46 ルカ


「柘榴!」「柘榴様!」


喚んでも、柘榴が戻って来ねーし...


「どうなったんだ?」

「もし、ミカエルの光の中に落ちていたら... 」


「いや、柘榴は 水竜巻になった。

自分の意志で 消えたんじゃないのか?」


それなら、光の中へは 落ちていないと思うけど

なんで 戻って来ねーんだよ... ?


「凶神は?」と 聞かれて

バルコニーから 下の庭を見た。


頭と身体は、少し離れて落ちてて

白い光の上で、ほとんど骨になってる。

骨は、さっきと同じように

ところどころが 赤く光っては消える。


隣に 四郎とボティスも来て、スサさんやシェムハザに「ほとんど 骨に... 」と 伝えていると

微かに『憎い』と 聞こえた気がした。


「死んでいないな」


「呪骨の本体は、あの骨でありますので...

黒色に変じているのは、凶神が混ざったせいでしょう」


「滅するには どうする?」


「呪骨であれば 禊祓いをし、力を弱めるようですが、凶神に関しましては... 」


禊祓い って、スサさんは 武神だし

朋樹が戻ってからの対処になるよな...


「凶神は、憑いたものを粉砕し

神気により 御霊みたまを斬る他無い。

人が対処するのであれば、封じるのみだ」と

まだ 羽々斬を握って 立ったままの

スサさんが答えた。


「柘榴は、俺をかぼうたものであろう」


「須佐様... 」


人化けした榊が、スサさんを見上げる。


まだ しっかりとは回復していないスサさんは

身体が グラつき、シェムハザやアコに

「須佐之男」「座った方がいい」と 促されて

榊に付き添われて ソファーに座った。


「... 柘榴は、須佐之男命すさのおのみことを 押しました」と

四郎が小声で 教えてくれた。


凶神の身体を吹き飛ばした後、柘榴は

スサさんが立っていた位置に 移動したらしい。

床に落ちた 凶神の手に視線を向けていて

スサさんが、また 神気を吸われるのを危惧したみたいだ。


「おい」


ボティスは、庭の先に眼をやってた。


この家の敷地を囲む 外塀の向こう

地中から真珠色に輝く森の 木々の下に

赤い何かが 立ててあるように見えた。男 か?


螺旋のような緩いウェーブの 胸に届く髪まで

ルビーのように赤い。


下にだけ 身体の色と同に赤い、確か っていう 武神像が履くような 膝下丈の衣類を着けていた。

その 裳の上に、薄い質感の 天衣のようなものが巻かれている。


そいつの背に、赤黒い翼が ビキビキと生える。

翼を広げると ザッ と、硬く羽ばたき

外塀を越えて 庭へ降りた。


相手を観察するボティスの隣から、四郎が 開いた片手を前に出して、空気の塊を飛ばしても

赤い髪や 腰に巻かれ下がっている天衣も、なびくこともなく そのままだった。


白い光が籠もる 芝生の上を歩いて来る。

... 歩いて来るけど

背に広げた赤黒い翼も、長い螺旋の髪も

前に向けた 赤い顔の表情も

時間が止まっているかのように まるで動きがなく

肌 と 呼べないような、硬質な質感だ。


これ、天狗の 魔像なのか... ?


四郎の背後、防護円の端に立ったシェムハザが

指を鳴らし、歩いて来る赤いヤツに

ドワーフ像の破片を 集中させてぶつけたが

そいつは、そのまま前に 歩を進めている。

何のダメージも無く見える。


「地」と、拘束した瞬間に

オレは 後ろに弾き飛ばされた。


「光に焼かれていない」と 言うボティスに

「像の中にいるから?」と、アコが 答えたけど

「いや。中の者は焼かれるはずだが、

像は 一度、下級天使を取り込んだことがある」と

シェムハザが 赤いヤツを見つめる。


なら、“天に類するもの” って風に

ミカエルの光を 騙せていることになる。


「須佐様」と、榊が止める声がして

「行かずとも、相手から 円内に参りましょう」って、浅黄も止めてる。


「助力なら... 」と ボティスが言うけど

「いや、不用意に近付き過ぎるな。

霊、魔像のみを妨害しろ」と、シェムハザが

バルコニーの前に 天空霊を降ろした。


「天空霊で、侵入は防げるだろう」

「だが、どうする?」


「琉加、兄様方に 連絡なさって下さい」


四郎に言われて、ジェイドに ビデオ通話をかける。そういや 四郎のスマホは、ミカエルに預けてるよな... とか、どうでもいいことを よぎぎらせながら。


「朋樹、月夜見命に 守護を頼まれて下さい。

さんみげる、魔像です」


バルコニーの すぐ下に迫って来ていた赤いヤツは

呪骨の黒い骨に、手のひらを向けていた。

手の甲には、赤い蛇の鱗が見える。柘榴の... ?


