45 ルカ


「ミカエル、まだ 戻らんのか?」


シェムハザが スマホに向かって聞くと

ミカエルの声が

『朋樹の半シキを、羽根が撃ち落としたんだ。

でも マガツビや青猿には、羽根がないだろ?』と

答えた。


森は まだ広範囲が、ミカエルの白い光で

地面から 煌々と輝いてる。

これじゃあ、もし 何か居たとしたって

とっくに炙り出されてるか、焼けちまってると思うんだけどー。


魔像の中にいる、天逆毎が産んだ 天狗は

下級天使や 阿修羅、迦楼羅の 気の残滓を飲んでる。

朋樹の半式鬼の蝶を撃ち落とした 赤黒い羽根は

池の水面に落ちて 消えたらしい。


下級天使や 迦楼羅には、翼がある。

羽根を飛ばしたのは、天狗... 魔像じゃないのか?

って、ミカエルは考えてるようだ。


『半シキは、マガツビに付けてた。

俺等は マガツビを追おうとしてたのに

何かが 羽根で、半シキを撃った。

そいつは 俺等を見てやがった ってことだ。

その後、すぐに マガツビが立った。

マガツビを隠すのが目的じゃなかった... って

ことになる』


「それなら、何が そいつの目的だったと考える?

お前に 自分の存在をさとらせても、意味が無いだろ? 不都合になるばかりだ」


二階リビングに戻って来た ボティスが言う。

うん、そうだよなぁ。

その時は ミカエルだけじゃなくて

スサさんだって 居たんだし

存在を匂わせるのは、利口リコウじゃねー 気がする。


『知るかよ。

でも、羽根を飛ばした奴がいたことは 確かだ』


シェムハザお取り寄せのコーヒーと

トビトにワイン、四郎にはラテ。

ジェイドたちも コーヒー飲みてーだろうなぁ...


ブラウンシュガー入れた 四郎のラテに

アコが更に マシュマロ入れながら

「そいつ、マガツビに 自分の存在をアピールしたんじゃないのか?」って 言った。


『何で?』と、泰河の声が聞いたら

アコは「さぁ?」って 首傾げてるんだぜ。


「マガツビが出た後は?」


シェムハザが聞くと、スサさんが

「小僧に祓詞を読ませ、マガツビを斬った後、

神気を取られた」って、全然 分かんねーし。


オレと四郎が、顔を見合わせると

「胸より斬り落とそうと、死せずであったのだ」って 説明してくれた。

そんなの、やっつけようが ねーじゃん...


『それから、凶神マガツビの脚の方に

オレが蹴り落とされた』って 朋樹の声。

池に落ちたから

『ミカエルの聖火で、服を乾かしてる』って

言ってる。


「朋樹を落としたのは、祓詞を防ぐためでは無かろうか?」


スサさんに遠慮しながら 榊が口を開いた。


「凶神は、元より 須佐様の神気が目的であったのでは... ?」


「では 羽根を飛ばしたなにがしは、凶神に

“須佐様が居られる” と 報せた... ということであろうか?」


柘榴も言うと、スサさんの刺々しい眼が

余計に鋭くなった。


柘榴に怒ったんじゃねーんだけど

柘榴は口をつぐんだし、榊や浅黄だけでなく

隅で大人しくしてた 琉地とアンバー、

ミカエルの光があるか、防護円から出られず

どこにも行けないトビトまで 背筋が伸びる。


『魔像に入っている天狗も マガツビも、蝗を飲んでるし、神気を集めている... って ことだろうか?』


こっち側の背筋事情は知らねー ジェイドの声が

普通に言う。


『そうかもな。だいたい、あの白いヤツは

凶神を 封じから解放して、吸収したんだしな』


朋樹の声聞いて、スサさんは ますます厳しい眼に

なったし

「そいつ、凶神吸収して、スサさんの神気も... って、許容量 底ナシじゃね?」って 適当に口挟んだら、スサさんの眼が オレに向いた。

おぅ... 背筋伸びるし、オレ 失敗したっぽい。


「異国のは、狙っておらぬであった。

狙っておれば、池に落ちたのは 伴天連であっただろうからな」


... ミカエルのことは

吸収し切れねーからじゃねーのかな?

