6 泰河


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「あっ、泰河くん。おはよう」


「おう。おまえ いつも、起きるの早ぇよな」


「そんなことないしぃ。

お味噌汁 あっためるねー」


時間は昼前だ。

もうシャワーも浴びたらしい朱里シュリ

朝飯 兼 昼飯の仕度に、味噌汁温めながら

焼魚もレンジで温め、サラダ出したりしてくれる。

オレは だいたい、飲み物注いだり 飯よそったり。


朱里が注いだ味噌汁の椀を運んでいると

「プチ煮物もあるよ」と、里芋とイカの煮物も

冷蔵庫から小鉢を出した。相変わらず出来るな...


いただきます言って「美味い」って

並んで 飯食ってると

「あたし 今日、お店 お休みなんだけどー」と

遠慮がちに言うので、ちょっと笑う。


「どっか行くか?」


「きゃあっ、嬉しいんだけどー!

... でも、お家で ゆっくりもいいよね?」


満面の笑みだ。


朱里は、アイラインを吊り気味に描くようで

アイシャドウの色も、グリーンとかワインとか

濃い色を使うこともあって、多少 棘々しい印象があるが、化粧してないと 幼い顔をしている。

女って 変わるよな。


二重瞼で、睫毛は濃く長い。

整えてる眉も 割としっかりあるし、描かなくてもいいんじゃねぇか? と思う。

鼻とくちびるは、そう印象に残らないような

女の子の形って感じだ。

横幅がある眼は でかいけど、全体としては

すっきりとして、クールな印象がある。


「何ぃ? なんか見られると 恥ずかしいんだけどぉ。すっぴんだしぃ」


「おう、慣れた。眼ぇ覚めるな」


「やだぁ、うるさいんだけどー!」


化粧ない方が 好きだけどさ。


多分オレ、今 ニヤけてるかもな って思いながら

焼魚食う。塩加減が ちょうどで美味い。


「でも、泰河くんさぁ... 」


朱里は、言い止めて 味噌汁の豆腐食った。

“仕事、いいの?” だろうな...


“休む” って、朋樹の電話切ってから

もう、十日くらいが経つ。


一度 スマホの電源を落としておいたけど

朱里が仕事終わったら 連絡取ったりするし

その日は ため息つきながら、電源を入れた。


けど、誰からも連絡は入ってなくて

“そっとしておこう” って なったんだろう... と

気が楽になった。


二日くらいはさ、解放感あったんだよな。

朱里が仕事の間は、一人でテレビ観てみたり

車を洗車しに行ったりして。

調味料とか、朱里に頼まれたもん買っておいたり。


朱里が仕事終わったら 店まで迎えに行って

カフェとか寄ったり、コンビニで飲み物買って帰って、明け方くらいに 一緒に寝る。


飯食って、シャワーして 食材とかの買い物。

朱里を店に送って... って風に過ごして

一人の間が、だんだん落ち着かなくなってきた。


テレビも、考えたら 最近ずっと観てなかったし

ニュース以外は 飽きる。

いや、朱里と映画観るとかは いいんだけどさ。


それで 外に出て、無意味に車で うろうろしたり

ショットで飲んでみたり。

気付くと、“蝗 見ねぇな... ” って 探してたりだ。


あいつらも、ずっと仕事してねぇってことはないよな? なんで、連絡が ねぇんだ?


