51 泰河


「ルカ、尾刀ビトウくんからの返信は?」


宅配ピザ食いながら、ジェイドが聞くと

「まだー」と ルカが答えた。


「やっぱり、昔の寺のこと知ってる人って

少ねぇのかもな... 」


テーブルのピザの箱が 一つ空くと、朋樹が

下に重ねた 次の箱を開く。

さっきのは マルゲリータだったが

今度は、鶏の照り焼きと茹で卵のピザだ。


ルカに注文させると、人数分のマルゲリータが届くので、今日は オレが注文した。

榊とシェムハザが まだ戻って来てねぇから

昼は もうピザにした。作るの 面倒だしさ。


「これは?」と 聞くジェイドに

「和風ピザ」と 答えて、添付の刻み海苔を掛ける。


「うん、美味い。

味が濃いけど、卵があるし」


ミカエルは 気に入ったようだが

ボティスは「ピザは もう要らん」と

サラダのカップを取った。

ピザは もう四枚目だもんな。


「その寺も、廃仏毀釈の時に潰されたんなら

記録など 残ってないだろ?

仏像や経巻が破壊される時に

記録を残す余裕など 無いとみえるがな。

元が 本山の寺などであれば、違うだろうが... 」


サラダ食いながら もっともに思えることを言う。


ポルターガイストの大蔵さん家を出る前に

ルカが、尾刀くんに連絡して

『寺のことを何か知ってる人って いる?』と

聞いていた。


その時は『さぁ... すぐには思いつかないですね』だったが、知ってそうな人を探してみてくれると言っていたようだ。


国から 神仏分離令が出たのは、1868年からだ。

明治時代。

すぐに廃寺にならず、それから 20年後や 30年後に廃寺になった寺だとしても

当時のことを知る人は いねぇだろうし

“どの宗派だったか” とか “本尊は” とかなんか

分からねぇかもな。


周囲には、他にも 廃寺になった寺もあっただろうし、僧侶たちは 還俗した。

記録が残っていなければ、情報も 混ざっちまったりして、錯綜してるだろうしさ。


... いや、例え

本尊が何だったか 分かったとしても

下手したら、魔像が 本尊だったとは限らねぇし。

本尊は 何とか、どこかへ移して

移しきれなかった脇侍の像を 埋めて隠した恐れもあるしさ。


埋められていた像が “怒りで魔像になった” って

ことを 考えても

覚りを得た釈迦如来じゃないんじゃねぇか? と

思うんだよな。

だって 怒ったら、覚ってなくねぇか?


仏像や仏画、位牌や墓でもだけど

開眼かいげん供養をする。

“魂入れ” とか “性根入れ” とか、いろんな言い方があるみたいだけどさ。


元々は、仏像を作る時

最後に 眼を描き込んでいたようだ。

眼を開くことで、木や石の像に

その仏の魂が入って 仏像に成る... と いうことらしいが、今は、制作段階で 眼も作ってあるから

開眼の法要... 儀式して、魂入れをする。


だから、外から何かが 仏像に “憑く” ってことは

出来ない。

仏像の方が、内から “取り込んだ” んだろう。


怒りで 道を外して 魔道に落ちるのは... と 考えるなら、六道にある 天部の神だ。

それなら 百歩譲って だけど、まだ解る。

六道を解脱してねぇから。


天部の神々は、元々は インド神話の神々だ。

仏教に帰依して、仏法を護る守護神になった。

ブラフマーの梵天、インドラの帝釈天、サラスヴァティの弁才天、クベーラの毘沙門天、ラクシュミーの吉祥天...  まだ かなりいる。

迦楼羅ガルダ阿修羅アスラも そうだ。


... 待てよ。

本尊として安置される 天部神もいるよな?

弁才天とか、毘沙門天とかさ。

廃仏毀釈前は、今より もっといたんじゃないか?

まぁ、それが分かったからって

魔像の前身が分からねぇと 意味ねぇけどさ。

モレク儀式の山の寺は、天部神が本尊だった寺 の

恐れもあるってことだ。


... と なると、狐女様の ダキニ天が浮上するけど

モレクの時に 榊がダキニ天を降ろしている。


ん? 不在の神を 探せばいいんじゃねぇか?

天道に居ない神。


「あのさ... 」


思い付いたことを 言ってみると


「だから、その考えでいくなら

最初に 大勢の人間の魂を 像に取り込んだ時点で、その神自身は 像から出てるだろ?」と

朋樹に返された。


「だいたい、“魂入れ” してあっても

その像だけに、“一尊全部” が入ってる訳じゃねぇんだろ? 力の作用が 入ってるんじゃないのか?

