緒に来たので

ポルターガイスト動画を見てもらう。

鬼の黒風や 魔人の子たち、河童や猩々しょうじょうのトビト。本人たちは映ってないけどさ。


『霊の通り道のようなものが、この家の近くを通っていたことがわかりましたが、そちらも塞ぎました』と 報告して

『もしまた何か起こったら、連絡してください』と、姫様の鏡を持って 大蔵さん家を後にした。


沙耶ちゃんに、依頼の仕事は完了したことを

報告に行ったけど、その後は サッパリ仕事が入らず。


柘榴のことは、五つの山の長たちと

二の山の蛇里にも 使者を出して、報告はしてたけど、四の山キャンプ場で 六山会議になった。

会議には、月夜見とスサさんも降りた。


柘榴不在の二の山には、一の山の 現猫山の守護に就いていた銀砂という大蛇が、一時的に戻り

更に、鬼里から “副官の鬼” が 蛇里に入っているらしい。


『その、鬼里の鬼たちってさぁ

天狗側に加担する心配は ねーの?』


『銀蜘蛛も渡している。大丈夫だろ?』


ボティスがルカに 適当に返したけど

オレらは 何か不安だった。

カーペット引きの黒風ってヤツでも、かなり強そうだったのに、ぞろぞろ出て来られると困る。


『普段も大人しくしてるだろ?』


でもそれは、柘榴が居たからだ って言うしさ。

鬼を管理出来る柘榴って、何者なんだよ...

蛇神っていうか、ほぼ 龍神なんだろうけど。


『俺が 直接に話す』と、座を立つ スサさんに

『須佐様』『おとも いたします』と

浅黄と桃太が言い出した。


『桃、やめておけよ』

『そうだよ、無茶すんなよ』

『喰われるかもしれんぜ?』


浅黄は まだしも... と、オレらは 桃太を止めていたが『須佐様が居られて、危険はあるまい』と

真白爺が言うので、渋々黙る。


スサさんと浅黄は、幽世の扉に入って行ったが

人差し指で銀縁眼鏡を くいっ とやり

『では、これにて御免』と

手に印を組んで消えた 桃太は

四の山の森の木の上から、風呂敷のような何かを拡げて 飛び立った。

『お見事』と、四郎が 桃太を仰ぐ。


『ともかくも... 』『柘榴であるな... 』


霊獣たちも、しょっちゅう巻き込んじまうんだよな...  一の山の山神だった 亥神のこともある。

浅黄が モレクに憑かれたりもした。


『何処かに潜伏しておるもので あろうがの』

『何を 企んでいようか?』

『捜すしかあるまいが、こちらも 一層に

防護策なども 講じておらねば なるまいの』


『天狗魔像のニオイが分かりゃあな』


くやしそうに 史月が言うと

『母親の天逆毎姫様なら、鏡 割れば出て来るぜ。

親子だから、ニオイ似てんじゃねぇか?』と

朋樹が答えて

『止めよ』と 月夜見に止められた。


『だが、相手は 柘榴も取り入れた。

他の霊獣も その恐れはある』

『充分に注意して欲しい。

もし見つけても 近寄らず、すぐに報告を』


ボティスとシェムハザが言って

六山会議は終わったけど

見つけても、水竜巻になって逃げられる恐れが高い。どうやって 魔像から柘榴を出すか... だよな。


四の山から、ジェイドん家に戻って

『ゾイなら... 』って 朋樹が言ってみると

当然、ミカエルが『ダメだ』と 即答して、

『魔像は 地界や奈落などの “場所” とは違う。

もし ゾイが、朋樹が喚んでも戻れずに... 』と

シェムハザが言葉を濁す。


“融合したら”... と 続けるつもりだったんだろう。

式鬼でも、絶対に無い とは言い切れない。


融合する恐れがある ということは、榊や浅黄

霊獣たちには話していなかった。

不安が増すと思うからだ。


『なら、犬猿姫様かよ?』


ルカが言うと、ミカエルは

『それもダメだ。違う方法を探す』で、四郎も

『どなたであっても、犠牲にするということには

賛成出来かねます。

そのようにすれば、柘榴は どう感じましょう?

新しき世は、そのようなことの無き世のように

お見受けしております』... って 言うしさ。


『じゃあ、柘榴は どうするんだよ?』と

朋樹がムッとして、堂々巡りになる。


『姫様は 天狗の母親なんだし、一緒に入るのは

嫌じゃないんじゃないか?

その後、像だけを破壊するとして... 』と

ジェイドが 考えながら言ってみても

『像だけ破壊出来れば、柘榴が入ったままでも

悩むことはないだろ?』と、ミカエルが返す。


『誰も犠牲にならない っていうのは

理想論じゃないのか?』


朋樹が言うように、今までも犠牲者は出た。


『今だって、世界でも... 』


『存じております』


この 一言は、重かった。

四郎は、過去の 一揆勢の友たちのことや

自分が復活した時のことも 踏まえて言っているのが 分かったし、甘いのはオレたちの方だろう。


『まだまだ現代の事情には 通じておりませんが

にゅうす なども拝見しております。

異国の戦場いくさばにて、裸で泣き走る幼児おさなご等の写真も

拝見いたしました。

手の伸ばしようもなく、胸の詰まる想いに御座います。致し方無い現実ことも あるのでしょう。

ですが、理想を追っては なりませんか?』


水を打ったように、リビングが静まる。

体内を巡る 血を打たれたような気がした。

そうしなければ、この先も 何も変わらない。


『ごめん。そうだよな... 』


朋樹が 言葉尻を震わせると

天地てんち同根どうこん万物ばんぶつ一体いったい。仏教思想で御座いますが』と、頷いて笑った。


なので、それもまだ いい案は出ないままだけど

なんとか 方法を探したい。


「昼の弁当、四郎も嬉しいだろうな」


ボティスの隣に座った朋樹が、膝に頬杖着いて

ミカエルが食う様子を 見ながら言った。


「喜んでくれたらいいけど... 」と

ゾイが言って、ボティスが目元を緩める。


「ごめんな」


突然、自分を見て言った朋樹に

ゾイは 困惑しているが

「珈琲!」と、朋樹を立たせて

最後のパプリカを食い終えた ミカエルが笑った。


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