... と、五日目くらいに思ったけど

奈落系のことは動きがなくて、普通の仕事なら

別にオレは 要らねぇだろうしな... って 考え直す。

召喚なら もっと要らねぇしさ。

酒出す係なら、ルカで足りる。


この辺りから、寝付きが悪くなってきた。

単純に、疲れてない っていうのもあるんだよな。

何もしてねぇから。


朱里が寝た後も、スマホで動画観てみたり

買って置いてただけの 本読んでみたり。


朱里は 部屋が明るくても寝れるし、

一度寝ると、スマホの目覚ましアラームの音か、

自分で目覚めるまでは 起きねぇんだよな。

最初は “起きちまうかも” って遠慮して

朱里の方にスマホの光が洩れねぇように

朱里側に スマホの背面向けてたんだけどさ。


一回、朱里の休み前の日に

暇だったから 起こしてみようかと

名前呼んでみたり、スマホ画面の明かりで 顔を照らしてみたりしたけど

『... コンニャクが お芋から出来てるって、嘘だよね?』つってた。眼ぇ閉じたまま。


起きてから『蒟蒻は芋から出来てるんだぜ』って

教えてやったら

『どうして、あたしの夢 知ってるの?!』って

マジでビビってた。オレもビビった。

“蒟蒻芋” ってあるだろ。


朱里といる時は、いいんだよな。楽しいしさ。


逆に 朱里は、オレと居て大丈夫なのか? と

心配になって『おまえさ... 』って聞いてみたら

『ううん。もっと緊張すると思ってたし

気を使った方がいいかな って、最初は思ったんだけどぉ。お風呂掃除とか、お洗濯物たたみしてくれるし、すごい 楽ちーん』らしかった。


無理して言ってる風でもねぇし

『一人の時より眠れるしぃ』ってのが

なんか かわいかったしな。


まあ とにかく、一緒に居て

まったく気を使わないで いられるヤツだ。


... っていうか、今 朱里

オレの仕事の心配してたんだよな?


「いや、仕事なら 大丈夫だぜ。連絡ねぇしさ。 暇な時期は マジで暇だからな」


「うん... 泰河くんからは 連絡してるのー?」


「お? いや、別に

普段から、用事なきゃ連絡しねぇし... 」


それに、一人に慣れねぇし、気にはなるくせ

仕事に戻りたいか? って 考えたら

戻りたくはない。


もう 嫌なんだよな。マジで。

殺られかけたり、殺ったり とか。


“祓い屋” とかもさ、オレ

獣の白い焔の模様が出るまで、見えもしなければ

何も出来なかったくせに

面白そうだから 始めたことだし。


実際に祓ってたのは朋樹だしさ。

“何 触っても、憑かれねーし” くらいしか

利点も無かった。

朋樹に食わしてもらってきたようなものだ。


それに。簡単に、殺してた。


相手が “念” とかで、それを空に解くならいい。

けど、“人間に害を為すから” “仕事だから” って、

人でも動物でもなければ、自分の中で正当化して殺す。オレは神じゃないのに。今は 人も。


... “おまえが そんなんだからじゃね?”


そうだよな

誰かに殺らせるくらいなら、オレが ... と 思ってた。

でも それは、“復讐” のことじゃない。

どうしても その必要がある時 ってことだ。


甘かったんだよな。何もかも。

シイナのことを 薄い とか思ったけど

オレも何も変わらねぇ。


じゃあ、こうやって

ぼけーっとして 毎日過ごしていくのか って考えたら、それも違う。

けど、たぶん 何をしても “違う” と感じる。


朱里と、“楽しい” って 感じながら

過ごしてて いいのか?


人 殺っちまったヤツって

どうやって 生きてるんだろう?

償いようがない。


「ね、あたし、まだ リョウジくんと

キャラメルラテ 飲んでないんだけどー... 」


「あ? おう... 」


オレは あれからも、朱里に

仕事のことは 詳しく話してなかった。


首が 身体から離れるとか、すげ替わるとか

リョウジも そうなった、とか

そうなった人を、噛み殺した とか

口に出して 言えなかったし

朱里を、仕事に近付けるような気がして

嫌だった。


リョウジのことは、気になる。

カフェから、あんな風に出ちまって

そのままだし。


まだ あの歳で、あれだけの思いをして

普通に過ごせているのか ってこととか

身体も すっかり大丈夫なのか ってことも

気になるけど、連絡は入れてない。


「コーヒー、淹れるよー? 飲むよね?」


「おう。オレ、洗いもん するからさ。

美味かった。ありがとうな」


朱里は、オレが答えてないことにも

それ以上 追求したりしない。

“話しづらいのかな?” って、気を使ってるんだと思うんだよな。

相手に気を使うのは、朱里の性格でもあるだろうけど、時々 申し訳ない気持ちになる。

だからって、やっぱり 話せねぇんだけどさ。


洗い物が済むと、朱里もコーヒーを カップに注ぎ分けてるところで、棚から ミルクと砂糖を出して

テーブルに運んでおく。


「お砂糖 ありがとう」と、朱里が 自分のコーヒーに、白い色の ミルクと砂糖を入れるのを見てると

赤い空の中に散った 白木蓮の花を彷彿とする。

四郎は、無事に天に昇れたかな... と

ぼんやり考えた。




********




オレがシャワーの間に、朱里は顔 描いてて

着替えて、とりあえず 車で外に出た。


「天気いいよねぇ」


「おう。初夏って 感じするよな」


つい こないだ、海に行った時は

まだ あれだけ寒かったのに、もう新緑の季節だ。

もうすぐ また、夏がくる。


「夏に向かってるね」


「お?」


「少し近付くね」と、朱里は

フロントガラス越しに 太陽に眼を向けて

「あっ、やっぱり二秒くらいしか 直視出来ないしぃ」って 言うので止めさせといた。


「残像って、好きくない?」


「残像? 考えたことねぇな」


「ないのに あるって、面白いよね?