神の方からすれば “降りる場所” なんだろうし、

迦楼羅像に合掌して祈ることで

迦楼羅に念が届いて、信仰心を護られる... って

感じで。

廃仏毀釈の時は、どの天部神も 嘆いてるだろ?

自分のことだけじゃなくて

尊敬して帰依した 覚者の像や、その教えまで

破壊されてるんだからな」


うーん...  そうかもしれん...


「像に届いた 神の “嘆きの念” に

人間の魂が 引き寄せられたんじゃないのか?

だって 怒りは、破壊する人間に向くだろう?

像に 人間の魂が無数に取り込まれてから、

魔像になった... とも 考えられる。

人間は、神に何かを “与える” 側じゃなく

“求める” 側だから。

この時に 像は、“求める” ってことを覚えた... と

仮定するとして

次に、像の中から 助けを求めてたのは

“人間の魂” で、天使が それにこたえて入った。

その時に 像は、神力や 人間の魂だけでなく

“神自身を取り込む” ってことを覚えたんじゃないか?

つまり、像の神が 魔神になった訳じゃない。

天使が 像の内側から、人間の魂を解放した時

像の内部には、他の神は居なかったんだしね」


... と、ジェイドまで言った。


「うん。泰河の師匠の迦楼羅が、魔像を見て

元々、どの神々の像か 分からなかったんだから

“それぞれ 自分の像のことしか分かんねー” って

ことにも なるよなぁ。

元々、迦楼羅や阿修羅の像じゃなかった... って

ことは、分かってるんだからさぁ」


オレが考えている間に空になった ピザの箱を

片付けながら、ルカが言うと

「うん。俺も、他の天使像が どこにあるか

知らないぜ?」って、ミカエルが頷く。


「もちろん、父の像はない。

偶像崇拝を禁じてるからな。

教会で見る 十字架に着けられている聖子は

“受肉して 人間だった時の聖子” だ。

聖母は 人間だった。

あと、“御使い” の 天使たちの像もある。

俺の像が どこにあるのかは、一応 知ってるけど

他の天使の像は、そんなに把握してない」


そうだよな...

例えば、ガブリエル像に祈っても

その祈りは、ミカエルに届かねぇだろうし

天使像は、天使が置いた訳じゃなくて

地上の人間が 勝手に置いてるんだもんな...


おまけに「別に、像に祈らなくても

祈りは届くけど」って 言った。


けど 人間て、眼に見えるものが欲しいんだよな。

こころ... 内側にだけじゃなくてさ。


人と人が関わるように、神とも関わりたいのかもしれん。見えて触れられる 心の拠り所だ。

それで、形ある 像や絵を作っちまう。


聖父や聖子からすると、見えなくても触れられなくても、 “共にある” って ことだろうし

それを信じて欲しいんじゃねぇかな? って気がする。


像や絵は、いつか滅びる。

神の像が壊れたら 悲しいし

その神自体が やられちまった気になるしさ。


本来なら、見えて触れられる関わりは

人同士ですべきなんだろう。

そして、種の違う 動物や植物も慈しむ。


神は、人の手で造れない。だから 滅びない。

不変で不滅だ。神から人への愛も。

それを 教えるためにも

聖父は、偶像を禁止したのかもしれねぇよな。


「ならさ、元が 何の像だったのか が 分かっても

もう 意味は無い... ってことに なるよな?」


じゃあ、寺の情報も 要らねぇな。

尾刀くんにも

『もう情報は大丈夫。けど、ありがとう』って

連絡しねぇと...


ひとり 頭ん中で納得して、チキン食いながら言うと「いや、そうでもない」と

ボティスが 赤黒のピアスをはじいた。


「像は、“その神として” 作られている。

分かりやすく例えれば だ、

ミカエル像 は “ミカエルとして” 作られている。

他神の像でなければ、像に降りられる。

ミカエルなら、ガブリエル像や ラファエル像でなく、“ミカエル像” に 降りられるだろ?

自分の像の権利は、自分にあるからな」


そうか...  今は、信仰とは 別の話だったな。


「元々の神に、像に降りてもらう... ってこと?」と 聞いたルカに、ボティスが頷いた。


「この場合なら、“自分の像に降りるだけ” だ。

像に “取り込まれる” ということはない。

当然の権利として、他神を追放出来る」


本来、“ミカエル像” なのに

他天使どころか、皇帝でも 月夜見キミサマでも、誰でも

降りれたら困るもんな...

