7 泰河


修行先を探そうにも、何をしていいかも分からねぇし、久々に、所属してた民俗学研究サークルに顔出してみた。


『あっ、梶谷くん』

『久しぶりだね』


渋いサークルの割に、メンバーは 意外と多く

在籍だけなら、三十人くらいだったと思うけど

この日いたのは、熱心な二人だけだった。


『夏にキャンプしようと思うんだ』

『ほら、一山の向こうの町の 六山に

“おんぶ岩” ってあるだろう?

あれのルーツを しっかり纏めようと思ってね』

『周辺のフィールドワーク』

『ふふ。狸が多いらしいから、化かされちゃうかもね... 』


『お? おう... 』


この二人は、ツラも悪いことなかったし

髪や服にも気を使ってたのに、

サッパリ 女の子が寄り付かなかったのは

こういうとこなんだろう。

“夏” に “おんぶ岩” だしさ。


『参加、する?』


『あ、いや... なんか 地味だしさ』


『梶谷くん。“地味”って 言うけど

派手な民俗学って あるのかい?』

『あの 柳田さんや 折口さんだって、

こうして 周辺の風習や伝説を調べて

総合的な観点で、一つの伝説の起源を... 』


『そう!... そうだよな。悪い。

けど 夏だしさ、海の伝説を調べることにして、

サークルメンバー以外でも 参加出来るようにした方が良くねぇか?

“ビキニ持参で お願いします!”... ってさ』


二人が大人しくなったので

『この辺りの、寺のデータ あったよな?』と

すかさず聞いてみる。


『あるけど... 』

『梶谷くん。参考までに聞くだけなんだけど

海って、例えば?』


『うん、ほら。船幽霊とか磯女とか

いろいろいるじゃねぇか』


『そんなの、周辺の海に出るなんて

聞いたことないじゃないか』

『“人魚” とか言ったら、僕だって 怒るかもよ』


『けど、“何かいるかも” って 調査することにして

海に行っちまえば、人魚だらけになるだろ?

脚があるやつがさ。

人数いた方が 盛り上がるよな?

サッカーとかチアの子も誘ってみるけど... 』


こうして、寺のデータを手に入れて

どこの門を叩こうかと、検討することにした。



「そんなサークルあるんだね。

あたしが行ってた大学とこは なかったかもー。

でも楽しそう。ツチノコとか探した?」


「おう。アオダイショウと ヒバカリしか見つからなかったけどな」


朱里は、音楽大で音楽サークルにいたらしい。

どっぷり コントラバスだよな。

まだ24歳だし、つい こないだまで大学生だしさ。


「それで、そのデータの中から

小さな お寺さんを選んだの?」


「いや。その寺は、載ってなかったんだよな... 」



大学までは、実家住みだったオレは

生意気にも 通学のために車を所持していた。

といっても、中古の軽自動車だ。

かろうじて まだ走れる って感じのやつ。


自室のノートパソコンで、寺のデータファイルを開き、住所から 知ってる寺とか、でかいとこに

問い合わせの電話をしてみる。


この時に、“一般の方は受け付けていない” とか

“一日体験の ご希望ですか?” とか

“弟子入り... と、申されましても... ” とか

鼻で笑われもして、ムリなのかな? とは

薄々 感付きはした。


けど、オレは 今より若かった。

確かハタチとか 22になる前くらいだったと思うし

熱意さえあれば、何でも何とかなる と思っていた。おまけに夏だ。勝手に気分も盛り上がる。


それで 翌日には、何日か分の着替えを 軽自動車の後ろに積んで、母ちゃんに

『オレ、修行に行って来るからさ。

父ちゃんにも言っといて』って 呆れさせると、

ばあちゃんの仏壇に手ぇ合わせて、家を出た。


直接 顔を見て、頼んだ方がいい。

でも、電話連絡したとこは避けよう...