あたしの中だけだとしても。

泰河くんたちの お仕事って、そういう人?たちも

お相手するんだよね?」 


「うん、近いかもな。

そいつの中の何かが 残ってんだし」


カフェで 持ち帰りのアイスコーヒー買って

ラテの方を 朱里に渡す。


「それで、お化けとかも 本当にいるんだよね?

泰河くん、そういう お友達多いし」


コーヒーを 一口飲むと

「まあ、そうだな」と 車 出して、宛なく進む。

まだ渋滞する時間でもねぇし、街全体の雰囲気が

のんびりして見える。


「お化けって、怖くない?

だって、カッパとか 鬼とかも なんだよね?」


「河童には まだ会ったことねぇけどさ、

鬼は いるらしいぜ。

怖いかどうかは、相手の強さによるかもな。

一応、修行みたいなこともしたしな」


「えっ、修行って どんなことするのー?」


「オレがやったのは、主に掃除と 座禅と読経」


「どこで したのー? 大きいお寺さん?」


「そう。けど、オレが行ったのは

小さい 山寺だったぜ。半年くらいだったけどな。

坊さんになる訳じゃなかったしさ... 」


「ふうん... 」と 朱里は、ラテのストローから

口を離して、助手席からオレを見る。


「あたし、ネットで見たことあるんだけどぉ

最近 よくさぁ、“写経体験” とか、“阿字観” とか

お寺で出来る 体験があるでしょー?

予約して行くようなの。

でも そのくらいの長い期間の “修行” も

一般の人でも させてくれるんだねー」


「うん?」


信号停車して、また朱里に眼を向けてみると

ストロー離した時の 不思議そうな疑問そうな顔で

オレを見てた。


「そうだな... 」


「ジェイドくん、神父さんなんでしょー?

神父さんって、そういう学校に行って

お勉強してから なるんだよね?

泰河くん、大学は そういうところだったの?」


「いや、全然 普通の... 」


おかしい。そうだよな。

学校出て、寺に入って修行が ほとんどだよな。

でかい寺に入るんでも、実家の寺を 継ぐとかでもさ。


大学は、朋樹と別々だった。

単に学力の問題で。


朋樹は、大学に通いながら

“神職養成所で講習も受けてる” って 時期があったんだよな。

実家が神社だし、“推薦してもらって”... とか 何とか。実際、実家の手伝いする時もあるしな。


オレが 修行したのは、大学の時だった。


オレは、まだ 社会に出る気もなく

“みんな行くから行こうかな” くらいの勢いで

大学に進学した。“民俗学の勉強... ” とか言って。

“卒業したからって どうなんだ” 的なとこだ。


けどまあ、“高校出た後は どうせフラフラするだろ”... みたいな雰囲気で、大学に行かせてもらえて

さすがに、父ちゃんや母ちゃんに悪いし

学費の半分はバイトで賄った。


その頃、バイトで知り合った おっさんの紹介で

賭けやってる店に 出入りするようになって、

得意のハッタリでも 小銭稼ぎしててさ。

“この夏は バイトしなくていいじゃねぇか?”ってくらい、稼げた時があったんだよな。


時間も出来たから、久々に朋樹とも会ったら

『オレ、神職の資格 取ったぜ。

でさ、祓い屋しねぇ?』... って 話になった。

この時は『就職して 働きながら』って 話で。


『おお、やろうぜ!』... ってことになったけど

朋樹が『オレ、陰陽やってる人と知り合ったから

修行してくるぜ』って 言ったんだよな。

『この夏と、その後は 夜も通う』って。


本格的じゃねぇか... 元々 霊視も出来る上に、

もう 神職資格もあるしさ。


『おまえ、カッコいいよな... 』って なったけど

オレは、陰陽とか勉強しても解らねぇんだろうな

... ってことは、自分で解った。

魔術もだけど、占いって ややこしいんだよな。

天文学要素とか 元素がどうの... とかが 入ってくるのは知ってたしさ。


けど、ちょっとくやしくなった オレは

祓い屋するのに 役立てられるようなことを

何か身に着けよう って思って、

自分で 修行先を探すことにした。





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