32 ルカ


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「あー、暇だよなぁ... 」


夕方になったけど、何もしてねーから 腹も減ってねーし、二階の客用リビングで コーヒー中。

高級チョコとメレンゲクッキー

ミカエル用マシュマロ付き。

テーブルには、五枚のタブレットが置いてある。


昼間、別の仕事が入って

一度 朋樹とジェイド、シェムハザが出たけど

それからは まだ何もない。


「うむ。しかし、異変が起こるのは

夜半であろう?」

「まだ そうくろうもないしの」


さっき 幽世かくりよの扉から

榊と浅黄が出て来たんだけど


『神に近き者をも使うとは、由々しき事態だ』って、扉の向こうから 眉しかめた月夜見キミサマが言ってて

『我等や霊獣なども操られる可能性がある』とか

やめてくれよ... って 思うことを言い出した。

けど、風の神 使われてたもんなー。


高天原の神々や、幽世や根の国、黄泉... と

別界にいる神なら 心配はないらしいけど

問題は、ニニギさんとか オオクニヌシさんとか

現世うつしよにいる神々や、霊獣たち。

あと、怨霊系の神たちが 使われる恐れがあるって

言う。


『母ちゃんの天逆毎あまのざこはダメでも

天魔雄神あまのさかをのかみに相談したりは 出来ねぇの?

九天くてんの王なんすよね?』


泰河が聞いたら

『このような話などしてみろ。

天逆毎や 新しく生まれた兄弟神に 乗るに決まっておろう?』と、余計イライラさせちまってた。


『アマテラスが出雲に降り

国津神等とも 会議はしておるが

相手は そそのかす訳ではなく、蝗などを呑ませる。

“話に乗らぬか?” と 交渉する訳ではなく

操られ、使われる... ということだ。

各々おのおの、結界や守備を固めては おるが... 』


眉間に 深いシワ刻んでるし、

そうなると、かなりヤバいよなぁ...


『蜘蛛を配れば どうだ?』


ボティスが言って、シェムハザがパイモンを呼んだ。『シルバー蜘蛛を』と 頼むと

一度 地界に消えたパイモンが、でかい箱を抱えて

また顕れる。


『無事 繁殖中だ。これ以上 大きくはならないが。

地界にも撒き始めている』と 笑顔だったけど、

ガサガサ音が止まらない箱の 中身の想像をすると、同じ笑顔には なれなかったんだぜ。


でも シルバー蜘蛛は、アバドンの遺伝子が含まれる 奈落の蝗を捕食する。


『ミャンマーの方にも、ハティに持って行ってもらった。ガルダやアスラも付けている』って

パイモンが言って

『地上にいる神等や 霊獣達に持たせろ。

別界の神等にも 渡すといい』と 箱を渡すと

月夜見キミサマから 眉間のシワが消えた。


『礼を言う』と、また 榊を幽世に戻すと

浅黄と白尾、露子まで 喚んで

六山の霊獣たちに 蜘蛛を配りに行かせて

「スサ!」と、スサさんに蜘蛛を渡した後

月夜見は、蜘蛛箱を抱えて 高天原に上る。


高天原から 天津神や国津神、黄泉などにも

蜘蛛配りの使いが出されたようで

『共に有事に当たれ』って 榊と浅黄を置いて

『俺は また会議だ』と、忙しそうに扉を閉めた。


慌ただしかったけど、日本神や霊獣たちは

これで 安心だし、良かったよなぁ。


シルバー蜘蛛は、念のために パイモンが

オレらにも 一匹ずつ付けて行って、

『予備に』って 置いてった蜘蛛は

シェムハザが取り寄せた虫カゴん中。

オレのは 今、シャツの胸んとこで じっとしてる。

名前、何にしよかな...  琉...  うーん...


「おまえ、何か考えてるのか?

