33 ルカ


オレらが三階に着くと、ミカエルはエデンを開いて、ミカエルプリント七部袖シャツの左腕に

大いなる鎖を巻いていた。


テレビ画面で見た通り、床には ソファーと椅子が転がって、引いたカーペットはダイニングの方に

くるくる丸めて 置かれてる。


「ミカエル」「捕まえないのか?」


「映るやつ 忘れた」


あっ 見えねーのか...


隣に タブレットを持ったシェムハザが立って

「地下でも カラオケの機材が大音量で鳴り出している」とか 言う。

そっちは ボティスと榊、朋樹が向かったらしい。


「ミカエル」


シェムハザが ミカエルにタブレットを見せた時に

何か吹き飛んできた。


「おおっ?!」


でかいなにかをけると

背後にあった椅子に当たって、何脚が散らばる。

ダイニングテーブルじゃねーか...


「お前等、何しに来たんだよ?

捕まえるまで出とけよ」


ミカエルに言われて

「悪い。つい カッとしてさ」

「そう。失敗しやがったからさぁ」って

バルコニーに向かうと、泰河が突き落とされかけて、ミカエルが大いなる鎖を伸ばした。


「泰河!」


泰河は、二階の高さで 鎖に巻かれて

宙づりになってるし。

気付いたジェイドが 二階のバルコニーに出て

泰河を中に引き入れる。


「何故、バルコニーに近付く?」


シェムハザが 青白い人型の天空の霊を降ろして

オレの近くに配置する。


「ドアより 近かったしさぁ...

けど今の、泰河を狙って落としたってこと?」


「いや、こいつの進行方向に泰河が居ただけ」


オレの目の前に、もう 再び伸ばされた大いなる鎖があって、何かに巻き付いてる。かなり でかい。


艶のない金色の鎖を解こうと 藻掻もがいているようだけど、鎖は外れず、巻かれたまま 見えない何かは横に倒れた。重量があるようで 床が震える。


「こいつさぁ、動くスピードも速いけど

相当 力も強いよな?」


見えねぇけど、何なんだろ?


ミカエルが鎖を引き、触ってみると

そいつは低い唸り声を上げた。

けど 動物っぽくはないし、人... ?


シェムハザが そいつの下に赤い粉を吹いて

魔法円を敷き、天空霊を そいつの上に移動させると、短い呪文を唱えて 指を鳴らすと、鎖の中でもやが流動する。


靄が晴れると、でかい男が顕れた。

真っ黒い肌に 赤い腰布巻いてる。筋骨隆々。

ザンバラの黒髪に二本の長いツノ

口からは、下から生えた牙が二本 はみ出てた。


「なんだよ こいつ」


ミカエルが、鎖に巻かれて 座ってる

そいつの正面に しゃがみ込む。

えー...  どう見たって...


「オニ、じゃね?」


ドタドタ騒がしい音が、ドアの向こうから近付いて来て、泰河とジェイドが入って来た。


「すごい... 」「けど怖ぇ... 」


オニが見たくて、泰河も 戻って来たけど

オニは 血走った眼で唸り中。


「四郎」


ミカエルの隣に四郎が立った。

「四階の奥の間でも、このような有り様です」と

タブレットを見せる。

羽根布団とか枕を破ったのが、羽毛が舞いまくってるし。


「浅黄が向かいましたので、援護に参ります」


四郎が言ったら、シェムハザも

「俺も行こう。だが、二階が無人だろう?

アコ」って 喚んで、二人で消えた。


「どうした?」と 顕れたアコは

「あっ、オニ」って、黒鬼に眼を向ける。


「二階でモニターチェックして欲しいんだ。

テレビに、動きがある場所が 分割して映るから」


ジェイドが頼むと

「いいけど、このオニを どうするんだ?」って

オニの心配してるし。


「二の山には、裏に鬼里オニザトがあるんだ。

こいつ、そこのオニじゃないのか?

蝗に 操られてるだけだろ?」


鬼里って... そこのオニたちが

じゃんじゃん 蝗に憑かれたらさぁ...


「でも、蝗は どうやって出すんだよ?」


唸るオニが、鎖を鳴らして 立ち上がろうとすると

ミカエルが オニの胸の上に手を当てて

「大人しくしろよ?」と 視線を合わせる。


オニは 唸ってはいても、立ち上がるのは止めた。

蝗に操作されてても、ミカエルが 怖ぇのかな?


「おっ... 」って 泰河が眼を見張る。

迦楼羅からは 逃げなかったヤツもいたらしい。


「いや。“オニザト” で、誰かに仕えてるな?