特に 日本の仏像なら、安置の時に 魂入れする。

迦楼羅天像なら、師匠の迦楼羅と繋がって

師匠が権限を持つ像 になる。


「なら、像の元々の神に 降りてもらって

柘榴を出してもらう... ってことー?」


「そういうことだ。珈琲」


ボティスに言われて、ジェイドが

キッチンへ向かうために ソファーを立つ。


「その神は、中に居る天狗に

融合されないのかよ?」


デザートのエッグタルトを食いながら

ミカエルが聞くと

「天狗も追い出させりゃあいいだろ?」と

ボティスは、空のサラダカップを

オレに渡して言った。


「迦楼羅の例によると、融合されるまで

時間の猶予はある。

“天部神” は、仏教の “護法神” というやつだ。

魔道に堕ちた天狗や 魔縁の類とは 相容れん。

融合しようと仕掛けても、反発が起こる。

すぐに 融合は出来んということだ」


また “ミカエル像” で 例えるなら

ミカエル像は、“元の天部神の像” だ。

これに 皇帝... “天狗” が 入っているとする。


他の悪魔... “凶神呪骨” や、妖しの類 なら

皇帝に吸収されちまうけど

他天使... “迦楼羅天” なら

皇帝に 吸収されまい と抵抗する。


ミカエル自身なら、自分の像の中に居る皇帝に

『俺の像だろ? 出ろよ』って 命じられるし

吸収しようと仕掛けても『ふざけんなよ?』と

蹴り出そうとするだろう。または 秤に剣。


「柘榴は、急いだ方が いいだろうがな」

「だよなぁ...

柘榴は、天狗側に類するかもだし」


「像の元の神が、柘榴も天狗も 追い出せたら

それで像も、元の像に戻るのかよ?

一度 “魔像” に なってるのに」


「中身が本人なら、戻るんじゃないのか?」

「まぁ、供養は 必要かもな」


キッチンから コーヒーの匂いがしてきて

ルカが カップを運ぶ手伝いに、床を立った。


「魔像の元の神も 何とか調べるとして

今、魔像が どうしてるかだよな」


テーブルの上の タルトの空き箱やカップを

ゴミ袋に入れながら、朋樹が言う。


仕事も全く入らねぇしさ。

姫様が 鏡の中に居て、妖しを産んでないから... に しても、静か過ぎる。


姫様が洋館で産んだっていう、頭と腕だけの

一つ眼 青猿たちも、全部 退治したんだろうか?

オレらは、ドワーフ像に入ってた 一匹を見た。

大蔵さん家の庭には、わらわら出たらしいけど。


両手に コーヒーカップの柄を 二つずつ持って

ジェイドが キッチンから戻って来た。

ルカは、トレイに ビスコッティの皿と

カップ二つだ。


で、ジェイドが 何気なく

「魔像や青猿は、地中を移動するようだしね」と

テーブルにカップを置き

オレは 軽い衝撃を受けて、ジェイドを凝視した。


それ、早く 言ってくれよ...


「そうだ... 」「霊道ってやつか?」


ミカエルとボティスが、ゲンナリした顔で

カップに ビスコッティを入れた。

ルカも朋樹も “おお... ” と、片や 眼を閉じ

片や 遠い眼になってやがる。


ミカエルの隣に座ったジェイドは

「分かってる前提で 話しているんだと思ってた。

だって、スサさんが可視化したし

ミカエルは 光で除けただろう?」と

逆に呆れ顔だ。


「まだ 柘榴を出す方法の案も出ていなかったし

可視化すれば、天狗たちにもバレてしまう。

刺激しないようにしているのかと思ったんだ。

見つけても、まだ何も出来ない状態だし

今は、向こうも大人しくしてるからね」


「... けど 霊道は、地中とは限らないぜ」


気を取り直して 言ってみたけど

「地上にいなけりゃ 地中だろ」と

ボティスが 眉間にシワを寄せて、ビスコッティを噛じった。


「でも 霊道ってやつは、俺等には 見えないしな。

スサが可視化すると、地中にいる奴等は

スサの神力に気付くだろ?」


「朋樹の呪の蔓なら 入れたじゃないか」


またジェイドに答えられて

ミカエルも「うん」と、ビスコッティを口に運ぶ。


「オレの蔓だと、距離に限界あるぜ。

何方向にも伸ばせねぇし、街中 山中はムリ」と

言った朋樹にも

「蔓は、月夜見キミサマも白尾も伸ばせただろう?

地中を探す時は、二人にも頼めばいいんじゃないか?」だしな。朋樹もビスコッティだ。


「うん! じゃあ、とりあえず

像の 元の神のこと 調べねーと!」


仕切り直そうと 明るく言うルカに、ジェイドが

「ルカ、おまえ」と

何かに気付いたような 眼を向けた。


「寺の跡地に残っている思念を読んだりは 出来ないのか?

もし 読めれば、幾らかは

像の元の神の 見当が付くんじゃないか?」


ルカは「あっ」って なりやがったし

もう オレも、ビスコッティだな。

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