めずらしい顔 してるじゃないか」


ジェイドがオレのコーヒーにクリームの形した

甘いメレンゲ入れながら言うし

「オレ、メレンゲコーヒー好きじゃないんだけどー」って 返したら

「菜々が絞ったものを焼いた」って

泰河と花札中のシェムハザに言われて、黙って飲む。ボティスとミカエルも花札中。


菜々は、シェムハザん家にいる 一番下の子。

まだ三歳。

皿に並んでるのは、でかいのとか 指先くらいのまで、大きさも形もいろいろ。蛇みたいのもある。

かわいいしぃ。


「どうりで今日のメレンゲクッキーは

不揃いだと思ったぜ」って

朋樹が 優しい顔になって 一個食った。

なんかビビって 見てないふりしちまったぜー。


「ラテみたいになるだろ?

で、何か考えてたのか?」


あ。リラのこと考えてそう って、思ったのか。

そりゃ リラは、何か違うことしてる時も

いつも 胸に居るんだけどさぁ。


「うん、蜘蛛の名前なんだけどー」


オレが答えたら、ジェイドは

“聞いて損した” ってツラになりやがるし。


「なんだよ、おまえ決まったのかよ?」

「“ジャーダ”。バングルの尾長蜘蛛も ジャーダ」


giada... イタリア語で “翡翠” じゃねーか。

バングルにまで付いてたのかよ。

「どうせ おまえは “琉” が 付くんだろ?」って

言われてるけど、ジェイドも変わりなくね?


「榊。おまえに土産を貰っている」と

ボティスが、テーブルの隣に置いた紙袋を指差した。朝の仕事の時のやつ。


オレと泰河で説明したら、榊は 紙袋を覗いて

「ご婦人の屋敷にも、近くに寄るかの」と

ふふ って 嬉しそうに笑った。


「私も、棒術などは習えますでしょうか?」


四郎は、オレらの前だと まだ “私” なんだぜ。

浅黄に聞いてるけど、正直 やめとけ。って 思っちまう。浅黄が加減してても、突かれたらマジで

痛いどころじゃねーしさぁ。


「む... 俺は、わらしには教え切れぬのだ」


困ってるぜ、浅黄。


「ふむ。儂も まだ若き頃、よう挑んだものであるが、相手になれず 払われてばかりおってのう。

多少の覚えがなければ、浅黄に習うのは無理であろうの。また浅黄は、指南には向いておらぬ」


そっか...  向かっても向かっても 払われたら

やる気は無くすよなぁ。最初からだとさぁ。

で、強いけど 教えるのは苦手らしい。

里で指導してるのも 慶空だし。


「私は、わらしでは... 」


あっ、“コドモじゃねーし!” って 主張シュチョーしてる!

思春期 真っ最中じゃね?!

“ソーダ味... ” って言った リョウジくんがよぎるぜー!


「シロウ、そいつは ヨワイ 五百だ」


ボティスが言うと、四郎は ハッとして

「そうでした。

修行をし、経験を積んだ方が 霊獣になると...

齢 十六の私など、まだまだ... 」と 浅黄に謝って

「いや、構わぬ! 畜生である故!」って

かなり 焦られたりしてる。


「里でも、棒術指南はしておるのだ。

ゾイなども時折、慶空に習いに参っておるが

ゾイは、齢は千程の 天の者である故...

四郎はまず、人に指南して貰うが良いように思えるが... 」


「ファシエル、そんなことしなくていいのに」と

花札持ったミカエルが ぶつぶつ言ってるけど

「そうじゃ。ぶかつ などで、剣術などもあるのでは なかろうか?」って、榊が 四郎に言う。


朋樹が「ああ、あるんじゃねぇか? 剣道」って

言って、オレがリンに聞く前に

四郎が リョウジくんに メッセージで聞いてるし。

榊、よく “部活” って 知ってたよなー...


「あるそうです!」


「じゃあ、まず見学させてもらって

決めるといいよ」


ジェイドが 頷きながら言うと「はい!」って

眩しく笑って、榊が「良い」って 姉さん顔した。


「あっ。カメラ 点いた」

「えっ?」「マジか!」


「どこどこ?!」って、花札持ったまま

泰河も見に来る。


「三階用タブレットだし、家族用リビングだな」

「むう、見えぬ... 」「貸してみろ」


シェムハザが指を鳴らすと、タブレットの 一枚に映った カメラの映像が、でかいテレビにも映し出された。


「暗いよな」「全部 電気点けときゃ良かったな」


「全室点けるか」と、シェムハザが指を鳴らすと

電気が点いた。

こいつら、ポルターガイスト起こせるよなぁ。

 

「ん? 何も変わってなくね?」


三階のリビングは映り続けているけど

昼間 カメラを仕掛けた時と、何ら変わらなく見えた。何か 違和感はあるけど...


