47 ルカ


「どういうことだ?」


ミカエルやスサさん、泰河たちや浅黄も

リビングに戻り、月夜見キミサマも混じえて

庭でのことを話してるところ。


鎖に巻かれたまま 目を覚ましたトビトは

錯乱した状態から 正気に戻っていた。

鎖を解かれて、ワインをもらっている。


「アコとやら、すまない」と

赤毛の でかい身体を、床で小さくしてるけど

「うん、もう気にするなよ」と

アコも 隣に胡座をかいて、膝に頭を乗せる琉地と

肩に乗るアンバーを 代わる代わる撫でた。


「あれが、天狗の魔像だろう?」

「マガツビが混ざった、黒い呪骨を吸収した」


ボティスたちも シェムハザが取り寄せたワインを飲みながら、まだアムリタを飲む スサさんや

月夜見キミサマに確認すると

「恐らく」「魔像などは初見であるからのう」と

答えたけど、ミカエルが

「あれだ。天使の残滓アトが残ってた」と 断言して

「師匠と阿修羅の気もだ」と、泰河も頷いた。


「気って なんだよ?」って 泰河に聞いたら

「なんかさ、その人固有の 雰囲気とか

空気みたいなやつ」って 答えで

分かる気するけど、アバウトだよな って思う。


「何故、トビトやスサ、ジェイドなどが

操りに合うた如きに?」


月夜見キミサマが、榊に酌させた赤ワインを飲みながら

わざわざ ボティスに聞いて

「知るか」って 榊越しに答えられてるけど

何となく、月夜見なりに 場を和ませて

みんなを落ち着かせようとしてんのかな? って

風に見える。

ジェイドが まだ、自分の右手を気にしてたし。


「凶神呪骨に触ったから じゃないんすか?」


リビングに戻った朋樹は

“なんか泥臭い” って、シャワーを浴びて来た。

肩にタオル掛けて、シェムハザに取り寄せてもらった オレンジフレーバーの水を貰ってる。


「シェムハザー」「オレも ほしいー」って

オレらも貰うと、四郎も受け取って

「ジェイド」と 青い瓶を渡した。

腹 鳴らしてたし、ジェイドが ちょっと笑う。


「深夜だが、夕食から時間が経ったからな」と

バケットサンドやポテト、魚介のマリネと 生ハム、アンバーに 生クリームのカップも取り寄せてくれた。トビトやアコにも、皿ごと渡す。


「また、マドレーヌって ある?」と 泰河が聞く。

泰河は しばらく、アリエルのマドレーヌ

食ってなかったもんなー。

「食後に取り寄せよう」って シェムハザが輝くと

泰河は「おう」って、嬉しそうなツラになって

バケットサンド 食い始めた。


「“マガツビに触った” って、俺も触ったぜ?

泰河も、落とした頭 掴んでたし」


「なあ?」って ポテト食いながら

ミカエルが 泰河に振ると、泰河は頷いて

「けど、頭には触らねぇ方がいい気がしたんだよな」って イヤなこと思い出したようなツラした。


「異国の。お前は呪詛は受け付けんだろう?」


指にポテトを摘んでみた スサさんが言う。

四郎に「美味しいですよ」って 勧められて

口に入れてみてるけど。


「そういえば 僕は、凶神の右腕に触った」


ジェイドが 思い出しながら言った。

スサさんに取り付いた右腕を剥がそうとして

触れたらしい。

スサさんは、両腕と胸に 張り付かれてるし

トビトは、頭を跳ね飛ばしてる。


ジェイドは右手、スサさんは両腕を操作されたけど、トビトは 頭... 脳だったみたいだ。

「頭や喉を潰さねばならん、と 思ったものよ」って、ゾッとすること言ってるし。


「呪詛祓いを せねばならんな」

「食事の後で良かろう。

今 ここに、天狗が居る訳ではない」


これ言ってるの、月夜見とスサさんなんだけど

日本神って おおらかだよなぁ。


「泰河は、どういったことなのでしょう?

操りに合わぬのは 良い事ですが」


別にグリルチキンも貰った 四郎が聞くと

「あぁ。呪詛って オレ、あんまり掛からねぇんだよな。憑かれることもねぇし」って

泰河が 軽く答えた。

スサさんは 掛かってんのに、泰河は

ミカエル並みに掛からねーって すごくね?