だから、蝗を仕込んだアマノザコや 子に

従いたくないんだ。

上の者を裏切りたくなくて、蝗に反発しようとしてる。精神性が高い。

それで、俺が止めても 効くんだろ」


忠誠心の問題みたいだ。

泰河が見たヤツは、誰にも仕えたりしてなかったのかもだよなー。


「じゃあ、どうする?」って なって

ミカエルの後ろに隠れて、印探ししたら

額に何かあったから 筆でなぞる。

出たのは “鬼” の 文字。


「分かってるしぃ」「オニだからね」


「これさ、オレが この文字 消したら

鬼は どうなるんだ?」って 泰河が躊躇する。


今までだと、奈落の天使は 天使じゃなくなったし

人霊とかなら 消えちまってた。


「“蝗” って文字を出せば?」


ジェイドが言って、アコが頷くけど

そんな都合良く出ねーし。印ないしさぁ。


「でも、このまま放せないぜ?」

「聖体拝領したら、オニも危ないだろうしね」


オニは 人間じゃねーもんな。

天からは、悪魔と見做されるし

聖体拝領とかしたら、内から焼かれちまうんだろうな...


「陀羅尼も鬼に効いちまうしな... 」


困った。そいつごと やっちまうしかない... って

ことになんのかよ?


人霊なら、幽世かくりよに送ることになるし

情念とか 妄念の塊とかなら、ほぐすことになるから いいとして、

普段は大して害のない 霊獣とか妖しも

本体ごと やるしかねーのか?


「アンバーと琉地は?」って アコが言う。

「あっ、そうじゃん! 蝗抜きのプロだし!」


早速 二人を喚んで、蝗抜きしてもらうと

藍色蝗は 難無く抜けた。

待てよ...  モレクの時に 操られて儀式した人たちって、胸に印があった気がする...


黒オニは、一瞬 キョトンとしたけど

すぐに 眼の前のミカエルと、巻かれている鎖に気付いて、虚勢を張るように 唸り出す。


「お前、鬼里の奴だろ?」


アコが声を掛けたら、アコに向いて

あっ! って 顔になった。


「... 蛇鬼の」って 言ってるし

面識はあるっぽい。アコ、顔 広いよなー。


「ミカエルには敵わないぞ。やめとけよ」

「しかし、鎖を巻くなど 不届き千万」


「お前、操られてたんだぜ?」


説明しようとするミカエルを また睨んでるし

柘榴ザクロ」って アコが喚ぶ。

水竜巻が上がって、オニは ビクッとした。


「アコ」


伝達や見回りに、六山を回るアコは

六山のおさと 仲が良い。


六山全体の長で、二の蛇山の長の柘榴は

四本の角が生えた ルビー色の大蛇なんだけど

人化けの時は、和服着た大人美人。

けど なんか、雰囲気は怖いんだよなー。

気軽に話せねー 感じする。


「これは?」


黒オニに 半眼に開いた眼をやって

「蝗に憑かれてて... 」って、アコが説明する間

黒オニを震え上がらせる。すげー...


アコの説明が終わると、室内がカッと光って

黒オニとミカエルの間に、小さな落雷が起こった。 嘘だろ?


「室内にかよ?」って

ミカエルすら マジマジと 柘榴に眼を向ける。

オレらは、オレらが 叱られたかのように

揃って 無言で立ち尽くす。

アンバーや琉地まで ピシッとしてるし。


「柘榴! こいつが悪い訳じゃないんだ!」


「しかし、このようなことが またあっては困ろうよ。須佐様などの御手も 煩わせることとなっては... 」


えっ? オニが暴れることになったら

スサさんも暴れる... ってこと? 大混乱じゃね?


