48 ルカ


「印、あったか?」


まだ マドレーヌ食いながら、泰河が聞いた。


「うーん... 」


天の筆持った オレの目の前にいるのは スサさんで、呪詛が掛かってる 胸や腕を探してるとこ。

近くでは、アコとトビトが 花札しながら

この辺りの 妖し事情とかについて話してる。


月夜見キミサマ、呪詛解きしてもらえないんすか?」


なんか不服そな感じで 朋樹が言ってみてて

不遜に感じたらしい 榊と浅黄が

「むっ、これ」「朋樹」って 嗜めてるけど

「どうにも、呪詛のあとが見えぬのだ」って

月夜見は 普通に答えた。


「人の掛けた呪詛であれば 矢で射り解けるが

凶神や呪骨などは、神の類であるからな。

俺の領分ではなく、直毘なおび等の領分かも分からぬ」


「しかし、禍津日まがつひ等の わざわいでも無かろう」


オレ、この辺りは

朋樹に “読んどけ” って言われて

日本書紀 読んだんだよなー。


確か、イザナギさんが イザナミに会いに行って

逃げ帰って、禊した時に 生まれた神で

八十禍津日神やそまがつひのかみ大禍津日神おほまがつひのかみが、わざわいを起こす神。


けど、神直毘神かみなほびのかみ大直毘神おほなほびのかみっていう

そのわざわいを直す神も生まれてる。

古事記では、更に 伊豆能売いずのめっていう

女神にょしんも 生まれてるみたいだけど。


この、禍津日神さんたちの禍じゃねーから

直毘神さんたちでも ねーんじゃね?... って 話。


「じゃあ、誰の領分なんだよ?

スサ、また お前が操られたら困るぜ?

浅黄って、スサ 押さえられんのかよ?」


マシュマロ食いながら ミカエルが聞いたら

「無理じゃ」って 浅黄が半笑いで即答する。


「我が国の神等も無理であろうな」って

月夜見も マシュマロ摘んでみてる。

「甘く御座います」って 四郎に教えてもらって

食ってみて

「スサ。餅や白玉と違う」とか 勧めてるし。

オレ、日本神の人たちって、ちょっとニガテだったんだけど、意外と 取っ付きにくくないのかも。


「なら、お前が操作されたら

また 俺が押さえることになるんだろ?」って

ミカエルが言って

四郎が スサさんに マシュマロを渡した。


「いや、それは困る」

「アバドンが 好機と見て、奈落の天使たちを

差し向けることも考えられるからな」


配下を使って、柘榴のことを 五山に通達させてた

ボティスと

どこに 天空霊や天空精霊を配置するかを、ジェイドと話してた シェムハザが 眉をしかめる。


「事が済むまで、根国か幽世にるか?」


月夜見が聞くと、スサさんは

「大っぴらに 腕を奮う機会であろう?」って

つまらなそうな顔になった。参戦したいらしい。


「異国の。お前は、呪詛解きなどは せぬのか?」


「そういうのは 俺じゃないんだよ。父か聖子。

ラファエルなら 解けるかもしれないけど

だいたい、父やラファエルが 何かしたら 焼かれちまうと思うぜ? 異教神だし」


あっ、そうだった。忘れてたぜー。


「ならば、ジェイドの呪詛は解けようよ。

人であるからの」


「うん、そうだな。じゃあ、シロウ」


「えっ、ミカエルが “聖子イース” って

頼むんじゃねぇの?」


泰河は 疑問みたいだけど、天は “見守る” って

スタンスだし、天使や悪魔が掛けた呪詛じゃねーもんな...


案の定

「いや。呪詛解きは 悪魔祓いになるし

俺は天使なんだぜ? 癒やしや加護以外になると

使命がない限り、人間に干渉出来ないんだ。

“癒やしなさい” って、父や聖子から ラファエルが降ろされることがあっても、天使の方から

“この羊飼いを癒やしてくれ” とは 頼めない。

人間の方から、力を借りるなら別だけど」って

説明してる。


「ただ、病になって 苦しんだりしてる訳じゃないし、この呪詛は 催眠に近いと思う。

“悪魔憑き” って 見做みなされない恐れもある」


「うん。実際、“憑かれてる” とか “呪いを受けた” って 感じもしないし、難しいかもしれない」


ジェイド本人も言ってるけど、下手すると 呪詛じゃねー かも。だって、印 見えねーし。


「ミカエルの加護付いてて、呪詛に掛かるってのもさぁ... 」って 口挟んでみたら

「うん、天魔術じゃないのにな」って、隣から

ミカエルも スサさんの腕や胸を観察する。


「だが、何らかの術ではあるだろ?

マガツビに触れた者だけが、“憎い” と 言われ

ドヴェーシャ” と、操作される」


「そうだな。対象の耳に入るよう

言わねばならんようだが... 」


「ほぼ 催眠だよなー」

「悪魔側の術じゃねぇの?」


「“ドヴェーシャ” と、操られる時のみ

印が 表れるのでは... ?」


少し 気分を持ち直した榊が、また 取り寄せてもらった シュークリームを片手に言うと

みんな、“ええー... ” って なった。でも 有り得る...