「天狗が “ドヴェーシャ” と 言うのが

操作のスイッチ... と いうことか?」


温野菜のサラダも取り寄せながら

シェムハザが言うと

「うん、多分そうだろ。“憎い” って言いながら

地中に消えてったし、呪詛だったんだろうな。

卵料理も食いたい」と ミカエルが答える。


ベーコンとほうれん草のキッシュも 出てくるし

オレも 一片もらいながら

「その “ドヴェージャ” って 何なんだよ?」って

聞いてみたら、なんと泰河が

瞋恚しんい。仏教の煩悩の種類で、根本的な “三毒” の 一つだと思うぜ。怒りのこと」って

オレに 説明しながら、シェムハザに取り皿出して

キッシュ乗せてもらってる。


「煩悩は百八ある っていうだろ?

その中で “貪瞋痴とんじんち” って あるんだよ。

三毒の あと二つは

貪欲とんよく... むさぼりとも言う、ものに対する執着心で

愚痴ぐち... 痴は 愚か。真理を知らねぇから

道理に適ってるかどうか解らねぇ ってことだ」


ふーん。

で、“ドヴェージャ” は サンスクリット語っぽい。


「煩悩が消えて、真理が解ったら?」

「覚り。仏陀になる」


キッシュ食いながら、二人で

「すげー」「なー」ハッハッハって 笑う。


「それ、生きてんのかよ?」

「いや、“気力が無い状態” って訳じゃねぇんだよ。生きて 覚り... 涅槃ニルヴァーナ に 到達出来たのは

たぶん、釈迦だけで... 」


「オレは、池に蹴り落とされは したけど

自分からは 凶神に触ってねぇしな。

それで、呪詛に掛かってねぇのかもな」


スサさんたちに遠慮してか、飯に手を伸ばしていなかった浅黄に、バケットサンドを渡しながら

朋樹が話の方向を修正した。うん、これ大事。 オレと泰河じゃ、どっか行っちまうし。


「食え」と スサさんが、浅黄や榊に勧めて

「このような時は 気など使わずに良い」と

月夜見も言うと

「酌もいらんだろ」と ボティスも言う。


聞こえないフリで 生ハムを摘む月夜見キミサマ

「しかし榊。普段であれば、特に気にせず

よう食うではないか」と 不思議そうに言うと

「柘榴様は... 」と、浅黄と眼を合わせてる。

二人は 柘榴が心配みたいだ。


天狗は、大いなる鎖から

水竜巻になって 消えたんだよな...

柘榴の術だ。

一度 水になっちまうから

大いなる鎖からも逃れられたんだろう って思う。


「そうだ、柘榴は?」

「蛇里に戻ったんじゃないのか?」


「俺をかばい、凶神の両手と消えた。

魔像に取り込まれたものであろう」


朋樹とジェイドに、スサさんが答えると

二人も泰河も 絶句しちまった。


「... けどさ、師匠も阿修羅も

かなり長い期間、像に取り込まれてたけど

出て来れたぜ」


自分に頷きながら 泰河が言う。


「俺が 光を消したから、像の中の柘榴に

術を使わせれたんじゃないのか?」


ミカエルが、ブロンド睫毛の明るい碧眼を

二人に向けて “大丈夫” っていう風に笑う。

「うむ」と、浅黄が頷いて

榊も 少しホッとした顔になった。


「像から救い出すには?」


スサさんが 泰河に眼を向けて聞くと

「うーん... 像が 動かねぇ状態の時だったら

阿修羅と師匠は、獣が出したんすけど... 」って

すげーこと言う。


「動く状態であれば?」


「分からないっす」


だよなぁ。

像... っていうか、中身の天狗の方が強いのか

ほぼ 生身化してたし。


「手っ取り早い方法は、他の神を身代わりにするんすけど、なんとか 像を破壊して

供養した方が... 」って

めずらしく 何か難しい顔になって 考え出した。

ちょっと引っ掛かる。


うん、まぁ、師匠の迦楼羅とか 阿修羅とかも

そうやって 入れ代わりになるしかなかったけど

根本的に解決出来ねーと、キリねーもんなぁ。


「だが、像を破壊するとして

中に居る者に、障りは無いのか?」


「柘榴を 出してからの方が良かろうな」


「じゃあ、誰かを像に差し出す... って 事すか?」


朋樹が聞くと、スサさんが

「犬猿辺りで良かろう」って 答えてるけど

娘姫の天逆毎アマノザコのことらしい。

今は、封鏡ってやつに封じられてて

その鏡は、バスタオルに巻かれて

ダイニングの方のテーブルに置いてある。


「姫様はダメだ。かわいそうだろ?」


ミカエルは、何故か 天逆毎をかばってるけど

泰河に、天逆毎が どんなヤツだったかを

こっそり聞いてみたら

「... 顔は、犬と猿のミックスみたいな感じだ。

アマノジャクだし、もう 叫びっぱなしでさ。

鼓膜 イカれそうだったぜ」って 感じだった。


ミカエルが 庇うのは

「姫様は、ちょっと分かってないとこ あるんだよな。自分がしてることが、でかい事だってとこを。憎めない雰囲気も あるけどさ」... らしくて

天逆毎が 極悪非道とかじゃないから って

理由っぽい。けど、姫様って 呼んでんのかぁ...