「柘榴、蜘蛛は貰ったのか?」


「おお、そうじゃ。

これがれば、蝗を喰うてくれると... 」


アコが聞くと、柘榴は 着物の袖から

シルバー蜘蛛を 手の甲に出す。

で、「銀糸ぎんし」つった。名前付けたのかよ。


「飲まぬ故、安心するが良い」って

銀糸の背に 艷やかな くちびるを付ける。

怖ぇよー...  銀糸も固まってるしさぁ。


「オニ達にも配ればいい」


アコは 一度消えると、パイモンに蜘蛛を貰ってきて、黒オニの頭に 一匹載せると、虫カゴごと 柘榴に手渡した。


「おお、これは大変に有り難い。

早速、鬼里へ向かうかのう」


それがいい って、オレらも うんうん頷く。

ミカエルが

「あっ、ごめんな。巻きっぱなしで」って

大いなる鎖を解くと

黒オニは、ううん って風に 首を横に振った。


「して、黒風くろかぜ


柘榴の眼が 再び黒オニに向く。

「お前は、何をしておったのじゃ?」


ビクビクする黒オニを庇うように

ミカエルが肩を抱く。勇気あるよなー。


「早く 言っちまえよ」


ミカエルに促されると、黒オニは

「カーペット 引きを... 」って 言って

また眼の前に 雷を落とされた。


「我が二山で このようなことが あろうとは... 」


「いや、二の山に限ってる訳じゃないんだ」


アコが言ってみたけど

黒風これと鬼里に参って、また話に戻る故。

黒風、里まで走るが良い」と、柘榴は

黒オニを帰して、自分も水竜巻になって消えた。

また来るんだ...


「とりあえず、二階に戻る?」


思い出したように ジェイドが言って

「うん、そうするか」と、ミカエルとアコが消えると、オレらも 三階リビングを出て階段に向かったけど、アンバーと琉地は 真面目なツラで四階へ向かう。


「シェムハザたちのとこ?」

「蝗抜き?」「行ってみるか?」


階段を上がって、ドアが開いてる四階奥の部屋は

羽毛まみれで、床に敷いた赤い魔法円の前に

シェムハザと四郎が立ってる。

浅黄は、部屋の隅で 腕を組んでた。


「円を踏み、姿を顕したは良いが... 」


魔法円に立っているのは、二人の子供だ。

男の子が二人。どっちも まだ小さい。五歳くらいと思う。


一人からは、すでに蝗を抜いたらしく

べそをかいてて

もう 一人からも、白い煙になった琉地が出て来て

アンバーが 虹色糸を引く。藍色蝗が口から出た。


魔人まびとの子だ」


「えっ?」「魔人も?」


しゃがんで、視線を合わせたシェムハザが

「何故、ここに居るか 分かるか?」と

優しく聞いたけど、二人は怖がって泣き出した。


「では、パパとママンの元へ送ろう。

四郎、二階から 予備の蜘蛛を。

魔人達にも 配って来よう」


四郎が シルバー蜘蛛の虫カゴを持って来て渡すと

シェムハザは、二人を片腕ずつに抱き

背中に黒い翼を広げて、バルコニーから飛び立った。


幼児おさなごまで 使うなど... 」


四郎が静かな声で言う。


「何か 小さき気配であった故、打たぬであったが、部屋に入った俺を見つけると、飛び掛かってきた。狐となって逃れたが...

子供であっても、魔人は力が強い。

また、個々の能力なども備えておろう?

操りに会うことは 避けねばならぬのう」


浅黄も言うけど、魔人全部に蜘蛛が行き渡んのかな?... って思った。

魔人は、霊獣や鬼みたいに 集まり纏まって 過ごしてるんじゃなくて、人に紛れて生活してるし。

シェムハザは、魔人の知り合いは多いけど

全員 把握してる訳じゃねーだろうしさぁ。


アンバーの 小っこい鉤爪の手に握られてる蝗を渡そうと、パイモンを喚ぶと、ニルマが顕れた。

白衣着てるけど、ターザンちっくで爽やか。


「やあ。パイモンも忙しくて。

これからは、蝗は 少し纏めて渡してくれ」って

泰河に虫カゴを渡して、四郎には

「戻って来たんだな? 元気そうだ」って

笑いかけて、金平糖貰ってる。


「タイでも、赤黒マダラ蝗が見つかったからな」


マジかよ...


「まだ調査中だけど、ミャンマーのと同じ蝗だ」


向こうの蝗は 範囲が拡大してるみたいだ。

“内臓を吐き出させる” って言ってたよな...


「アバドンは、ミカエルやベルゼが

日本こちらを注視している と 分かっているからな。

他国で派手に 魂集めをし出しているが

こちらには地界側で当たる」


「ラミー... マルコシアスと話したか?」と

ミカエルが聞く。

天の方にも連携するように言ってたもんな。


「ああ、マルコとハゲニトが 話していたが

マダラ蝗は 人間の呪術師に憑くからな。

天使は、人間に手を出せないだろう?

奈落の天使などが出て来たら、対処に当たってもらう」


ニルマにミカエルが頷くと、ニルマは

アンバーと琉地に「また活躍してるんだな?」と

二人の頭を撫でて「ではまた」と、地界へ戻って行った。


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