11 祝福 ジェイド (第八日)


「サクランボ?」と、ゴールドの桜桃を

手のひらに載せたミカエルが、それを見つめている。


「はい... エデンのゲートが見えました」


昼下りの 沙耶さんの占いの時間に

僕らは、沙耶さんとゾイの店に 食事に来ていた。


アラビアータと、鶏肉とほうれん草のグラタン

トマトとキュウリ、パプリカとオリーブのサラダをもらって、ミカエルのみ ミソスープ。

今は コーヒーとエッグタルト。


「ふうん... じゃあ、エデン 開いてみるか。

店、夕方の営業始める前には 戻って来るけど

ちょっと外すぜ? ファシエル」


「えぇっ?」「ちょっと、ミカ... 」


ミカエルは、ゾイを連れて 消えてしまった。


「もー、マジかよー... 」「冒険したかったよな」


仕事と ミカエルのプラモデル作りで

多少の疲れを感じていた 僕らは、

時間のかからない 満足感がある息抜きがしたかった。


『前回の夢って、覚えてるか?』


戦闘機のプラモデルのパーツの仮組立てをしながら、朋樹が言った。


『ロープレだったよな?』『ライオンが出た?』

『榊も出た気が... 』


もう 忘れかけている。


『やばい』『楽しかったよな?』

『忘れたら、最初からに ならないだろうな?』

『イヤだし!』


ゾイは、“何日間か掛かる夢でも 五分で大丈夫” と

言っていた。

それで、占いの時間を狙って来たんだけど...


