5 ルカ


イナゴじゃないのかよ?」


黙ってたミカエルが言うと

「あっ、日本語 話せるんですね」って

コーヒー淹れだしてくれてた 北村くんが言って

「うん。早口言葉とかも言えるぜ?」とか 答えててやがるし。

「えー、言ってみて下さいよぅ」とか盛り上がり出したから、ちょっと放っておくんだぜ。


「早口言葉?」って 反応した沢村さんに

「他に、“この本のせい” って特定出来る要因ってあるんですか?」と 朋樹が聞くと


「あっ、そうそう。ちょっと気になってね、

次の日に、本を売りに来た人に連絡してみたんだけど... 」


本を売りに来た人は、亡くなってた。

首を吊って。


「もう、ゾッとしちゃって。

亡くなったのも、つい三日前って言うし

何も聞けなくてさ。

本も、お寺に持って行こうとしたんだけど、

なんか触れなくてね。

お寺には、また相談だけしに行って

本の近くに置く御札と、御守みたいに持っておく御札を 余分に貰って、北村くんにも渡したところなんだ」


「カエルぴょこぴょこ... 」とか 言いながら

コーヒーを出してくれる北村くんに

「北村くんは、声は聞いてないの?」と

ジェイドが聞くと

「うん、今のところは聞いてないよ。

御札持ってるし。棚の方は見ないようにしてるから」って 答えて

「お砂糖とミルク いります?」って

四郎に聞いてくれてる。


「そうだ、この彼は? まだ学生さんだよね?」


沢村さんが四郎を見て聞いたけど

“天草四郎” って 紹介すんのもなぁ...


「うん」って、オレが言ってたら

「雨宮四郎。オレの従兄弟」って 朋樹が言った。

コーヒーにミルクと砂糖入れてもらってる四郎も

「よろしくお願いします」って 笑顔だし。

なんか、分かってるよなぁ。


「じゃあ彼は、ヴィタリーニさんの?」って

ミカエル見て 聞かれたから

「神父なんだ。ミカエル・ルチーニ」って

ジェイドが答える。


「わぁ、“大天使ミカエル” と、名前 同じっすね!

カッコいい!」とか言われて

「うん、そうだろ?」って

ミカエルはゴキゲンになった。


「マジでさぁ、蝗じゃねーの?

囁くとことか、黒蝗に似てんじゃん」


コーヒー飲みながら言ってみたら

「けど、本自体にも何かあるじゃねぇか」って

朋樹が 棚の本に近付く。


「あー、雨宮くん! 本当にそうよ。

もし何かあったらさ... 」って

沢村さんが止めるけど

隣からミカエルが、本を手に取った。


「うん。何かあるけど、弱っちぃ。ルカ、筆」


えー... って 顔の沢村さんに

ちょっと下がってもらって、本を見つめると

何か見えたから、それを筆でなぞる。

“縊” って 漢字。


「“縊鬼いつき” じゃねぇのか?」


朋樹が言ったら、四郎が

「“くびれ鬼” でしょうか?」って 聞く。


縊鬼は、人に首を吊らせる鬼の類なんだけど

「四郎、詳しいじゃん」って 言ったら

昔からいるヤツらしかった。


「私の村でも、幾人もが 首をくくらせられまして、

旅の法師殿に 祓っていただいたことがあるのです」


四郎が説明すると、沢村さんと北村くんが

「古風な子なんだね」と キョトンとして、

四郎は “まずい” って顔で黙って コーヒーを飲む。


「とにかく今は、筆で捉えた状態ってことだぜ?