縊鬼いつきとか使うんだし、青猿 産んだりして

非道な気もするんだけどー。


それ言ってみたら、ミカエルは

「真理を知らないんだ」って 言い出した。

オレも 知らねーしぃ。


キリスト教だと 真理は イエスであり、“愛” になるけど、ミカエルは 今の話の流れから

仏教的な観念に乗って 言ってる気ぃする。


「姫様は、生まれた時から アマノザコだっただけだ。生贄を望む神でも、この国の善に反逆して

堕ちた訳でもないだろう?」


まぁ、そうだけどー...


「しかし、邪神として生まれておるがのう。

吐いた猛気が、和御魂に傾いておれば良かったのだが、何せ俺も 荒神の類であるからな」


スサさんも キッシュ食ってみながら言うと

月夜見も「姫君は、俺等ですら手に負えぬからな」って、笑って マリネのタコ食った。

ミカエル、ムッとしてるしさぁ。


「だが、愚かな者を 魔像に入れるなどしてみろ。

行動が益々 読めんようになるだろ?」


ミカエルは「うん、そうだろ?」って

顔が明るくなったけど

ボティス、姫様のこと 庇ってんのかな?

ジェイドとか朋樹も「うん?」「まぁ... 」だし

判断に悩むとこだぜー。


皿とワイン瓶が空いてきて、シェムハザが

コーヒーやラテ、マドレーヌや 高級チョコ

マシュマロを取り寄せてくれた。


貝型のマドレーヌには

溶かしたチョコが かかってる。


「これさ... 」って、泰河が シェムハザを見ると

「葵と菜々だ。今日は、学校が休みだからな」と

甘い匂いを倍増させた。輝くよなぁ。

「良い香りです」って 四郎が クラクラしてるし。


チョコは三色ある。チョコ色と白とピンク。

たっぷりかかってるのもあれば、真ん中に ちょっとのやつもあるんだぜ。もう、かーわいぃしぃ。

白を取ったボティスが 優しい眼になって笑って

榊越しに 月夜見キミサマに凝視されてるけど。


「桃の色も あるでは ありませんか...

このように沢山の菓子に、幼児おさなご 二人で かけるのは

大変でしたでしょうに。頑張りましたね」って

四郎も 嬉しそうに食ってる。


榊も浅黄も摘んで、また少し 落ち着いたみたいだし、かわいい甘い物って すげーよなぁ。

オレらには、いつもの安心出来る味 になってるから、特に なんだけどさぁ。

泰河も 人心地ついたっぽい。


コーヒーも カップの半分くらい 飲んだ時に

「魔像には、元から天狗が入っていたが

柘榴を取り込んだ」って、ボティスが言った。

話が戻って、おぉ... って なる。仕方ねーけど。


「更に、マガツビ呪骨も 取り込んだ... と

いうことだな?」


「ん?」「あれ?」


こうなる前は、天狗と 一緒に

泰河の師匠の 迦楼羅天が入ってたんだよな?


確か、最初は たくさんの人間の魂。

次が 下級天使。

迦楼羅天が入って、阿修羅と入れ代わった。


泰河が... っていうか、獣?が 阿修羅を出して

無人になった像に、天逆毎が入って

迦楼羅天も入るけど

天使と迦楼羅天、阿修羅の気の残滓を吸った

天逆毎は、天狗を産む。


しばらく、天狗と迦楼羅天が入ってて

また泰河と獣が 迦楼羅天だけ出す。


像が覚えたのは、神 二人分の気じゃなかったっけ... ?

今は、天狗、柘榴、凶神呪骨 の 三人...


「増えてんじゃん... 」


「須佐之男の神気も吸収したんだろう?」って

シェムハザが 付け加えて、ゲンナリ感が増す。


「待てよ。このままの調子で行ったら

ミカエルや皇帝でも、取り入れられるようになるのか?」


「朋樹ぃ... 」「やめろよ... 」


けど、ボティスやシェムハザ、

月夜見やスサさんは

「考えられんことではない」って 頷いた。


「よし。そうなる前に、探して片付けるぜ?」


ミカエルが言うと、四郎が「はい!」って

しっかり返事した。榊や浅黄も 眼を上げる。

「うん、そうだな」「やっちまわねーとな」って

自然と気持ちが 前を向いた。

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