「何だよ もう... 」

「けど、デートじゃ 邪魔出来ねーもんな... 」


空になったタルトの皿を運びながら

ルカが ため息をついていると、ボティスが入って来た。


「おっ!」「ボティス、飯は?」


「まだ」


朋樹が キッチンに入って仕度する間に

「榊は?」と 聞いてみると

幽世かくりよ」と、眉をしかめた。


月夜見キミサマの使いで、浅黄と一緒に 桜酒を持って、

高天原や根国に 挨拶巡りに出ているようだ。


ゾイが、ボティスの分の食事の準備もしてくれていたので、カウンターに置かれたサラダと

温めたアラビアータを、テーブルのボティスに出して、鶏肉のグラタンだけは焼いている。


その間に、ゾイがジェズに祝福を受けたことや

ゴールドの桜桃のことを話し、

「こないだの夢の続きに 行きたかったんだけどー」「やってくれよ ボティス」と

単刀直入に頼んでみると、

意外と すんなり「カウンターに並んで座れ」と

やってくれるようだ。


「でも、ボティスは?」


「飯。俺を眠らせられる者が いないだろ?」


少し残念に思ったが、

焼き上がったグラタンを テーブルに出すと

カウンターに並んで座り、すぐに眠りに着いた。




********




「おっ?!」「なんか、衣装 変わってね?」


ルカは、紺のカンフー着になっていた。

泰河は 盗賊だというのに、青の忍者っぽい格好だ。胸元には鎖帷子くさりかたびらが見える。

朋樹は 外側が黒、内側がオレンジの ハロウィンの様なマントに、尖った つま先が、くるっと上に巻いた黒い靴。

僕は、神父服とは言えないが

スタンドカラーの白の上下。ゴールドの厚布の肩当てには、ゴールドの紐のフリンジ。

下は やっぱり膝丈なので、黒のロングブーツ。

裕福でない国の王子みたいな格好だ。


上下の防具も 格好良くはないけど、

頭の防具は 妙だった。

ルカは額当て付きハチマキだったが

僕等は三人共、赤いバンダナ。


「ちぐはぐだよな」「武器は?」


ルカははがねの爪。泰河が鋼のナイフ。

朋樹も、毒牙のナイフは携帯していたが

「とくぎ が増えてるな。“緑の呪の蔓”」ってことだ。

ルカは “風の精霊”、泰河は “右眼の模様”。

僕は 鋼の槍で、“聖油の塗油”。

予想通り、回復役を兼ねるらしい。


「つまり、中盤に入って来たってこと?」

「そうだな。頭を見ると、

“着けれるもん着けとけ” って 感じだ」

「二人 短剣だしな」


持ち物には、満月草と黄金の狐草が増えていた。


「満月草は 痺れ取りだよな? 狐草は?」

「さあ... 」


分からないが、先に進むこととする。


「で、ここってどこ?」


最初の 里の草原とは違い、草の丈も 腿まであり

鬱蒼とした森に囲まれていた。


朽ち果てた風車や、崩れかけた小屋。

湿地帯のようで、紫色の沼や水溜りも あちこちに拡がっている。この地方は かなり広い。


「暗い場所だよな」「昼間でも これじゃあね」

「とりあえず町に行くか?」

「けど、町 無くね? っていうか、徒歩移動?」


「お前等、いつまでも 何をしている?」


ボティスの声だ。

振り返ると、馬車の窓から顔を出していた。

馬車を引いているのは、双頭のライオンで

御者ぎょしゃは浅黄。馬車内には 榊と露もいる。

ボティスの紋章が入った白い馬車は、バスより全然 広く、ゆったりとしていた。


「ボティス」「参加したのか?」


「何を言っている? 早く乗れ。もう出発する」


いまいち状況が分からないが、馬車に乗り込むと

僕らは、この暗い地方の攻略は

ほとんど済ませたところらしかった。


ホラー映画に出てくるような、所々 床が抜けた

古城を攻略し、悪い魔術師を討ち破った。

ボティスが着けている鋼の鎧を手に入れ、浅黄には鋼の胸当て、榊の狐火を手に入れたようだ。


「港へ行く」


「えっ、もう海に出るのか?」

「船を手に入れるところじゃないのか?」


僕らは、鬱蒼とした森を抜け、

港町を目指すことになった。


馬車の中にも 外にも、赤オレンジの狐火が揺れる。榊は 緋色の和装の上に、赤いケープを纏っている。職業を聞いてみると「ふむ、“狐” よ」と

答えた。浅黄も “狐” らしく、それでいいらしい。


「賊じゃ」と、浅黄の声がして バスが止まる。

僕らも馬車を飛び出すと、片目を頬辺りまで垂らしたゾンビ四体と、同じように片目を垂らし

腹のあばらが出たゾンビ犬三体。

スプーンを出すまでもない。

青い火の形をしたゴーストが二体いた。


浅黄は、鋼の刃の薙刀で ゾンビ二体に応戦しているが、抜群に強い。

「浅黄、ちょっと待ってくれ」と

泰河が “ゾンビパウダー” を盗み取った。


ボティスも鋼の剣を抜き、二体を討ち取ったが

露が ゾンビ犬に飛び付いたところ、振り払われた

挙げ句に 麻痺させられた。


抱き上げると「無理しちゃダメだよ」と

満月草を食べさせて麻痺を解き、そのまま片腕に抱いておくことにする。


朋樹が呪の緑蔓で ゾンビ犬の足止めをし

炎の蝶の式鬼、榊の狐火で撃退している。

「おっ?」「降参しておるのう」

ゾンビ系には、火が効くみたいだ。

草かげから飛び出して来た、別のゾンビ犬に

泰河が飛びつかれたので、ルカが風の精霊で吹き飛ばしたが、泰河は毒を食らってしまい

全身が紫になった。分かりやすい。


「毒消し草は?」と、朋樹が布袋を漁るが

あいにく切らしてしまっていた。


「マジか... 勘弁しろよ」


泰河は身体が だるくなってきたようだ。

とりあえず、普通の草だけ食べさせて

体力を回復させてみたが、だるさは増していく。


「塗油」と ボティスに言われ、ハッとした僕は

ポケットから 小瓶を出すと、指に聖油を付け

泰河の額に塗った。すると言葉が浮かんできた。


「... “あなたがたの中に、病んでいる者があるか。

その人は、教会の長老たちを招き、主の御名によって、オリブ油を注いで 祈ってもらうがよい。

信仰による祈は、病んでいる人を救い、そして、主は その人を立ちあがらせて下さる”... 」と

ヤコブの手紙の 5章14節と15節を読むと

泰河から毒が消えた。


「良し」「奇跡であるのう」


「ちょっとぉ!!」と、ルカが僕らを呼ぶ。

「こいつ、攻撃したら増えるんだけど!」


青いゴーストは、ルカが爪で掻き殴る度

“ゴーストは なかまを よんだ” と、増えていく。


「ルカ、もう止せ」


朋樹が炎の蝶を飛ばすと、ゴーストは回復した。

「おいおい... 」

僕が聖油を塗っても、火に油を注ぐことになるだろう。


泰河が “ぬすみ” をして、“青い粉” の小瓶を盗んだが、直に触れると麻痺させられるようで、

これも塗油と祈りで治療する。


「囲まれちまった」「どうする?」


ゴーストたちは、僕らを通す気はないが

まごまごしている。


「にゃあ」


「あ... 」「むっ、露さん!」


僕の肩から露が降り、新緑色の眼を空に向けると

「にゃーう... 」と 誰かを喚ぶように鳴く。

すると 僕らの前に 巨大な水竜巻が顕現し、

四本の角を持つ、緋色の美しい大蛇が顕れた。


「おお」「柘榴ザクロ様」


二の山の “柘榴” という山神の名前だ。

六山会議などで 僕らが見かける時は、いつも人化けしていて、和装姿で しっとりとつややかな

少し怖い雰囲気を持つ 大人の女性だ。

この緋色に輝く大蛇が、柘榴の本来の姿らしい。


「すげぇ... 」「カッコイイけどさ... 」

人型の時より、より畏れを感じる。半分 龍だ。

露は、霊獣召喚が出来るみたいだ。


「怖い女だ」と 余計なことを言ったボティスに

柘榴は、一度 蛇顔を向けたが

「にゃあ」と 露に呼ばれ、ゴーストに向き直る。


「このような者等の始末も出来ぬとは... 」


ほほ と、笑った柘榴は 小さな水竜巻を作って、

炎のゴーストたちを 一蹴いっしゅうした。


「おお!」「助かったぜ!」「ありがとう」

「うむ。流石は柘榴様よ」


僕らが 礼を言い、ボティスが「報酬だ」と言うと

馬車に入って出て来た榊が、鶏卵のダンボールを包んだ風呂敷に ドイツ産のワインも入れて、

柘榴に それを渡す。


風呂敷の結び目を くわえた柘榴は

「精進するが良い」と 言って

ボティスに「ケッ」と 腕を組ませ、

また 水竜巻になって消えた。





















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