泰河がいれば早いけど、ジェイドでも朋樹でも祓えるだろ?」


「おう、縊鬼って 初めて会うけどな」って

朋樹が大祓詞を始める。


高天原たかまのはら神留坐かむづまります

すめらむつ 神漏岐かむろぎ神漏美かむろみ命以みこともちて

八百万やほよろづ神等かみたち神集かむつどへにつどたまひ... 」


大祓の途中で、本の “縊” の文字から

赤い靄が立ち昇って こごり出す。


靄は、般若面のような顔に

黒く長い うねる髪を纏わりつかせる

鬼の首になった。


「... さしまつりし国内くぬちあらぶる神たちをば

神問かむとはしにはし給ひ 神掃かむはらひに掃ひ給ひて

言問こととひし磐根いはね樹根立きねたち 草の片葉かきはをも言止ことやめて... 」


黒髪を振り乱す 般若面の首は、血走った眼で 朋樹を睨み付け、ぐうう っと、朋樹の顔の前に出ると

剥いた唇の歯を カチカチと鳴らして威嚇する。


「... く依さし奉りし四方よも国中くになか

大倭日高見おほやまとひだかみの国を 安国やすくにと 定め奉りて

下つ磐根いはね宮柱太敷みやばしらふとしき立て 高天の原に 千木高構ちぎたかしりて... 」


般若面の首が、眼や鼻、口から 血を流し始めると

北村くんが「ヒッ」と 喉を鳴らした。

やばい、見えてたのかよ...


ミカエルが北村くんの前に出ると

カッと 口を開けた 血みどろの般若面が

ミカエルの前に移動する。


オン 阿毘羅吽欠アビラウンケン 娑婆呵ソワカ


おう? 四郎だ。

けど 今の、密教真言じゃね?


般若面の黒は、赤い靄に戻ると

煙のように 天井の方に立ち昇りながら

解け消えた。




********




縊鬼は すっかり浄化されて、

ミカエルが、沢村さんと北村くんに加護を与えると『また何かあったら連絡して下さい』って伝えて、店を出た。


紙袋の現金を、幾らかずつ それぞれの財布とか

ミカエルのマネークリップに補充すると、

残りは 四郎のリュックに入れといてもらって、

四郎の下着や衣類、財布とかの必要な小物を買いに行く。

最近、個人の財布も 共同化してきてるんだよな。

仕事で使う物 買ったり、バスのガソリン入れたりする時も、“オレ、出しとくわ” って 会計近くにいるヤツが払う。


「さっき、大日如来真言 唱えたよな?」


ミカエルに肩を抱かれて、キョロキョロと周りを見ながら、わくわくした顔で歩く四郎に

朋樹が聞いてみると


「はい。縊れ鬼は、元が人間である場合も多いと聞いたことがありますので、大日如来様に帰依するよう、申し上げました」


「キリシタンなのに?」って オレも聞いてみたら

天主デウス様や天人ゼズ様の御言葉おらしょに依りますと

縊れ鬼に納得させられず、強制的に地獄いんへるのへ送ることになりますが、

密教真言であれば、縊れ鬼に納得のいく供養となります」って 答えた。


「そう。下手すると、異教のゴーストには

悪魔払いが 効かないこともあるんだ」と

ジェイドが軽い ため息をつく。


「籠城の際、幕府方へ矢文を送ります時も

内容が相手に伝わりますよう、

仏教的な観念や 仏教用語を混じえて

ふみを したためました」


うん。モレクにも、ミカエルが触れなかったし

相手に意味が伝わらねーと、意味ねーもんなぁ。


「縊鬼を “人霊” と見做みなして、帰依させたのか」


朋樹が感心したように 四郎に言うと

「縊れ鬼は 血を流しましたから。

ともきの祝詞で、我が国の神々によって 呪を解かれ、人に戻されたようですね」って

笑って答えた。さといぜ...


「着替えいるよなー」「靴も何足か ね」と

服とか見に行くけど

四郎に どういうのがいいかを聞くと

「よく分からないのです... 」ってことだ。

そりゃ そーだよなぁ。


「私くらいの歳の者は、

どのような格好を するものなのでしょうか?」


「うーん... 」


朋樹っぽいと、きれいめ過ぎる気がするし

ジェイドっぽいのは、モトが海外モデル級とじゃねーと 嵌らねーし...


「ミカエルとか ルカ寄りかな?」

「ちょっとロック寄り過ぎないか?」


「いただいた背負子しょいこ袋や、履物などは

格好良いと... 」


「背負子袋は、“リュック” だぜ」

「うん、スポーティなのがいいかもね。

そういえば、そういう格好をしてたし」


って訳で、スポーツメーカーでプルオーバーとか

下のパンツ、下着と靴下買って、

後は 普通にジーパンとか、ショートパンツ

シャツにパーカーとか買う。


輸入品扱う古着屋で、日本で出てないジャージとかも買って、オレらの両手が買い物の紙袋で いっぱいになってくると

一度 ミカエルが、車に運んでくれた。


「こんなに、良いのでしょうか?」


「もちろん。財布やスマホも見よう」


「スマホって、みんな持ってるやつだろ?