まぁ、言わねーけどー。


魔像は、何でも取り込もうとするけど

それでも ミカエルは、“強大過ぎてムリ” って考えられる。


白いヤツも 凶神も、元々 この国のヤツだし

よく分からねー ヤバいヤツは、吸収してやろ とか

思わねーよなぁ。

白いヤツは、凶神吸収する前に ミカエルのこと見て、“光の存在” だって 知ってるんだろうしさぁ。

吸収すんのは 自殺行為だもんな。中から焼かれる。


「マガツビを吸収した白い奴は、神々の神気を集めてるんなら、俺等 悪魔も危ない。

魔像と同じで、そいつにも注意が必要」


アコが言ってると

「ならば、神々の神気を飲んだ後... 」って

浅黄が 先を濁した。


「魔像の天狗と 一体となる... ということか?」


スサさんが 先を預かって言うと

リビングも スマホの向こうも 静かになった。

そんなん、ヤバいだろ... 何が出来上がるんだよ?


5秒くらい黙っちまったけど、泰河が

『マガツビ、“憎い” って 言ってたんだよな。

聖火で焼けて、半分 骨になりながらさ』って

ポツリと言った。


『オレらのこと 恨みながら、地中に沈んでった』


もう なんだよ それ...  ゾッとするぜ。


誰も 返事出来ねーし、スマホからは また泰河が

『いや、凶神が混ざる前から “にくい” って

言ってたんだけどさ。

骨と皮しかないようなヤツで、やたら苛つかせるヤツだったんだけど... 』って

落ち着かねー 気分を増幅させやがった。

にくい って...


呪骨じゅこつでは 御座いませんでしょうか?」


『うん? 四郎、何だよ それ』


朋樹の声に「珍しい者です。厄神の類ですが。

私も 実際に見たことは 御座いません」って

話をする。

スサさんも「人より生まれた悪心か?」って風で

あんまり知らねーっぽい。

神が産んだ神 じゃなければ、地上の妖し扱いだし

神々は そう関わらねーもんなぁ。


「人々の 妬み嫉みや、怨みの念などにより生まれると 聞きます。

個人の骨に憑き宿るようで、これが宿った者は

食事も取れぬようになり、自身を 不幸と怨みながら 憤死致すようです。

憤死致しました後に、呪骨となるようですが

見る者の 気を荒立たせ、攻撃させて 怨み

復讐心により、“怨みの矛先” を 相手に向けます。

戦の時などに 喚び降ろし、敵方を怨ませ

護り神として 祭ります。

これの守護にあることで、戦人いくさびと等は 敵方を怨み

修羅の如くに 殺戮を為すのです」


うわぁ いろいろ理不尽だよなぁ...


「その後は、祭っておりました呪骨は

禊祓いが為されるか、憑き物として 戦人から落とされます」


「えっ、そんな 手のひら返すような... 」


「ですが、戦人の守護として憑いたままであれば

戦は終わろうと、殺戮はみません」


じゃあ、神として祭り上げてるけど

祟り神を憑かせる みたいなものなのか...

で、もう要らねー って 禊ぎ落とす。

なんか えげつねーし。


「人とは そういったものよ」と

スサさんも 頷いて、アムリタを飲む。


「恐らくではありますが、“にくい” と現れた 骨皮の如き者は、憑き物として 神位より落とされた

呪骨なのではないでしょうか?」


「それならだ、その マガツビを吸収した呪骨とやらは、日本神のスサに 自らの身を斬らせ、

ミカエルや 人間のお前等に攻撃させた。

それを 魔像が取り入れ、天狗と融合すれば

人間と神々を “憎い” と 恨む天狗になる... と

いうことか?」


やめろよ、ボティス...


けど「そういったことになろうのう」って

スサさんが 肯定するし。


「凶神自体、神々の気すら荒立てる者であるからな。呪骨とやらの 怨心も加わった」


「ともかく」と、シェムハザが ため息をつく。


「マガツビも地中に沈み、魔像も居らんのであれば、地上から地中に移動させた 天空霊の合間を縫って、もう 森からは出た恐れが高い。

森から出るために、ドワーフ像に青猿を入れて

そっちに 眼や意識を向けさせているしな」


天空霊が地上にいる時なら、地中を移動出来るし

地中なら 地上を移動出来るもんなぁ...


青猿や ドワーフ像に振り回されてる間に

凶神混じりの呪骨も 天狗魔像も、もう森を出ているかもしれない。

なら 凶神呪骨は、もう 魔像に入ってんじゃね... ?


「マガツビや魔像も捜さんとならんが

青猿共や、蝗を呑んだゴーストや妖物の対処も

必要となる」


そうなんだよなぁ...