「やっぱりか。骨の回収に来たんだろ」


ところどころ赤く光っては止む 黒い骨は

左の肘から上が浮き上がり、

赤いヤツの 左の二の腕に重なって吸収された。


肩や背骨、肋骨や腰骨、脚の骨も、

同じように浮き上がって 重なり、身体に沈み入った。

赤かった体色が褪めていき、人の肌の色と質感に変わっていく。


ミカエルが立って、大いなる鎖を伸ばした時に

黒い頭蓋は、天狗魔像の顎の下に 沈み込まれていった。


赤かった髪が 黒く染まり、顔の右側に

漢字のような文字が 黒く浮かび上がる。

左胸から腰にかけて、腕や脚にも

文字が 縦 一行に並んで 浮き出していく。

黒く縦に並ぶ文字は、ところどころランダムに赤く光っては、緩く消える。


黒くなった裳に 白い天衣のドレープ。

赤黒い翼は、鴉の濡羽のように艶めき

長い髪の毛先が揺れた。


オーム... 』


赤く光る消える 文字の肌の中に

黒い骨が 透けて見える。


バルコニーから飛び降りた 琉地が走り

ミカエルの秤の片方を 咥え降ろすと

「よし、下がってろ」と 言われ

白い煙となった琉地は、オレと四郎の間に戻った。


鎖を引いたミカエルが、剣で斬首しようとした瞬間に、そいつの首から頬、肩にかけてが

赤く硬い質感に戻り、剣の刃を弾く。

一部だけ 像に戻ったように見えた。


「何?」「天の剣だぞ?」


ドヴェーシャ』という形に、そいつが口を動かした。


「トビ... !」と いう、アコの声に振り向くと

トビトがアコに飛び付き、馬乗りになっていた。

片手で アコの額を掴み、片手で首を掴んでいる。


「止めよ!」と、浅黄が トビトの後ろから

薙刀の柄を トビトの顎の下に横に当てて引き

身体をアコから 引き剥がす。


トビトは 白眼を剥いている。

錯乱しているようだ。なんで 急に...


スサさんと 近くに顕れたシェムハザが

トビトの 赤毛の片手ずつの指を、アコから剥がしていく。


何とかアコから剥がすと、半身を起こしたアコが

上に向けた手のひらを 軽く上げ

黒い地の鎖で、トビトを巻いて拘束した。


アコは「人間なら、首を千切られてた」と

自分の首に手を当ててる。

さっきトビトが、呪骨の首を 簡単に跳ね飛ばしたのを 思い出す。


「どうしたんだ?」


シェムハザが トビトの眼を見ようとすると

トビトは、鎖に巻かれたまま 気を失って倒れてしまった。


けまくもしこき伊邪那岐大神いざなぎのおおかみ... 」


... 朋樹の声だ。

庭に向くと、地面に三ツ又の矛を立てた月夜見キミサマが、自分の足下に 墨色の靄を染み出させながら

朋樹に 付き添い立っている。


二人の背後に、ジェイドと泰河がいるのを見て

知らない間に 力が入っていた身体から

少し 緊張が解けた。


鎖を引いて 脚を払い、赤い魔像だったものを倒していたミカエルが、剣で地面を突き刺し

月夜見の元まで 一直線に地中の光を消す。


「父神よ、マガツだ!

アマテラス、叢雲むらくもを降ろせ!」


「... 筑紫つくし日向ひゅうがたちばな小戸おど阿波岐原あわぎはら

御禊みそぎはらたまひしときせる祓戸はらへど大神等おおかみたち... 」


波形の刀身を持つ両刃の剣、天叢雲剣あめのむらくものつるぎ

天から降りて来ると「小僧、退け」と

スサさんがバルコニーから跳び、空中で剣を掴み

ミカエルの隣に立った。


空は羊雲に覆われていき、雨が降り注ぐ。

地中からのミカエルの白い光に照らされる 禊ぎの雨が、鎖の中の天狗に 蒸気のような煙を出させ始めた。肌の奥の 黒い骨が浮く。


「... 諸諸もろもろ禍事まがごとけがらむをば 祓へたまきよめ給へとまをす事を聞こしせと かしこみ恐みもまをす」


スサさんが、両手に構えた剣を 振り下ろそうとした時、また天狗が『ドヴェーシャ』と 口を動かした。


叢雲の波形の刀身は、白い光と禊雨に 青白に光り

ミカエルを薙ぎ払おうとした。

突き立てていた 天の剣を握ったミカエルが

咄嗟に 波形の刀身を受け払う。


「なんで... ?」


スサさんもミカエルも 愕然とした表情だ。

何か おかしい。


「ジェイド!」と 言う朋樹の声。


ジェイドが、自分で信じられない という顔をして

右手で泰河の首を握っている。

泰河が両手で ジェイドの右腕を握り

朋樹が ジェイドの指を外す。


「呪詛か?」と、ボティスが 眉をしかめる。

「恐らく、呪骨の... 」と、四郎が心配そうに

バルコニーの端から 身を乗り出して

自分の右手を凝視する ジェイドを見ている。


「浅黄、羽々斬を」


月夜見に呼ばれた浅黄が、スサさんの羽々斬を逆手に握り、バルコニーから跳ぶ。

そのまま天狗を刺し貫くつもりだ。


スサさんが 叢雲を構え直す自分の手に

見開いた眼を向け

「アマテラス、叢雲を戻せ!」と 叫んだ。

ミカエルが スサさんの手から叢雲を蹴り飛ばし、

白く光る芝生に落ちた 叢雲が消える。


空を跳び、ミカエルの光に煙を上げる浅黄を見て

ミカエルが光を解除する。

浅黄が 羽々斬で刺し貫こうとした時

鎖の中の天狗は、水竜巻となって

禊雨の中に消えた。

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