「とりあえず、シロウ」って ミカエルに言われて

リビングの床に シェムハザが防護円を敷く。

ミカエルもいるし、自分と 月夜見やスサさん、

榊と浅黄、アコやトビトの下に敷いて、

防護円の外、バルコニーの近くに立った ジェイドを、四郎が 向き合って見上げる。


「どう?」って 聞くジェイドと、40センチくらい 身長差あるし、大人と子供って感じ。


「内には何も無いように見えますが... 」って

首を傾げた四郎は、聖油の小瓶を出して 指に付けると、腕を伸ばして ジェイドの額に十字を書いた。


「... “主よ、あなたは わたしの魂を陰府からひきあげ、墓に下る者のうちから、

わたしを生き返らせてくださいました。

主の聖徒よ、主を ほめうたい、

その聖なる み名に感謝せよ。

その怒りは ただつかのまで、

その恵みは いのちのかぎり長いからである。

夜は よもすがら泣きかなしんでも、

朝と共に 喜びが来る”... 」


ダビデの詩篇だ。30章3節から5節。

四郎の 天に対する気持ちでも あるのかもなー。

ジェイドの右手の甲にも 聖油で十字を書き、

聖水を振る。


「... “わたしは安らかな時に言った、

『わたしは決して動かされることはない』と。

主よ、あなたは恵みをもって、

わたしを ゆるがない山のように堅くされました。

あなたが み顔をかくされたので、

わたしは おじ惑いました。

主よ、わたしは あなたに呼ばわりました。

ひたすら主に請い願いました、

『わたしが墓に下るならば、

わたしの死に なんの益があるでしょうか。

ちりは あなたをほめたたえるでしょうか。

あなたのまことを のべ伝えるでしょうか。

主よ、聞いてください、

わたしを あわれんでください。

主よ、わたしの助けとなってください』と。

あなたは わたしのために、嘆きを踊りにかえ、

荒布を解き、喜びをわたしの帯とされました。

これは わたしの魂が あなたをほめたたえて、

口をつぐむことのないためです。

わが神、主よ、

わたしはとこしえに あなたに感謝します”... 」


続く 12節までを読むと、四郎の背後に立ったミカエルが、四郎の肩に片手を置いて

四郎が ジェイドの右手を取った。


「主ゼズの 御名みなもとに、汝ジェイドに巣食う

天狗凶神の悪息よ、光のもとに “きよくなれ”」


けど、お互い 見合ったまま

ジェイドも四郎も 沈黙してるし。


「うーん... 」

「見た目には、何も起こってねぇよな?」


「ジェイド、どうなんだ?」


朋樹が聞くと、ジェイドは「さぁ... 」って

アッシュブロンドの髪の頭を傾げた。

「特に、手応えなどは 御座いません」って

四郎も “うーん... ” って 感じだ。


「呪が消えたのかどうか、確かめようも無いしな」


「ルカ、印は?」って ミカエルに言われて

スサさんに会釈して 見に行ったけど

ジェイドの額にも手にも、念のため見た胸にも

印は 何もねーし。うなじや背中も なし。


四郎が ジェイドの腕や胸を、マジマジと見てる。

そっか。タトゥ入ってんの 知らなかったんだもんなぁ。 ジェイドが見てるのに 気付くと

イケナイ物を見た風に 眼を反らした。


ジェイドは「アートだよ」って 言ってて

「見たことは御座いますが、神父パードレも...

時代が変わったのですね... 」って

なんか 葛藤してるっぼくも見える。

うん。四郎、ごめんなぁ。


「術は、天に 悪と見做されてない」 

「あとは どうする?」


「禊祓い?」


朋樹が言うと「穢れであればの」って

月夜見が答えてる。穢れ って、血とか死?

どうも違うっぽい。


「柘榴が居るから、呪詛返しも出来ねぇしな... 」

考え込む朋樹に「そう。魔術も返せん」って

ボティスやシェムハザも頷いた。


「瞋恚 って言ってるんだしさ

穢れとは 違うんじゃねぇの?」と

シュークリーム食いながら 泰河が言った。


「じゃあ、何だよ?」と、朋樹が返すと

朋樹にも シュークリーム渡してる。

朋樹、サクサク進まないと イラついてくるんだよなぁ。割と せっかちだからさぁ。


「煩悩でしょうか?」


四郎が言ったら、泰河が “それ” って風に

人差し指と眼ぇ向けて、四郎の分のシュークリームも 皿から持って来る。


「泰河、オレもー」「僕も」って

ジェイドと言ったら

「ダイニングで テーブルに着いて食べろ」って

シェムハザに怒られた。行儀悪ぃもんなー。


「煩悩ってさぁ、“火を消す” とか?」

「修行するのか? 瞑想や座禅?」

「心経でしょうか?