コンビニで飲み物と スナック菓子買い込んで

プリントアウトしてきた用紙から、スマホに住所入力して、寺巡りをする。


結果、顔見て頼み込んでも

電話と変わらないとこばかりだった。

そりゃそうだよな。

仏教系の学生でもなきゃ、実家が寺って訳でもない。“祓い屋になろうと思って”。なめてる。

よく言ったよな、オレ。

妄念を祓うべきは オレ自身だっただろう、って

今なら分かる。


けど、この時は 分かってなかったし

半ば意地だった。

朋樹は陰陽修行してるし、

母ちゃんに “修行してくる” って言ったしさ。


狂ったように蝉が鳴く中、エアコン全開だけど

ガラス越しの日差しに じりじり焼かれながら考える。


でかいとこだから、ダメなのかもしれん。

小さいとこに行ってみて

“修行を見学したい” って 持ち掛けたら どうだろう? “民俗学の研究で... ” とか言ってさ。

いや、“宗教学” って言えば...


そこで見た内容を、自分で実践すりゃいいんじゃねぇか?


今度は、なるべく小さいところから選んで回ってみたけど、結果を言えば、ダメだった。

小さいとこは、住職 一人でやってるとこが多い。

修行... っていうか、勤行も 一人でやってるし、

葬式とか法要とかで 忙しいんだよな。


なら、修験道の行者みたいに

一人で山修行みたいのしたら どうだろう?

霊山 とかでさ。

修験道が流行った時は、一つの霊山に

三千人くらいの修行者がいたって聞いたことがある。食い物とか困っただろうな...


これを思い付いたオレは、今度は気分のために

缶詰や ケガの応急処置用品が入った非常用のセットを買って、一応 霊山と呼ばれる山に入った。

ガソリン満タンにした車で、テイクアウトしたバーガーのセット食いながら。


有名な修行者も入った って聞いたことあるけど

場所で言えば、実家がある 一の山の向こう、

モレク儀式の山の 隣の山だ。

山の中腹くらいまでは、全然舗装されてるし

更に向こう側の町に出るためのトンネルもある。

ガキの頃、遊園地へ行くために 通ったことがある長いトンネルだ。


懐かしくなって、無意味にトンネルも通ってみた。壁が塗り直されて、ライトも新しくなっている。左右には、段差と鉄柵で区切られた歩道も出来てたし、ノスタルジーに浸ることはなかった。


なんか、うまくいかねぇな...

トンネルを抜けると、もう夕方近い。

自動販売機とトイレがある休憩駐車場に車を入れて、とりあえず今日は ここで寝るか... とか

考える。

でも、眼下には すぐ町も見えるし

修行には イメージ遠いよな...


スマホと飲み物持って、車を降りると

まだ明るい内に 軽く探索しとくかな、と

まず、山の見える範囲を見渡す。森しかねぇな。

ちょっと森に入ったら、スズメバチを見掛けたので 退散する。危ねぇ。


山の頂上まで、車で行けるのか?

頂上にも展望台みたいのがあるかもしれない。

しかし、霊山なぁ...


考えたら、霊山っていう割に

神社も寺もねぇよな。

山自体を神と見做すとこも多いし、鳥居とか祠くらい見掛けても おかしくねぇんだけどな。


やっぱり、もう少し 車で登ってみよう。

まだ歩くには暑いし、虫除け忘れたしさ。


車に戻って、ぐんぐん道を登ってみる。

途中に動物霊園があって、また あれ?って思う。

霊山って呼ばれる山に、動物霊園は作らねぇんじゃねぇかな?

日本も自然信仰だけど、人と動物は分ける考え方があるんだよな。神様系とか特に。


これは、オレが山を間違えたのか?

トンネルも記憶と違ったしな...


霊園からまだ登ると、道の舗装が怪しくなってきた。アスファルトからセメントに切り替わったけど、もう 頂上近くって気もする。


“ん?” と、脇道を見付けて

そろそろと車をバックした。

バックしながら、他に まったく車見ねぇな... と

軽く引っ掛かったが、何か それっぽい脇道が

オレのテンションを上げていた。


両脇がやぶの獣道だ。

けど、以前は 車が通ったような跡もある。

タイヤが跳ねた小石が 車体に当たった音を聞きながら、ふと 蝉の声がしないことに気付いた。

まだ明るいし、変だよな...