いるのか?」って ミカエルが聞く。


「シロウは、天使や悪魔みたいに

移動出来るんだぜ?」


「えっ?!」「マジで?!」


「エデンにも入っただろ?」


「多数の方に分け与えられた 血肉は御座いますが

一般の転生ではないと... 」


そっか...  そうだよな...

しっかり “人間” ってカテゴリじゃねーんだよな。


「ゾイみたいな感じかな?」

「移動出来る ボティス?」


「うん、でも どっちにしろ

四郎は まだ、学校に通う歳だからね」


ジェイドが言って「そうじゃん!」って

オレも頷く。「スマホは要るんだぜ!」


「けど、勉強しなくなったら預かるからな」


朋樹はもう、父ちゃんぽくなってきた。


「学校に... 」と、四郎は

ドキドキし出したようだった。


「うん。僕と朋樹で

転入試験合格くらいの勉強は 教えられるし」

「賢いからな。すぐだぜ」


「語学や歴史なら、教えられるぜ?」って

ミカエルも言うけど、たぶん高等過ぎるし

ミカエルには、四郎が知らない部分の聖書の解説とか頼むことにする。


「うん、学歴データはシェムハザとか榊に頼めるし、オレの妹と同じとこ行ったら?

カトリック系の高校なんだぜ。共学だしさぁ」


「そうだな。四郎に血肉を分けた、リョウジくんも 同じとこに通ってる」


朋樹が言うと、四郎は 少し顔を曇らせた。


「皆様を、大変な目に... 」


けど、四郎は エマに蘇させられただけだ。

被害者が出なかった訳じゃ ねーけど...


「だから、“人を喜ぶ側” になって

精一杯 生きるんだろ?」


ミカエルが言うと、ミカエルを見上げて

「はい」って しっかり返事を返す。

芯から まっすぐな子 って感じするぜ。


財布やベルト、スニーカーも二足買って、

スマホはジェイドが、自分名義で 一本増やした。

その場で画面のフィルム買って、スマホのカバーも買うと、カフェに入って 使い方を教える。


名前と番号登録し合ってると

「こういった漢字なのですね!」って

オレと朋樹、泰河の名前を知って 喜んだりする。

かわいいよなぁ。

ミカエルが 思わず額にキスして

さんみげる!」って ビビらせたくらいだしさぁ。


「家の書斎を、四郎の部屋にしよう。

本棚と机はあるし、本棚には まだ本も入る」

「クローゼット整理しねーとな」

「ベッドと寝具がいるな」


「ですが、私は睡眠の必要もないのです」


「いや、寝てる内に 身体は成長するんだぜ?」

「そ。骨が伸びる」


いや、成長すんのかな? って 気になって

ミカエルに聞いてみると

「子供だから、地上にいる間は成長するし

歳も おっていくぜ?」ってことだった。


四郎は「では、睡眠は とります」って

背筋を伸ばした。今、155センチくらいだし

背ぇ伸ばしたいんだろな...


カフェを出て「届くまでは、客間になるけど」と

ベッドや寝具を発注すると

でかい本屋にも寄って、ジェイドと朋樹が

参考書やら問題集やらを選ぶ。


オレは、ミカエルと四郎を連れて

文具選んだり、普通の本選ばせてみたり。


歴史の本とかのコーナーに行って

天草四郎のページを見せてみると

「これは、私のことですか?」って

涼やかな眼を見開いた。


「うん、そ」


一揆勢 籠城... とか 読んで

切なそうな顔になったけど、ミカエルが

「肖像画って似てないよな。

俺の絵画も、いつも 柔んわりしてんだぜ?」って

言ったら、ちょっと楽しそうな顔になる。


「私の生きた世も、このような素晴らしき世に つながったのですね」


「来世にて、こうして 新しき友にも会えました」とか言うし、オレもつい カゴ持ったまま

片腕で 抱きしめちまったりしたんだぜ。

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