ですが、御自身の煩悩では 御座いませんね... 」


シェムハザに コーヒーのお代わりも貰って

リビング続きのダイニングで、泰河の隣に座る。


向かいに ジェイドと朋樹、今は、四郎もいるけど

こうやって オレらだけで同じテーブルに着くと

やっと、いつもに戻った って感じがした。


「修行とか やってる時間ねーんじゃねーのー?」

「須佐之男命は、なりませんでしょう?」


「僕は、興味あるけど」って言う

ジェイド 無視して、朋樹が

「煩悩や厄なら、護摩供養になんのか?」って

泰河に聞くと「だよな?」って 顎ヒゲ触って

首傾げた。聞き返したぜ。頼りねーし。

けど泰河は、別に僧侶とかじゃねーしなぁ...


「“一切はくう” とかって、解く訳じゃねーんだ」

「本人が 修行してたら、それも出来るんじゃねぇの?」


あっ、そっかぁ...


「泰河。お前、護摩供養 出来んの?」

「全然ムリ」


だよなぁ。


「じゃあ、そーいうのやってくれる寺に行くのかよ?」

「ですが、須佐之男命やトビト殿は... 」


「いや、オレは出来ないけどさ」って

泰河は おもむろに「師匠。いや、迦楼羅ガルダ」って

自分の師匠を喚んだ。


「何だ?」


オカッパ頭の耳に ゴールドの でかいリング。

裸の上半身に、白いトーガのような布を

腕や 赤い翼の下に、風で取り巻くように纏ってる。下は 黒のハーレムパンツで、艶々の赤い布をベルトのように 腰に巻いて結び

足元は、ゴールドのアンクレットとサンダル。

アラビアンっぽいよなぁ。派手だぜー。

インド神なのにさぁ。


「天狗の魔像が出たんすけど」


「何? そういったことは、早く言え。

出た時に、何故 喚ばん?」


ムスッとした迦楼羅が、リビングのボティスたちの方にも その顔を向けると

「すまん」「まだ慣れん」って 謝まってて

榊がグラス、浅黄がワインのボトルを持って来る。


泰河も オレらも「すみません」って 謝って

「で、ドヴェーシャって 催眠みたいな呪詛が... 」って

説明したら

「うむ... 」って、榊から受け取ったグラスで

ワイン飲んで

ジェイドに 右手を見せるように言った。


シューニャ


迦楼羅が ひとこと言うと、ジェイドの右手から

ふわっと 金のほのおが優雅に上がり

それが すうっと迦楼羅の口に吸い込まれた。


「えっ? 何したんすか?」って 聞いたら

泰河と四郎が

「師匠は、“煩悩を喰う” って言われてんだよな」

「不動明王尊の背にも居られますね」って

簡単に説明をする。


“明王” っていうのは、大日如来の化身らしくて

密教にしかいない。

密教の教えを聞こうとしないヤツを教化するために、その妨げとなる煩悩や欲望などを 力づくで調伏する憤怒の仏で、不動明王も その化身の 一仏。

光背こうはい... 仏像で言うなら、背後の光の形が

不動明王は焔で、迦楼羅焔かるらえんっていって

迦楼羅そのものらしい。


迦楼羅は、元々は龍族を喰うけど

仏教では 煩悩を喰ってくれる霊鳥らしかった。


「シューニャ... śūnya は、ゼロっすか?」


迦楼羅は 朋樹に頷いた。

数字の “ゼロ” は、インドで発見された概念らしいんだけど、それが アラビアに伝わる時、

“ゼロ”... サンスクリット語で “シューニャ” は

アラビア語の “sifr”... “スフィル”と訳された。


ついでに、世界中で使われてる “アラビア数字”

... “0123456789” の 数字は

アラビアから伝わり拡がったけど、アラビアでは

“インド数字” って呼んだりするらしい。

インド数字は “٠١٢٣٤٥٦٧٨٩”... って 表記が違うけど、

ゼロの概念の始まりが インドだからだと思う。


で、スフィルがイタリアに伝わると

ラテン語で “zephirum” ゼピリム になって

最終的に “zero” に なった。


「四郎、過去の時代でも 知ってた?」


朋樹が聞いたのは、日本にゼロの概念が入って来たのは、江戸時代だって言われてるからっぽい。


「はい。“空” として ですが。

表記いたします時は、“○” で 御座いました。

ですが、一般的な表記は 漢数字で御座います。

私は、和算などを習いましたので... 」


... “四郎時貞 年ハ 十六歳、

九ツノ年より 手習 三年 仕候、

学問 五.六年程 仕候

四郎 長崎ヘ節々参学問 仕候”...


幕府側に取り調べを受けた 四郎の母ちゃんの供述によると、四郎は 長崎に留学したりしてたんだもんなー。


迦楼羅は、スサさんとトビトも

シューニャ」って、一言で 簡単に煩悩を解いて

「して、天狗は どのような姿であった?」と

リビングのテーブルに着く。


スサさんが アムリタを飲んでるのを見ると

「何かしらの回復か?」って、どこからか

四角くカットされた 白い菓子の皿を出した。












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