「いや... 」と、泰河が眼を凝らした。

「カーペットだ。裏返しになってる」


「えっ?! マジ?!」


本当だし... 。地味くね?

裏返しになった カーペットの上には

普通に家具がある。すげー...

けど、なんでまだ 映り続けてるんかな?

動くものが無ければ、カメラは停止するはずなのに。


「今、何か 横切ったであろう?

床近く、右隅じゃ」


浅黄が タブレットの方を見て言ってるけど

オレは 全く気づかなかった。

カーペットは 表面も裏地もベージュ。

なんか横切れば、気付きそうなもんなんだけどー...


「ふむ、おる」って 榊も言って

「蝗か? 影だったな」「浮いてただろ?」と

シェムハザやミカエルも言ってる。


「何かの体内にいる 蝗じゃあないのか?」


テレビ画面の方を見ながら、ボティスが言った。

「カメラは、地界の道具だからな。

今回の蝗は使役虫だ。情報として解け込むことはない。天属性の物は映るんだろ」って

また 難しくなりそーな説明だし。


とにかく、カメラを通せば

蝗を呑み込んだ本体が 姿を目眩めくらまししてても

中にいる蝗の影は見える... って ことっぽい。


「オレ、見えなかったぜ。人間には見えないのか?」


朋樹が不満げに言うと

「かなりのスピードだった。動体視力の問題だろ」って 返されて、余計 不満げな顔になった。

霊獣とか、悪魔や天使並みの動体視力が必要ってことだもんなー。


「あっ!」「嘘だろ?!」


画面の中のソファーが、縦になってる。


縦になったソファーの上には、いつの間にか

普通の横向きのソファーが重ねられてて

テーブルの上に、ダイニングの椅子が

忽然と 縦に四つ 組み重なった。


「どうやってるんだ?」


気持ち 楽しそうなジェイドが聞く。

けど 分かる。これ、期待したイメージ通りの

ポルターガイストだし。

見てない一瞬で、椅子とかグラスとかが

積み上がってたりするんだよなぁ。

泰河なんか、遠慮なしの笑顔だしさぁ。


「蝗の動きを見ると

高速で 普通に積んでいるようだ」

「俺等がやるなら、術でやるだろうが... 」


マジかよ 手作業だったとは...


「で、何がしたいんだろうな?」


朋樹が不思議そうに言った時

カーペットの端が 持ち上がった。


「おっ?」「持ってるのって、蝗憑きのヤツ?」


「そのようだ。持ち上がっておる敷物の近くに

蝗の影が見える」と、浅黄が テレビ画面を指しに行く。


本当だ。

っさくて、黒っぽい何かが ある気がする。

こんなのが高速で動いて、よく気付いたよなー。


次の瞬間「お見事!」って 四郎が言った。

カーペットが無くなってる。


「何?」「カーペット、引いたのか?」

「テーブルクロス引き みたいに?」


「あっ... 」


テーブルの上に積み重なった ダイニングの椅子や

重なったソファーの上が グラッとした

... と、思った時に

テーブルの位置がズレ、縦にされていた下のソファーが倒れる。

ダイニングの椅子が総崩れになって、上のソファーも落ちた。

三階リビングは、二階にいるオレらの真上だし

画面の映像と共に、頭上で 鈍い音が重なった。


「ああ... 動摩擦力が大きかったのですね...

また、敷物の接地面が荒いため... 」


四郎の説明を聞きながら

ミカエルが「野郎... 」と 画面を見ながら呟いて

消え、ハッと我に返る。


「失敗しやがったんだ!!」

「何したかったんだよ! ちきしょう!!」


オレと泰河も、リビングを飛び出して

三階へ走った。

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