軽自動車でも道幅が狭くなって、車を停める。

切り返す場所もねぇしさ。

すすきの葉みたいな長い草とか、羊歯とかを押し退けるように、ドアを開けて 外に出てみる。

進行方向には、まだ道が続いて見えるし

スマホと飲み物持って、奥へ進んでみることにした。



「泰河くん、よく行ったよね...

蝉の声がしないって、妖しくない?」


「おう。けどオレ、その頃は そういうの何も見えなかったし、憑かれねぇのも 分かってたからさ。

鈍かったんだよな」



しかも、何かあるなら それを知りたかったし

朋樹にも話せる。

サークルの海キャンプを、こっちに変更させてもいい。... いや、しねぇな。

脚がある人魚の方がいいもんな。


しばらく歩いて、日が暮れだすと

前方に何か見えてきた。山門に見える...


やった... 寺だ。

もしかしたら、さっきの動物霊園の寺かもしれないが、もう別に 何でも良かった。

古い木材の塀で 周囲を囲まれていたけど

背伸びすれば 中も見えて、裏には墓もあった。


墓石が やたらに古そうなのが気になったが、

寺も古い。

でも、墓とかって そうそう建て直したりもしねぇだろうし、山ん中だと こんな感じなのかもな。


けど、墓の周囲は 雑草だらけだ。

もしかしたら、無人寺なのか?


表に回って、門を叩く。

『こんにちはー』とか 言って。

誰も出て来ねぇし、無音だ。


両開きの門を押してみると、簡単に開いた。

門を叩いた時、ちょっと揺れたから

開くとは思ってたけど。


『失礼します』って 入ってみた。

ラチ開かねぇし、無人っぽいしさ。


中には、小さくて古い 本堂らしき建物。

隣に小屋じゃねぇか? ってくらいの

木造の小さい家があった。

家の横に、窯みたいのと煙突がある。風呂の... ?

少し離れた場所に、もっと小さい建物。

トイレか?


本堂の引き戸を開けてみると、板張りの床の向こうに、阿修羅像があった。

三面六臂さんめんろっぴ... “臂” は 肘。三面の顔に六本の腕。

正面で合掌印を組んでいるが、阿修羅像は 普通

八部衆... 釈迦如来の眷属や

二十八部衆... 千手観音の眷属として

安置されるんじゃねぇのか?


元々は インドの神アスラで、サンスクリット語だと、asu... “生命や息” という意味の名だが

時代が下るに従い、a…非 sura…天

善神ではない と解釈されるようになっていく。

両極端だよな。


日本では、仏教を守護する天部の神のひとりの

釈迦如来に仕える “帝釈天” とやりあったという、

修羅道に属する武神だった気がする。


輪廻転生の六道には、天道、人間道、修羅道、畜生道、餓鬼道、地獄道があって


天道は、天部の神の界で 仏教を守護する。

帝釈天に仕える

東の持国天、南の増長天、西の広目天、北の多聞天... 毘沙門天も、ここに属する。


人間道は 迷いの世界、修羅道は 戦いの世界で

阿修羅は、この修羅道の神だったと思う。


畜生道は、自らを救えず

餓鬼道は、人をおもんばかれない貧しさの世界で

地獄道は、罪に罰を受ける世界。


この六道を解脱するのが、仏教の修行目的だ。

その後は、また修行しながら

六道にある人の 解脱の手伝いに回る。

成仏... 仏になるには、まだまだだ。


阿修羅も、最初は天部の神だったって話もあるんだよな。

自分の娘を 帝釈天に嫁がせようとしたけど

嫁がせる前に、帝釈天にられたとか。


それで争うことになったけど、争いの時も帝釈天が 地を這う虫を踏まないようにしてるのを見て

心を打たれたんだとか。娘のことは いいのかよ?


その後 修羅界に下り、仏教の敵... 迷いや惑いと戦う神となる。... だった気がする。


阿修羅像の合掌印以外の手には

元々は、持物... 持ち物があったらしい。

日輪にちりん月輪がちりん... 太陽と月を持つ手と、

弓と矢を持つ手。今は どれも持ってない。


合掌印... 合掌した両手は、胸の中心ではなく

やや心臓側にあるように見える。


『どの世に 身を置いている?』


突然、真隣から声がした。





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