こっちを対処するのは、街になると思うし。

蝗呑んだヤツらは、人がいない山に居たって

意味ねーもんな。


けど、そう考えてたら

「蝗は蜘蛛で防げようが、まだ若き霊獣等や妖し

また、妄念の深き 獣霊や人霊などは

凶神や天狗に引かれようのう」って 柘榴が言った。


『そうだな。でも、各山の霊獣たちの里や 街中は

光で炙り出す訳にいかないだろ?』

『うん。普段は害のない妖怪たちまで

焼いてしまうからね』


スマホから ミカエルとジェイドの声が言ったけど

聖父や聖子、聖霊や御使い以外 全部悪魔... のはずなのに、変わったよな って思う。


ミカエルも天も 元々、生贄信仰の神とかじゃねーと、詰めたりしねーし

ジェイドは、悪魔と妖怪は 分けてた... ってとこもあるけど。妖怪好きだしさぁ。


けど なんか、この国に馴染んできて

理解してくれた上で 仕事してる... って気がする。

四郎が言うような “天地同根てんちどうこん 万物一体ばんぶついったい” っていう

捉え方に。

これって、“生けるもの” についての

言葉なんだろうけど

今は、神や霊獣、妖しにまで 拡大した感じで。


さんみげる。一度 戻られてはいかがでしょう?」


四郎が、スマホに向かって言う。


「兄様方と みるく珈琲などを飲みたく。

ましゅまろ も お取り寄せいただきました」


朋樹は 池に落ちちまってるし

心配もしてんだろうな。


「今後の対策もある」と、ボティスが添えると

『うん、じゃあバスで戻るけど

この辺りの炙り出しは まだ続けるぜ?』って

ミカエルは 答えた。


それで 通話は切ったけど、どうも ミカエルは

まだ 凶神や魔像が近くにいる... って 考えてるっぽい。


それって、ここに スサさんが居るからかな? って

ちょっと思う。

スサさんは、猛気で 天逆毎を産んじまうような

すげぇ武神なんだし、そりゃ 凶神や魔像は狙うよなぁ。


「浅黄ぃ、座ろうぜー。

ミカエルたちも 帰って来るみてーだしさぁ」


浅黄とオレは、コーヒーカップ持って

まだ バルコニーから、庭を見てた。

ドワーフ像はバラバラになっちまってるけど

しばらく 像みたいのは、置かねー ほうがいいし。


トビトと琉地、アンバー以外は

みんなソファーに座っていて、スサさんの両隣は

榊と柘榴。向かい側に ボティスたちなんだけど、

あと二人くらいなら スサさん側に座れる。


『憎い』


は... ?


急に、知らない声がした。


ソファーに座るスサさんの背後に

崩れかけた 何かが立ってる。


黒い骨の ところどころ... 顔半分とか

片方の二の腕とか、腿や ふくらはぎとかに

焦げたように見える 半端な肉が付いてる。


胴体の左半分は 肋が出てて

残ってる皮膚の上と、中の黒い骨の あちこちが

赤く光ったり消えたりする。


「凶神」


ソファーを立ち上がった スサさんは

振り向き様に 羽々斬で、そいつの左肘から下と

右手首から下を落とした。


「マガツビ だと?!」

「地中は、ミカエルの光が... 」


「地!」と、拘束しようとしたけど

精霊は 効かないようで、そいつが 一歩前に出て

スサさんに 先の無い両腕を伸ばす。


人化けを解いた榊が 黒炎を吐いても

炎に巻かれることはなかった。

浅黄が、薙刀で両脚を払って 腰を着かせ

柘榴の雷が 額を射つ。


『憎い』


リビングには、まだ防護円が敷いてある。

天使の助力円も使えない。


脚に力を込める様子もなく

そいつが立ち上がった。


スサさんが羽々斬で 右肩から腕を落とすと

赤い何かが 凶神に跳び掛かり、首を跳ね飛ばした。トビトだ。


跳ね飛んだ首は、バルコニーを越えて 庭に落ち

ミカエルの光に じりじりと焼かれ

黒い頭蓋をあらわにしていく。


肘から先の無い 左腕を伸ばす凶神の胸を

スサさんが 羽々斬で刺し貫いていると

「須佐之男命」と、テーブルの前に立った四郎が

スサさんを避けさせ、片手を開いた。


腕と首のない凶神の身体も 拭き飛ばされ

バルコニーの下へ落ちる。


「柘榴!」


アコの叫び声に振り向くと、柘榴の首を

凶神の 肘から先の左手と 右手首から上が

黒い骨を見せながら掴んでいる。


浅黄が 薙刀で腕を打つ前に

柘榴は、水竜巻になって消えた。










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